カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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1『セイン』

1 第三章第十四話「天地谷を登って」

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 カイ達は見つけた脱出ポッドへと駆け寄った。実際駆けたのはダリル、コルン、レンの三人だけだが。
その脱出ポッドは左の山の断崖絶壁のような急斜面に立て掛けられていて、カイ達はそれを囲むように移動する。
 脱出ポッドの中に人の姿はなく、それはどうやら左の急斜面から滑るように落ちてきたようだった。
ダリル:
「結構落ちて新しいみたいだな。錆びた後も風化も見当たらない」
カイ:
「てことは、中にいたのってフィールス王国の人の可能性もあるよな」
エイラ:
「そうですね、否定は出来ないかもしれません」
 違う可能性もあるかもしれないのだが、今のカイ達にはその可能性が極めて高いように思えた。
レン:
「つまり、この近くにフィールス王国からどうにか逃げ延びた者がいるかもしれないということか」
カイ:
「ならさ、探してみようぜ!」
 カイが嬉しそうに声をあげる。
カイ:
「もしかしたら一人で困ってるかもしれないしさ! それに散り散りになったフィールス王国の人達を集めるのも大切だと思うんだ!」
イデア:
「カイ……!」
 イデアがキラキラした目でカイを見上げる。イデアもフィールス王国の者ならば放っておけないのだ。
ミーア:
「でも、難しくない? 今どこにいるかなんて検討つかないでしょ」
 ミーアの発言にカイが言葉を詰まらせる。
カイ:
「それは、あれだ、エイラ、何か案を出してくれ」
エイラ:
「人頼みですか」
カイ:
「頼られて嬉しい癖に」
エイラ:
「カイ様以外でしたら跳んで喜んでましたよ」
カイ:
「想像できねえよ……」
 カイにそう言うエイラだったが、案がないわけではなかった。
エイラ:
「そうですね、可能性のある場所は分かりますよ」
カイ:
「というと?」
エイラ:
「この脱出ポッド、どうやら上から滑り落ちてきたようです。もしかしたら上で中の人が出た後、風やら何やらでこの脱出ポッドは落ちてきたのかもしれません。どうやらこの山の上には竜を崇拝している村があるらしいじゃないですか」
カイ:
「つまり、その村にいる可能性があるってことか」
エイラ:
「そういうことです」
 その言葉を聞いたカイ達は断崖絶壁を見上げた。
カイ:
「この、上ね……」
ミーア:
「え、登るの? この断崖絶壁を?」
 天地谷の長さほどではなかったが、高さもかなりあるのであった。
 すると、ダリルが生き生きと全員を促した。
ダリル:
「まぁ仕方ないだろうな。カイとエリス様は空飛べるとして私達はエイラの絨毯に乗り込みましょう」
エイラ:
「……もう歩きたくないだけじゃないんですか」
ダリル:
「……さぁ、そうと決まれば出発しましょう」
 ダリルがエイラの言葉を無視して、エイラ達の乗る絨毯にずかずかと上がり込んでいく。コルンとレンも同様だ。
レン:
「まぁ、フィールスの民がいるなら捨て置けないからな」
コルン:
「ええ、同胞がいるなら見つけておきたいですからね」
エイラ:
「……はぁ」
 エイラがため息をつく。そして恨みがましくカイを睨んだ。
エイラ:
「カイ様、ダリルをお姫様抱っこして登ってくださいよ」
カイ:
「嫌だよ!? 何が楽しくて男をお姫様抱っこしなきゃいけないんだ!」
 そんなこんなでカイ達は断崖絶壁を登り始めた。
 そして大体半分ほど登ったかというところで、カイがエイラに尋ねた。
カイ:
「エイラ、何とか持ちそうか?」
 エイラの額には大量の汗が浮かんでいたのである。
エイラ:
「ギリギリですが何とか」
 すると、イデアがエイラに声をかけた。
イデア:
「エイラさん、わたし、降りましょうか?」
エイラ:
「え、いや、降りるって言ってもどこに……」
イデア:
「わたしはカイに運んでもらいます」
カイ:
「えっ!?」
 カイが驚いているのも束の間、イデアが絨毯からカイへと飛び込んだ。
カイ:
「うおっ!」
 イデアを慌ててどうにか受け止めるカイ。落としていたら確実にイデアは死んでいたかもしれない。それほどの高度にいるにもかかわらず、イデアは随分と大胆な行動をとったのだった。
エイラ:
「イデア様、本当はそうしたかっただけでは」
 イデアの嬉しそうな表情にエイラが苦笑する。カイは抱えやすいようにイデアをお姫様抱っこした。するとイデアがカイの首に腕を回してくる。
