2 / 48
恋なんて関係ない。
1-2 ファリエス様は恐ろしい。
しおりを挟む彼女が団長室に入るのは半年ぶりだった。
退職してから一年、結婚したのはそれから半年後。
結婚後は夫人としての活動が忙しいのか、カサンドラ城に来られることはなかった。
普通は結婚前のほうが忙しいはずなのだが、ファリエス様は違った。
結婚するまで、週一で通っていただき、その度に手作りのお菓子を振舞われた。
その度に食べなければいいのに、食べてしまった団員が体調を崩し、医者の世話になる始末。
来られない半年間、本当に平和だった……。
なのに、なぜ……。
「ジュネ。見事に殺風景にしちゃったわねぇ」
ぐるりと部屋を見渡しファリエス様は可愛らしい笑顔を私に向ける。
「はっつ、そうですか?でもファリエス様の私物はご実家のほうへ送ってありますから」
「やぁね。ジュネ。怒ってるんじゃないわよ」
ふふふと団長時代同様、ファリエス様は口に手を当てると可愛らしい笑い声を立てられた。
なぜか悪寒が走ったのだが、気のせいだろう。
「桃色の壁紙とか、いいわよねぇ。ねぇ、今度かわいい壁紙を送ってあげようか?」
――いえ、結構です。
そうでかかった言葉を慌てて押しとどめ、私は「よろしくお願いします」と頭を下げる。
逆らうと怖い、上司ではなくなったのだが、逆らう勇気はなかった。
団長だから怖いものはないといいたい。
しかし、ファリエス様の怖さはなんというか、心の底から来るのでどうしようもなかった。
「じゃ、楽しみにしていてね」
「はい」
えっと、用はそれだけだろうか?
ファリエス様は目の前の来客用の椅子に貴婦人らしからぬ仕草で座っている。そして、突然天井を見上げ遠い目をされた。
「はあ。やっぱりいいわね。カサンドラ騎士団。私って結構女性らしいと思っていたけど、やっぱり騎士生活が長いとそういうのを忘れちゃってるみたいで。いろいろ大変なのよ」
「はあ……」
なんだろう。
愚痴を言いにきたのだろうか?
お茶でも出すべきだろうか?
そうだ。
お茶。
「ファリエス様、お茶を用意させますね。少々お待ちを」
「いらないわ。それよりも用事があるのよ」
部屋から出ようとした私に、ファリエス様が待ったをかける。
「ジュネ。新しい入団希望者がいるの。試験内容は前と同じ?貴族出だけど」
「貴族出?珍しいですね。どこのご令嬢ですか?」
そんな酔狂な人材が貴族にいたのかと、私は思わず食らいついてついてしまった。
「エリー・カラン。私の従姉妹よ」
従姉妹、
従姉妹……。
なぜか、従姉妹という言葉の衝撃は大きかった。
いや、従姉妹。
姉妹ではない。
きっと違う感じで、しかも、試験に受かるかわからないじゃないか。
「本人がすごいやる気なのよ。まあ、お父様もかなり勧めていたけど。でも、叔母様がすっごくお怒りなのよね。私としてはあまり受かってほしくないのだけど」
「そうなのですか?それでは、試験は受けないほうがいいのでは?」
「そうしたいのだけど。本人がやる気だからねぇ。まあ、受かるわけないから、受けさせてみようと思ってるの。で、試験内容なのだけど」
「えっと、走りこみを砂時計一個分、井戸の水を四回城に運び込む、斧で薪を作る、この三つですね」
「……相変わらずなんか、めちゃくちゃな試験内容よね」
「実用的でいいですよ。やはり騎士となるからには力仕事をしてもらわないといけないですから」
なぜかファリエス様は変な顔をされた。
おかしいことを言っただろうか?
「あの子にはとても不可能な内容ね。きっと無理だわ」
「……やはり受けさせないほうがいいのでは」
かなり前の話だが、無理に試験を受けて、腰を痛めたご婦人がいた。私のことをじっと見つめ、ちょっと気持ち悪かったから、同情はできなかったが、試験はそんなに簡単ではないのだ。
「走りこみでばてるはずだから、大丈夫よ。本当強情な子で、やらないと気がすまないのよねぇ」
「はあ、強情……」
従姉妹、従姉妹。
似てるのだろうか。
いや、受からない。
受かるわけがない。
「私の場合は、王命だったから、試験なんか受けなくてもよかったけどね」
ファリエス様はその天才的剣術を見込まれ、王に直接騎士団入団を薦られた。 騎士一家のリンデ家で修行されていたのだから、当然といえば当然なのだが。
私もファリエス様の剣捌きには結局ついていけなかった。
それでも体力がないので、持久戦に持ち込めば私の勝ちだったのだが。
「さあ、帰ろうかしら。この次来るときは壁の色が替わっているはずね。ふふ。楽しみだわ」
――やはり忘れていないのか。
この調子では、きっと彼女好みの派手な壁紙が送られてくるだろうな。
私は彼女を門まで送りながら、送られてくる壁紙のことで頭がいっぱいだった。
真っ赤とかは、本当にやめてほしい。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日7時•19時に更新予定です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです
ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。
そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、
ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。
誰にも触れられなかった王子の手が、
初めて触れたやさしさに出会ったとき、
ふたりの物語が始まる。
これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、
触れることから始まる恋と癒やしの物語
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる