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3『過去の聖戦』
3 第五章第六十八話「俺の為の」
しおりを挟むエイラ
「今すぐそこに正座しなさい!!」
セラの泣きじゃくった叫び声が後ろから聞こえてくる。
魔王を前にしているのに、思わず笑ってしまった。
ゼノの身体は見るからにボロボロなのに、セラ様ったら……。
心配よりも怒りが上回ってしまっているようだ。
こうなっては、ゼノのことはセラに任せた方がいいような気がする。
私だって怒っている。もう怒鳴り散らしてゼノをボッコボコにしたい。
けれど、今は事態が事態だ。きっと、私の怒りはセラが代弁してくれる。
……あと、流れてしまっているがゼノに告白してしまってほんの少しだけ変に顔を合わせにくい。
「セラ、まずはここから移動。そこからよ」
シロがゼノを担ぐ。
「いってぇ……!?」
ゼノの呻きが聞こえたが、
「うっさい、馬鹿」
「いや馬鹿って、ちょっ――」
「舌噛んで死んでも知らないから」
シロの罵倒がそれを一蹴した。シロも相当お怒りのご様子で。
そのままシロがゼノを連れて去っていく。
「絶対、正座するまで許しません……!」
セラはそう呟きながら二人の後を追っていった。
これからゼノは二人にこってり絞られるのだろう。
私としてはぜひ参加もしたいし、その光景を見たいものだが。
「久しぶりですね、ベグリフ」
「……」
生憎こちらも放置できない。
フィグルは優しく微笑みながらベグリフを見上げていた。
対して、ベグリフは少し目を見開いているようにも見える。
フィグルの登場に驚いているのか、ゼノ達を追う様子もない。こちらとしては助かるけれども。
「今、何をした」
やがて、上からベグリフの冷淡な声がかけられる。
「ふふふ、あなたが興味を持ってくれたのは久しぶりですか?」
フィグルが上品に笑った。
ベグリフが尋ねているのは、先程の一連の出来事についてだろう。
闇がフィグルの持つ小さな指輪の輪っかの中へ吸収されていった。
あの闇が、フィグルの言っていたベグリフの第二の力だろう。明らかに魔力とは異質の力だった。
ゼノを追い詰めていたそれを、フィグルが防いで見せたのだ。
フィグルが例の指輪を掲げる。普通の指輪と何ら変わらない指輪。綺麗な透明度のある鉱石が一つ着けられていて、まるで結婚指輪のようにも見えた。
「これはソウルス族のセインとグリゼンドの魔力を応用して作ったものです。セインとグリゼンドの魔力から抽出した結合力を持つ指輪ですよ」
掌の上でフィグルが指輪を転がす。ベグリフは険しい表情を浮かべていた。
余程闇を防がれて腹が立っているのだろうか。
「結合力は裏を返せば封印する力です。あなたなら分かるでしょう。この指輪は先程の力に結びついてそのまま指輪に固定、封印したのですよ」
言うは易し。だが、そんなことが出来るとは。理論や構造は全く分からないけれど。
ずっと、これまでフィグルが研究し続けて出来た結晶がその指輪だった。
「……以前からお前が、俺の力を調べていることは知っていた。だが……」
そこでベグリフの言葉が止まる。
言わずとも分かった。
まさか実際に例の力を無力化できるようになると思わなかったのだろう。
フィグルが微笑む。その笑みにどこか寂しさが映ったように見えたのは気のせいか。
「そう。あなたはいつも気付いていながら、私の事を見逃します。あなたの力を調べている時も、私が人族や天使族に協力している時も」
ベグリフを見つめる彼女の目は、優し気で。
そして、悲し気で。
「あなたは、いつも私に優しい」
夫婦の久しぶりの再会。
なのに、ベグリフが空にいるからだろうか。
近いようで、とても遠い。
「まるで、すぐ壊れてしまう物のように私を扱いますよね。触れることもなく、ただ遠くから見つめるだけ」
「……」
不思議だった。
あのベグリフが、ただフィグルの言葉を聞いているだけ。
襲い掛かってくるわけでもなく、鼻で笑うでもなく。
まるで、返す言葉が見つからないかのようにフィグルと相対している。
「でも、あなたの申し出を受けたこと、私は後悔していません」
「――!」
今度は明確に、ベグリフが眼を見開いた。
フィグルの思いがけない言葉が確かにベグリフに届いていた。
指輪を握りしめ、フィグルが言葉を紡ぐ。
「あなたはどうして私なのかを尋ねた時『似ている』とだけ言いました。もしかすれば、あなたは私と誰かを重ねていただけなのかもしれません。それでも、後悔はありません」
