28 / 48
恋をしてみようか
2-7 アンが来るらしい
しおりを挟む「団長さん。どうしちゃったの?」
翌朝、食堂で会ったベリジュが私の顔を見て心配そうに眉間にしわを寄せる。
え?そんなにひどい顔なのか?
目覚めて鏡を見たとき、それは寝不足の顔をしていたが、そこまでひどいようには見えなかった。
「大丈夫だ」
「大丈夫なわけないじゃないの。朝食とったら医務室に来なさいね」
ベリジュの言葉を聞いていた者が気を利かせたのか、休暇を取っていたメリアンヌに連絡して、今日の新兵の訓練は彼女担当になり、私は強制的に医務室に案内された。
いや、単なる寝不足で、しかも自己管理が足りないだけだったのだが。
団長たるもの、団員の見本であるべきなのに情けない。
メリアンヌの当番の時は私が代わろう。彼女の休暇をつぶしてしまって申し訳ない。
「さあ、聞かせてちょうだい。何があったの?」
医務室に入るなり、ベリジュは扉に内鍵をかけ、私ににじり寄る。
「な、何もない!」
私の体調に気をつかったわけではなく、寝不足だと見抜き、その理由を知りたかったのか!
罠に嵌まって気がして、私は扉の方へさり気なく移動する。
「冗談よ。冗談。まあ、聞きたいのは本当だけど。さあ、横になって。そんな状態で新兵の訓練なんかしたら、倒れちゃうわよ。それこそ、団長さんとしての威厳がなくなっちゃうんじゃないの?」
彼女は私よりも何枚も上手で、あのファリエス様と対等に渡り合えるくらいだ。
私の性格も把握しており、警戒しながらもベッドに横になった。
「ミラナが元気になってよかったわね。これであんたも自由だわ」
ベリジュは私の脈を取りながら、話しかける。
そんな情報どこから。
いや、ミラナの様子を見ていたらわかるか。最近の彼女は笑顔を取り戻しつつあった。そう言えばエリー以外の者と一緒にいるところも見かけるようになったな。
「団長さん。もっとゆったり物を考えたら?あんた、本当がっちがっちだからねぇ。そこが可愛いんだけど」
「か、可愛い?!」
そう言えば、エリーにも言われたな。
「ベリジュ。私は、みんなにそんな風に思われているのか?」
「そんな風?」
「可愛いってことは頼りないってことだろ。守ってやりたいってことだから」
「違うわよ。あんたを頼りないなんて思っていないわ。ただ、すごく真面目で、一本木のところがなんか純粋で可愛いなってみんな思うのよ」
ベリジュの答えに私はなんと返していいかわからなかった。
それは褒め言葉なのか。それとも柔軟性がないということなのか。
「あーあ。また考え込んでるわね。はいはい。この話は終わり。皆あんたをちゃんと団長だと思っているわよ。心配しないで。さあ、少し寝なさい。元気になったらメリアンヌと交代したらいいわ。気にしているんでしょ」
「ああ。ありがとう……」
母親のようだな。
いや、失礼か。
ベリジュが私に背を向ける。
そして直ぐに彼女が仕事を始める音が聞こえてきた。すり鉢で薬草を擦る音が規則的に耳に届く。
その音は私の眠気を誘うのに十分だった。
窓から入ってくる風が心地よいと思っているといつの間にか眠りに落ちていた。
☆
「殿下が?」
「絶対に確かめに来るためね」
ひそひそと話す声で私は目を覚ます。
話しているのは真っ赤な髪のファリエス様、そしてベリジュだった。
「あんたは、どっちがいいの?」
「私は殿下かなあ。ナイゼルに頼まれて、黒豹を押すように言われているけどね。王位継承権なんて放棄しちゃってもいいんじゃないかなあ。そうじゃないと私は反対ね。ジュネがあの王城で暮らすとか想像つかないもの」
「ファリエスが殿下押しなのが意外だわ。あんたなら絶対黒豹だと思ったけど」
「まあ、黒豹のほうがまとまりやすいと思うけど。不器用すぎて見ていて痛いのよねぇ」
な、何を話している。
アンと黒豹……テランス殿。
どっちとかありえない!
「何を話しているんですか!ファリエス様!それにベリジュも!」
「あーあ。起しちゃったか。ファリエス。声が大きかったわね」
「それはあなたもでしょ」
ベッドから体を起こした私を一度見たあと、二人は言い合いを始める。
「まったく、嫁にいったのに騎士団に入り浸るのもどうかも思うわ。トマスは浮気しないの?」
「う、浮気?トマスって、人の夫を勝手に名前で呼ばないでよ!」
「ごめんなさいねぇ。つい。エッセ様はこんな妻で満足しているのかしら。騎士生活が長いから、色気も足りなさそうだし?」
流れるような金髪の髪を意味深に掻き揚げ、ベリジュは微笑んだ。
け、喧嘩、売ってるよ。ファリエス様に!
