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2『天使と悪魔』
2 第二章第十八話「心の革命」
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イデアは一瞬、この世が現実だとは思えなかった。
目の前で瀕死の状態で倒れているカイ。千切られた左腕と右足の太腿からは大量の血と共に何やら神経のようなものが飛び出しており、さらに左の眼球は抉られていて開けられることはない。仮に開いたとしても何も見ることは出来ないだろう。
カイ:
「ガ……アァッ……!」
それでもカイは血を吐きだしながら残った右腕と左足だけで立ち上がろうともがく。だが、力を入れようとしても立ち上がる事は出来ず、かえって千切れた部分から血が噴き出していくだけであった。
イデア:
「そ、そんな……嫌っ………! カイ!」
その様子に我に返ったイデアが慌ててカイの傍に駆け寄る。衣服が血の池によって赤く染められていくがイデアは気にすることなく倒れ込むカイの傍に座り込んだ。
イデアから見て、カイの死はもうすぐ間近に迫っているように思えた。
イデア:
「嫌だよ、カイ……死なないでよ……!」
イデアの眼からは涙が零れ落ち、やがて嗚咽が漏れていく。
カイ:
「お、おれは……死なない………」
倒れながらカイは血を吐きだし言葉を紡ぎ、残っている右目でイデアを捉える。だが、その焦点は既に合ってはいなかった。
その様子を空中から見つめながら、シーナはカイに問う。
シーナ:
「そんな状態でも、おまえは絶望しないのか?」
カイ:
「当たり……前だ」
最早喋るのも限界であったが、カイがどうにか力を振り絞って答える。そして、右目で真っ直ぐにシーナを睨みつけた。
シーナは苦笑する。
シーナ:
「本当に凄いな、おまえ。そのメンタルの強さは尊敬に値するよ。でも、やっぱりおまえの絶望する姿を見てみたいんだ。だから、今度は四肢全てを千切ってやるよ!」
言い終わると共にシーナがカイめがけて飛んでいく。
イデア:
「……っ!」
イデアがその直線上に割り込もうとするが、シーナの速度の方が圧倒的に速い。カイは立ち上がろうともがいているがまだ立つことは出来ていなかった。
そして、シーナがカイめがけて硬質化された手を突き出す。
イデア:
「嫌ぁあああああああああああ!」
イデアの悲痛に満ちた叫びが響き渡った。
その時だった。
突如、カイとイデアを飲み込むように黒いエネルギーが発生したのである。それはカイとイデアを覆い隠し、天井を破壊して天高々と昇っていた。
黒いエネルギーの柱が唐突にカイ達を包み込んだのであった。
シーナ:
「っ!」
突然のことにシーナは慌てて距離を取った。そのまま驚愕の表情でその黒い柱を見つめる。
シーナはこの現象を知っていた。
シーナ:
「あの黒い柱、あれは……!」
と、その時黒いエネルギーの柱にヒビが入り、次の瞬間粉々に砕け散っていく。
砕けた柱の破片が降り注がれる中、そこにはカイが立っていた。
亡くなったはずの左腕と右足に、爪の尖った真っ黒な、まるで硬質化させた悪魔族のような腕と足を手に入れて。
その姿にシーナは再び苦笑を洩らす。
シーナ:
「おいおい、マジかよ……」
シーナが笑うその視線の先で、カイが両目を開いた。
抉られたはずの左目は、白くあるべきところが黒く、そして瞳孔は赤く獣のように細長かったのだった。
イデア:
「カイ……」
イデアが驚いたようにカイの背中を見つめる。カイに何が起きたのか全く理解していないのである。
カイもまた自身の左腕と右足を注意深く見つめていた。
カイのその変化に、シーナは冷静に思考を巡らせていた。
イデア:
「(あれは魔魂の儀式……。つまりは、近くに……)」
そして、シーナは気付く。カイの足元に展開されている紫色の円型魔法陣を。そして、それがイデアの足元にも同様に展開されているのを。
イデアの足元の魔法陣に気付いた時、少なからずシーナは驚いていた。
シーナ:
「驚いたな……、まさかそこの女が悪魔族だったなんてよ……」
イデア:
「え?」
視線からイデアの話だとは分かっていたが、当のイデアはわけがわからなかった。そしてそれはカイも同じである。
カイ:
「……何言ってやがる」
左目の赤い瞳孔が鋭くシーナを睨む。
シーナは予想外の展開をこの上なく楽しんでいた。両手を広げて笑いながら、シーナが説明する。
シーナ:
「おまえの足元の魔法陣、それは《魔魂の儀式》っていう魔法の証だ。その魔法はな、悪魔族が自分の魔力を人族に半分分け与えることでその人族を悪魔族に出来るっていうもんだ。まぁ好き好んで自分の力を分けて人族を悪魔族に使用なんて奴はいないから滅多に使われることはないんだがな。けど、おまえのその左腕と右足、そしてその左目がその証拠だ。それらは全て悪魔族のものなんだよ」
カイが自身の左腕に注目する。確かにそれは人間のそれとは全く違うもので、悪魔の硬質化された腕と同じであった。
シーナ:
「そしてその魔魂の儀式は、おまえとそこの女の間で行われている。つまり、その腕や足はその女から分け与えられた悪魔の力だってことだ。ということは、その女は悪魔族ってことだろ?」