カイ:
「イ、 イデア……!」
イデア:
「カイ、よろしくね」
 その天使のような笑顔をカイは直視できなかった。
カイ:
「(くそ、これは色々な意味でヤバい!)」
 カイをいい香りや柔らかな感触が襲っていた。このままでは逆にカイが襲う立場になりかねなかった。
カイ:
「さ、先行くわ!」
 そう言ってカイはエイラ達をおいて断崖絶壁を駆け上がる。すると断崖絶壁が終わり平坦で広々とした岩の広場に出た。カイ達の右側には山頂へ続く斜面が続いており、左側は山から見える絶景が広がっていた。気付けば夕陽が沈もうとしている時間で、それがまた絶景を絶景とさせていた。
カイ:
「綺麗だな……」
イデア:
「うん……」
 カイとイデアがその絶景を眺めていると、ようやくエイラ達が到着する。
エリス:
「なんだ、ここ」
ミーア:
「整地されているみたいに何もないね」
 続々と風の絨毯から全員が降りていく。絨毯を解除して座り込むエイラにイデアが駆け寄って水を渡していた。
イデア:
「お疲れ様です」
エイラ:
「ありがとうございます。イデア様は本当にカイ様にはもったいないくらい素敵な方ですね」
イデア:
「そんなことないですよ。逆にカイにわたしが相応しいか疑問です」
エイラ:
「……恋という魔法は凄まじいですね」
 もはやカイの信者であるイデアにエイラは苦笑した。
 一方でダリルとコルンは右側の斜面を見上げている。
ダリル:
「随分高いところまで来たな。酸素もだいぶ薄くなってきたようだ」
コルン:
「でも、ここもまだ山頂ではないみたいだぞ」
ダリル:
「山とはなんと凄まじい自然物なのだろうか」
 二人は山の偉大さについて語っていた。
 そしてミーア、メリル、ランはというと左側から見える景色に浸っていた。
ミーア:
「すっごい綺麗だね!」
メリル:
「うんうん、だいぶ遠くまで見えるよ!」
ラン:
「あそこはチェイル王国ではないか?」
ミーア&メリル:
「本当だ! ちっちゃーい!」
 はしゃぐ三人がその絶景から目を離すことはなかった。
 最後に、カイ、エリス、レンの王子三人は前方へと足を踏み出していた。その前方には何やら吊り橋がかけられているのだ。
カイ:
「あそこの吊り橋行ってみようぜ。あの向こうに村があるかも」
エリス:
「なら競争だ!」
レン:
「やめろ、子供か」
カイ:
「乗り悪いぞ、レン」
エリス:
「そうだそうだ!」
レン:
「おまえ達、本当に王子か……」
 騒ぎつつも吊り橋へ近づく三人。すると、その三人に声がかけられた。
???:
「そこの若いの、止まりなさい」
カイ:
「ん?」
 その吊り橋の向こうから古びたローブを来た白髪の老人が、そう三人に声をかけながら姿を現した。
 老人は顎から長く伸びている白い髭をさすりながら真っ直ぐカイ達へ近づいていく。
老人:
「お主達、何の用でここまで来たんじゃ?」
カイ:
「ああ、おれ達は―――」
レン:
「我々は仲間がここにいるのではないかと思ってこの山を登ってきたんだ」
 三人の中で一番常識人であるレンが代表して老人と言葉を交わす。カイは少し文句がありそうだったが。
 その声が聞こえたのか、他の皆もぞろぞろとカイ達の傍に集まってきた。イデアとエイラは少し遅れているが。
ダリル:
「何事だ?」
カイ:
「なんか爺さんが絡んできたんだよ」
メリル:
「村の人、ということ?」
 皆が不思議に思う中、レンと老人の会話は続いていた。
老人:
「仲間とな」
レン:
「ああ、我が国が襲われたのだが、その際に脱出ポッドで逃げた仲間だ。谷で脱出ポッドは見つけたのだがその中に人は入っていなかった。もしかしたら山の上にいるのではないかと思ったのだが、何か知らないか?」
 レンがそう尋ねる。すると、老人は目を閉じ、口も閉ざしてしまった。不思議に思ってレンが声をかけようとすると、老人がちょうど目を開き、口も開いた。
レン:
「儂は確かにその仲間という人物を知っているかもしれん。そやつは今、儂が保護しておるからのう」
レン:
「本当か!」
ミーア:
「やったじゃん!」
 老人の言葉にカイ達が喜びを表現する。だが、次の老人の言葉でそれは消え去ってしまった。
老人:
「だが、果たしてお主達は本当に仲間なのか」
レン:
「何だと……?」
老人:
「そやつは確かにお主と同じ事情を話してみせた。そして、ここに留まらせてほしいとな。そやつはとても震えておったよ。きっと辛い目にでも遭ったのだろう。その辛い目にお主達が遭わせていないという証拠がない。辛い目に遭わせた者だって同じ事情は説明できる。お主達に場所は教えられん」
