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《創作》マリッジブルー
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「おはよう。」
「…ん。」
いつもの朝の挨拶。でも彼女はどこか上の空。あの日からどことなく壁を感じる。
彼女との付き合いは、もうかれこれ5年ほどになる。
大学で知り合い、大きな喧嘩もなく、社会人になっても今日まで付き合い続けている。そんな彼女に、俺は数日前プロポーズをした。
受け入れてもらえると思っていた。仕事は順調。浮気もしなければ酒やギャンブルをやってるわけでも無い。それにここまで長く付き合ってきたんだ。彼女以外の相手など考えられない。しかし、彼女の答えは、
「……少し、考えさせて。」
それだけだった。
ショックだった。
自分に何が足りないんだろう。いや、あるいは彼女が何が悩んでいるのかも知れない。それでもその悩みを打ち明けてくれない、というのが俺にはなおさらショックだった。
「…ごちそうさま。行ってくるよ。」
「…ん。」
ほぼ会話などなかった朝食を終えて、俺は会社へと向かう。その足はなんだか重く感じた。
昼休み。俺は彼女の事を同僚に話してみた。
「お前、そりゃあれだよ。『マリッジブルー』ってやつだ。」
「マリッジブルー?」
「いざ結婚する、ってなった時に、その後の生活変化とか相手とこれからうまくやっていけるのかとか考えちまって憂鬱になるってやつさ。でも大丈夫。きっと受け入れてくれるよ。」
「そうかな……。」
「もう付き合って長いんだろ?お互い相手のことをよくわかってるはずさ。心配すんなって。」
「うーん……。」
マリッジブルーか……。だとしたら、俺がどうこう言っても仕方ないのかも知れない。しかし、何にせよ話し合わないといけないんじゃないか。
などと考えていたら、いつの間にか自宅に着いていた。玄関のドアが重く感じる。
「ただいま。」
返事はない。
出かけてるのかな、と思い、部屋に上がると、彼女は向こうを向いて1人座っていた。
「何だ…。いるんじゃないか。」
「…おかえり。」
朝と変わらず素っ気ない返事だ。彼女はもう、俺に対して心を閉ざしてしまったのだろうか。…いや、そんなはずない。
不安を取り払うように、俺は思い切って話を切り出した。
「なあ、この前のプロポーズの話なんだけどさ……。」
「……。」
「いきなりでびっくりしたと思う。でも、俺は真剣なんだ。俺に不満があるなら、いくらでも変えてみせる。してほしい事があるなら、なんだってやるよ。」
「……。」
「それとも俺に言えない悩みがあるのかい?あるならいくらでも聞く。俺はどんな君だって受け入れるよ。」
「……。」
「お願いだ。何でもいい。返事を聞かせてくれないか。」
「……。」
何を言っても、彼女は向こうを向いたまま返事をしなかった。そんな彼女に、俺は苛立ちを感じ始めた。
「おい!いい加減何か言えよ!言いたい事があるなら言えばいいだろ!」
俺は乱暴に彼女の肩を掴み、こちらを振り向かせようとした。すると、ドサリ、と彼女の上体が抵抗もなくこちら側に倒れてきた。
「…は?え?」
ふざけているのか?などと一瞬思った。しかし、彼女の顔は目が虚で口だけ魚のようにパクパクとさせている。明らかに様子がおかしい。
「おい!大丈夫…!?」
俺が慌てて話しかけると、
「どんな私でも、受け止めてくれる…?」
彼女の声だ。
だが彼女はこちらを見ていない。
「ねえ。受け止めてくれる…?」
彼女の声がその口から聞こえる。でも不自然な感じだ。さながら、口の中にスピーカーでも仕込んでいるかのような……。
「私、あなたにずっと隠していた事が……。」
