記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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楽園編

「農場」

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…薄暗いフロア。流れていた音楽は止まり、聞こえるのは指を食いちぎられた苦痛にもがくシェフの泣き声と、安藤の不快な咀嚼音だけであった。
「…ウェイター。シェフを仕置部屋に連れて行きなさい。後で私から指導する。」
安藤は指を抑えながら泣き叫ぶシェフを見下ろし、冷ややかに言い放った。まるでできの悪い家畜を見るような視線だ。
「い、いやだ…!あそこに行くのはいやだ!離してくれ!」
シェフは必死に抵抗をしたが通じず、バックヤードへとひきづられて行った。

…安藤チヒロ。
何十人もの人間を食い殺した殺人鬼!今回のメインターゲットだ。それが今目の前に…!

「…おい。どうする?西馬?」
秋山が安藤を見据えたまま、俺に耳打ちしてきた。
「どうするって、お前…。とりあえず捕まえるか?」
「いや、ここで捕まえるのはまずい。裏にボディガードのような奴らが控えてるかもしれん。とりあえず奴が出るのを見計らって…。」

「もし…?」
気づくと安藤が側に来ていた。
「うぉっ!?」
「ななな、なんだ!?」
「なんだ、とはまたご挨拶ですな。いや、せっかくこちらに来ていただいたのに隣で騒いでしまったのでお詫びを、とおもったのですが。」
「あ、そりゃどうも。ご丁寧に…。」
俺たちに頭を下げる殺人鬼。その殺人鬼に俺たちも釣られて頭を下げる。
「つきましては、オーナーからのお詫びとして特別料理を振る舞いたいのですが、お時間よろしいですかな?」
「「え!?」」

殺人鬼からの思わぬ提案に、二人とも声を上げてしまった。
…どうする?この誘い、受けるべきか?断るべきか?
俺が迷っていると、秋山が答えた。
「…ご丁寧な対応、ありがたい限りです。せっかくの機会です。是非ともその特別料理を頂きたいですな。」
…!マジで!?いくの?秋山。
「それは良かった。では場所を変えましょう。こちらへどうぞ。」
そうして安藤と俺たちは別室へと移動することになった。

「お、おい!よかったのかよ。この誘いに乗って!」
別室へと向かう途中、俺は秋山に話しかけた。
「やむを得んだろ。このチャンスを逃せば、もう安藤に近づく機会はなくなるかもしれない。なにしろ奴は用心深い。俺たちの素性がバレたら、もう二度と奴に近づけない可能性が高い。今しかないんだ。」
「しかし、相手は人肉料理のプロだぜ?特別料理って、やっぱり人肉じゃ…。」

「お客人?どうなされましたかな?」
「あ。いや、何でもないですよ。はは…。」
「ふふ。お腹が空きましたかな?さあ、着きましたよ。」
安藤が案内した部屋は、奇妙な部屋だった。テーブルは一つ。椅子は向かい合わせに二つ。ここまでは良いのだが、部屋の天井におびただしい数のモニターが設置されていた。
「あのモニターは?」
「あれですか?あれはこのレストランで使う『食材』を管理するモニターです。ご覧になりますかな?」
安藤はモニターのスイッチを入れた。

モニター映像には様々な動物の映像が映し出されている。あのレストランでメニューに載っていた動物達だ。
それぞれが自然の環境の中、のびのび生きているように見えた。その中にはもちろん人間も含まれていた。
「これは…。」
「驚いたな。てっきり牢獄のようなのを想像してたんだが…。」
「ははは。牢獄のような環境では、生き物はストレスを感じてしまいます。このストレスは肉の味に大きく悪影響を及ぼしてしまう。」
安藤が熱弁し始めた。
「食材の味を決めるのは、その生物の生きる環境が全てです。何を食べ、何を感じ、何を行って来たか。そういった日常の積み重ねが、味の決め手となるのです。彼らにとって、最も健康的な環境を整えてやれば、最高の味を引き出せるのです。」
「…それは人間も然り、なのか?」
「もちろんです。人間の肉は一般的にまずいと言われますが、それは我々がストレスだらけの日常を送り、添加物だらけの食い物を毎日摂取しているからに他なりません。現在の社会は食材としてはこれ以上ない、粗悪な環境と言えるでしょう。しかし、それらが全て取り払われればきっと最高の味になる。」
安藤は人間の映し出されたモニターを指差した。
「あの人間達は、この建物の地下施設で管理されています。そこでは皆がストレスなく暮らし、与えるエサも添加物を使用していない自然食品を使っています。」
(人間も家畜扱いか。このいかれ野郎…。)
恍惚とした表情で語る安藤に、俺はますます嫌悪感を抱き始めた。
「彼らはどうやって集めたんだ?連れ去って来たのか?」
「始めは、多重債務者が主でした。闇金融業者が回収不能となった多重債務者を我々が買い取り、ここで食材として育てる、という流れだったのですが、やはりよくなかった。無理やり連れて来たものは何もしなくともストレスを感じてしまう。そこで私は、自らの意思で集める方法を考えました。」
「自らの意思で?でもそれは難しいんじゃないですか?」
「いいえ。ここで暮らすメリットを伝えれば意外と集まってくれましたよ。セミナーを通じてここでの暮らしを紹介し納得してもらえれば、皆さんすんなりとここで暮らしてくれるようになりました。この施設は我々は『農場』と呼んでいますが、彼らはその場所を違う呼び名で呼んでいます。」


「『楽園』と…ね。」
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