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《創作》断崖にて
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私は人生に絶望していた。
長年勤め上げていた会社からクビを宣告されたのだ。家はまだローンも残っているし、家計に余裕なんてない。会社の仕事以外ろくにやってこなかったわたしには再就職も難しく、次第に気力も無くし、その現実から逃れるように酒に溺れるようになっていった。そうして酔っ払っては暴れ回るので、家族も私の元を去り、気づいた頃には頼れるものはもう何もかもなくなっていた。
……死のう。
もうそのことばかりが頭から離れない毎日が続き、そんな思いからやがて私は自然とこの地へ足を運んでしまった。
A県、O山。日本有数の自殺の名所だ。
山肌は潮風の影響からか、草一本生えておらず、その崖向こうには荒波が飛沫を上げていた。そんな殺伐とした風景からはまさに「死」を連想させた。
……あの崖を越えれば、私は楽になれる。
未練は無かった。
会社にも家族にも捨てられた私はゴミだ。誰にも必要とされないゴミなんだ。何を躊躇う必要があるだろうか。
さあ、向かおうかと思ったその時、私はここには場違いなものがあることに気づいた。
電話ボックスだ。今時珍しい、プッシュホン型の電話ボックスが、ぽつんと一つだけあるのだった。
こんなところに何故電話ボックスが?
気になった私は何となく入ってみる事にした。
その電話ボックスは「命の電話」と書かれていた。よくみると電話以外にも、聖書や精神病についての本、相談所の連絡先などが書かれていた。
なるほど。ここで私のような自殺志願者を思い止まらせようというわけか。おそらくこの電話もお決まりのメッセージでも流すものなんだろう。「早まらないで」、「生きていればいいことあるよ」とか、そんな安っぽいメッセージが。
などと想像しながら、私は受話器を手に取った。気休めでもいい。何か慰めの言葉が欲しかった。
だが受話器から聞こえてきたのは意外な言葉だった。
『おかえりなさい』
無邪気な子供のような声で、そんな言葉が返ってきた。ここにきて何とまあふざけたメッセージだ。おかえりなさいとは意味不明ではないか。
やれやれ、と狼狽しながら電話ボックスから出ると、外の様子が変わっていた。
これはどうしたことか。殺風景だった断崖絶壁が、緑豊かな農場に代わってしまっている。空は夕焼けに染まり、向こうでは誰かがこちらに向かって手を振っている。
「おかえりなさい。あなた。夕飯、出来てるわよ。」
「パパ、おかえり!早く食べようよ!もうお腹ペコペコだよ!」
あれは……居なくなったはずの妻と息子だ。私を捨てたはずの家族が、私の帰りを待ってくれている。見渡すと他にも大勢の人が、私に笑顔を向けていた。
「今日も精が出るねえ。」
「お疲れさま!」
口々に私を労ってくれる。そこには尊敬と信頼の眼差しがあった。
……ああ、これは夢だろうか。いや、夢じゃない。今までの絶望していたあの世界が悪夢だったんだ。この世界は私を受け入れてくれている。必要としてくれている。それでいいじゃないか。
「ただいま。今そっちに行くよ。」
私は彼らの元へ駆け出した。私は帰ってきた。平凡だが、希望に満ちた毎日に、帰ってきたんだ。
そう思ったその時だった。
彼らの笑顔が、突然歪んで見えた。親愛ではない。皆嘲るような笑顔で顔を歪ませている。あそこの男など、さもおかしそうに、こちらを指差して腹を抱えて笑っている。
それに気づいた時、私の足は虚空を踏んでいた。先ほどまでの農場は消えて、見渡す限りの荒波。そしてやがて激突するであろう岩場が見える。足の踏み場を無くした私は、そのまま真っ逆さまに落ちていく。落ちながらも、彼らの嘲りと罵り声は止まなかった。
…私は理解した。
彼らもまたここで身を投げた者たちだったのだと。あの電話ボックスに立ち寄ったものを生かして返さず、自分達と同じ目に合わせてやろうと、それに愉悦を感じている奴らなのだ。何と悪趣味な奴らか。一瞬でも希望を見せ、そうして絶望を再び味合わせるなど。してやられた。悔しくてたまらない。
かくなる上は、私もそちら側に回ろうじゃないか。岩場にぶちまけられた肉片を見下ろし、私は思った。一時でも幸せを感じ、それを一瞬で奪われた私はどんな間抜けつらだったのだろう。それをこれからは彼らと一緒に眺められるんだ。今から楽しみで仕方ない。
受話器を取ったやつに、私はこう言うんだ。
『おかえりなさい』と。
長年勤め上げていた会社からクビを宣告されたのだ。家はまだローンも残っているし、家計に余裕なんてない。会社の仕事以外ろくにやってこなかったわたしには再就職も難しく、次第に気力も無くし、その現実から逃れるように酒に溺れるようになっていった。そうして酔っ払っては暴れ回るので、家族も私の元を去り、気づいた頃には頼れるものはもう何もかもなくなっていた。
……死のう。
もうそのことばかりが頭から離れない毎日が続き、そんな思いからやがて私は自然とこの地へ足を運んでしまった。
A県、O山。日本有数の自殺の名所だ。
山肌は潮風の影響からか、草一本生えておらず、その崖向こうには荒波が飛沫を上げていた。そんな殺伐とした風景からはまさに「死」を連想させた。
……あの崖を越えれば、私は楽になれる。
未練は無かった。
会社にも家族にも捨てられた私はゴミだ。誰にも必要とされないゴミなんだ。何を躊躇う必要があるだろうか。
さあ、向かおうかと思ったその時、私はここには場違いなものがあることに気づいた。
電話ボックスだ。今時珍しい、プッシュホン型の電話ボックスが、ぽつんと一つだけあるのだった。
こんなところに何故電話ボックスが?
気になった私は何となく入ってみる事にした。
その電話ボックスは「命の電話」と書かれていた。よくみると電話以外にも、聖書や精神病についての本、相談所の連絡先などが書かれていた。
なるほど。ここで私のような自殺志願者を思い止まらせようというわけか。おそらくこの電話もお決まりのメッセージでも流すものなんだろう。「早まらないで」、「生きていればいいことあるよ」とか、そんな安っぽいメッセージが。
などと想像しながら、私は受話器を手に取った。気休めでもいい。何か慰めの言葉が欲しかった。
だが受話器から聞こえてきたのは意外な言葉だった。
『おかえりなさい』
無邪気な子供のような声で、そんな言葉が返ってきた。ここにきて何とまあふざけたメッセージだ。おかえりなさいとは意味不明ではないか。
やれやれ、と狼狽しながら電話ボックスから出ると、外の様子が変わっていた。
これはどうしたことか。殺風景だった断崖絶壁が、緑豊かな農場に代わってしまっている。空は夕焼けに染まり、向こうでは誰かがこちらに向かって手を振っている。
「おかえりなさい。あなた。夕飯、出来てるわよ。」
「パパ、おかえり!早く食べようよ!もうお腹ペコペコだよ!」
あれは……居なくなったはずの妻と息子だ。私を捨てたはずの家族が、私の帰りを待ってくれている。見渡すと他にも大勢の人が、私に笑顔を向けていた。
「今日も精が出るねえ。」
「お疲れさま!」
口々に私を労ってくれる。そこには尊敬と信頼の眼差しがあった。
……ああ、これは夢だろうか。いや、夢じゃない。今までの絶望していたあの世界が悪夢だったんだ。この世界は私を受け入れてくれている。必要としてくれている。それでいいじゃないか。
「ただいま。今そっちに行くよ。」
私は彼らの元へ駆け出した。私は帰ってきた。平凡だが、希望に満ちた毎日に、帰ってきたんだ。
そう思ったその時だった。
彼らの笑顔が、突然歪んで見えた。親愛ではない。皆嘲るような笑顔で顔を歪ませている。あそこの男など、さもおかしそうに、こちらを指差して腹を抱えて笑っている。
それに気づいた時、私の足は虚空を踏んでいた。先ほどまでの農場は消えて、見渡す限りの荒波。そしてやがて激突するであろう岩場が見える。足の踏み場を無くした私は、そのまま真っ逆さまに落ちていく。落ちながらも、彼らの嘲りと罵り声は止まなかった。
…私は理解した。
彼らもまたここで身を投げた者たちだったのだと。あの電話ボックスに立ち寄ったものを生かして返さず、自分達と同じ目に合わせてやろうと、それに愉悦を感じている奴らなのだ。何と悪趣味な奴らか。一瞬でも希望を見せ、そうして絶望を再び味合わせるなど。してやられた。悔しくてたまらない。
かくなる上は、私もそちら側に回ろうじゃないか。岩場にぶちまけられた肉片を見下ろし、私は思った。一時でも幸せを感じ、それを一瞬で奪われた私はどんな間抜けつらだったのだろう。それをこれからは彼らと一緒に眺められるんだ。今から楽しみで仕方ない。
受話器を取ったやつに、私はこう言うんだ。
『おかえりなさい』と。
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