イデア:
「わたしが……悪魔族?」
信じられないといった様子でイデアが自身の両手を見つめる。その両手は震えていた。自身が悪魔族なんて話は全く聞いたことが無かった。そもそもフィールスの一族に魔力は存在せず、イデアがセインを譲渡出来ていることからフィールスの一族であることは確かである。それに仮にイデアが悪魔族である場合、両親であるシャルやルーシェンのどちらかも悪魔族であるということだ。しかし、そんな素振りは一切見たことが無い。悪魔族のことには箝口令が敷かれていたとはいえ、両親が悪魔族だとは全然思えなかった。
イデアの混乱はさらに続いていく。
イデア:
「(わたしがもし悪魔族で、でもお母様達が悪魔族じゃないとしたら、わたしはもしかしてお母様達の子供じゃないということ……?)」
考えれば考えるほど、イデアの震えが大きくなっていく。
自分という存在を見失いそうになり、イデアは必死で自分を抱きしめるが震えが止まる事はなかった。
だが、その震えはカイに頭を撫でられることによって止まるのだった。
カイ:
「イデアは、何族だろうがイデアだろ?」
カイがイデアに微笑んで見せる。
カイ:
「よく分からないけど、つまり今おれはイデアのお陰で立っているんだ。だから、ありがとな」
わしゃわしゃとイデアの髪をかき混ぜた後、カイがシーナへと視線を戻す。
イデア:
「カイ……」
イデアが撫でられた頭に手を乗っける。そこに残るカイの温もりにイデアは安心感を覚えるのだった。
カイは思案顔を浮かべていたが、次の瞬間悪魔の左腕となった左手の平から、漆黒の魔力を漂わせた。
カイ:
「(やっぱり……悪魔化している俺の左腕と右足には魔力が流れているみたいだな)」
その黒い魔力はやがて剣の形を型取りカイがそれを左手で掴む。その魔力の剣は流動的でメラメラと火のように揺らいでいた。
シーナはカイの様子を見ながら考えていた。
シーナ:
「(確かにあの黒い柱に魔法陣と突然の変化を見れば、あれは明らかに魔魂の儀式だ……。けど、あいつの身体の一部分しか悪魔化していないのはどういうことだ?本来体全てが悪魔化するはずだけど、あいつの場合失った部位しか悪魔化してねぇ。まるで補っているかのように……。それにあの腕と足、あれは硬質化か? 硬質化は上位の悪魔族しか使えないんだぞ……)」
そこでシーナがイデアへと視線を向ける。
シーナ:
「(半分の力しか分け与えていないにも関わらず硬質化させているだと……? 半分の力だけで上位クラスってことかよ……。あの女は一体……)」
シーナは考えてみるが、答えが出ることはなかった。そもそも考えるのが苦手なシーナは、首を振ってカイへ視線を戻し、構えた。
シーナ:
「まぁいいか! とりあえずあいつも復活したことだし、第二ラウンドと行こうか!」
そしてシーナがカイの眼前に出現する。あまりにも速過ぎるため転移したかのようだ。
だが、カイの眼には見えていた。カイの悪魔の左眼には。
シーナがカイに右腕を振り下ろす。それをカイは左の魔力の剣で軽々と受け止めた。それどころか魔力の剣を思い切り振るってシーナを吹き飛ばしたのだった。
これにはシーナも驚きを隠せない。
シーナ:
「っ、さっきまでスピードにもついてこれなかったのに! それどころかパワーで押し切られるなんて……っ!」
吹き飛びながら体勢を立て直そうとするシーナ。
カイはそこへ悪魔化した右足で大地を蹴って飛び出す。その加速は異常な速度で、次の瞬間にはシーナの眼前にカイが出現していた。
シーナ:
「なっ」
カイ:
「おおおおおお!」
掬い上げるようにカイが魔力の剣で斬り上げる。
シーナはそれを両腕を胸の前で交差させて防ぐが、上に大きく吹き飛ばされていく。その勢いのままシーナは城の天井を破壊してそのまま外へと飛び出していった。
シーナ:
「っ、さっきから驚きっぱなしだよ……!」
シーナが両腕へ視線を向けながらそう呟く。カイの攻撃を防いだその両腕からは鮮血が滴っていた。
シーナ:
「まさか私の硬質化を破るなんて……」
そう言うシーナの口元には今までにないほど笑みが浮かんでいた。
そこへカイが天井に開いた穴を通って飛び出していく。
カイ:
「この戦いを、終わらせる!」
シーナ:
「終わらせてたまるか! この最高の時間をよぉおおおおおお!」
禍々しく赤い空の下、両者が激しくぶつかり合った。
………………………………………………………………………………
ドライルは両翼を羽ばたかせながら最下層に到達する。
最下層は全く整地されておらず、ただただ無数に彫られたような穴があった。
奴隷達が必死になって掘っている光景がドライルの脳裏に浮かんだ。
だが、今その奴隷である大人の男性達はボロボロの服を着た状態で一か所に集まっていた。その集まり方は円状で、およそ半径十メートルほどの空間が中心に空いている。
その中心にいるのが、先程落ちてきたデバントである。
奴隷達1:
「何でこいつがこんなところに……」
奴隷達2:
「血、吐いてるぞ……」
デバントは先程のドライルの一撃でかなりのダメージを受けていた。たったい一撃だったにもかかわらず、デバントの身体は既にボロボロになっている。
奴隷達3:
「上で何が起きているんだ?」
