破滅少女は溺れない

のゆみ

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第4話 世界の彩り

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「その好きな人が、ミリアだって言ったら、困る?」

 ユキの声が再生される。
 そう、私はその言葉に困っていた。

 困るというか、なんというか、まだよくわからないし、というか、なんといえばいいのかわからないというか、わからない。とにかく、わからない。どうすれば。何を言えば。何を、どうすれば。

 単純に言えば、恐ろしいほどに私は困惑していたのだ。
 昨日、それを聞いてからずっと。
 家に帰り、暮れる日を見送り、夜を乗り越え、朝を迎え、学校に行き、授業が始まっても、私は彼女の言葉ばかり考えていた。昨日も同じように彼女の話した世界の印象について考えていたけれど、それの比ではない。もう、それ以外のことはほとんど考えられない状態になっていた。

 あの時、昨日の昼休みの終わりでは、私は何も答えられなかった。
 彼女の言葉が私の思考を止めた結果、何を言えばいいのかわからず、沈黙を返してしまった。恐らく意を決して伝えてくれただろうに、それに私は無言を返してしまったのだから、そんなに酷いことはないだろう。
 彼女が時間だからと言って、屋上を後にしなければ、とても気まずいというか、本当に苦しい時間が長い間続いていたことは想像に難くない。いや、多分それに気づいて、私が何も言えなくなったことに気づいて、彼女は屋上を後にしたのではないのだろうか。

 ということは。
 もう屋上には来ないのだろうか。
 一応、私はまたあの屋上に行くつもりだし、同時に答えを持っていくつもりなのだけれど。でも、答えはでない。まだ、でていない。昨日が昨日になっても、答えはでない。

 まず冷静に考えてみても、何かの冗談なのではないかという疑問がある。少し考えてみれば思うのだけれど、彼女ほどの人が私を好きになるというのは、どうにもおかしいことじゃないだろうか。

 そう考えた方が普通なはずだ。
 私は嫌われ者で、腫れ者で、疎まれ者なのだから。
 そして彼女は、その対極に位置する。好かれ者で、慕われ者で、そして多分、恋され者でもあるはずなのに。

 私を選ぶ理由などどこにもないはずなのに、彼女は私を好きだと言った。これはどういうことなのだろう。もしも私とユキの関係が深ければ、もしくは強ければ、長ければ、それも1つの可能性としてはなくはないのかもしれないが、私と彼女が出会ったのは3日ほど前がほぼ初対面と言っていいはずなのに。そこまで大した話をしたわけではないというのに。

 やはり何かの罠というか、そういった類のものだろうか。しかし、それこそおかしな話だ。彼女ほどの人が私を嵌める理由も必要もないはずなのだから。そんなことをしなくても、私の評価は地に落ちているし、そんなことをしても彼女は喜ぶような人ではないはずだ。多分だけれど。

 いや、もしも嵌められていたとしても、そんなことを考えるのは失礼じゃないか。私は多分向き合うべきなのだ。私に感情をぶつけたユキに対して、正面から向き合うべきなのだ。そうしなければ、いけない。そうしなくては、ならないだろう。そうでなくては、つり合いがとれない。

 しかし、そうなれば疑問に残るのは私の感情である。私は、彼女をどう思っているのだろう。ほんの3日ほどしか話していないが、それでもそれなりのことは知ることができたように思う。これは大分、驕った考えではあるけれど。
 けれど、想像していたよりも、彼女は変な人だった。話す前の印象では、本当に非の打ちどころのない人で、全てが高潔かつ高級、そして完璧、そんな印象を抱いていたけれど、決してそんなことはない。

 ユキの食事は想像の数倍は庶民的であったし、会話に至っては本当によくわからないことばかり話していた気がする。他にも、意外と所作は高潔というよりも穏やかという形容の方が似合うところであるとか、笑顔も綺麗というよりは可愛いところであるとか。

