妻が聖女だと思い出した夫の神官は、何もなかったことにして異世界へ聖女を連れ戻すことにした。

ありま氷炎

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3章 神隠れ

23 作戦決行

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 それから二人はそれぞれの務めを果たした。
 江衣子は経典を4日後まで暗唱できるまで暗記することに精を出した。
 ジャファードは、実はすべてを知っていた大神官に元で、ケビンからもらった名簿を元に、味方に接触していき当日の準備を整えた。
 そうして迎えた三日後の朝。
 王が「神隠れ」の夢を見たことで、明日が「神隠れ」の日であることが貴族たちに伝えられた。
 大神殿では混乱に見せかけた騒ぎを起こさせて、明日への準備を急遽進めることになった。

 ――い・よ・い・よ・あ・し・た

 瞑想室で江衣子とジャファードは経典を使って会話をしていた。

「経典の暗記は難しい。明日なんて聞いてないわ」
「今日1日で頑張るしかないだろう」

 ――あ・ん・し・ん・し・ろ

 言っていることと、伝えたいことが異なる。
 そんな奇妙な会話も明日で終わる。

 ――み・り・あ・を・お・ね・が・い
 ――そ・れ・は・ち・え・す・た・が・や・る
 ――し・ん・ぱ・い・よ・ね

 ジャファードがチェスターのことを心配しているのは伝わってきて、彼女は聞いてしまった。

「明日は俺が傍にいるから」

 ジャファードは声に出してそう答え、江衣子はびっくりしてしまった。

 ――し・ん・か・ん・だ・か・ら・と・う・ぜ・ん・だ

 それがおかしかったように口元を綻ばせて彼は答える。

「本当、心配症ね。明日は聖女として立派に役目をこなすから心配しないで」

 彼の答えが神官だからということに少しだけ傷ついたが、彼女は本当に伝えたいことを経典から伝えた。

 ――ち・え・す・た・と・み・り・あ・を・た・す・け・て

 江衣子の言葉に彼は目を細める。

「わかってるよ」

 ――ま・か・せ・と・け

 ジャファードは彼女の頭を撫でると、空になったグラスを掴んだ。

「昼食時にまたくる」

 江衣子は彼が背中を向け去っていくのを目で追う。

(私には危害が加えられない。聖女としてやってもらいたいことがあるから。だから、いいの)
  
 弱音を吐きそうになったが、彼女は自分を律すると経典に目を落とす。
 必死に取り組んだおかげで暗記をほぼ終え、今は暗唱しながら経典を時折して見返して間違いがないか、その確認作業を続けていた。



「急な話ですな」
「よいではないか。私の天下が早まる。この時をどれだけ待っていたことか」

 ザカリー・グーデレンは、顎髭を触りながら難しい顔をしていた。それに対して椅子に優雅に腰かけお茶を飲んでいるウォーレンはただ満足そうに頷いている。
 ウォーレンは現国王とよく似た顔立ちであったが、真逆でかなり痩せた男だった。
 2人を足して2で割ると丁度いい体形になりそうな、そんな不健康そうな男である。ウォーレンにはすでに息子が生まれており、ザカリ―はこのウォーレンにあまり期待を寄せてはおらず、己の孫の代をすでに考えていた。

(ウォーレンを始末するのは少なくても2年は待った方がいいな)

 そんなことを考えているとも知らず、ウォーレンはおいしそうにクッキーを口に入れた。

「今夜は前祝としようか。ザカリーよ」

 すでに王冠を手にしているつもりの男は、王座など似合う器量でもなく、その才覚もなかった。

「それでは準備を整えましょうか」

 お飾りの王の喜ぶことはしてみせようとザカリーはそう答え、部屋を悠々と後にした。

「グーデレン様。本当によろしいのでしょうか?」
「やるしか無かろう。この時期を外せば我らが負ける」

 ザカリーは首を垂れる部下に答える。
 彼自身も時期が早まったことなど不安要素に対して戸惑うところは大きかった。しかしながら、「神隠れ」は明日で神殿でも準備が進められている。この時を逃すことはできなかった。



「やっとこの時がきた」

 チェスターにとってこの3日は堪え難き日であった。彼自身も本来なら神殿に戻りジャファードの手伝いをしたかったのだが、休暇を取り消して突然戻ることは、相手側に不信感を頂かせる恐れがあり、ケビンが許可を出さなかった。
 できることといえば、救出のための訓練であり、ケビンやケビンの部下につき、その腕を磨いた。

「神官より絶対に騎士向きですよ」

 ケビンの部下にそう褒められたが、彼にとってはまったくいい褒め言葉ではなかった。
 明日、「神隠れ」が始まるのは正午前だと聞いている。
 ミリアの身柄が拘束されている場所はすでに特定しており、正午にそこを襲うだけであった。王暗殺に人が割かれるため、ミリアの警護は手薄になる。彼女を傷つけることなく助け出す。チェスターはそれだけのためにこの3日、特訓してきた。
 
「ジャファード?」

 翌日の早朝、屋敷内の馬小屋近くで鞍を乗せていると、朝もやの中に影を見つけた。それがジャファードでチェスターは目を疑う。

「聖女様に頼まれたんだ」

 ミリア救出班は十名の予定でケビンの部下たちである。人数も力も十分であったが、こうしてジャファードが来てくれたことに、チェスターは喜びを隠せなかった。

「嬉しいな!ジャファードはあまり力になりそうもないけど、来てくれてうれしいぜ」
「それは喜ばれているということなのか?」
「当然だろう。俺とお前の仲じゃないか!」

 いつものようにチェスターは彼の肩を叩き、容赦ない力にジャファードが顔を歪める。

「さあ、お姫様を救出しようぜ」
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