破滅の足音

hyui

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帰省

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8月の中頃。
お盆休みを利用して、S夫は地元に帰ることにした。
「久々の実家だなぁ。みんな元気してるかなぁ。」
実家に帰るのは、大学に出てから実に10年ぶりのS夫。実家や地元が今どうなってるのか、内心ワクワクしながら実家に向かって車を走らせた。。


地元に近づいて来たS夫。見慣れた風景が流れていく。
「うわぁ。この辺も変わんねえなぁ。」
大きく緑に染まった山がこちらを見下ろし、その下には見渡す限りの田んぼ。公道を走る車は少ないものの、独特ののどかさが変わらずそこにはあった。ただ一つ変わったものと言えば…。
「人がいないな…。」
真昼間だというのに、人影が見えない。田植えをする農家の人も、個人商店の店員も誰一人としていないのだ。
「みんな、昼休みでもしてんのかな?」
呑気なことを考えながら、S夫は実家の元へ走った。


しばらく走って実家に着いたS夫。10年経っても変わらない景色に、懐かしさをひしひしと感じていた。
「お袋や、親父。どうしてるかなぁ…。」
高鳴る胸を押さえつつ、S夫は家の呼び鈴を押した。
「はい?どなた?」
しばらくして、彼の母親が出て来た。
「お袋…!久しぶり!俺だよ!」
母親はこの10年で少し老けたが、面影はそのままだった。
「変わらないなあ。お袋!本当に久しぶりだ!」
「…どちら様ですか?」
「…え?」
「…どちら様ですか?」
「…な、何言ってんだよ。お袋。俺だよ。分かんないのか?」
「…おかえりください。」
そう言って、ピシャリと戸を閉められた。
「お、おいおい。どうしたんだよ。俺何かしたか?」
S夫は閉じられた戸を叩いて再度母親を呼んだが、返答はなかった。
「…なんだよ。クソッ…!」

それから家の周りを回って中に入れる所を探ったが、どこも閉めきられていて中の様子すらわからない。
「こんな真夏のクソ暑い中、なんで閉めきってんだ?」
おまけにどこも鍵がかけられており、開けることはできない。しばらく粘ったS夫だったが、やがて諦めた。
「…アホらし。なんで実家で泥棒紛いなことやってんだ、俺は。」

陽も落ちてしまい、泊まるところもなかったS夫は、やむなく車内泊することにした。
「なんだって田舎に帰ってきて車で寝泊まりしなくちゃなんないんだよ…。」
明日になったら帰ろう、などと思っていた時、実家の扉が開いた。
「!?  お袋?」
彼の母親が家から田んぼの方へトボトボと歩いていく。やがて田んぼに着くと、かがんで顔を田んぼに埋めた。 
「な、何やってんだ!お袋!」
急いで車から降りたS夫は、母親の体を担ぎ上げた。
「お袋!何やって…!」
母親の口からはストローのようなものが飛び出ていた。例えるなら、蝶の口吻のような…。
「お、お袋?」
母親の目はS夫を見ていない。死んだ魚のように虚空を見つめていた。よく見ると、母親の体から家に向かってホースのようなものが伸びている。
「…?」
ホースの元は家の中にあるらしく見えない。
「…どちら様ですか?…どちら様ですか?」
ロボットのように同じ事を繰り返す母親。手放すとまた田んぼに顔を埋めた。
「…何がどうなってんだ。お袋に何が?そして親父は?」
(親父…。そうだ!親父はどこにいる?家の中か?)
S夫は意を決して家の中に入った。

母親に繋がれていたホースは、家の奥まで続いていた。…いやそれは、正確にはホースではない。生きていた。これは触手だ。脈を打ち、その元に向かって何かを送っている。恐らく、母親が飲んでいる田んぼの水だ。
「なんでこんなモンが俺の実家に…。」
家の奥に向かって進むS夫。歩を進めるごとに、だんだん鼻をつく悪臭が漂ってきた。何かが腐ったまま放置されたような…。
家の奥に着いた。そこには…。
「親…父?」
横たわる父親の遺体らしき肉塊。そこから触手が伸びていた。体は朽ち果て、その顔は、ボウリングの球ほどの肉の瘤になりかわっていた。
「ひ、酷い…。なんでこんな…!」
肉の瘤は生き物のように脈打ち、呼吸をするように収縮している。
「吸い取ってるんだ…。親父とお袋から、養分を…!」
瘤は母親からの水を飲み込むごとに大きく、活き活きと収縮する。
「野郎…。調子に乗りやがって!」
S夫は部屋の椅子を掴むと、瘤に向かって思い切り殴りつけた。
「ピギァ…!」
瘤は叫んだかと思うと、派手に血を飛び散らせて父親の遺体から剥がれた。しばらく床でのたうち回っていたが、しばらくして力尽き、その動きを止めた。
「どうしてだ…!どうしてこんなことに…!」
瘤の返り血を浴びても血を拭うことすら忘れて、S夫は部屋の中央で泣き叫び続けた…。
「親父…!お袋…!どうして…!…何だ?顔が痒い…。」
返り血を浴びた部分が段々と膨れていき、広がっていき、やがてそれはS夫の顔全体を覆っていった。



「…どうだべ?」
「ダメだ。出てこねぇ。多分手遅れだ。」
地域住民が遠くからS夫宅の様子を伺っていた。
「あの化けもんが来てから、この村はあっという間にあれにやられちまった。」
「ああ。」
見渡す限りの田んぼには、各家の住人が顔を埋めていた。皆触手につながれ、触手は家の奥に伸びている。
「何もんかはわからんが、あれに取り憑かれたもんは触手を近くのもんに突き刺して取り込む。突き刺されたもんは養分を吸われ続け、水分を賄うためにああやって毎晩田んぼの水を啜る…。」
「元の瘤を殺してもその血を浴びたら最後、その血からまた新しい瘤が産まれる…。もうどうにもできねえ…。」
「気の毒だが、あの旦那も見捨てるしかねえな…。」
「そうだな…っ!ご…が…っ!」
「おいっ!?」どした!?」
「…どちら様ですか?」
「は?…おめえ、まさか…!」
「…どちら様ですか?」
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