記憶探偵の面倒な事件簿

hyui

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離愁編

ヒカル・ザ・ギャンブラー 3

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互いの命運を賭けた「ブラックジャック」。
エキシビションマッチを終え、両者はいよいよ本番を迎えようとしていた。
「さて…、では始めましょうか。」
本番を前に、金木は少々胸が昂ぶっていた。これから対決するボスに、自らが仕掛けたが見破られることを危惧していたのだ。
(……大丈夫だ。魔眼とやらは目を逸らしておけば問題はない。魔眼さえなければ、奴はただのど素人。恐るるに足りん。さっきの一戦の反応を思い返してみろ。無邪気にゲームを楽しむ子供のようだったじゃないか。…俺ならできる。俺ならイカサマを隠し通せる。)
自身を奮い立たせながら、金木はカードをシャッフルする。に失敗が無いよう、細心の注意を払いながら…。

「あ、ちょっと待った。」

突然ヒカルが金木を呼び止める。金木は思わずシャッフルの手を止めてしまった。
「い…いかがなさいましたか?」
(まさか……バレたのか?)
内心ビクつきながらもそれを顔には出さず、金木はヒカルの次の言葉を待った。
「少し喉が乾いた。水を一杯もらっていいかな?」
なんて事のない申し出であった。ほっ、と安堵のため息をつき、金木はうなづいた。
「どうぞ。バーのグラスをご自由にお使いください。」
「ありがとう。じゃ、勝手に借りていくよ。」
そういうや否や、ヒカルはバーに置かれている透明なグラス二つに水を注いでテーブルまで持ってきて一つは自分の手に持ち、もう一つは金木の手元に置いた。
「よかったらどうぞ。」
「…結構です。お気遣いなく。」
「あらら…。つれないねえ。」
談笑するヒカル。ソッポを向く金木にはその表情は窺い知れない。彼の視界にはただ手元に置かれたグラスが映るだけだった。照明の具合か、黄金色に輝くグラスを…。


「さて、では始める前に一つルールを加えさせていただきます。本来、このブラックジャックはゲーム開始にチップを賭けるのですが、今回それは無しとしましょう。」
「ほう?そりゃまたどうして?」
「チップを使うと何かと厄介なルールが増えるのです。ダブルアップやら何やら…。初心者のボスにはそこまで覚えきれないでしょう?」
「まあ…そうかな。」
「なので今回はチップの使用は無し。一回限りの勝負としましょう。その方がお互いやりやすいんじゃありませんか?」
ヒカルはこの申し出にしばし考え込んだが、やがて口を開いた。
「…そうだね。君の言う通り、難解なルールを持ち込んでも僕は多分混乱してしまうだろうね。いいだろう。チップ無しの一回勝負だ。」
「…ありがとうございます。」
ヒカルが承諾したことに、金木は内心ほくそ笑んだ。
(しめた…!これで俺が勝つ見込みがグンと増えた!)
溢れ出しそうな笑いをなんとか嚙み殺しながら、金木は本番の勝負に向けてトランプをシャッフルし始めた。

「…いやー。しかしさっきの勝負、見事だったね。いきなり『ブラックジャック』だなんて。」
「…恐れ入ります。ただ何度も言いますが、あれはただの偶然です。運が良かっただけですよ。」
「そうか。じゃあその運、僕にも分けてもらいたいね…。」


ぱん


……


……



ぱん


…手の叩く音がする。
「おーい。どうしたんだい?呆けちゃって。」
「…え?」
気がつくと金木は、いつのまにか自分とヒカルにトランプを配ったままぼうっとしていた。
(…おかしいな。いつの間に俺はカードを配ったんだ…?)
「さあさあ。早いとこ、勝負を始めようよ。」
「え、ええ……。」
不審に思いながらも、金木は「ブラックジャック」を敢行した。

「…さて、では手札が届いた所でボス、『ヒット』しますか?『ステイ』しますか?」
「んー…。『ステイ』で。」
「ほう…。」
『ステイ』を宣言した、ヒカルは始めに配られた二枚のカードを伏せたままであった。
「…まだその二枚を確認していないようですが?」
「大丈夫だよ。この二枚だけでいい。」
悠々と答えるヒカルに金木は悶々とする。
(馬鹿な…!カードを確認もせずにそのまま勝負するだと!?何か根拠があるのか?俺に勝てる算段が?…くそ!ボスは今どんな顔をしてるんだ。あきらめの表情か?それとも不敵に笑っているのか…!?)
しばしの自問自答の後、金木ははっとする。
(…そうか。これはだ。突飛な行動を取って俺を動揺させ、俺がボスの表情を窺おうと顔を見せた瞬間、魔眼をかけようってハラなんだ…!ふふ…。危ない危ない。そうはいくか。)
金木は相変わらずソッポを向いたまま、ヒカルに告げた。
「…いいでしょう。分かりました。言っておきますが、やり直しはいたしませんよ。では私も『ステイ』といきましょう。このままで勝負です。」
金木も手持ちの札で勝負に出る。一見無茶な勝負に見えるが、金木には勝てる根拠があった。
…カードを配った時の記憶が何故かないが、きちんと、自分は手持ちの札でボスに8割型勝てる見込みがある…。
そう考えていた。


「さあ、ではカードをオープンしましょう。私の手札はこれです!」
自信満々でカードを開く金木の手札は、4と6、合計数は10であった。
「あ…あれ…?」
「どうしたんだい?そんな不思議そうな顔して。まるで目の前のことがと言った表情じゃないか。」
「そんなはずはない…!そんなはずは…!」
目の前の現実に狼狽える金木。

続いてヒカルが手札を公開する。
ヒカルの手札は、エースとキング…。
『ブラックジャック』だ。

「ば…馬鹿な…!どうして…!?」
「どうしてって、変な事を聞くね。んじゃないか。わざわざさ。」
金木はここで始めてヒカルの顔を見た。彼が危惧していたとおり、ヒカルは金木に向けて不敵な笑みを浮かべていたのだった。
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