 しかしそれを考えれば、普段の教室での彼女は何かが違う。実際、教室で見る彼女は綺麗と言ったほうが良い姿をしている気がする。纏っている雰囲気が違うのだろうか。どちらかが嘘、というわけではないのだろうけれど、違うことは確実なように思える。考えてみれば、誰にでも同じ態度な人間などいるはずがないのだし、普通なことなのだろうけれど。

 なんだか、想像していたよりも身近な人で、普通な人だった。確実に私より上の世界に住む人なのだろうけれど、その距離は想像よりも近いらしい。しかし、その距離はあまりにも遠いということに変わりはない。その距離を一瞬で詰めてきた。

「その好きな人が、ミリアだって言ったら、困る?」

 どうしよう。どうしろって言うんだろう。いや、どうしたいというのだろう。私はその言葉に、どう返したいのだろう。何を、返せるのだろうか。

 まず、告白への返答は何をしたらいいのだろう。
 そこからか? まずはそこからなのか? 私も好きですと、答える? それはない。それは嘘になってしまうし、嘘はつきたくはない。嘘をつくとろくなことにならないのは、過去の私が教えてくれた数少ないことの1つだし。

 いや、まずそれは嘘なのか? 
 私はユキのことをどう思っているのだろう。それがわからなければ。いや、それがわかっていないから、どう答えればいいのかわからないのか。

 結局のところ、嘘がつけないのなら、私ができることは心を言葉にすることだけなのだから、私がどう思っているかを明確にするべきなのではないだろうか。

 ではまず、彼女のことが嫌い?
 それはない。そんなことはない。ありえない。

 なら、好き?
 好き、ではあるはずだけれど。友達なのだし。その辺の人と比べれば、それは好きのうちに入るだろう。私の交友関係を考えれば、一番好きな人の座を手にしているのがユキであることは疑いようがない。

 けれど。けれどだよ? 彼女が私に向けているほどの感情なのかと言われれば、疑問は残る。そこまで強い感情があるとは思えない。私の中で、そこまでの感情は育ってはいない。と思う。よく考えてみれば、私は誰かを好きになる経験が一度もないのだから、今彼女へと抱いている感情がどの程度の好意なのかはわからない、というのが実情なのではないだろうか。
 ならば、どう返答する?

 と、私があーでもない、こーでもないと悩んでいるうちに、昼休みは来てしまった。結局私は無策で屋上へと入り、彼女を待つことになった。まぁ、彼女がまたこの屋上に来るかはわからないのだけれど。そのような約束をしたわけでもないのだし。
 しかし、来なければ来ないで私としては結論を半永久的に先延ばしにできるのだし、悪くはないのだろうか。いや、でもそれは同時にもう二度と彼女と話せないということを意味しているのだから、それは少し困る。

「こんにちは。今日は早いね」

 結局、少しして彼女は現れた。
 いつも通りに。
 そして私の隣へと座る。

「昨日の、話だけれど」

 そう切り出したのは私だった。
 まごついていたけれど、切り出さなくていけない。そう思った。

「あ、いや。それは」

 だから、動揺を見せたユキのことは一旦気にしないこととして、言葉を続けることにした。答えなくてはいけないと思っていたから。昨日からずっと。私は彼女に答えなくてはいけないと考えていたのだから。答えが見つからなくても。

「まずは、ありがとう。私を好きだと言ってくれて。そんなこと、誰にも言われたことはなかったし、自分でも自分のことはそこまで好きじゃないというか、なんというかね。別に嫌いなわけではないと思うのだけれど。いや、嫌いな部分もあるよ。自分の嫌いな部分はたくさんある。でも、全てが嫌いなわけではないというか。まぁ、それは置いといて。そんな私を好きと言ってくれたことには、感謝をするべき……というか、感謝をしたい。ありがとう。
 でも、というか。かといってか。私もユキのことが好きだとは、言えない。あぁ、いや、そうじゃなくて。嫌いなわけじゃないよ。好きだけれど、多分これはユキの言う好きとは違う気がする。違う気がするというか、分からないんだ。私でも。自分のことがわからない。
 結局一日中考えてみても、私にはわからなかったよ。この感情が何か。正直なところ、私はそれがよくわかっていないんだと思う。人が好きとか、そんなことを真剣に考えてたことはなくて。まだ知らない感情なわけで。だから、ユキが好きだとは言えない。
 でも、1つ言えることは、私はユキともっと話してみたい。本当に卑怯で、都合の良いことばかり言うようだけれど、ユキともっと話してみたい。私から、言えることは。昨日言えなかったことは、こんな感じ」

