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しおりを挟む「あれだよな。なんか前野さん、一人で頑張ってるよな。なんか会社のため~みたいにさあ」
「あ、それ。俺も思ってた。全部一人でやろうとしてさ。大体休みも取んなくて、残業ばっかだし。本当にどうかしてる。ってうか、俺は迷惑」
前野(まえの)世紀(せいき)は、トイレの個室で固まっていた。
大を終わらせて、ウォシュレットで洗浄。スッキリしてノブに手をかけたら、後輩たちの会話を耳にしてしまったのだ。
彼らは、個室に話題の主がいる事を考えなかったのか。それとも聞かれてもいいと思ってるのか、そのまま会話を続ける。
「そうだよな。なんていうか、俺らを信用してないのか、わかんないけど、一人で抱えてさあ。めっちゃ迷惑」
「んだ。んだ」
「だから俺は休みを取る事にした。一人で頑張りたきゃ、一人でやってろ」
「そうだ。前野に構うな」
彼らは笑いながら、そう会話を締めるとトイレから出て行った。
「迷惑か……」
前野はトイレが静まり返ったのを確認して、個室からヨロヨロと姿を現した。
洗面台まで辿り着き、手を洗いながら鏡に映る自分を見つめる。
ごく普通の中年サラリーマンがそこには映っていた。
少しばかり痩せ過ぎ感はあるが、パリッとした白いシャツに黒色のスラックス。同色の靴下に、靴は焦茶の革製。汚れなどいっさいなく、清潔感が保たれている。
ただ目の下に隈があり、疲れが全体から滲み出ていた。
今年で入社14年目。ただ一生懸命働いてきた。頭が良くないのはわかっていたので、それをカバーするために頑張ってきたつもりだった。
まさかあんな風に思われてるとは、彼は大きなため息をつく。
「会社は遊びの場じゃない。俺は仕事をするために会社に来ている。後輩に何を思われようとも気にしないさ」
鏡に映る酷く落ちこんだ男に、彼は言い聞かせるように話す。
「さて、今日の3時までに見積書を送るぞ。それから……」
仕事は彼にとって生きがいだった。なので午後からやるべき事を口に出していくと、やる気がみなぎってくる。
そうして自身を鼓舞して、丁寧に手を洗いハンカチで拭いてから、鏡をもう一度見た。
「なんだ?」
そこに映る中年のサラリーマンーー自身の姿が揺れた気がした。まるで水面に映った影のように。
それから急に鏡が光を放つ。
反射的に目を閉じた彼には見えなかった。
ホラー映画の一場面のように、にゅっと鏡から両手が伸びる。それは一瞬で彼の肩を掴むと鏡の中に引き込んだ。
☆
物凄い馬鹿力で引っ張られた感触がして、意識がなくなった。
前野が再び目を覚ました時、最初に視界に入ったものは外国人の男だった。
「ようこそ、異世界へ」
金色の長髪に青い瞳、中世ヨーロッパ風のジャケットとスラックスを身につけた男は、にこやかな微笑みを湛えている。
「異世界?」
「はい。ラマラーク王国です。私があなたをニホンから召喚しました。選ばれた方よ」
男は微笑んだまま、寝耳に水な情報を語る。
「えっと、異世界召喚ってやつですか?」
前野(まえの)世紀(せいき)、36歳。
仕事に生きてきたが、趣味は読書だった。気晴らしにネット小説を読み漁っている。
異世界転生、異世界転移、異世界召喚、これらのジャンルはネット小説では人気のジャンルだ。アニメ化されている作品も結構ある。
なので、外国人の男の言葉に衝撃を受けつつも、信じないという選択はなかった。
それどころか、「選ばれた方」と呼びかけれ少し気持ちが浮つく。
「私の名前はウェリントン。ラマラークの宰相で、魔術師でもあります。あなたはこの国に必要な方です。ニホンであなたはその実力に見合わない評価をうけていたはずです。このラマラークでは違います。あなたに相応しい待遇をご用意しました。どうか、王宮でその手腕を存分に発揮してくださいませ」
そう言ってウェリントンは頭を下げる。
前野は人に必要とされることに快感を覚えるタチだ。
あとオダテに弱い。
「ウェリントンさん。わかりました。俺がこの国で、できることをしましょう」
何をやらされるか、説明などまったくされていない。
けれども、今まで一度でもこんな風に自分の能力を評価し、必要とされたことはなかった。
「ありがとうございます!あなたはこの国の救世主です」
ウェリントンは頭を上げると、感激で打ち震えながらお礼を伝えた。
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