前世で大嫌いだった異母兄の世話をすることになりました。

ありま氷炎

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「信じれないかもしれないけど、俺、本当にクロエの生まれ変わりなんだ」

 情けない顔でジョッシュはそう繰り返す。
 六歳児の戯言、そう思えないのはその魔力の量と瞳の色のせいだった。
 もう、嫌だ。
 ずっと我慢していた、オリヴィアは一気に疲れてしまって、その場にへなへなと座り込んだ。

 オリヴィアはクロエが嫌いだった。

 ★

 この国では王に近いほど、魔力が高い。
 したがって、王とは全く関係のない平民に魔力が宿ることはないと言われている。
 なので、貴族ではない平民の中で魔力を持っているものがいたら、まず調査される。
 大概が貴族の庶子だったり、先祖に貴族の血が入っていたり、そんな結果が出ることが多い。

 そういうことで、ジョッシュが魔力を発動し、火を操ったため、王宮から使者がきて、彼の家族は徹底的に調べられることになった。
 しかし、何度調べてもジョッシュの家系は、根っからの平民で貴族や王に結びつくことはなかった。
 けれども魔力を発動し、しかも火を操っていることから、市井にそのまま置いておくわけにはいかず、彼は魔術師団の師団長に預けられることになった。

「初めまして。師団長様」

 わずか六歳のジョッシュは、師団長のオリヴィアに綺麗にお辞儀して、挨拶をする。
 師団長オリヴィアは魔法師団初の女性師団長だ。
 茶色の髪に、緑色の瞳の平凡な外見。
 生まれは市井。
 ジョッシュと似た経由で、王宮へ引き取られた。
 彼女の場合は、ジョッシュと異なり、本当に貴族の庶子だった。
 瞳の色と火の魔法という繋がりから、実の父親がステファン伯爵だと判明した。
 妻を亡くしており、息子も既に成人済。
 そのこともあり、オリヴィアは認知され、ステファン伯爵に引き取られた。
 ステファン伯爵の息子は魔法師団長を務めており、名はクロエと言った。
 庶子ということが気に食わなかったのか、彼は苛烈な性格で、オリヴィアに辛く当たり、彼女は彼が苦手だった。
 オリヴィアが引き取ることになったジョッシュは、そのクロエと同じ琥珀の瞳をしており、最初から印象が悪かった。
 しかし、オリヴィアの父、ステファン伯爵は、クロエと同じ色の瞳をもつジョッシュを気に入り、オリヴィアの弟として養子に迎えてしまった。
 クロエはオリヴィアが十四歳になった時に、魔獣によって殺されていた。
 跡取りを失ったステファン伯爵がオリヴィアに期待するのは自然の流れで、彼女は二十歳で、師団長になり、最年少の師団長記録を塗り替えた。ちなみにクロエは二十五歳で師団長になっている。
 現在オリヴィアは二十一歳、婿探しをしていたのだが、ジョッシュ登場で話が変わってきた。
 血のつながりはないが、ジョッシュをステファン伯爵は後継者として育てることに決めたようだった。
 クロエを失ってから五年間、オリヴィアは必死に学び働いてきた。
 そうして師団長にまで上り詰めたのだが、ジョッシュ登場でオリヴィアは完全に疲れてしまった。
 けれども六歳のジョッシュが今すぐ師団長になれるわけがなく、しばらくはオリヴィアが務めることをステファン伯爵は期待していた。期待というよりもほぼ強要に近い。
 師団長になりたいものは多い。
 それらの上に常に立ち、力を見せつけなければならない。
 気持ちは疲れていたが、オリヴィアは己の務めを果たそうとした。

「オリヴィア。俺のせいでごめんな」

 ふいにジョッシュにそう言われ、オリヴィアは驚く。
 振り向くと大人びた表情のジョッシュがそこにいた。

「俺、クロエの生まれ変わりなんだ。前世ではごめん。しかも今もこんなに迷惑をかけることになって」

 オリヴィアは理解が追い付かず、ジョッシュを食い入るように見る。

「信じれないかもしれないけど、俺、本当にクロエの生まれ変わりなんだ」

 情けない顔でジョッシュはそう繰り返す。
 六歳児の戯言、そう思えないのはその魔力の量と瞳の色のせいだった。
 もう、嫌だ。
 ずっと我慢していた、オリヴィアは一気に疲れてしまって、その場にへなへなと座り込んだ。

