記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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花園編

邂逅

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「何!?アカリと合流した!?」
秋山からの連絡に、俺は思わず声を上げてしまった。
「ああ。だからもうここで引き上げよう。二人とも侵入口の方へ向かってくれ。」
「分かった。…ところでお前今、中にいるのか?」
「ああ、そうだ。」
「通気口からは入れなかったろ?一体どうやって入ったんだ?」
「どうやってって…ドアをもいで。」
…ドアってもげるもんだっけ…?

「ああ、そうそう。羽鳥のマネージャーとやらもぶっ倒したぞ。」
「マネージャー!?こんなとこにいたのか!」
「ああ。奴のマネージャーも『ルシフェル』だったよ。相当の手練れだった。」
…マネージャーも組織内の人間だったのか。通りであちこちで探しても見つからないわけだ。
「しかしそんな手練れをぶっ倒しちまうなんて…あんたも随分化け物じみてきたな。」
「よせよ。こちとら全身傷だらけでまともに動けねえんだ。勝てたのは運が良かっただけだ。」
「いや、それでも大したもんだ。次に奴らに襲われたら、護衛を頼もうかね。」
「…勘弁してくれよ。」
ははは…と談笑を交わす俺たち。

「…先生と話してるの?秋山さん。」
電話越しにアカリの声が聞こえてきた。
「アカリ…そこにいるのか?」
「ああ。代わるか?」
「…たのむ。」
しばしの無音の後、アカリが電話口に出た。
「先生…。あたし。」
「アカリ…!無事だったか?」
「うん…。何とか。」
「心配かけやがって。このバカ。」
「…ごめんなさい。でも、きっと来てくれるって信じてた。」
…いや、本当は俺が謝るべきなのかもしれない。今こんなことになったのは、こいつを危険な場から遠ざけようと除け者にしてしまった俺の責でもあるのだから。だけど、今はともかく彼女の無事を喜ぶとしよう…。
「まあ、ともかく無事で良かった。早いとこ事務所に帰って、一杯コーヒーでも飲もう。」
「…私、コーヒーは無理だよ?」
「分かってるさ。お前はミルクティーだ。」
「ミルク多め。」
「砂糖は二個だ、よな?」
「…うん。」
いつの間にかできた二人のルール。変わらない日常、変わらない絆が、やっと戻ってきた。そう思うと、ふっ、と笑みが自然にこぼれてきた。
「もうちょっとだけ待ってろ。お説教はその後だ。」
「…分かった。気をつけてね。先生。」
「おう。」
そうして俺は電話を切った。

「…アカリちゃん。見つかったんですね?」
「ああ。後はここから引き上げるだけだ。侵入口まで戻るぞ。」
「分かりました。…で、私たちが来た侵入口はここからどう行けば?」
…あ。…えーと。…あれぇ?
「…西馬さん?まさか…。」
「さ…探すぞ!」

ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ!
敵陣真っ只中で道に迷ったなんて洒落になんねぇ!早いとこ侵入口に向かえる道を見つけないと…!

「おや…。また会いましたね?」

…聞き覚えのある声がした。
振り返ると、つい先ほど俺たちに道案内をしてくれた黒コートの男が立っていた。
「あんたは…まだいたのか。」
「そのセリフ、そのまま返しますよ。まだこの辺りをうろついていたなんて、自殺行為ですよ?周辺はまだ警備スタッフが幾人かいるはずです。何をしているんです?」
「いや、えーと、その…。」
「道に迷ったんです。」
須田は俺の言いにくいことをズバッと言う。
「ちょ…!」
「いいじゃないですか。この人に害意はないんでしょう?どうせなら帰り道も教えて貰えばいいじゃないですか。」
「いや、まあそうなんだけどさ…。」
「なんです?」
「俺にもその、メンツというか…。」
「んな事言ってる場合じゃないでしょう!?」
…ぐぬぬ。確かにそうだ。確かにそうなんだけどさ。やっぱり恥ずかしいじゃん。
「あはは。構いませんよ。そうですね…。ここから一番近い出口なら、このまま真っ直ぐ進んで十字路を左に曲がったところがあります。おそらくそこが最短距離でしょう。」
「どうも、ありがとうございます。さ、行きますよ!西馬さん!」
「…先に行っててくれ。俺はこの男ともう少し話をしてみる。」
「…?何でです?」
「色々と礼もしなきゃいけないしな。いいから先に行っててくれ。すぐに後から向かうよ。」
「…分かりました。でも早くしてくださいね。」
そう言って須田は先に出口へと向かった。