最下層はかなり深くにあるため上の騒ぎを全く知らないのである。
デバント:
「っ、ぐっ、あのガキがぁああああああ!」
デバントが口元の血を拭いながらよろよろと立ち上がる。それに伴って奴隷達は少しずつ後退していった。
その時、ドライルが奴隷達へと叫びながらデバントの目の前に降り立つ。
ドライル:
「皆! そこで怯えて逃げてちゃ何も変わらないだろう!」
奴隷達:
「なんだっ!?何が起きているんだ!?」
デバント:
「クソガキィイイイイイイ!」
憎悪の感情むき出しでデバントがドライルを睨む。
その形相に大人たちは怯んでいくが、ドライルは怯まずに睨み返していた。
と、その時ドライルに奴隷たちの中から声をかけた者がいた。
???:
「……ドライルか?」
ドライル:
「えっ」
その声に、思わずドライルがそちらへ視線を向ける。
そこにはドライルの父親が立っていた。
ドライル:
「親父!」
久しぶりに見る父親の姿にドライルは思わず状況も忘れて立ち尽くしていた。
ドライルの父親:
「やはりドライルなんだな!? 一体おまえ何を―――!」
ドライルの父親も驚きの表情でドライルを見つめ返す。
その隙をデバントが見逃すはずが無かった。
デバント:
「感動の再会ですかぁああ!?」
ドライル:
「っ!」
突き出された硬質化された右腕を、ドライルが変化した真っ黒な右腕で受け止める。
デバント:
「私が再会に良い場所の提供をしてあげましょうか! 冥界という場所に二人共送ってあげますよ!」
ドライル:
「っ、送られるのはおまえ一人だけだ!」
弾き返してドライルが右の拳を握りしめてデバントへと飛びかかる。その拳は瞬時に巨大化してデバントへと振り下ろされたが、今回は避けられてしまった。
デバント:
「先程は驚いてしまって避けられませんでしたが、分かっていては避けることは可能なんですよ!」
ドライル:
「くっ!」
何度も拳を振るうがデバントがそれを躱していく。対してデバントが攻撃する際、ドライルは右腕を太くし、巨大な盾のようにして攻撃を防いでいた。
激しい攻防が続いていく。それを奴隷達は呆然と見つめていた。
そこへドライルが叫んでいく。
ドライル:
「皆、革命だ! 俺達は今革命を起こしているんだ!」
奴隷達:
「革命だと!?」
驚く声が次々と上がっていく。誰もそんな状況になっているとは思っていなかったのである。
ドライル:
「そうだ! このままじゃいくら経ってもこの国は変わらない! 変えないといけないんだ! 誰かが変えるのを待つんじゃなくて自分達が変えるんだよ! だから俺達は立ち上がったんだ! さぁ、皆もいつまでこんなところにいるつもりだ! 立ち上がるんだ! こいつを、倒そう!」
戦いながらドライルがそう奴隷達に語り掛ける。
だが、それに乗ってくる者はドライルの父親含め存在しなかった。
ドライルの父親:
「……」
沈黙が答えとなってドライルに返ってくる。それでもドライルは諦めなかった。
ドライル:
「っ、みんなは、心まで奴隷になっちまったのかよ!」
奴隷達:
「……っ!」
その言葉に奴隷達が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。だが、返答する者はいない。
ドライルはデバントの攻撃を防ぎながら叫んだ。
ドライル:
「俺だって! 俺だってさっき諦めたよ! 死ぬと思った瞬間全部諦めたよ! 革命なんて無理だったんだって、心までこいつらに屈しそうになった! でもな!」
どうにかデバントの攻撃を押し返してドライルが飛び出していく。その脳裏にはカイの姿が浮かんでいた。
ドライル:
「でも、今あの王と誰が戦ってると思う!? 皆が諦めて戦わなかった王と全力で誰が戦ってると思う!? 人族だぞ!!」
奴隷達:
「なっ、人族だと……!?」
これには驚いたようで奴隷達が再びざわつく。
ドライル:
「その人族はどれだけボロボロになっても諦めてなんかいなかった! 人族が必死になってこの国の王とこの国を変えるために戦ってるんだぞ! 俺達はただ黙ってそれを見ているだけなのか! 違うだろ! 何で人族にこの国の命運を任せてんだ! 俺達は昔人族を奴隷として扱ってきた! でも奴らは革命を起こしたじゃないか! 奴隷だったその時から人族の心は決して奴隷じゃなかったんだよ! じゃあ俺達はどうなんだ! 今この瞬間大人たちは心までこいつらに屈している! 今この時に心から立ち向かわないでいつ奴隷から解放されるんだ! いつまで奴隷のままでいるつもりだ!この国を革命するには、あんた達が自分の心を革命しなくちゃいけないんだよ! 」
ドライル:
「ドライル……」
ドライルの必死の叫びに、奴隷達が次々と顔を見合わせていく。
と、その時だった。
デバント:
「近くでうるさいんですよ!」
硬質化された拳がドライルの腹にめり込む。
ドライル:
「ガッ……!」
ドライルはそのまま勢いよく奴隷達の中に吹き飛んでいった。奴隷達を何人も吹き飛ばしながらようやく勢いが止まる。
ドライル:
「ぐぅっ……!」
血を吐き、倒れながらドライルがデバントを見上げる。
ドライルが吹き飛んだ際に出来た奴隷達の道をゆっくりと歩きながらデバントが笑う。
デバント:
「ぺーらぺらうるさいんですよ! どうせ無理ですよ! その人族だってシーナ様には敵わない! シーナ様は頭はポンコツですが力は持っていますからね!」
ドライル:
「なっ」
自身の王をポンコツ呼ばわりするデバントにドライル共々周囲がざわつく。
その様子にデバントは手を広げて冷笑を見せた。
デバント:
「何を驚いているんですか! そう、シーナ様は単なる私の操り人形に過ぎない! この国の法律も全部私が助言して作らせたものですから!」
ドライル:
「っ、おまえが……!」
よろよろと腹を抱えながらドライルが立ち上がる。その顔は苦しそうであったがそれ以上に怒りがこみあげてきていた。
その目の前にデバントが辿り着く。
デバント:
「革命? おまえみたいなガキに何が出来るというのですか! 見なさい! 大人たちは恐怖して何も動かない! 全てはどうやっても―――」
その時だった。
誰かがデバントの肩を叩いた。
デバント:
「ん?」
振り向くデバント。
その目の前にはドライルの父親が拳を振りかぶって立っていた。
ドライルの父親:
「誰が、恐怖しているって?」
そして次の瞬間、デバントの顔面を思いっきり殴ったのだった。
デバント:
「ぶへぇっ!」
デバントは豪快に宙を舞い奴隷達の中に倒れ込んだ。
そこへドライルの父親が腕を鳴らしながら近づいていく。その腕はなんと硬質化されていた。
ドライルの父親:
「確かに恐怖していた、だが、少なくともあの王に対してであっておまえにではない」
デバント:
「っ、貴様ぁああっ」
ドライル:
「親父……」
ドライルの視線を背中に受けながらドライルの父親が告げる。
ドライルの父親:
「その人族が何故この国のために、とか。よく分からないこともあるが、それでも分かる事がある。その人族が王と戦っているということは、息子がその人族に託したということ。王のことはその人族がどうにかしてくれるということだ。ならば、俺達は遠慮なくおまえを倒そう!」
俺達、という言葉通りにデバントを奴隷だった大人達が囲んでいく。その中の幾人かは腕を硬質化させていた。
デバント:
「なっ、貴様らっ……!」
デバントが立ち上がろうとする。だが、先程の重い一撃のせいで脳が揺れて上手く立てずにいた。
ドライル:
「そして分かる事はもう一つ。息子が命懸けてんのに! 親が懸けないわけにはいかないだろう!」
その言葉と同時にドライルの父親や周囲の大人たちが一斉にデバントを攻撃し始めた。
奴隷達:
「もう革命は引き返せないところまで来ているらしい!」
奴隷達:
「それに乗らない手はない!」
次々と奴隷達がデバントへと攻撃していく。デバントはどんどんと体に傷を刻まれていった。
ドライル:
「皆……」
ドライルがその様子を見守る。
ドライルの言葉が、行動が、皆の心に革命を起こしたのだった。
だが、デバントもまだ諦めていなかった。
デバント:
「調子に……乗るなぁあああああっ!」
デバントが体を中心に魔力をはじけさせて大人たちを吹き飛ばす。大人達の中から出てきたデバントは既に瀕死の状態であった。
デバント:
「はぁ……はぁ……ふざけるなよ! 私は宰相デバントだぞ! この国の影の王だぞ! 貴様らごときに負けるはずがないんだあああああああ!」
そこへ、ドライルが右腕を構えながら歩いていく。
ドライル:
「デバント、おまえがこの国の影の王と言うのならやはり倒さなくてはならない。俺達は、この国の王を倒すためにここにいるのだから!」
そして歩いていたドライルが一気にデバントへと駆けていく。その右腕にはすさまじい量の魔力が籠められていた。
一方でデバントもまた全魔力を集めて魔法を唱える。
デバント:
「ガキ如きに、私がまけるはずないんだよ! 爆ぜろ! 《ジェットブラックレイブン!》」
突き出されたデバントの両腕の先から巨大な漆黒の鳥が飛び出してドライルへと高速で飛んでいく。
だが、ドライルは容易くその鳥に右腕の拳を合わせてみせる。
ドライル:
「《黒獣、審判の右腕!》」
ドライルの右腕が今までにないほどに巨大化し、それはまるで巨大な獣の腕のようだった。その腕を包むように黒い魔力が発生し、残滓が周囲に漂っていく。
その拳を強く握りしめて、ドライルは向かってくる漆黒の鳥へと突き出した。
黒と黒がぶつかり合って混じる。その衝撃は凄まじいもので近くの大人たちを容易く吹き飛ばしていた。
だがやがて、混じっていた黒が一つになって片方が弾ける。
ドライル:
「っ、うおおおおおおおおお!」
ドライルの巨大な獣腕は巨大な鳥を掻き消していた。
そのままの勢いでドライルはデバントへと振るう。その巨大な拳をデバントに避ける術はなかった。
デバント:
「この、ガキがあああああああああああ!」
デバントが両腕を硬質化させてその獣腕を受け止めようとする。
ドライル:
「ここに、革命を!」
ドライルが全力で腕を突き出す。
そして次の瞬間には、デバントは巨大な獣の腕に激突し、一瞬にして体が千切れて飛び散っていく。デバントの最期であった。
その光景に全員が呆然と立ち尽くす。
ドライル:
「ハァ……ハァ……」
右腕を元に戻して、ドライルがその右の掌を見つめる。その掌には、確かな実感が存在していた。
その右掌を握りしめ、その実感を共感するべく天高々に拳を掲げてドライルが叫ぶ。
