がらくたのおもちゃ箱

hyui

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“聖域“2

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あれから歳月は流れた……。
少年は歳を重ね、ついに“聖域“に入る資格を得るのだった。
「よくぞこの年月を耐えたな。息子よ。」
父は少年を労う。少年は感極まり泣いていた。
「はい……!私もようやく、1人の男となれたのですね……!この時を一日千秋の思いで待っておりました…!」
「だが息子よ。思い違えるな。お前はまだ同じ土俵に立てるレベルになっただけなのだ。それを忘れてはならぬ。」
「は、はい…!」

そう。すでにこの親子の前に障害が待ち構えていた。“聖域“(18禁コーナーのカーテン)の周辺でいちゃつくカップルである。
「むう……。あれは……。」
カップルは“聖域“周辺のビデオを吟味しているらしく、離れる様子がない。
「父上……。あれでは聖域にはいれませぬ。」
「焦るな。息子よ。時を待て。待つのだ。」

それから親子は、そのカップルがどくまで意味もなく周辺のビデオコーナーをぐるぐるし始めた。18禁コーナーの入り口近くは何故かVシネマの任侠映画が多いな。お笑い、バラエティ系豊富だな、とカップルとの距離を保ちつつ、あちらの動向を伺っていた。
これが父直伝「俺別にそっちには興味ないんでアピール」である。

しかしカップルは一向に退く気配がない。
少年はヤキモキし始めた。
「父上。まだ待たねばならないのですか?“聖域“はすぐそこだと言うのに!」
「耐えるのだ。息子よ。時は必ずくる。今行けばどうなる?親子であのカーテンを潜る姿を見て、『親子でAVあさるとかキモ!まじウケる~!』と笑いものにされて終わりだ。辛いが今は耐えるのだ。」
「は、はい……!」

やがてカップルは飽きたのか、その場から離れていった。
「今だ!」
「はいっ!」
合図と共に少年は勢いよく暖簾の向こうへと駆け出した。
その距離、わずか数メートル。
しかし少年はあたかもフルマラソンを走っているかの様な錯覚を覚えた。
(く、苦しい……!何故だ……!走れば走るほど、あの暖簾が遠く感じる……!まるであの暖簾が蜃気楼のように感じる……!)
一向に辿り着けない息子は遂に歩みを止めてしまった。すると、
「臆したかっ!!息子よ!」
少年の背に向けて、父の檄が飛ぶ。
「ち、父上!私が臆したと……!?」
「そうだ。お前は長年、あの“聖域”に立ち入ることを禁じられてきた。それはお前の中で畏敬となり、やがて畏怖へと変わったのだ。」
「何を馬鹿な!現に私はあそこまで走って……!」
「周りを見るがいい。」
少年は周りを見回した。
目を疑った。
自分はもはや何千里と走ったはず。
だのに周りの風景は何一つ変わっていない。
つまり、自分は駆け出してから少しも動いていなかったのだ。
「そ、そんな馬鹿な……!」
少年はその場で震える。
認めざるを得なかった。己の臆病さを。未熟さを。
(……そうか。暖簾が遠いのでは無い。私が、私がただ逃げていたのだ。あの地に辿り着くのを、恐れているのだ。)
少年は悔しさに、拳をギュッと握りしめた。
「息子よ!恐るな!しかと見定めるのだ!お前の向かう場所はそこにある!決して幻などでは無い!決して遠くもない!求めよ!走れ!さすればお前はたち入れるのだ!あの向こうへ!」
「うおおおお!」
雄叫びと共に少年は駆ける。
もはや先ほどのような幻は見えない。
その暖簾は確実に一歩ごとに近づいてくる。
「参ります!父上!」
少年は暖簾を掴み、くぐり抜ける。


顔を上げれば、そこには今まで見たこともない光景が広がっていた。幾百かはあるかと思われる、特定の人間の営みを記した媒体の数々。店内のここだけがまるで切り取られたかのような厳かな雰囲気。
そう、そこはまさに“聖域“であった。
「おめでとう。」
見知らぬ男がパチパチと拍手をする。それに続いて、その場にいた男たちが次々と少年を褒め称えるように拍手をしていく。
達成感と今ある状況を飲み込めない感覚でぼーっとしている少年。そんな彼の肩を、いつの間にきたのか、父が抱き寄せていた。
「よくやったな。息子よ。」
「父上……!」
「ようこそ。男の“聖域“へ。」
息子を労い、歩みを進める父。
そう。彼らの闘いは今より始まるのだ。


これはレンタルビデオ屋の18禁コーナーに立ち向かう親子の物語である。
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