突然、彼女の状態がビクンと跳ね上がる。腹部が何やら膨らんだかと思うと、そこから何かが飛び出してきた。
脚だ。昆虫の脚のような物が彼女の腹を突き破っている。やがて一本、また一本と、その脚は次々に彼女の腹から生えてきた。脚は床に着くと、そのまま彼女の体を持ち上げる。
こちらを向いていた顔はゆっくりと捻れていき、虚だった眼は真っ黒に塗りつぶされていく。
「あ、あわわ……。」
信じられない事が目の前で起こっている。よく見知った彼女が、どんどんと化物になっていく。あまりの恐ろしさに、俺は思わずその場から逃げ出してしまった。
それから俺は、近くのカプセルホテルに数日泊まった。
あの化物が待っているかと思うととても帰る気にはなれなかった。会社には体調不良という事で数日休ませてもらう事になった。
しかしいつまでも休むわけにもいかず、出勤日前に荷物を取りに一度自宅に戻る事にした。
恐る恐る部屋のドアを開けて中の様子を伺う。部屋は不気味なほど静まり返っていた。荒れている様子もなく、むしろ綺麗に片付けられている。誰もいないのだろうか。なら今が荷物を取るチャンスだ。俺は勢いよく荷物を取りに向かった。
「あ……れ……?」
俺は部屋に入るなり、違和感を感じた。いつもある物がなくなっている。食卓の上。洗面所。タンスの中。ベッドの上……。
そうか。彼女が使っていた物が無くなったんだ。部屋の中には、俺の物だけを残してそれ以外が綺麗に無くなっていた。まるで始めからそこには居なかったかのように。
「うん?」
ふと、ゴミ箱にくしゃくしゃにされた紙が捨てられている事に気づいた。広げてみると、それは「ごめんなさい。」と書きかけて、その後ペンで塗り潰されていた。
そこで俺は理解した。彼女はずっと俺との関係を悩んでいた事。襲う気があるのならとうに襲っていたであろう事。自分の正体を打ちあける事を恐れていた事に。
「何が……どんな君でも受け止める、だ……。」
ただ1人残された部屋で、俺はしばらく泣き続けるのだった。
「…ん。」
いつもの朝の挨拶。でも彼女はどこか上の空。あの日からどことなく壁を感じる。
彼女との付き合いは、もうかれこれ5年ほどになる。
大学で知り合い、大きな喧嘩もなく、社会人になっても今日まで付き合い続けている。そんな彼女に、俺は数日前プロポーズをした。
受け入れてもらえると思っていた。仕事は順調。浮気もしなければ酒やギャンブルをやってるわけでも無い。それにここまで長く付き合ってきたんだ。彼女以外の相手など考えられない。しかし、彼女の答えは、
「……少し、考えさせて。」
それだけだった。
ショックだった。
自分に何が足りないんだろう。いや、あるいは彼女が何が悩んでいるのかも知れない。それでもその悩みを打ち明けてくれない、というのが俺にはなおさらショックだった。
「…ごちそうさま。行ってくるよ。」
「…ん。」
ほぼ会話などなかった朝食を終えて、俺は会社へと向かう。その足はなんだか重く感じた。
昼休み。俺は彼女の事を同僚に話してみた。
「お前、そりゃあれだよ。『マリッジブルー』ってやつだ。」
「マリッジブルー?」
「いざ結婚する、ってなった時に、その後の生活変化とか相手とこれからうまくやっていけるのかとか考えちまって憂鬱になるってやつさ。でも大丈夫。きっと受け入れてくれるよ。」
「そうかな……。」
「もう付き合って長いんだろ?お互い相手のことをよくわかってるはずさ。心配すんなって。」
「うーん……。」
マリッジブルーか……。だとしたら、俺がどうこう言っても仕方ないのかも知れない。しかし、何にせよ話し合わないといけないんじゃないか。
などと考えていたら、いつの間にか自宅に着いていた。玄関のドアが重く感じる。
「ただいま。」
返事はない。
出かけてるのかな、と思い、部屋に上がると、彼女は向こうを向いて1人座っていた。
「何だ…。いるんじゃないか。」
「…おかえり。」
朝と変わらず素っ気ない返事だ。彼女はもう、俺に対して心を閉ざしてしまったのだろうか。…いや、そんなはずない。
不安を取り払うように、俺は思い切って話を切り出した。
「なあ、この前のプロポーズの話なんだけどさ……。」
「……。」
「いきなりでびっくりしたと思う。でも、俺は真剣なんだ。俺に不満があるなら、いくらでも変えてみせる。してほしい事があるなら、なんだってやるよ。」
「……。」
「それとも俺に言えない悩みがあるのかい?あるならいくらでも聞く。俺はどんな君だって受け入れるよ。」
「……。」
「お願いだ。何でもいい。返事を聞かせてくれないか。」
「……。」
何を言っても、彼女は向こうを向いたまま返事をしなかった。そんな彼女に、俺は苛立ちを感じ始めた。
「おい!いい加減何か言えよ!言いたい事があるなら言えばいいだろ!」
俺は乱暴に彼女の肩を掴み、こちらを振り向かせようとした。すると、ドサリ、と彼女の上体が抵抗もなくこちら側に倒れてきた。
「…は?え?」
ふざけているのか?などと一瞬思った。しかし、彼女の顔は目が虚で口だけ魚のようにパクパクとさせている。明らかに様子がおかしい。
「おい!大丈夫…!?」
俺が慌てて話しかけると、
「どんな私でも、受け止めてくれる…?」
彼女の声だ。
だが彼女はこちらを見ていない。
「ねえ。受け止めてくれる…?」
彼女の声がその口から聞こえる。でも不自然な感じだ。さながら、口の中にスピーカーでも仕込んでいるかのような……。
「私、あなたにずっと隠していた事が……。」
突然、彼女の状態がビクンと跳ね上がる。腹部が何やら膨らんだかと思うと、そこから何かが飛び出してきた。
脚だ。昆虫の脚のような物が彼女の腹を突き破っている。やがて一本、また一本と、その脚は次々に彼女の腹から生えてきた。脚は床に着くと、そのまま彼女の体を持ち上げる。
こちらを向いていた顔はゆっくりと捻れていき、虚だった眼は真っ黒に塗りつぶされていく。
「あ、あわわ……。」
信じられない事が目の前で起こっている。よく見知った彼女が、どんどんと化物になっていく。あまりの恐ろしさに、俺は思わずその場から逃げ出してしまった。
それから俺は、近くのカプセルホテルに数日泊まった。
あの化物が待っているかと思うととても帰る気にはなれなかった。会社には体調不良という事で数日休ませてもらう事になった。
しかしいつまでも休むわけにもいかず、出勤日前に荷物を取りに一度自宅に戻る事にした。
恐る恐る部屋のドアを開けて中の様子を伺う。部屋は不気味なほど静まり返っていた。荒れている様子もなく、むしろ綺麗に片付けられている。誰もいないのだろうか。なら今が荷物を取るチャンスだ。俺は勢いよく荷物を取りに向かった。
「あ……れ……?」
俺は部屋に入るなり、違和感を感じた。いつもある物がなくなっている。食卓の上。洗面所。タンスの中。ベッドの上……。
そうか。彼女が使っていた物が無くなったんだ。部屋の中には、俺の物だけを残してそれ以外が綺麗に無くなっていた。まるで始めからそこには居なかったかのように。
「うん?」
ふと、ゴミ箱にくしゃくしゃにされた紙が捨てられている事に気づいた。広げてみると、それは「ごめんなさい。」と書きかけて、その後ペンで塗り潰されていた。
そこで俺は理解した。彼女はずっと俺との関係を悩んでいた事。襲う気があるのならとうに襲っていたであろう事。自分の正体を打ちあける事を恐れていた事に。
「何が……どんな君でも受け止める、だ……。」
ただ1人残された部屋で、俺はしばらく泣き続けるのだった。
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