ドライル:
「俺達の……勝ちだ!」
その声と共に、勝利の雄たけびが最下層に鳴り響いていくのだった。
目の前で瀕死の状態で倒れているカイ。千切られた左腕と右足の太腿からは大量の血と共に何やら神経のようなものが飛び出しており、さらに左の眼球は抉られていて開けられることはない。仮に開いたとしても何も見ることは出来ないだろう。
カイ:
「ガ……アァッ……!」
それでもカイは血を吐きだしながら残った右腕と左足だけで立ち上がろうともがく。だが、力を入れようとしても立ち上がる事は出来ず、かえって千切れた部分から血が噴き出していくだけであった。
イデア:
「そ、そんな……嫌っ………! カイ!」
その様子に我に返ったイデアが慌ててカイの傍に駆け寄る。衣服が血の池によって赤く染められていくがイデアは気にすることなく倒れ込むカイの傍に座り込んだ。
イデアから見て、カイの死はもうすぐ間近に迫っているように思えた。
イデア:
「嫌だよ、カイ……死なないでよ……!」
イデアの眼からは涙が零れ落ち、やがて嗚咽が漏れていく。
カイ:
「お、おれは……死なない………」
倒れながらカイは血を吐きだし言葉を紡ぎ、残っている右目でイデアを捉える。だが、その焦点は既に合ってはいなかった。
その様子を空中から見つめながら、シーナはカイに問う。
シーナ:
「そんな状態でも、おまえは絶望しないのか?」
カイ:
「当たり……前だ」
最早喋るのも限界であったが、カイがどうにか力を振り絞って答える。そして、右目で真っ直ぐにシーナを睨みつけた。
シーナは苦笑する。
シーナ:
「本当に凄いな、おまえ。そのメンタルの強さは尊敬に値するよ。でも、やっぱりおまえの絶望する姿を見てみたいんだ。だから、今度は四肢全てを千切ってやるよ!」
言い終わると共にシーナがカイめがけて飛んでいく。
イデア:
「……っ!」
イデアがその直線上に割り込もうとするが、シーナの速度の方が圧倒的に速い。カイは立ち上がろうともがいているがまだ立つことは出来ていなかった。
そして、シーナがカイめがけて硬質化された手を突き出す。
イデア:
「嫌ぁあああああああああああ!」
イデアの悲痛に満ちた叫びが響き渡った。
その時だった。
突如、カイとイデアを飲み込むように黒いエネルギーが発生したのである。それはカイとイデアを覆い隠し、天井を破壊して天高々と昇っていた。
黒いエネルギーの柱が唐突にカイ達を包み込んだのであった。
シーナ:
「っ!」
突然のことにシーナは慌てて距離を取った。そのまま驚愕の表情でその黒い柱を見つめる。
シーナはこの現象を知っていた。
シーナ:
「あの黒い柱、あれは……!」
と、その時黒いエネルギーの柱にヒビが入り、次の瞬間粉々に砕け散っていく。
砕けた柱の破片が降り注がれる中、そこにはカイが立っていた。
亡くなったはずの左腕と右足に、爪の尖った真っ黒な、まるで硬質化させた悪魔族のような腕と足を手に入れて。
その姿にシーナは再び苦笑を洩らす。
シーナ:
「おいおい、マジかよ……」
シーナが笑うその視線の先で、カイが両目を開いた。
抉られたはずの左目は、白くあるべきところが黒く、そして瞳孔は赤く獣のように細長かったのだった。
イデア:
「カイ……」
イデアが驚いたようにカイの背中を見つめる。カイに何が起きたのか全く理解していないのである。
カイもまた自身の左腕と右足を注意深く見つめていた。
カイのその変化に、シーナは冷静に思考を巡らせていた。
イデア:
「(あれは魔魂の儀式……。つまりは、近くに……)」
そして、シーナは気付く。カイの足元に展開されている紫色の円型魔法陣を。そして、それがイデアの足元にも同様に展開されているのを。
イデアの足元の魔法陣に気付いた時、少なからずシーナは驚いていた。
シーナ:
「驚いたな……、まさかそこの女が悪魔族だったなんてよ……」
イデア:
「え?」
視線からイデアの話だとは分かっていたが、当のイデアはわけがわからなかった。そしてそれはカイも同じである。
カイ:
「……何言ってやがる」
左目の赤い瞳孔が鋭くシーナを睨む。
シーナは予想外の展開をこの上なく楽しんでいた。両手を広げて笑いながら、シーナが説明する。
シーナ:
「おまえの足元の魔法陣、それは《魔魂の儀式》っていう魔法の証だ。その魔法はな、悪魔族が自分の魔力を人族に半分分け与えることでその人族を悪魔族に出来るっていうもんだ。まぁ好き好んで自分の力を分けて人族を悪魔族に使用なんて奴はいないから滅多に使われることはないんだがな。けど、おまえのその左腕と右足、そしてその左目がその証拠だ。それらは全て悪魔族のものなんだよ」
カイが自身の左腕に注目する。確かにそれは人間のそれとは全く違うもので、悪魔の硬質化された腕と同じであった。
シーナ:
「そしてその魔魂の儀式は、おまえとそこの女の間で行われている。つまり、その腕や足はその女から分け与えられた悪魔の力だってことだ。ということは、その女は悪魔族ってことだろ?」
イデア:
「わたしが……悪魔族?」
信じられないといった様子でイデアが自身の両手を見つめる。その両手は震えていた。自身が悪魔族なんて話は全く聞いたことが無かった。そもそもフィールスの一族に魔力は存在せず、イデアがセインを譲渡出来ていることからフィールスの一族であることは確かである。それに仮にイデアが悪魔族である場合、両親であるシャルやルーシェンのどちらかも悪魔族であるということだ。しかし、そんな素振りは一切見たことが無い。悪魔族のことには箝口令が敷かれていたとはいえ、両親が悪魔族だとは全然思えなかった。
イデアの混乱はさらに続いていく。
イデア:
「(わたしがもし悪魔族で、でもお母様達が悪魔族じゃないとしたら、わたしはもしかしてお母様達の子供じゃないということ……?)」
考えれば考えるほど、イデアの震えが大きくなっていく。
自分という存在を見失いそうになり、イデアは必死で自分を抱きしめるが震えが止まる事はなかった。
だが、その震えはカイに頭を撫でられることによって止まるのだった。
カイ:
「イデアは、何族だろうがイデアだろ?」
カイがイデアに微笑んで見せる。
カイ:
「よく分からないけど、つまり今おれはイデアのお陰で立っているんだ。だから、ありがとな」
わしゃわしゃとイデアの髪をかき混ぜた後、カイがシーナへと視線を戻す。
イデア:
「カイ……」
イデアが撫でられた頭に手を乗っける。そこに残るカイの温もりにイデアは安心感を覚えるのだった。
カイは思案顔を浮かべていたが、次の瞬間悪魔の左腕となった左手の平から、漆黒の魔力を漂わせた。
カイ:
「(やっぱり……悪魔化している俺の左腕と右足には魔力が流れているみたいだな)」
その黒い魔力はやがて剣の形を型取りカイがそれを左手で掴む。その魔力の剣は流動的でメラメラと火のように揺らいでいた。
シーナはカイの様子を見ながら考えていた。
シーナ:
「(確かにあの黒い柱に魔法陣と突然の変化を見れば、あれは明らかに魔魂の儀式だ……。けど、あいつの身体の一部分しか悪魔化していないのはどういうことだ?本来体全てが悪魔化するはずだけど、あいつの場合失った部位しか悪魔化してねぇ。まるで補っているかのように……。それにあの腕と足、あれは硬質化か? 硬質化は上位の悪魔族しか使えないんだぞ……)」
そこでシーナがイデアへと視線を向ける。
シーナ:
「(半分の力しか分け与えていないにも関わらず硬質化させているだと……? 半分の力だけで上位クラスってことかよ……。あの女は一体……)」
シーナは考えてみるが、答えが出ることはなかった。そもそも考えるのが苦手なシーナは、首を振ってカイへ視線を戻し、構えた。
シーナ:
「まぁいいか! とりあえずあいつも復活したことだし、第二ラウンドと行こうか!」
そしてシーナがカイの眼前に出現する。あまりにも速過ぎるため転移したかのようだ。
だが、カイの眼には見えていた。カイの悪魔の左眼には。
シーナがカイに右腕を振り下ろす。それをカイは左の魔力の剣で軽々と受け止めた。それどころか魔力の剣を思い切り振るってシーナを吹き飛ばしたのだった。
これにはシーナも驚きを隠せない。
シーナ:
「っ、さっきまでスピードにもついてこれなかったのに! それどころかパワーで押し切られるなんて……っ!」
吹き飛びながら体勢を立て直そうとするシーナ。
カイはそこへ悪魔化した右足で大地を蹴って飛び出す。その加速は異常な速度で、次の瞬間にはシーナの眼前にカイが出現していた。
シーナ:
「なっ」
カイ:
「おおおおおお!」
掬い上げるようにカイが魔力の剣で斬り上げる。
シーナはそれを両腕を胸の前で交差させて防ぐが、上に大きく吹き飛ばされていく。その勢いのままシーナは城の天井を破壊してそのまま外へと飛び出していった。
シーナ:
「っ、さっきから驚きっぱなしだよ……!」
シーナが両腕へ視線を向けながらそう呟く。カイの攻撃を防いだその両腕からは鮮血が滴っていた。
シーナ:
「まさか私の硬質化を破るなんて……」
そう言うシーナの口元には今までにないほど笑みが浮かんでいた。
そこへカイが天井に開いた穴を通って飛び出していく。
カイ:
「この戦いを、終わらせる!」
シーナ:
「終わらせてたまるか! この最高の時間をよぉおおおおおお!」
禍々しく赤い空の下、両者が激しくぶつかり合った。
………………………………………………………………………………
ドライルは両翼を羽ばたかせながら最下層に到達する。
最下層は全く整地されておらず、ただただ無数に彫られたような穴があった。
奴隷達が必死になって掘っている光景がドライルの脳裏に浮かんだ。
だが、今その奴隷である大人の男性達はボロボロの服を着た状態で一か所に集まっていた。その集まり方は円状で、およそ半径十メートルほどの空間が中心に空いている。
その中心にいるのが、先程落ちてきたデバントである。
奴隷達1:
「何でこいつがこんなところに……」
奴隷達2:
「血、吐いてるぞ……」
デバントは先程のドライルの一撃でかなりのダメージを受けていた。たったい一撃だったにもかかわらず、デバントの身体は既にボロボロになっている。
奴隷達3:
「上で何が起きているんだ?」
最下層はかなり深くにあるため上の騒ぎを全く知らないのである。
デバント:
「っ、ぐっ、あのガキがぁああああああ!」
デバントが口元の血を拭いながらよろよろと立ち上がる。それに伴って奴隷達は少しずつ後退していった。
その時、ドライルが奴隷達へと叫びながらデバントの目の前に降り立つ。
ドライル:
「皆! そこで怯えて逃げてちゃ何も変わらないだろう!」
奴隷達:
「なんだっ!?何が起きているんだ!?」
デバント:
「クソガキィイイイイイイ!」
憎悪の感情むき出しでデバントがドライルを睨む。
その形相に大人たちは怯んでいくが、ドライルは怯まずに睨み返していた。
と、その時ドライルに奴隷たちの中から声をかけた者がいた。
???:
「……ドライルか?」
ドライル:
「えっ」
その声に、思わずドライルがそちらへ視線を向ける。
そこにはドライルの父親が立っていた。
ドライル:
「親父!」
久しぶりに見る父親の姿にドライルは思わず状況も忘れて立ち尽くしていた。
ドライルの父親:
「やはりドライルなんだな!? 一体おまえ何を―――!」
ドライルの父親も驚きの表情でドライルを見つめ返す。
その隙をデバントが見逃すはずが無かった。
デバント:
「感動の再会ですかぁああ!?」
ドライル:
「っ!」
突き出された硬質化された右腕を、ドライルが変化した真っ黒な右腕で受け止める。
デバント:
「私が再会に良い場所の提供をしてあげましょうか! 冥界という場所に二人共送ってあげますよ!」
ドライル:
「っ、送られるのはおまえ一人だけだ!」
弾き返してドライルが右の拳を握りしめてデバントへと飛びかかる。その拳は瞬時に巨大化してデバントへと振り下ろされたが、今回は避けられてしまった。
デバント:
「先程は驚いてしまって避けられませんでしたが、分かっていては避けることは可能なんですよ!」
ドライル:
「くっ!」
何度も拳を振るうがデバントがそれを躱していく。対してデバントが攻撃する際、ドライルは右腕を太くし、巨大な盾のようにして攻撃を防いでいた。
激しい攻防が続いていく。それを奴隷達は呆然と見つめていた。
そこへドライルが叫んでいく。
ドライル:
「皆、革命だ! 俺達は今革命を起こしているんだ!」
奴隷達:
「革命だと!?」
驚く声が次々と上がっていく。誰もそんな状況になっているとは思っていなかったのである。
ドライル:
「そうだ! このままじゃいくら経ってもこの国は変わらない! 変えないといけないんだ! 誰かが変えるのを待つんじゃなくて自分達が変えるんだよ! だから俺達は立ち上がったんだ! さぁ、皆もいつまでこんなところにいるつもりだ! 立ち上がるんだ! こいつを、倒そう!」
戦いながらドライルがそう奴隷達に語り掛ける。
だが、それに乗ってくる者はドライルの父親含め存在しなかった。
ドライルの父親:
「……」
沈黙が答えとなってドライルに返ってくる。それでもドライルは諦めなかった。
ドライル:
「っ、みんなは、心まで奴隷になっちまったのかよ!」
奴隷達:
「……っ!」
その言葉に奴隷達が苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。だが、返答する者はいない。
ドライルはデバントの攻撃を防ぎながら叫んだ。
ドライル:
「俺だって! 俺だってさっき諦めたよ! 死ぬと思った瞬間全部諦めたよ! 革命なんて無理だったんだって、心までこいつらに屈しそうになった! でもな!」
どうにかデバントの攻撃を押し返してドライルが飛び出していく。その脳裏にはカイの姿が浮かんでいた。
ドライル:
「でも、今あの王と誰が戦ってると思う!? 皆が諦めて戦わなかった王と全力で誰が戦ってると思う!? 人族だぞ!!」
奴隷達:
「なっ、人族だと……!?」
これには驚いたようで奴隷達が再びざわつく。
ドライル:
「その人族はどれだけボロボロになっても諦めてなんかいなかった! 人族が必死になってこの国の王とこの国を変えるために戦ってるんだぞ! 俺達はただ黙ってそれを見ているだけなのか! 違うだろ! 何で人族にこの国の命運を任せてんだ! 俺達は昔人族を奴隷として扱ってきた! でも奴らは革命を起こしたじゃないか! 奴隷だったその時から人族の心は決して奴隷じゃなかったんだよ! じゃあ俺達はどうなんだ! 今この瞬間大人たちは心までこいつらに屈している! 今この時に心から立ち向かわないでいつ奴隷から解放されるんだ! いつまで奴隷のままでいるつもりだ!この国を革命するには、あんた達が自分の心を革命しなくちゃいけないんだよ! 」
ドライル:
「ドライル……」
ドライルの必死の叫びに、奴隷達が次々と顔を見合わせていく。
と、その時だった。
デバント:
「近くでうるさいんですよ!」
硬質化された拳がドライルの腹にめり込む。
ドライル:
「ガッ……!」
ドライルはそのまま勢いよく奴隷達の中に吹き飛んでいった。奴隷達を何人も吹き飛ばしながらようやく勢いが止まる。
ドライル:
「ぐぅっ……!」
血を吐き、倒れながらドライルがデバントを見上げる。
ドライルが吹き飛んだ際に出来た奴隷達の道をゆっくりと歩きながらデバントが笑う。
デバント:
「ぺーらぺらうるさいんですよ! どうせ無理ですよ! その人族だってシーナ様には敵わない! シーナ様は頭はポンコツですが力は持っていますからね!」
ドライル:
「なっ」
自身の王をポンコツ呼ばわりするデバントにドライル共々周囲がざわつく。
その様子にデバントは手を広げて冷笑を見せた。
デバント:
「何を驚いているんですか! そう、シーナ様は単なる私の操り人形に過ぎない! この国の法律も全部私が助言して作らせたものですから!」
ドライル:
「っ、おまえが……!」
よろよろと腹を抱えながらドライルが立ち上がる。その顔は苦しそうであったがそれ以上に怒りがこみあげてきていた。
その目の前にデバントが辿り着く。
デバント:
「革命? おまえみたいなガキに何が出来るというのですか! 見なさい! 大人たちは恐怖して何も動かない! 全てはどうやっても―――」
その時だった。
誰かがデバントの肩を叩いた。
デバント:
「ん?」
振り向くデバント。
その目の前にはドライルの父親が拳を振りかぶって立っていた。
ドライルの父親:
「誰が、恐怖しているって?」
そして次の瞬間、デバントの顔面を思いっきり殴ったのだった。
デバント:
「ぶへぇっ!」
デバントは豪快に宙を舞い奴隷達の中に倒れ込んだ。
そこへドライルの父親が腕を鳴らしながら近づいていく。その腕はなんと硬質化されていた。
ドライルの父親:
「確かに恐怖していた、だが、少なくともあの王に対してであっておまえにではない」
デバント:
「っ、貴様ぁああっ」
ドライル:
「親父……」
ドライルの視線を背中に受けながらドライルの父親が告げる。
ドライルの父親:
「その人族が何故この国のために、とか。よく分からないこともあるが、それでも分かる事がある。その人族が王と戦っているということは、息子がその人族に託したということ。王のことはその人族がどうにかしてくれるということだ。ならば、俺達は遠慮なくおまえを倒そう!」
俺達、という言葉通りにデバントを奴隷だった大人達が囲んでいく。その中の幾人かは腕を硬質化させていた。
デバント:
「なっ、貴様らっ……!」
デバントが立ち上がろうとする。だが、先程の重い一撃のせいで脳が揺れて上手く立てずにいた。
ドライル:
「そして分かる事はもう一つ。息子が命懸けてんのに! 親が懸けないわけにはいかないだろう!」
その言葉と同時にドライルの父親や周囲の大人たちが一斉にデバントを攻撃し始めた。
奴隷達:
「もう革命は引き返せないところまで来ているらしい!」
奴隷達:
「それに乗らない手はない!」
次々と奴隷達がデバントへと攻撃していく。デバントはどんどんと体に傷を刻まれていった。
ドライル:
「皆……」
ドライルがその様子を見守る。
ドライルの言葉が、行動が、皆の心に革命を起こしたのだった。
だが、デバントもまだ諦めていなかった。
デバント:
「調子に……乗るなぁあああああっ!」
デバントが体を中心に魔力をはじけさせて大人たちを吹き飛ばす。大人達の中から出てきたデバントは既に瀕死の状態であった。
デバント:
「はぁ……はぁ……ふざけるなよ! 私は宰相デバントだぞ! この国の影の王だぞ! 貴様らごときに負けるはずがないんだあああああああ!」
そこへ、ドライルが右腕を構えながら歩いていく。
ドライル:
「デバント、おまえがこの国の影の王と言うのならやはり倒さなくてはならない。俺達は、この国の王を倒すためにここにいるのだから!」
そして歩いていたドライルが一気にデバントへと駆けていく。その右腕にはすさまじい量の魔力が籠められていた。
一方でデバントもまた全魔力を集めて魔法を唱える。
デバント:
「ガキ如きに、私がまけるはずないんだよ! 爆ぜろ! 《ジェットブラックレイブン!》」
突き出されたデバントの両腕の先から巨大な漆黒の鳥が飛び出してドライルへと高速で飛んでいく。
だが、ドライルは容易くその鳥に右腕の拳を合わせてみせる。
ドライル:
「《黒獣、審判の右腕!》」
ドライルの右腕が今までにないほどに巨大化し、それはまるで巨大な獣の腕のようだった。その腕を包むように黒い魔力が発生し、残滓が周囲に漂っていく。
その拳を強く握りしめて、ドライルは向かってくる漆黒の鳥へと突き出した。
黒と黒がぶつかり合って混じる。その衝撃は凄まじいもので近くの大人たちを容易く吹き飛ばしていた。
だがやがて、混じっていた黒が一つになって片方が弾ける。
ドライル:
「っ、うおおおおおおおおお!」
ドライルの巨大な獣腕は巨大な鳥を掻き消していた。
そのままの勢いでドライルはデバントへと振るう。その巨大な拳をデバントに避ける術はなかった。
デバント:
「この、ガキがあああああああああああ!」
デバントが両腕を硬質化させてその獣腕を受け止めようとする。
ドライル:
「ここに、革命を!」
ドライルが全力で腕を突き出す。
そして次の瞬間には、デバントは巨大な獣の腕に激突し、一瞬にして体が千切れて飛び散っていく。デバントの最期であった。
その光景に全員が呆然と立ち尽くす。
ドライル:
「ハァ……ハァ……」
右腕を元に戻して、ドライルがその右の掌を見つめる。その掌には、確かな実感が存在していた。
その右掌を握りしめ、その実感を共感するべく天高々に拳を掲げてドライルが叫ぶ。
ドライル:
「俺達の……勝ちだ!」
その声と共に、勝利の雄たけびが最下層に鳴り響いていくのだった。
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