 私の返答はあまり要領を得ないものではあっただろう。
 少なくとも彼女の期待するような返答ではなかったはずだ。

 でも、ユキは嬉しそうだった。
 何故かは私にはわからない。でも、嬉しそうだった。

「そうなんだ。いっぱい、私のことを考えてくれたんだね。ありがとう。でも、そっか。わからない……そうだよね。まだ出会って、数日だもんね。それはそうだよね。うん。私が少し焦りすぎちゃったかもしれない。ごめんね。
 いや、これは私が謝るべきことだよ。ミリアに私の世界のことを当てらえて、舞い上がってしまってたのかもしれない。ううん、きっとそう。いや、でも、私がミリアのことを好きなのは、本当だから。それは今も変わらないし、ずっと変わらないから。そう、別に私は何か答えが欲しくて言ったわけじゃないから。いやまぁ、それはもちろん、ミリアも私のことを好いてくれるなら、それに越したことはないけれど、そうでなくても構わない。
 私はただ、ミリアのことが好き。好きというか、大切なもの、と言った方が良いのかな。いやまぁ、それよりも適当な言葉をつけるとするならば、世界の彩りだね。逆なんだけれど。正確にはね。でも、とにかく私は返答を期待したものではないから、あまり真剣に受け止めずにね。いやでも、真剣な事ではあるけれど。そうだね。こうして私と話してくれるのなら、それより嬉しいことはないよ」

 またしても難しそうな話を始めたユキを前にして、私は安心していた。私の返答は正解ではなくても、間違いではなかったようで、これからも私とユキの関係は続くということではある。なら、私も嬉しい。

 安心したからだろうか、私の中に少し案が思い浮かんでいた。
 私はそれをあまり考えずに口にする。本当に良くないことだったかもしれないけれど。

「あの、これは良かったらなんだけれど。私達、付き合ってみる?」

 その時のユキの顔は忘れられないだろう。
 彼女の美しい顔がきょとんと可愛くなっていたのだから。

「いや、良かったらなんだけれど。私としては、この感情の正体を知りたいというか。でもわからないから。このユキへの気持ちがよくわからないから。もしも付き合ってみれば、それもわかるんじゃないかなって。何をすればいいのかはまだよくわからないけれど……いや、うん。ごめん。何もわからないのに、こんなこと失礼だよね。忘れて」

 言ってから思ったのだけれど、これは良くない提案だった。
 付き合ったところで、私が彼女を好きになる確証はないのだから、ただユキを傷つけるだけの提案だった。
 またしても、私は誰かとの関係を破壊してしまうことを言ってしまった。結局、私は過去から学ぶことはできていない。そして、そんな私は誰かに好きになってもらう資格など……

「ううん。忘れないよ」

 酷いことを言ってしまった。そう思ったけれど、ユキは嬉しそうだった。
 嬉しそうに言葉を紡ぐ。

「そうだよ。付き合ってみようよ。まだ私を好きかはわかないのなら、仮にということでもいいから。うん。それがいいよ。だって私達会ったばかりで、お互いのこと詳しく知っているわけじゃないもんね。知る時間が必要だよ。そのために付き合ってみるのはいいと思う。えっと、だから、その、よろしくお願いします」

 少し早口で踊りだしそうなくらい喜ぶ彼女を前に私はただ。

「こちらこそ、よろしく」

 と、返す他なかった。
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