「父上に言うつもりはない。言ったらさらに面倒なことになりそうだ。これ以上、オリヴィアに迷惑にならないようにする」

 前世で、クロエに心配されたことなどない。しかもそんな謙虚な言葉など聞いたことがなかった。正直言って、オリヴィアは鳥肌が立ちそうだった。
 やはりジョッシュの思い込みではないか、誰かに騙されているのでないか、そんな気持ちを抱えながら、オリヴィアはクロエと生活を共にした。
 クロエはオリヴィアに対して厳しかった。
 平民であったオリヴィア、学校にいくわけもなく、文字など読めるはずがない。 
 彼女なりに一生懸命学んでいたのだが、クロエは辛辣だった。
 屋敷で彼に会うのが億劫で避けていた。
 食事などは家族みんなで取ることが規則だったので、オリヴィアにとって食事時が一番苦手な時間だった。
 なので正直彼が戦場で死んだ時も、感傷に浸ることもなかった。
 しかし、そんな感情は全て昔の者で、今のジョッシュは六歳の男の子だ。
 クロエのことを考えないようにして、彼に接した。
 ジョッシュは時折クロエのように振る舞ったり、年齢に相応しい子供の用にふるまったり、忙しい子どもだった。おかげでオリヴィアは毎回彼に振り回されることになる。
 ある日なんて、乗馬をすると言い、馬を用意したが、体の小さい彼が一人で馬に乗れるわけがなく、悔しいのか、悲しいのか、泣いてしまったことがあった。
 涙をぽろぽろとこぼす彼に同情してしまい、オリヴィアが慰めていたらいつの間に彼女にもたれかかり、寝てしまった。
 過去はどうであれ、ジョッシュはオリヴィアにとって庇護すべき子供あり、クロエのことを意識しないように振る舞った。
 そうして十年が過ぎ、ジョッシュは十五歳。オリヴィアは三十歳になり、ずっと誤魔化した気持ちを隠せなくなった。

「師団長は、俺のことが苦手ですよね?」

 十五歳のジョッシュはクロエそっくりの外見になっており、言わずとも、平民で魔力があるということを問題にしていた者にとって、答えが出る形になっていた。
 生まれ変わりの事例は過去に何度かあったからだ。

「そんなことないから。ジョッシュ」
「無理しなくていいから。オリヴィアは昔から俺が嫌いだった」
「……嫌いじゃないよ。ジョッシュ」
「俺は知ってるよ。クロエだった俺はひどかったし」

 ジョッシュは自虐的に笑う。
 オリヴィアは結婚を進められたこともあったが、彼女はジョッシュを早く師団長に押し上げ、退団して旅に出ようと思っていた。表向きは修道院に行くと伝え、そのまま隣国へ渡るつもりだった。
 腐っても師団長、女であるが一人旅に問題があるわけもない。
 しかもオリヴィアは女性的体形ではないので、男性の服を着て、フードを被れば男性に見えないこともない。

「魔法師団入団、おめでとう!」
「ジョッシュ、期待してるぞ」

 ジョッシュが魔法師団に入団した夜、オリヴィアは本当に嬉しくて心の底から祝いの言葉をかけた。
 白髪になり老年期に入ったステファン伯爵は満面の笑顔だ。
 食事を終え、ステファン伯爵は先に部屋に戻り、食卓で二人っきりになった。
 
「ジョッシュ。本当におめでとう。あなたならすぐに師団長になれるよ」
「別に俺は師団長になりたいわけじゃない。オリヴィアは俺に早く師団長になってほしいんですよね?」
「うん。あなたは師団長に向いてるよ。私より」
「そんなことないよ。俺は向いてなかった。だから前は簡単に死んでしまった。師団長なのに馬鹿みたいに突っ込んで」

 その話をオリヴィアはもちろん知ってる。

「だから、それから学んで、ジョッシュはいい師団長になれる。失敗は成功の元だよ」

 オリヴィアはクロエが嫌いだ。
 しかしジョッシュとして十年間彼に接してきて、別の感情が生まれていた。
 それは姉のような感情だった。
 なので、諭すように語る。

「俺はオリヴィアの指揮の下、動くのが好きだ」

 ジョッシュはその琥珀色の瞳を煌めかせて、オリヴィアを見つめる。
 クロエを思い出して、オリヴィアは視線をそらしてしまった。

「ステファン伯爵はあなたに期待してる。私ではないよ」
「あのくそ親父が」

 オリヴィアはその悪態に笑ってしまった。
 クロエは絶対にそんなこと言わなかった。
 ジョッシュは感情が豊かで、やはり別人だと安心する。
 それでも、オリヴィアはジョッシュを師団長にして、退団したいと思っていた。

 ジョッシュが入団してから、二年が過ぎた。

 ある日、魔獣が突然街に現れた。
 オリヴィアは自らが赴き、街を守り、戦った。
 ジョッシュたちの部隊は、街から離れたところで魔獣狩りをしており、他に動かせる部隊がなかった。
 久々に前線にたって、魔獣相手に魔法を使う。
 オリヴィアは自分の衰えを感じつつも、被害を広げないために力を尽くす。
 しかしついに力を使い果たし、その場に膝をついた。