「連れの方、先に行っちゃいましたよ。よかったんですか?」
「…ああ。まだあんたに話したいことがあったんでね。」
「まだ僕に何か?」
「単刀直入に言おう…。あんた、ボスだろ?」
俺の言葉に、男は少し同様の色を見せる。
「ちょいと驚いたなぁ。気づいてたのかい?」
「始めに会った時から怪しいとは思ってたが、今確信した。この緊急事態に際して、羽鳥は会員を全員帰していたし、そもそも会員に男は一人もいなかった。男として残るのは『ルシフェル』のメンバーだけ。だが、あんたは奴らのメンバーじゃなかった。もう1つの可能性があるなら俺たちのように外部から侵入した人間。だが、そうだとしても内部情報に詳しすぎる。この闇クラブの関係者であり、『ルシフェル』のメンバーでもなく、尚且つこの場に目的があるのは、俺たち以外とすればただ一人、ボスしかいない。」
俺の推理を男はしばらく黙って聞いていたが、やがて諦めたように肩をすくめ、パチパチと手を叩いた。
「…ご名答。いや恐れ入ったね。全くその通り。僕がボスだ。」
…案外素直に認めるんだな。そこが不気味でもあるんだが。
「それでどうするんだい?僕を警察にでも突き出すかい?それともこの場で殺すのかな?」
「…馬鹿言わないでくれ。あんたを警察に出しても無駄なのは分かりきってるし、殺すつもりもない。ちょいと話がしたかっただけだ。」
「僕と話をしたい…か。ここに乗り込んで来た事といい、意外と勇敢だね。君は。それともただの無謀なだけかな?」
…多分後者だな。今回の潜入にせよ、今の状況にせよ、何の勝算もないのだから。でも今、はっきりとこいつに問い質さないとならない。だから俺は残ったんだ。
「はっきりと聞こう…。あんた、一体何がしたいんだ?」
「うん?どういう質問だい?それは。」
「安藤のやつから聞いた。あんたは自分の周りの連中を殺して回っていると。自らの妹さえ手にかけようとしていると…。」
「安藤さんが…。そうか。安藤さんが妹を保護するように依頼したのは君か。なるほど…。」
安藤の名を口にした途端、ボスは悲しそうな顔をして俯いた。
「…質問に答えよう。僕はただ自分のしたことのけじめをつけているだけさ。結果として、自分の身の破滅になるがね…。僕は大きく歪んでしまった自分の組織を壊すことに決めたんだ。」
「だが妹は?妹はあんたのけじめに関係ないだろう。」
「そうかな?今回だってオーナーの羽鳥は僕の妹を人質にとろうとした。今後もそれは続くだろう。遅かれ早かれ、捕まれば妹に未来はない。そうなる前にせめつ、僕の手で始末をつけたいんだ。」
「まだ捕まると決まった訳じゃない。」
「君が必ず守ってみせると?」
「ああ。」
即答する俺を、ボスはくつくつと嗤う。
「…無理だよ。とても君の手には負えないさ。」
「やってみなきゃ分かんねえだろ?」
「いいや、できないね。」
「いいや。できる。」
「できない。」
「できる!」
…子供のような押し問答だが、もうこうなりゃ意地だ。
「…やれやれ。君も頑固だね。」
「頑固はあんただ。俺は受けた依頼は最後までやり通す。何があろうとな。」
「…相変わらずだな。君は。」
ボスが何やら小声で呟いた。

「…いいだろう。やるだけやってみなよ。僕の邪魔をしない限りは、僕も君らに手は出さない。だが、もし君らがヘマをしたらその時は…相応の覚悟をするんだね。」
「…ああ。」
ふ…と笑って、ボスは暗闇の向こうへと消えていった。
俺は決意を新たに、翻って出口へと向かうのだった。
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