真っすぐに彼女がベグリフを見つめ続ける。
「あなたを知ろうとして、あなたと繋がろうとする度にあなたの優しさを感じました。決して近寄らせてはくれないけれど、拒絶もしなかったですよね」
フィグルは、ベグリフが独りぼっちだと言っていた。どこか寂しそうにも見えると。
そんなベグリフが結婚という形でフィグルに繋がりを求めた。
フィグルも優しい、いや彼女こそ優しいから。ベグリフの手を取ろうと決めたのだ。
独りぼっちだった私の手を掴んでくれたように。
「不思議な感覚でした。最初は独りぼっちに見えたあなたに応えようとしていたのに、気付けば私の方からあなたへ繋がりを求めていたのですから」
フィグルの優しい声音。
何となく分かっていた。
私にとって、ベグリフとは暴虐な王。
だけど、フィグルにとっては。
十年も共に歩んできた彼女にとっては。
指輪を握りしめていた片手に、更にもう片方の手をギュッと重ねる。
そして、フィグルは優しく笑った。
「私は、ちゃんとあなたの事が好きでしたよ」
言葉が駆け抜けていく。
フィグルの感情が、風に乗って運ばれていく。
上空にいるベグリフに、確かにそれは届けられていた。
「あなたは、どうでしたか」
「……」
言葉なくベグリフが、フィグルを見続ける。
何か言葉にしようとして、ベグリフが口を開くけれど。
すぐにその言葉を飲み込む。
「なら何故、お前はそちらの側にいる」
そして、答えの代わりに吐き出された言葉。
紛れもなく、それはベグリフの本心で。
フィグルの想いを知ったベグリフ。その想いに縋るような発言だった。
「あなたを独りぼっちにしているのは、あなたのその魔力以外の力が原因だと思ったからです。その力があるから他者を寄せ付けない。その力があるから、あなたは他者と次元を異にする。あなたと繋がる為に、私はその次元を取り除くのです」
やがて、決意したようにフィグルが銃を生成し構える。
「あなたを縛るその力から、私が解放します」
向けられる銃口。
だが、
「……違う」
ベグリフの様子がどこかおかしい。
先程まで、フィグルの言葉が届いていたはずなのに。
今はもう。
ベグリフはフィグルへ視線を向ける。
その感情は、怒りにも似ていて……。
でも、悲しみに満ちていた。
「この力を、お前が否定するのは許さない……!」
ベグリフから大量に闇が溢れて行く。まるで揺れ動く感情に呼応するかのようだ。
「……っ」
フィグルが顔を歪ませる。
まだ彼女の感情の全てがベグリフに届いたわけではなかった。
やはり、あの力はベグリフにとって何か特別で譲れないものなのだろう。
それを封印しようと言うのだから、ベグリフとしてはたまったもんじゃない。
けれど、だからこそ解放しなければ変わらない。
「さて、それでは夫婦喧嘩の仲裁に入りますかね」
「エイラ……」
フィグルの隣に出る。
もう二人の空間に遠慮する必要もない。
「あの分からず屋に教えてあげましょう、フィグル!」
フィグルの想いを……。
「っ、はい……!」
フィグルと共にベグリフを見据える。
降りかかる闇。
そんなものに飲み込まれたりなんてしない。
乙女の愛情を甘く見ないでくださいよ、ベグリフ!
※※※※※
ゼノ
「いでぇっ……!!」
まだ残っていた建物の上にて。
シロの手で無造作に放り投げられ、身体が悲鳴を上げる。
もう全身限界なんだけど……!?
シロが視界に入るが、素っ気なく顔を背けている。
凄まじい痛みに悶えに悶えていると、だんだんと痛みが和らいでいく。
顔を上げると、セラが手を伸ばして治療してくれていた。
「あ、えと、ありがとう、セラ……」
先程の様子から怒っているのは間違いなく、恐る恐る声をかけてみるが。
「……」
声が帰ってくることはなく。依然として目元に涙を溜めながら険しい表情を浮かべていた。
こんなセラの表情は初めて見た。それを見るだけで心も痛んでくる。
治療してもらいながら、自分でも再び砕けた骨を補強して血を止めておく。
お陰である程度身体を動かせるようになった。どうにか身体を起こす。
「ありがとうな、セ――」
「そこに正座しなさい!」
「は、はいっ……!」
鬼気迫るセラの声音に、慌ててその場で正座する。慌てたせいで身体が悲鳴を上げているが、構っている場合じゃない。
背筋を伸ばし、仁王立ちするセラを見上げる。
セラは未だに涙を流している。全く怒りも収まっていない様子で。
一言、目一杯叫ぶ。
「今のゼノなんて大嫌いですっ」
……!