「師団長!」
「私に構うな。それより、市民を守れ!」

 どこかで聞いたような言葉だと思いながらオリヴィアは部下に指示を飛ばす。

「オリヴィア!」

 上空から人が降ってきた。
 それはジョッシュだった。

「お待たせしました。師団長」

 次々とジョッシュの部隊が街に降り立つ。
 そうして、魔獣はジョッシュたちの駆除された。
 オリヴィアは街を危険にさらした責任を取って引退を決めたのだが、引退することはできなかった。
 まずジョッシュが反対した。
 彼一人だけでなく、他の魔術師もオリヴィアの退団に反対したのだ。
 彼女には責任はない。
 これは事故のようなものだと。
 多くの嘆願書を受け、王宮は彼女を引き留めた。
 責任として、彼女は謹慎処分を受けた。

「退団してもよかったじゃないか」

 屋敷でそう言うのはステファン伯爵だった。
 街でのジョッシュの活躍は彼を師団長に後押しするには十分、ステファン伯爵はそう考えていたのだ。
 オリヴィアは彼の考えが読めていたので、それに対して、そうですね。申し訳ありません。と言葉を返すしかなかった。
  
 半年後、再びオリヴィアは魔獣と対峙することになった。
 これは彼女が師団長として出張に出かけた矢先で、護衛が少なく、彼女の目前にまで魔獣が迫った。

「私に構わず逃げろ」
「師団長!」

 半年前と同じ言葉をオリヴィアは口にした。
 今度こそ、目的を果たそう、そんな思いが浮かんで、オリヴィアは驚いた。
 そして彼女は悟った。
 終わらせたいのだ。
 六歳にステファン伯爵に引き取られ、それから一生懸命学んだ。
 クロエには辛辣にされ、彼が亡くなった後はステファン伯爵の期待に応えるために、必死に学び働いた。
 そしてジョッシュが現れ、彼の教育に力を注ぐ。
 彼女は疲れていた。

「オリヴィア!」

 名を呼ばれた。
 ジョッシュの声だと気が付いた時には、目の前が真っ赤に染まっていた。

「俺のせいだ!」

 その血は魔獣の血であり、オリヴィアの目の前で魔獣が真っ二つになり、息絶えていた。

「オリヴィアは、死にたいって思っているんだろう」

 ジョッシュに言われて、彼女は怯えた顔で彼を見てしまった。
 なぜ知っているのか、その思いで満たされる。

「みんな、気が付いている。オリヴィア。あの腐れ親父のことは忘れて。あと、昔の俺も。オリヴィアはすごいよ。もっと自分を大切にして」

 オリヴィアの周りにジョッシュだけでなく、他の魔術師も集まっていた。

「……師団長。帰りましょう!」
「ほーんと、こんな魔獣で死にかけたなんて洒落にならないですよ」
「師団長。俺が送ります」
「そうそう、ジョッシュに送ってもらってください」

 戸惑いっているオリヴィアを前に、ジョッシュが馬を連れてくる。
 ジョッシュはオリヴィアを馬に乗せた後に、自分が後ろに乗った。

「じゃあ、後は頼みます。俺は師団長を送ります!」
「あ、送り狼になんなよ」
「なるわけないだろう」

 軽口を叩きながら、ジョッシュは馬を駆って進む。

「オリヴィア。大丈夫」
「う、ん」
 
 彼女は混乱していた。

「俺、オリヴィアが好き。クロエの時の俺は最低だった。だから、やり直させて」
「……ジョッシュ。頭大丈夫?魔獣の毒にやられたんじゃない?」
「そんなことない。いいよ。今はもう血は繋がってないし、俺のほうが若いから時間かけるから」

 オリヴィアの戸惑う事ばかりをジョッシュが口にして、理解が追い付かないまま、王宮の魔術師団に戻った。
 その後、ジョッシュは当主になり、新しいステファン伯爵になった。
 前ステファン伯爵は領地へ送られた。かなり無理やり送った形だ。
 十七歳になったジョッシュは、せっせとオリヴィアを口説いている。
 歳の差は十五歳。親子の差がある。
 オリヴィアは彼の気持ちを受け入れることはなく、十年後退団した。
 その後、旅に出てたが、行き先々でジョッシュに会うことになる。
 十年後、ジョッシュは師団長の地位を部下に譲り、退団した。そしてオリヴィアを追って旅に出る。
 二人は旅を続け、オリヴィアが五十歳になったところで、病気にかかった。
 ジョッシュは最後まで、オリヴィアの看病を続け、彼女に言い続けた。
 生まれ変わったら、俺を探してと。

 オリヴィアの死後から、十年後、ジョッシュは養女を迎える。
 けれどもジョッシュは養女を大切に育て、彼女を無事に嫁に送り出した。
 そして、死ぬ前に彼はひとつだけ願った。
 今度は同じ歳で生まれ変わりますようにと。

 四十年後、琥珀色の瞳の男の子と緑色の瞳の女の子がお茶会で出会う。
 男の子は、すぐに彼女に結婚を申し込み、親たちを仰天させた。
 
 巡り巡って、彼は彼女の愛を手に入れられたのか。
 また彼女は幸せになれたのか。
 それはご想像にお任せします。

(おしまい)
 
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