彼氏なんてありえない

ありま氷炎

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クリスマスの夜

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「忠史!」
「あ、灘さん。こんにちは。ちょっと早くてすみません」

 ドアを開けるとすらりと背の高いイケメンが申し訳なさそうに立っていた。

 うーん。
 もったいない。
 なんでゲイなんだ。

 ふとそんな場違いなことを思ったが、俺は彼を招き入れる。


「うへぇ。灘さん、すごいですね」

 キッチンまできて、奴は驚きの声を上げた。

「あ、そこ。スペース空けといたから。オーブンも使えると思うよ」

 俺は忠史のケーキ作りのために空けておいた場所を指す。スープを煮ていたなべがゴトゴト音を立てたので、俺は蓋を開けるとお玉でかき混ぜる。
 火をつけっぱなしにしての忘れてた。
 いい具合にダシが出てて、野菜もクタクタになるまで煮えていた。火を消してお玉を置いて、奴を見上げると、忠史は持参の茶色のシンプルなエプロンを鞄から出そうとしていた。

「あ、エプロン持って来たんだ」
「はい、まあ」

 奴はさらっと答えると、エプロンを付ける。
 イケメンはエプロン姿も似合っていた。


「ふうん。もとは平らなんだ」

 サラダなどの盛り付けを済ませて、残りはいためる、あげるだけだった。
 俺はケーキ作りに興味があり、忠史の横に立って、その作業を見ていた。
 天板に白い紙を引いて生地を流し込むのを見て驚く。だけど、これを丸めると聞かされて納得する。巻き寿司の要領なんだな。

「次はチョコ生クリーム作りですね」

 奴は天板をオーブンに入れた後、頷く俺に説明するように言って、冷蔵庫からチョコレートを取りだし、細かく切る。そして湯の入った銀色のボールに小さめのボールに入れてかき混ぜ始めた。

「すげぇ。溶けていく。食べていい?」

 ボールの中の板チョコが滑らか解けていて、うまそうだった。

「いいですけど」 
 
 奴はそう答えるとチョコを溶かしている木じゃくしを渡してくれた。とろとろ溶けたチョコが俺を誘っていた。俺は思わずぱくっと口に入れる。
 口の中に熱い、でも滑らかなチョコの味が広がっていく。

「灘さん?!」
「あっつ、でもうっまい~~」

 俺がもう一度ぺろんとなめてしまった。
 うますぎ。
 本当はもっと舐めたかったが、忠史がなんだか困っていたので、素直に木じゅくしを返した。奴は受け取った道具を洗うと仕上げたばかりボールのチョコを掻き回す。

「次はどうするの?」

 そう聞いた俺に忠史は溜息をつき、側にあったテッシュボックスからテッシュを取って俺に渡した。

「口拭いてください。次は生クリームを作ります。この溶けたチョコレートと混ぜるのが難しんですよね」
 奴は淡々とそう言って、冷蔵庫から液上の生クリームを取り出した。

「すげぇえ。堅くなっていく!食べていい?」

 自動混ぜ機械を使い、液状だった生クリームがどんどん硬くなっていった。アイスクリームみたいで。俺は食べたくてたまらなかった。
 奴はちょっと驚いたように眉をひそめたが、スプーンで硬くなった生クリームをすくって俺にくれた。

 「うっまーい。いやあ、忠史に頼んでよかった。まじ幸せ~」

 口に入れた生クリームは、それはそれは極上な味だった。俺は天に自分が昇んじゃないかと思うくらい、その味に満足する。

 すると今度はオーブンからいい香りがしてきた。

「あ、いい香り~。ケーキ焼けたのか?」

 思わずオーブンにかじりついた俺の側に奴が立ち、ガラスの窓みたいところから中を覗き込む。

「あ、もうすぐですね」 

 忠史の声と同時にチンと音がして、奴は大きな布のグローブを付けると鉄板を取り出した。
 茶色のケーキが鉄板いっぱいに広がっていて、本物のケーキ屋みたいだった。

「うぉお。すげぇ!」

 驚く俺の隣で、忠史はケーキを網の上に落として白い紙をかぶせた。

「クリーム塗るの?」

 ケーキができたからすぐクリームを塗って作るのかと思い、聞いたら奴は説明してくれた。

「後で、です。熱いうちに塗るとふやけちゃいますから」
「あ、それもそうか」

 それもそうだよな。いやいやあほな質問した。
 でも待たないといけないのか。それじゃ、休憩したほうがいいよな。

「じゃあさあ、ちょっと休憩しようぜ。お茶かコーヒー何か飲む?」
「あ、じゃあ、お茶ください」

 そうして俺達はお茶の時間にした。

「忠史、お前マジですごいなあ。完成がめっちゃ楽しみ」
「灘さん、本当ケーキ好きですね」

 奴はお茶を飲みながら、そう答える。
 お茶を飲む姿も決まっていて、本当にイケメンってうらやましい思う。
 しかもケーキまで作れるなんて。
 ケーキなんてプロしか作れないって思ってたけど、そうじゃないんだな。

「いやあ、初めて生でケーキ作り見て感動したぜ。すごいよなあ」

 プロなみだった。
 生クリームとかも本格的だし。
 これが女の子だったら、本当毎週作ってもらいたい。

「本当。お前、男にしてるのもったいない。女だったらいいのに」

 俺が素直にそう言うと奴は笑う。

「……そうですか」

 そうか、奴はゲイだった。
 いつもうっかり忘れてしまう。
 こいつの場合は男のほうがいいだもんな。
  
 でももしこいつが女性的な顔だったら、俺は大丈夫なのかな。
 たとえば王さんみたいな。
 
「もしくは王さんみたいだったらなあ」

 気がつけば俺はそうつぶやいていた。
 奴はぎょっとして俺をみた。

 あ、そういや。話してなかったっけ。

「俺はさあ、1年前。王さんが日本にきたばかりのころ、王さんに告白したことあるんだ。もちろん玉砕で、すごく痛かったけど」
「………」

 奴は驚いたままだ、
 いや、もしかして誤解してる?ここは説明しないと。

「王さん、すごい綺麗だろう?だから男だけどいいかなと思ってんだ。でも興味がないからと怒鳴られた時はびびった。だから俺は彼が勇と付き合うことに反対してたんだけど、今の二人見てるとしょうがないなあと思う。勇はすごい素直だから、王さんに騙されてるような気がして心配だっけけど。まあ、本気で好き同志だからなあ。王さん、怖いけど一途だしな」
 
 そうそう。あの綺麗な人は、勇だけを受け入れた。
 だから一途なんだろう。
 あれくらい綺麗だったら、俺も道をはずしたかもしれないな。
 いや、はずすところだったか。

 そんなこと思っていると忠史が笑いだす。

「どうした?」
「俺も秀雄に振られたんですよ」
「え。お前もか」

 やっぱり、ゲイであんな綺麗な人だもんな。告白するよな。でもちゃんと断っていたんだ。王さん。
 しっかし、

「いやあ。罪な人だな」
「そうそう、罪な人ですよね。っていうか、灘さん、男も大丈夫なんですか?」

 突然の質問に俺は慌てて首を横に振る。

「え?!無理無理。でも王さんはほら、綺麗だろう?」

 そして立ち上がり、思わず忠史から離れてしまった。

 俺はあくまでも女の子が好きなんだ。
 誤解されたら困る。

 俺は逃げるように台所に向かう。 
 王さんのこと、話したのは失敗だったかもしれない。

「確かに王さんは綺麗ですよね。心配しないでください。俺も綺麗な人にしか興味はないですから」

 そんな俺に忠史は珍しく苛立った声でそう話した。

 俺は、彼の言葉に安堵したが、なぜか少しだけ胸が痛かった。
 おかしい。
 そう思ったが、俺は無視した。

「それは良かったぜ。じゃあ。俺は対象外だな」

 そう、よかった。
 奴の対象内だと、危険が伴う。
 だから対象外でよかったんだ。

 それから、俺達はなんだか、お互い無言だった。俺は無言というのが嫌いだ。でもなんとなく奴に話しづらかった。そうこうしているうちに6時になり、俺も奴も料理を完成させる。

「ケーキ、冷蔵庫に入れときますね」

 奴の声に振り返ると、テーブルの上に見事なブッシュドノエルが置かれていた。

「うわあ。すごいなあ。食べるの楽しみ。じゃ、入れといて」

 本当は味見と称して、すこし食べたかったが我慢した。
 さて、仕上げの盛り付けだな。

「手伝いましょうか?」

 俺が手でちぎったレタスや、プチトマトを唐揚げに添えたりしていると、忠史がひょいと隣に立った。

「ああ、じゃあさ。テーブルに食器置いてもらっていい?」

 盛り付けは簡単で、すぐに終わりそうだったからテーブルのほうを頼む。

「はい」

 奴は素直に頷くと、俺が差した方向に積んであった食器を4人分掴み、テーブルに置いていく。
 そうして俺達が準備をすべて終わり終えたころ、ピンポーンとインターフォンが鳴った。
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