カイ~魔法の使えない王子~

愛野進

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5『冥々たる紅の運命』

5 第二章第十二話「ルーファ・アルデンティファー」

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「えー、っと、とりあえず今日から転入することになった、ヴァリウス・イルミルテンだ。……そうだな、勉強は嫌いで、身体を動かすのは好き! 初めましてではあるけど、皆よろしく!」

 カイもといヴァリウスの自己紹介に、クラスメイトから形式的な拍手が送られる。天気は上々、窓から差し込む朝日が始まりを告げている。クラスに入ることで、ようやくカイはセインツ魔法学園に入ったのだと実感できた。

 今日からカイとイデアは遂に学園に転入することになる。寮に泊まったり、朝食を学食で食べたりと、ぎこちないなりに学園の動きに触れ始めたカイだったが、やはり転入するクラスというのは、不思議と特別なものらしい。

 カイが転入したのは高等部二年C組。五クラスある高等部二年の内の一つ、この学園の最高学年である。一クラス四十人程度の構成で、男女比もある程度は同じようだ。当然見慣れない男女の顔が今カイの目の前に並んでいるわけで。

「……この時期に転入って何かあるのかな?」

「ちっ、男子か……」

「……結構ありかも?」

「勉強苦手って言ってたけど」

「パッと見、勉強はできそうに見えるけどね」

「意外と当たりなんじゃない?」

「か、かっこいい……」

 カイの自己紹介に、さまざまな感想が漏れ出ていた。生憎その感想はカイの耳に届いておらず、カイはクラスメイトの中に見知った顔を探していた。

 前日、入寮した際にすれ違った赤髪の男子生徒である。もしかしたら同じクラスかもと思っていたのだが、どうやら違うらしい。まぁ「同輩」と言っていたから、その内会えることは間違いない。

「はい、静粛に。じゃあヴァリウス君はそこの空いている席に座って」

「あ、はーい」

 若い女性担任に促されるまま、一番後ろの方に空いていた席へと向かう。どうやら聞いた話だと、この女性担任は初めて卒業生を出すんだとか。そこに転入してきたのがカイというのは、果たして吉か凶か。

「よ、ヴァリウスって言うんだっけか」

 席に着くと、早速隣の生徒に声をかけられた。側面を刈り上げた茶短髪で、背はカイよりも低いものの、スタイルは悪くない。見た目からして元気満点な生徒のようだ。

「よろしく、ファイナンス・ディグドン、ファイって呼んでくれや」

「あー、よろしく! これからどうも頼むわ」

「それにしてもこの時期に転入ってあれだな、珍しいな」

「ん、そうか?」

「だって今年で卒業なんだぜ? 初等部から入って六年で卒業って考えたら、最後の一年の今になってわざわざ転入して来ないだろ」

 ファイという男。なかなかズバズバ言ってくるタイプらしい。でも、何故か嫌な感じしないのは、彼の人柄なのか。

「訳アリか?」

「んー、まぁ、訳アリと言えばそうかな?」

 冥界関連の調査と勉強目的での転入だ。訳アリと言えば訳ありだろう。

 ファイはだろうなと言うように、頷いていた。

「にしても訳ありを訳ありと言える奴はそう居ないぜ。俺達、仲良くできそうだな!」

 そうして出される握手のための手。どんな基準だと突っ込みたくもなるが、とりあえずはその手を握っておいた。

 朝のホームルームが終わると、洗礼なのか早速クラスメイトに囲まれた。

「なぁなぁ、どこ育ち?」

「好きなタイプとかってあるの?」

「生きてて良かったなって思う瞬間は?」

「この学園のことどう思う?」

「彼女いる?」

 多種多様な質問に、どれから答えていいものかと悩んでいたカイ。だが、こうやって関わりに来てくれるのは嬉しい。興味本位ではあるのだろうが、悪い雰囲気は感じられない。

 今頃イデアも同じように囲まれているのかなぁ。うん、そうに違いない。だって、あの可愛さ美しさだもん。
俺もイデアのところに行きたいなぁ、とか思いつつクラスメイトの質問に言葉を返していると、他とはどこか種類の違う言葉が飛んできた。