ぐさりとセラの言葉が心を突き刺す。
好きな相手からの大嫌い宣言。効かない訳ない。
今まで甘えていたのだ。好意を向けてくれる彼女に。
ずっと待たせ続けて。ずっと待ってくれる訳なんてないのに。
「何で一人で行っちゃうんですか! 何で誰にも言わないんですか!」
泣き叫ぶ彼女をただただ見つめる。
結果としてベグリフに攫われた形になったわけだけど、今そのような口答えする気にはならない。独りで黙って行こうとしたのは事実だった。
「約束したのに! 絶対帰って来るって! 帰ったら答えてくれるって!」
悲痛な叫びが、俺の心に圧し掛かる。
「何で死んでもいいだなんて思うんですか!」
死んでもいい、か。
きっとエイラからそんな話を聞いたのだろう。
違うんだ。俺は最悪の可能性を想定しただけで。
理想を叶えるために、俺の犠牲が必要になるかもしれないってだけで。
別に死にたいわけじゃない。
でも、周りから見たらそれは自殺行為だったのだろう。
それがセラを、皆を不安にさせて怒らせた。
「分かりません、ゼノの考えていることが分かりません。ゼノにとって約束はそんな程度だったんですか! ゼノにとって掲げていた理想はそんな程度だったんですか!」
そんな程度って。
そんなわけないだろ。
「違う。俺は――」
「違くありません!」
セラが遮る。セラに言葉は届かない。
今の俺じゃ届けられない。
俺の何がいけなかったのだろう。
決して約束も理想も蔑ろしたわけじゃなくて。叶えるための最善だと思っていたけれど。自殺行為と思われたって、それが必要なことだと思った。
多少のリスクは叶えるために必要だろ……。
死ぬ気で叶えなきゃ、志半ばでいなくなった仲間に申し訳ないだろ。
犠牲を超えて、必死に前へ進まなきゃいけないだろ。
そこで掴んだ理想の先に約束があるんだ。
理想の先で、セラに応えたかったんだ。
俺は――。
セラが叫んだ。
「ゼノは、何の為に理想を叶えようとしているんですか!」
目を見開いた。
何の、為に……?
セラの問いかけ。
何故だろう。
言葉が出てこない。返す言葉が生まれない。
種族間一切の隔たりのない、そんな理想の世界。
俺は、どうしてそんな理想を叶えようとしているんだろう。
俺は、何でこの理想を叶えたいんだろう。
分からないわけがない。ずっとこの理想を追いかけてきたのだから。
なのに、言葉が……。
「っ、お、俺は……!」
キッカケは、奴隷という状況を変えようとしていたケレアで。あいつのひたむきに努力する姿が、変えようとする姿が考える機会をくれた。
……。
この理想は、本当に自分で考えたものだったのだろうか。
ケレアの世界を変えよとする姿に感化されて、ただそれに乗っかっただけなんじゃないか。
何となくケレアから世界を変えるという命題を手に入れて、そこに当てはまるように考えただけの理想なんじゃないか。
俺は、何でケレアみたいに人族だけではなく、天使族と悪魔族とも繋がろうとしているんだ。
天使族とは接点もなく、悪魔族には酷い扱いを受けていたのに。
何で俺は、こんな綺麗事を思い浮かべたんだ。
絶対、理由があるはずなのに。
それが、言葉にならない。
何でだよ。
「ゼノが死んじゃったら、私の理想は終わってしまうんです! ゼノがいなきゃ私の理想は敵わないんです!!」
エイラの悲痛な叫びが、脳裏に浮かぶ。
エイラの、理想。
エイラの理想に、俺はいた。
じゃあ、俺の理想には誰がいる?
俺は、いるのだろうか。
俺の理想は何の為の、誰の為の理想なんだ。
以前、アイと戦っている最中にも似たような問答をした。自分の為なのか、誰かの為なのか。
誰かの為に生きるのは無意味だって、アイは主張していたっけ。
そんなことはないと今でも思う。誰かの為に生きることに意味はある。
誰かの為は自分の為に繋がるんだ。
だから、俺は……。
……。
あー、そっか。
そういうことか。
俺、なんだ。
思わず、苦笑してしまう。
「な、何を笑ってるんですか!」
「いや、自分の馬鹿さ加減に呆れてるんだよ」
本当だった。
自分に呆れてしょうがない。
俺は何も見えちゃいない。大切なものを見逃している。
俺もベグリフやあの頃のアイと変わらないな。力に溺れて見えていない。
誰の為の理想でもなかった。
今だって何度も間違いに気づく機会はあったのに、全く気付かないなんて。
そっか。
いつの間にか俺は。
俺は、理想の為の俺でしかなかったんだ。
俺が間違っていた。
誰かの為に生きるのは決して無意味なんかじゃない。
でも、それだけじゃないんだ。
誰かの為に生きていくのは俺自身で。
俺だって、世界を構成する一部なんだ。
セラの世界にも、エイラの世界にも、確かに俺がいる。
なら、描く理想の中に俺がいなくてどうするんだ。
理想さえ叶えば、俺自身はどうでもいいなんて。
違う。
誰かの為は自分の為に繋がる。それは誰かの為の自分であり、自分の為の誰かだからだ。
けれど俺のこれは、理想の為の俺でしかない。
俺の為の理想なんかじゃない。決して相互ではない。
この理想の中で、俺がどう生きたいのか。
俺が知らなきゃいけないのは、俺の為の理想だ。
アイに言ったように俺も、俺と向き合わなきゃいけないんだ。
この理想を、俺の為にするために……。
「俺は、見たいんだ……」
まるで自分に言い聞かせるように、必死に言葉を探す。
たくさんの事があった。
反旗を翻して、セラやエイラと出会って世界を駆け回って。
出会いも、別れもあった。
楽しいことばかりじゃなくて、辛いこともあったけれど。
けれど、やっぱりこの世界は綺麗だと思う。
きっと、そう思えるのは自分の足で歩けるからだ。
自分の意志で先に進める。悩んだら立ち止まれる。
時に優しく受け止めて、時に試練を課す。
そのどれもが、前に進む為の原動力になる。
そんな世界が、愛おしい。
そんな世界を、描き続けたい。
これが理想のキッカケ。
俺は昔からこの世界が綺麗に見えていた。だからこそ、天使族と悪魔族との共生を望んだんだ、と思う。だからこそ、そんな綺麗事が生まれたんだ。
全ての種族が共生する、そんな綺麗な世界を目指したかった。
けれど、そこに俺はいない。その世界に自分自身を描けていなかった。
俺のいない理想、だから考えても明確な理由が出てこなかったんだろうな。
最初から、掲げていた理想は俺の為じゃなかった。
皆と同じだと思っていたけれど、全然違ったんだ。
エイラも、理想の中に自分を描いていた。俺が居なきゃ叶わないと言ってくれたのは、描いた先でエイラが俺と一緒の未来を描いてくれていたからだろう。
俺も描きたい。
未来を。
俺のいる未来を。
「この綺麗な世界を、皆と見続けたい」
あんなに言葉が出てこなかったのに。
勝手に口から言葉が零れる。
綺麗事だって、何でもいい。
時に残酷で時に優しいこの綺麗な世界で、一緒に居てくれるセラ達が愛おしいから。
種族の壁なんか取っ払って。
心置きなく一緒に居られるように。
俺が、俺の為に願う。
「この世界で、皆と一緒に歩き続けたいよ」
だから。
「俺は、俺の為に理想を叶える。その先を皆と一緒に見たいから……!」
それが、俺の本当の理想。
理想を叶えるための傀儡は、もう十分だ。
ゆっくりと立ち上がって、セラを見つめる。
少しふらついてしまったが、セラが慌てるように支えてくれる。
「あ、大丈っ……せ、正座を辞めていいなんて私は――」
優しく支えてくれたのに、急にまた怒ったように声をかけてくる。
心配もあるし、怒りもあるしでセラも大変そうだ。
意地を張らなくたっていいのに。
そんなセラが愛おしくて。
笑ってしまう。
ああ。本当に思うよ。
「セラ、気付かせてくれてありがとう」
こんな時にあれだけど。
俺の為を思えば思うほど、溢れてくる想い。
きっと、君がいればもっと世界は綺麗に見えるんだろうな。
「この世界で、君とずっと一緒に歩んでいきたいな」
「え……」
漸くセラが泣き顔や怒り顔とは別の表情を見せてくれた。
驚くように、セラが眼を見開く。
その眼に映る俺は、きっとボロボロでムードもないし。状況としては最悪なんだろうけれど。
それでも、世界は綺麗だった。
「大好きだよ、セラ」
言葉なく、口を開いたままセラが俺を見つめる。
まるで身体が固まったようだ。
彼女の様子に思わず笑みが零れる。
ころころ表情が変わる君も。王女として背筋を伸ばす君も。その綺麗な金髪も。すらっと伸びる指も。どんな仕草だって。
独り占めしたいくらいに。
「本当に大好きなんだ」
やっと、言えたと思った。
俺は理想を叶えることに夢中で、告白の返事を後に回していた。
きっと、それは俺が理想の為の俺だったから。
でも、俺の為の理想が見つかったから。
その理想の中で、セラに隣に立っていて欲しいと思えたから。
不思議と身体が軽い。視界もスッキリしている。
漸く、だ。
明確に理想の先が見えた気がした。
今なら。
駆けつけてくれた皆となら。
セラの頭を撫でて、前を向く。両の手に持つ剣を強く握る。
決着、つけないとな。
隣に、シロが並んだ。
「普通、私の前で堂々と告白する?」
「あー、流れでつい」
「……まぁいいけど。てかほら、セラが動かないじゃない」
シロに誘われてチラッと後ろを見ると、セラが顔を真っ赤にして涙を流していた。
あれは、嬉し涙だと思っていいかな。
シロが溜め息をつく。
「これで一人戦力外通告よ」
「やっぱ間違ったかな……」
圧倒的にタイミングを。
視線を送っていると、漸くセラが狼狽えたように動き始める。
正気に戻ったとはまだ言い難い。まるで迷子みたいにオロオロしている。
「あ、え……ゼノ、今のってもしかして告白の――」
「ま、でもセラには大嫌いって言われたしなー」
「いや、あ、え、っと、それは……!」
セラがしどろもどろになる。
我ながら意地が悪いことだ。
痛むボロボロの身体を動かして、調整する。痛みは酷いが何とか戦える。
皆が来なきゃ、あの時点で終わってたよなぁ。
セラ達のお陰で、まだ戦えるんだ。
「ちなみに、私の説教はまだだから」
「……お手柔らかに頼むよ」
そして、地面を蹴って飛び立つ。
急いで向かわなくちゃ。アイツの元へと
「ま、待ってください!」
後ろからセラの慌てた声が追いかけて来た。
「わ、私、ちゃんとゼノのこと大好きですよっ!?」
セラの言葉ににやけてしまう。
「じゃあ、あの言葉は何だったんだ?」
「あれは、えと、言葉の綾というか、このままじゃ本当に嫌いになっちゃいますよっていう警告というか――」
困っているセラに苦笑する。
まだ、セラが俺の事を好いていてくれてよかった。
一瞬振り返って叫び返す。
間違いじゃないと、伝えるために。
「セラ、ちゃんと大好きだ!」
「――っ!」
セラが再び目を見開き、顔を真っ赤にしていた。
可愛らしい反応にこちらとしても満足してしまう。
そんな俺の横で、シロがジト目を向けてきていた。
「……イチャつく度に説教が長くなると思いなさい」
「おう。まずは、全部終わらせるか」
後ろから追いついてくるセラ。
凄い俺の方を向いているが、そろそろ集中してもらわなくちゃ。
いや、俺が原因だけども。
「セラ、後で改めてな」
「あう、うぅ、はいぃ……!」
今実感が湧いてきているのか、セラが凄い顔でボロボロ泣いている。
こんな調子で大丈夫だろうか。
すると、目の前で闇が立ち昇った。その中心に奴がいる。
ベグリフの表情を見る限り、フィグルとは穏やかな会話にならなかったのかな。
とはいえ、今戦闘開始するってことは時間を稼いでくれたらしい。
「気ぃ引き締めて行くぞ。これが正真正銘最後の戦いだ!」
「ふん」
「ズズッ、っ、はいっ!」
ベグリフの圧に中てられたのか、漸く正気に戻ったようにセラが目元を拭う。
闇のお陰で切り替えられたようだ。
さぁて。
幸せも理想も全部、この先にある。
「漸く終わらせてやるぞ、ベグリフ!」
声の先で、ベグリフの眼が鋭く光った。
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