 老人がそう言った時だった。
エイラ:
「久しぶりですね、ジェガロ」
老人:
「む?」
 その老人にそう声をかけたのはエイラだった。少し遅れてカイ達の元に到着し、一番前まで出てくる。
カイ:
「エイラ、この人知ってんのか?」
エイラ:
「ええ、そりゃもう」
 すると、老人はカイの言葉に耳を疑った。
老人:
「なに、エイラじゃと?」
エイラ:
「そうですよ、エイラです。エイラ・フェデルです」
 親し気に話しかけるエイラ。カイ他レイデンフォート組は驚愕していた。
カイ:
「おれ、エイラの本名初めて聞いたかも」
ミーア:
「わたしも」
ダリル:
「私もだ」
 そして、老人ジェガロも驚きを露わにしていた。
ジェガロ:
「お主、あの悪魔のエイラか!」
エイラ:
「そうです、あの悪魔っ子のエイラですよ。ご無沙汰してますね、ジェガロ」
 エイラが悪魔のような微笑みをジェガロへ向けていた。ジェガロも少し嬉しそうにしており、先程の気難しさはどこにもなかった。
ジェガロ:
「お主がいるということは、ゼノとセラはいないのか?」
エイラ:
「残念ながらゼノとセラ様はいませんが、その息子と娘ならいますよ」
 そう言ってエイラはカイとミーアを手招きする。エイラがゼノを呼び捨てにしたことに驚きながら、カイとミーアは前に出た。
カイ:
「ど、どうも。カイ・レイデンフォートっす」
ミーア:
「ミ、ミーア・レイデンフォートです」
 珍しく畏まるカイとミーア。それもそのはず、ジェガロがじろじろと二人を見ていたのだ。
ジェガロ:
「ふむ、カイとやらはゼノ似じゃの、馬鹿っぽいところもよく似ている」
カイ:
「なに!?」
ジェガロ:
「ミーアとやらはセラ似か。背は低いようじゃが」
ミーア:
「っ、気にしてるのに!」
 ジェガロはまるで孫を見るようであった。
ジェガロ:
「そうか、あやつにも子供が。それほど月日が経ったということかのう」
エイラ:
「そうですね。あれから随分時が経ちました」
 そう言って、エイラとジェガロが何やら遠い目をして何かを思い出していた。
カイ:
「いや、あれからってどれから!? よく関係性が見えないんだけど、爺さんは親父や母さんと知り合いなのか?」
ジェガロ:
「ん、そうじゃ。あれはの―――」
 そうしてジェガロが何かを話そうとしたその時だった。
エイラ:
「ジェガロ」
ジェガロ:
「ん?」
 エイラが何やらジェガロへ耳打ちをする。その内容はもちろんカイ達には聞こえていなかった。やがて耳打ちが終わり、ジェガロは驚いた顔をする。
ジェガロ:
「なに、そうなのか」
エイラ:
「はい、そう決めましたので」
 エイラが少し悲しそうな顔で微笑む。それにジェガロが頷いた。
ジェガロ:
「うむ。ならば話を合わせよう」
エイラ:
「ありがとうございます」
 二人の中では話がまとまったようだが、カイ達はまるで何も分かっていなかった。
カイ:
「どうしたんだ?」
ジェガロ:
「ん、いや……」
 ゴホンと咳ばらいを一度してから、ジェガロが再び話し始める。
ジェガロ:
「要はじゃ、儂とこのあ……エイラとゼノとセラは昔からの知り合いなのじゃ。あれはまだゼノがカイ、お主ほどの歳の頃じゃったよ」
エイラ:
「古い友人ということです」
カイ:
「はー、そうなのか。……ってあれ、てことはエイラ今何歳? 見た目のわりに結構いってる?」
 カイがそれを口にしてしまった。ダリルが同情するような目をカイに向ける。
ダリル:
「カイ、やってしまったな」
カイ:
「え?」
エイラ:
「カイ様、女性に歳を尋ねた代償は尋ねた者の命だって知ってましたか?」
カイ:
「いや初耳なんだけど!?」
ダリル:
「見ろ、悪魔の微笑みとはあれを言うんだ」
ミーア:
「確かにあの笑みは命を獲りそうだね」
 エイラの微笑みは確かにそう言っても過言ではなかった。
 そのカイとエイラのやりとりを懐かしそうに見つめるジェガロ。そしてレンに声をかけた。
ジェガロ:
「疑って悪かったのう。ゼノの子とエイラがいるのならば、間違ったことはしてなかろう。その仲間の元へ案内しよう」
レン:
「本当か! 助かる!」
 そうして、ジェガロを先頭にカイ達は先へ進もうとしたその時だった。
 例のごとく奴ら、ダークネスが転移してカイ達の頭上に現れたのである。
???:
「おいおい、見つけたぞ! イデアちゃんよぉ!」
???:
「逃がしはせん」
???:
「ここで捕まえます」
 そして奴らという表現から分かるように、今回は三人であった。
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