「あなた、結構強いわね」



 ビクッと身体が一瞬震えた。まだ会ったばかりでそんなことを言われるとは微塵も思っていなかったからか、正体がバレたと思ったからか。

 どこか決めつけるような高飛車な声。その声が聞こえた瞬間、無限にかけられていた質問が嘘かと思うくらい止んだ。

 あまりに異様な周囲の様子が気になり声の方へ視線を向けてみると、カイを囲んでいたクラスメイトの間を縫うように紫髪の女生徒が姿を現した。大きな赤色のリボンで長髪を後ろで結っており、醸し出す雰囲気は如何にもお嬢様といった風体だ。少し吊り上がった大きな瞳が、見た目と発言に圧を加えているような気がしなくもない。

 紫髪の女生徒はカイの前まで来て、豊満な胸を乗せるように腕を組みながら述べる。

「歩き方、そして重心。間違いなく武術に通じる人の動きだわ」

「……そりゃどうも」

 別に武術という武術を習っていたわけではないが。ダリルに教わっていたのもあるが、後は独学だ。

 それでもそう言われるのは悪い気はしない。

「ヴァリウスだ、悪いけど名前を聞いてもいいか?」

「……そうね、入ってきたばかりだもの、分からないのも無理はないわ」

 言い方からして有名人なのかもしれないが、生憎知らない。

 カイの反応がないのを見て、咳ばらいを一つした後に彼女が名を明かす。

「ルーファ・アルデンティファーよ。ここまで言ったら分かるでしょ?」

 ルーファ・アルデンティファーね……。

 うん、さっぱり分からない。分かるでしょと言われてもなぁ。

 というのが、ルーファにも周囲にも伝わっていたのだろう。ざわざわとざわめきが波紋のように広がっていく。

 え、そんなに有名人?

ルーファは驚いたように目を見開いた後に、怪訝な表情をしながら訪ねてきた。

「一つ伺うけれど、あなたは三王都のどこかから転入してきたのではなくて?」

「ああ、いや、海を越えて……えっとアルガス大国付近の町辺りから、の転入です」

 アルガス大国はマキナ・アルガスが統治している機械国であるが、まぁ適当言っても分からんだろう。それにアルガス大国は魔将の一人アッシュ率いる軍団に襲われている。不謹慎ではあるが、困ったときの話題に関係させられるし、義手義足の良い言い訳にもなるだろう。

「ふーん、じゃあ五大陸側から来たのね。少なくともこの王都近辺の出ではないと」

「そういうことなんだ。そんなに有名人なのか?」

 普通に首を傾げていると、隣のファイがこっそり耳打ちしてくれる。

「おいおい、アルデンティファー家は、この王都ディスペラードにおける四大名家の一つで、次期王族候補筆頭だぞ!」

「へー……ん、次期王族筆頭?」

 ファイの言葉にまたまた首を傾げてしまう。ルーファの様子からしても貴族なんだろうなとは思っていたけれど。にしても次期王家って、それはまるで現王家が……。

 と、そこまで来てようやくディスペラードの現状について、以前習ったことを思いだした。



 現在、王都ディスペラードに王族は「いない」。



 先の第二次聖戦で王エグウィス・ディスペラードは魔将によって殺されてしまった。エグウィスはウェルム同様若王であり、まだ子を成してはいなかった。そして先王センドリル・ディスペラードとその女王は既に他界してしまっていた。

「そうか、ディスペラードの血が絶えてしまったんだったか」

「そう。代わりに王位を継承するに相応しいとして出てきた貴族がアルデンティファー家、というか四大名家だな。聖戦直後の復興で尽力してくれた四大名家ならば申し分ないだろうという話で、現在その王位継承権をどこの名家が獲得するか国民全体で決める王選の真っ最中なんだ」

「へー」

「説明ご苦労さま。まぁ決めるも何も、わたくしの家が勝つわ。……いいえ、勝たなければならないのよ」

 勝たなければならない?

 言い方が妙な気がしたけれど、聞く前にルーファが言葉を放つ。

「……あなた、私の元に付く気はない?」

 突然のお誘いにまたもや周囲がどよめく。

「転校早々ルーファ様からのお誘いだと!?」

「もう十分なくらいルーファ様の下についている生徒はいるけれど……」

「それだけ彼が優秀ということ?」

「武術に秀でているなら、もしかしたらカルラ様にも……」

「まさか! カルラ様には勝てないだろう。この学園入学以来、ずっと武術系の成績トップなんだぞ」

 何だかいろいろな憶測が飛び交っているようで、聞き慣れない名前を聞こえてきたが、何となく状況を察した。

 昨日、赤髪の男子生徒に言われたことを思いだす。

「今この学園の生徒間では権力闘争が起きている。まぁ社会の縮図って奴だ。巻き込まれたら面倒なことになるのは必至。関わりたくねえなら過ごし方考えろよ」

 どうやら、その権力闘争に今まさに巻き込まれようとしているらしい。

「わたくしが王族になった暁には、将来の安定を約束するわ」

 要は彼女の下について、存分に力を発揮しろと。で、そんな力のあるやつを従えられるルーファ様凄い、王族になれる逸材だわ! みたいな流れにしようとしているのか。そもそも俺の力をそこまで見極められるなんて、観察眼はあるようだが……。

 時期尚早な気がしなくもない。転校早々声をかけるか、普通。もう少し俺という人間を見極めてからでいいとも思う。

勝たなければならないという言い方もそうだったが、どこか焦る事情があるのかもしれない。周囲の話から察するにある程度の取り巻きはいるみたいだが、それ以上に厄介な相手がいる、ということかもしれない。

「……ちなみに、断ったら?」

 断る選択肢あるのかよ!? と周りがまたざわついたが、ルーファは変わらずに返す。

「勝ち馬に乗るのが当たり前ではなくて?」

「転校したばかりなんだ。あんたが本当に勝ち馬かどうかも分からないと思わないか?」

 カイの言葉に、周りが一瞬静まり返る。今のはルーファに対する侮辱とも取れる発言だった。あんたの家は本当に優勢なのか、と。

 カイとルーファが視線を交差させる。周りはドギマギしながら次の発言を待っているようだった。

 と、そこへ一時限目の中年男子教師が入ってくる。

「さぁ、授業を……って、なんでそんなに固まってるんだ?」

 のんきそうな声音が、この場の雰囲気を緩和してくれた。授業の準備をしなくちゃと、周りの生徒も自分の席へと戻っていく。

 ため息をつくようにして、ルーファが言葉を零す。

「そうね、少し奔り過ぎたみたい。でも、覚えておいて。わたしくしから誘われていること」

 そう言って、ルーファも自席へと戻っていく。

 約五分程度の問答。だが、かなり濃厚な時間だった気がする。

「……心臓持たないって」

 隣のファイが安堵したように息を漏らしていた。

「よくもまぁ、あの四大名家の一つにあそこまで言い合えるな」

「知らないものは知らないさ。知らないものにビビってたってしょうがないだろ」

「知らないから怖いとは思わないか?」

「知ってるから怖いものさ」

 というか、俺、王族なので。貴族なんかに恐れる人間として過ごしてきてない。

 とはいえ、周りから見ると浮いた行動に見えることがあるかもしれない。

 これから気を付けて過ごさなくちゃな。

 バレないように過ごすことも。

 ルーファ達の権力闘争の様子にも。

「きりーつ、気をつけ……」

 そうして、授業開始の声が聞こえてきた。





※※※※※





「まさか、本当に勉強が苦手だったとは……」

 時刻は昼過ぎ。無事何とか午前の授業を全てやりきったところだった。ファイと学食で昼ご飯を食べようとしたら、想像以上の込み具合で、渋々購買でパンを買って中庭の見える廊下で食べることにした。

「仕方ないと思わないか、転校生だもん」

「にしてもできなさすぎるだろう」

「……」

 軍事学は聖戦の為に調べたりしたからそれなりで、歴史学はゼノ達から聞いたことのある事項もあってまだマシだが、その他がほぼ壊滅的だった。計算ができず、文章が頭の中に入ってこず、何をしているのか分からない。

 ルーファからもひどく残念そうな視線を向けられたのを覚えている。勝手に誘って勝手に失望されても……。

「そう言えば聞いたか、中等部二年にも転校生が来たらしいぞ。それが滅茶苦茶美少女なんだとか」

 間違いない、イデアの話だ。

「後で見に行ってみるか? 多分今頃も滅茶苦茶人だかりできてると思うけど」

「あー、想像つくなぁ。なんせ……」

 そう言って周囲に視線を向ける。小中高男女問わず、見知らぬ顔が、さまざまな表情でこちらを見つめてきており、廊下には人だかりができてしまっていた。

「どっちかな、転校生」

「金髪の方じゃない? え、カッコ良くない?」

「身長も高いし、姿が絵になるというか」

「さぞ勉強もできるんでしょうね」

 いやできないけども。

「……俺ですらこうだからなぁ」

 イデアなんてもう神様みたいに眩しい存在だから、こちら以上に人だかりができているに違いない。

「なんか、俺まで有名になった気分だ」

「転校生って、大抵こうなるのか?」

「まぁ、どんな奴が入ってきたかな? って見に行くことはあるけど。今回は別格だな。ヴァリウス、見た目はカッケーから」

「「見た目」はってなんだ。でも、そうか。俺ってかっこいいのか」

 鏡とか見て、自分でかっこいいとか思ったことはないけど。

「なんだなんだ、今までさぞモテてたろうと思ってたんだが、そんなことないのか」

「んー……まぁ一人、かな。今も好いてくれてる人がいるよ」

「え、恋バナ? 真昼間から恋バナ!?」

「しねーよ」

 こうやって囲まれるのも嫌いじゃないが、品定めされるように見られるのは、こちらも神経が削れる。パンを牛乳で流し込み、そのまま窓の外へと目を向けた。眼下に広がる中庭はかなり広く作られており、そこで昼食をとっている生徒も多く見受けられた。花々や木々の緑に、噴水が清涼感を演出している。

「そうだなぁ、ちょっとあの中庭に――」

 言ってみないか。

 カイはファイへそう声をかけようとして。



気づけば窓から勢いよく飛び降りていた。



「え、ちょ、ヴァリウス!? そんなに中庭へ行きたかったのか!?」

 ファイの驚いた声も一瞬で聞こえなくなる。

 カイの視界に確かに映っていた。

 二人の女子生徒が、二十人程度の男子生徒に詰め寄られていたのだ。女子生徒の一人は桃色の長髪を結って後ろに流している女子生徒は怯えた様子で。

 そしてもう一人の女子生徒は……。

「どうだ、悪い話じゃないだろう。僕の下につけと、そう言っているんだ。そうしたら、君の将来は安泰だ。何なら、僕の女にしてやってもいい」

「あの、私は既に――」

 長く綺麗な金髪が風に揺られていた。

 一番前にいた銀髪の男子生徒と彼女の間に割って入るように、カイは勢いよく着地した。

 何事だとどよめく男子達。

 何事だじゃねえ!

「俺のイ……妹になにしてんだ!!」

 カイの登場に、イデアは大きく目を見開いた。
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