「うるさいわね。この乳だけ女。男がみんなそれしか興味ないみたいに言わないでよ!」
「そんなこと言ってないわよ。勝手に想像しすぎじゃないの?」
言い返すファリエス様に対してベリジュは完全に余裕で、悠然とした笑みは浮べられたまま。
これは、ファリエス様が負けた。
すごいな。
「このぉ。ジュネ。団長室に行くわよ。こんなところで話はできないわ!」
「ファリエス様!」
ファリエス様が、ベッドの上の私を引きずるようにして立たせる。
可笑しそうに笑っているベリジュに見送られ、私は団長室へ連行されていった。
「まったく。あの下品な女。街に女医がいたらすぐに代わってもらうのに。いや、王都から呼ぼうかしら」
団長室を乱暴に閉め、ファリエス様はソファに深く腰を下ろす。私は自然とその前に座ることになった。
「あのファリエス様?」
「嘘よ。嘘。ベリジュが優秀なことは知っているわ。ただ頭にきているだけだから」
腕を組み、怒りが収まらない様子でファリエス様は天井を睨む。
久々にお怒りの様子で、私も少し緊張ぎみだ。
先ほど自分のことが話題にされていたほうがまだましな気がする。
「はあ。もういいわ。ベリジュだから。仕方ないわ」
ファリエス様の唯一勝てない者、それがベリジュのような気がする。
彼女は大きく息を吐き、私に目を向けた。
「話を聞いていたから知ってると思うけど、アン、殿下が来週ラスタに視察に来られるわ。滞在期間は二週間よ」
そういえば、言ってな。そんなこと。
二週間か。顔ぐらいは見たいな。
「ジュネ。これは視察という名目の確認だからね」
「確認?」
「あなたと黒豹が本当に付き合っているか、どうかのよ」
「え?視察ですよね?私のことなんて」
「ナイゼルとトマスからの情報をあわせると、絶対に視察はこじつけで、本当の目的はあなただから。王城でもそれがわかるから、許可が下りるのが大変だったみたいよ。だけど体裁よく視察は行われる。まあ、しばらく王族が訪れてなかったら、おかしくない視察だしね」
そう言われても。
確認ってどうやってする気だ?
王子がそう簡単に自由行動はできないだろうに。
「来週から面倒なことになりそうだから、頑張ってね。絶対に王子が行方不明とかになりかねないわ。視察の通達が明日にはマンダイ家にいくわ。それから、マンダイ騎士団、警備兵団、そしてカサンドラ騎士団……。マンダイ騎士団が余計なことをしそうよねぇ。まったく」
ファリエス様は火がついたかのように話し続けた。
私はなんと答えていいかわからず黙ったままだ。
警備の仕方とか、三つの組織で話す必要が出てきそうだ。
ファリエス様がおっしゃることが本当なら、アンの奴、絶対に警備網を潜り抜けようとしそうだし。
頭が痛くなってきた。
いや、待てよ。
本当に私に会うのが目的なら、私から彼に面談を申し込んで、説明すればいいのじゃないか。まあ、テランス殿の手を煩わせることになるが。
ふと彼のことを考えて私は唇の感触を思い出す。
とたん、体温が上がった気がした。
「……ジュネ?大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
何考えているんだ。私は。そんなことより対策を。
「ファリエス様。私が考えるに、私からアン、殿下に謁見を願い出ることは可能でしょうか。そうすれば彼が警備を抜け出すことはないと思うのですけど」
「それはいい考えね!思いつきもしなかったわ。ナイゼルとトマスに言ってみるわ」
「よろしくお願いします」
考え込んでいる様子のファリエス様の表情が急に晴れる。
寝ている間に別れてしまったので、きちんと会いたいと思っていた。
でもこんな形では、本当は会いたくない。
……仕方ない。
一時の気の迷いで彼が王子の責務を放棄するなど、考えれらないから。
「あー。先にあなたに伝えにきてよかったわ。ベリジュと話したことはちょっと頭にきたけどね。まあ、それも久々だったし。多分、来週アンと会ってもらうことになると思うわ。色々準備していてね」
「じゅ、準備?」
何の準備だ?正装のことか?
しかしファリエス様は私の疑問に答えることなく、颯爽と部屋を出て行ってしまった。
0
あなたにおすすめの小説
転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました
桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。
言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。
しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。
──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。
その一行が、彼の目に留まった。
「この文字を書いたのは、あなたですか?」
美しく、完璧で、どこか現実離れした男。
日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。
最初はただの好奇心だと思っていた。
けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。
彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。
毎日7時•19時に更新予定です。
王宮地味女官、只者じゃねぇ
宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。
しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!?
王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。
訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ――
さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。
「おら、案内させてもらいますけんの」
その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。
王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」
副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」
ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」
そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」
けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。
王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。
訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る――
これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。
★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。
銀狼の花嫁~動物の言葉がわかる獣医ですが、追放先の森で銀狼さんを介抱したら森の聖女と呼ばれるようになりました~
川上とむ
恋愛
森に囲まれた村で獣医として働くコルネリアは動物の言葉がわかる一方、その能力を気味悪がられていた。
そんなある日、コルネリアは村の習わしによって森の主である銀狼の花嫁に選ばれてしまう。
それは村からの追放を意味しており、彼女は絶望する。
村に助けてくれる者はおらず、銀狼の元へと送り込まれてしまう。
ところが出会った銀狼は怪我をしており、それを見たコルネリアは彼の傷の手当をする。
すると銀狼は彼女に一目惚れしたらしく、その場で結婚を申し込んでくる。
村に戻ることもできないコルネリアはそれを承諾。晴れて本当の銀狼の花嫁となる。
そのまま森で暮らすことになった彼女だが、動物と会話ができるという能力を活かし、第二の人生を謳歌していく。
そのご寵愛、理由が分かりません
秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。
幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに——
「君との婚約はなかったことに」
卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り!
え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー!
領地に帰ってスローライフしよう!
そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて——
「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」
……は???
お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!?
刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり——
気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。
でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
※毎朝6時、夕方18時更新!
※他のサイトにも掲載しています。
触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです
ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。
そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、
ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。
誰にも触れられなかった王子の手が、
初めて触れたやさしさに出会ったとき、
ふたりの物語が始まる。
これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、
触れることから始まる恋と癒やしの物語
女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る
小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」
政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。
9年前の約束を叶えるために……。
豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。
「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。
本作は小説家になろうにも投稿しています。
【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。
朝日みらい
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。
宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。
彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。
加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。
果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる