破滅少女は溺れない

のゆみ

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第21話 もう終わり

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「外に出ちゃだめなんだよね?」
「うん。でも、ちょっとだけなら……我慢する……」

 小さな声で嘆願する。

「誰かと会うのは?」
「それは絶対だめ!」

 僅かな声で否定する。

「そうだよね。じゃあ、通話で話すのは?」
「それも……いや、でも……」

 悩みと共に返答する。

「やめておこうか。通信伝言とかは?」
「それぐらいなら……ちょっと嫌だけど……うん……」

 ユキは小さく笑い、私を撫でてくれる。
 私の我慢を感じているのだろうか。

「色々贈られてくるものもあるけれど、あれはどうしようか」
「全部捨てて欲しいけれど……でも……」

 こんなにも理不尽な要求ばかりで良いのだろうかと思ってしまうけれど、彼女は嬉しそうに私の言葉に頷く。頷いてしまう。

「うん。じゃあ、捨てておくよ」
「そうして欲しいけれど……でもっ。でも……ユキが必要だと思ったら……それだけじゃなくて、全部、全部ユキがしたいことなら……私は……」

 私はまた泣きそうになって。
 自己嫌悪と共に、心を隠そうとするけれど。

「ううん。ミリアがしてほしいことを言ってくれたら、私はその通りにするから。全部教えて? 私にしてほしいこと」

 彼女はそれを許さない。
 私が引っ込んだところで、ユキは私のほうへと入りこんでくる。

 こうして、彼女はほとんど外に出なくなった。
 私の我儘で理不尽で身勝手な要求で。

 外部との連絡のほとんどを断ち、私の心を怯えさせるものは大きく減った。それでも少しは残しているようで、時折誰かへと伝言を飛ばしているのを見かける。
 それも少しは私の心をざわつかせるのだけれど、その程度ならユキが側にいれば大丈夫だし、彼女が必要だと感じていることなのだろうから何も言うことはない。

 それにその連絡も日に日に回数は減っている。彼女も、もうすぐ終わりだと思うと語っていた。何が終わるのかはわからないけれど。でも、彼女が孤立するのなら、私の安心は保ちやすくなるだろう。
 彼女もそれがわかっていて、私のためにそんなことをしてくれるけれど。そんな

 それから少しばかりの間、世間は彼女について根も葉もない噂を立てたけれど、それも数日で忘れ去られる。そして、私達はこの家で2人きりでいることになった。
 薄っすらとした社会との繋がりは消せないにしても、もう誰ともまともには関わっていない。私も、彼女も。

 ここまでしてくれないと私は彼女を信じることができない。いや、ここまでしてくれても、私は信じられない。そんな私が嫌になるけれど、でも、ユキはこんな私を好きだと語る。
 なら、こんな私でもいいかと思える日も多少は増えた。
 こんなこと前までは思ったことはなかったのに。

 そして時は矢のように過ぎ去り。
 その日がきた。
 彼女とこの家に閉じこもり始めて1年ほど経過したある日。

「ミリア、こっちこっち」

 誘われるままに、ユキの足の間に私はすっぽりと座り込む。 
 目の前には大きな画面があり、そこには遥か遠くであろう巨大な街の姿が映っていた。

「いよいよだよ」

 彼女の言葉に小さく頷く。
 今日は兼ねてより計画していた人類殲滅計画の第一案実行日である。

「この映像は?」
「遠隔操作型魔導無人航空機。もちろん高度はそこまでだけれど、十分見えるでしょう?」

 周りにも同じように無人航空機がいくつか浮いている。取材か何かだろう。

「新型魔力生成器の初起動実験ともなれば、それなりの人が来るよね。誤魔化しにはなると思うよ。そうそう、支援したやつだよ。それに設計にも多少口出ししておいたからね。暴走は簡単だよ。まぁ、警備も厳重だし、ぱっとわかるような欠陥じゃないけれど……まぁ大丈夫だよ。すぐ済むからね」

 画面に映る魔力生成器の暴走が計画の目標らしい。
 魔力生成器を暴走させ、大規模な魔力が放出されれば、大気中の魔力濃度が急上昇する。そうなれば魔力汚染により人は肉体を保てず死亡する。昔、あの学校で起きたことを大規模にしたようなものだろうか。

「あ、始まるよ」

 無音の映像では、人々が何かを話して、盛り上がっている様子が見える。
 幾人かが、同じように何事かを話して、花火かなにかが打ちあがる。
 そして、偉そうな人が起動装置に手をかける。

「起動したね」

 見た目的には変化はないけれど、人々が嬉しそうに話しているのだから、成功したのだろう。そして、見ている画面も動き出す。

「さて。ぽちっと」

 ユキも何かの切替器を押す。
 すると無人航空機は軽く加速し、何かを射出した。
 それは光り輝いたまま遠方へと着弾し、消えた。

 数秒後。
 虹色の強烈な光を周囲を染めた。
 それが大規模な魔力が制御を失い、力の奔流となっていることは簡単に理解できた。きっと、その場にいたものも同じだったのだろう。
 でも、彼らが何かを想う暇などなく、光は全てを飲み込んだ。私達の見ている画面も同じ時に、何も映さなくなる。多分だけれど、魔力に呑まれて、壊れてしまったのだろう。

「上手くいった?」
「……どうだろ。思ったよりも威力が小さいかもしれない。本当なら、ここからでも多少余波を感じるはずなんだけれど……」

 成功したように見えた計画だったけれど、ユキの声は浮かない。
 そしてその全容が明らかになったのは、それからしばらくしてからのことだった。

 無機質で無音の情報番組が画面上を流れる。
 映像では街の一角が光に飲み込まれ、衝撃波が吹き荒れる。そして、大規模な魔力が生物を不気味に不可解に変質させて、生命機能を奪っていく。こうしてその街全体が魔力汚染される様子が映されていた。
 補足説明として、光は新型魔力発生器の事故によるものであり、最低でも数百年は人が住める場所ではなくなったと書かれている。

 映像では赤子から、年寄りまで。あらゆる人が、生命機能を奪われ、魔力へと還っていく。その映像はぼかされてはいたけれど、それでも衝撃を受けざる負えない内容で、私はそれを見て、気分が悪くなった。

 でも、同時に。
 あらゆる人が死ぬことに歓喜の声をあげる私がいた。
 当然ではある。私が望んで、彼女が為してくれたことなのだから。
 けれど、多少の漠然とした不満もある。

 それは私達の計画が失敗に終わったということ。
 人類を滅ぼすつもりで行ったというのに、成したことは街1つが消えただけだった。確かに大きな街で、10万人ほどが死に、50万弱の人が魔力汚染されてしまったようだけれど。

 それでも2億からすれば端数字でしかない。
 目標からは程遠い。

「今回は失敗だったよ。ごめんね。人類を滅ぼすのはもう少し先になりそうだよ」

 申し訳なさそうにユキはそう言ったけれど。
 私は正直、別にどちらでもよかった。もちろん全員死ぬのなら、それは多少なりとも嬉しいことなのだけれど。彼女の心が私だけを向いているのなら、どちらでもいいような気もする。

 1つの計画が失敗したところで、ユキの中には無数の計画があって、すぐに別の計画を始動させる。

 次は魔法生物の暴走だった。
 別の日に、またしても彼女に言われるままに画面を見ていれば、そこには巨大な不可思議な形をした生物が映っていた。休眠状態なようであまり動いてはいないけれど、その大きさだけでも強力な存在であることはわかる。

「秘匿呼称、魔王。それがこいつの名だよ。竜並みの魔力保有量のほとんどを指揮能力と生産能力に費やしていて、魔力密度の低い魔法生物に対する強力な操作能力と単騎で小魔法生物群生成能力を持っているんだって」

 彼女はそう説明した。
 そして彼女の計画は、魔力均衡破壊や魔力指向性を魔王の体内ですることによって、魔王を暴走させることにあるらしい。

 これも私にはよくわからないことだったけれど、とにかくそれが起きれば、現存する魔法生物のほとんどは魔王の影響下に入り、人類を滅ぼすために行動を開始するということらしい。

 魔王は強力な魔法生物兵器故に厳重に隠されていたようだったけれど、どうしてかユキはそれに干渉する手段を手に入れたようだった。
 そして今日は魔王の調整が終了した日である。それはつまり、魔王を暴走させる準備が整ったということでもある。

「さて。じゃあ、起動しようか」

 彼女がそう言い、切替器を押せば、魔王は無数の目を開き、動きを縛っていたであろう拘束具を破壊し、不穏な音と共に立ち上がる。同時に強大な魔力が立ち昇り、そこで映像は途切れる。

「まぁ、これだけじゃあ人類を滅ぼすには至らないだろうけれど。これの対処にはかなりの人員や資源を費やすだろうから、その間に畳みかけれれば滅亡までは秒読みなはずだよ」

 そう彼女は語った。
 でも。けれど。

 それも失敗に終わる。
 何が起きたかはわからない。どちらかといえば、何も起きなかった。魔王という
存在は何も起こさなかった。彼女の計画では、最低でも数百万人は殺すだろうと考えられていた魔王は、表舞台にすら出てこなかった。

「何かの邪魔が入っている」

 彼女は神妙な面持ちで、そう言った。
 考えてみれば、それは当然のことではあった。

 私が願い、彼女のしようとしていることは、人類を滅ぼすということなのだから、それに抵抗しようとする何かがいるのは、不思議な事じゃない。何かではなく誰かかもしれないけれど。

「大丈夫なのかな……もしかしたら私達を殺しに来るんじゃないの……? それなら、も、もうやめたほうがいいんじゃ……」

 私は恐れていた。
 またしても敵意の渦に晒されるのではないかと。
 今度はユキと共に。

 それに、私はなんだか違和感を感じている。
 人がたくさん死んでいるのを見ても、怪物の腹は満たされようとはしていない。怪物は、喜ぶだけで、満足しようとはしていない。何故だろう。人が全員消えれば、満足してくれるのだろうか。

「大丈夫だよ。私に任せて。足取りを追えないようにしておいたし。敵は対処療法でくるしかないのだから、私達はただ攻撃をしかければいいだけなんだから。問題はどちらかといえば……時間じゃないかな。私が死ぬまでの4年の間には、綺麗な世界を見せてあげたいけれど」

 ユキが私を安心させるためにそう語った通り、私達の家は平穏だった。
 けれど、彼女の計画は悉く失敗した。

 水源汚染は、森をいくつか死滅させただけで終わった。
 魔力爆発は、数十万人を殺したが、地脈の暴走までは届かなかった。
 人民の不和誘発は、街2つの衝突を呼んだが、最後は聖女と呼ばれる存在の登場で収束した。

「うーん。あんまりうまくいかないや。本当は今ごろは、誰もいなくなってるはずだったんだけれど……ごめんね。私が不甲斐ないばかりに」

 それでも彼女は何も変わらない様子で、数々の計画を動かしていたけれど。
 でも、私にはわかる。もう10年以上ともにいるのだから。

 少しずつ彼女は落ち込んで、自信を無くしている。
 でも、私から見れば、そう簡単に成せることでもないのはわかっているから、そこまで気を落とす必要はないと思うのだけれど。でも、彼女はこんなにも連続で失敗した経験は少ないだろうから、落ち込んでいるのだろう。

「ユキ、大丈夫?」
「え、うん。大丈夫だよ。あ、いや……ちょっと、大丈夫じゃないかも。その、どうしたらいいかわからなくて。で、でも。心配しないで。なんとかするよ。してみせるから」

 彼女は笑顔でそう言う。自分に言い聞かせるように言う。
 でも、その顔が無理をしていることくらいわかる。
 それが少し悲しい。自分が頼りないことぐらいわかっているけれど、でも。少しぐらいは。

「心配しちゃ、いけない?」
「ううん。そんなことない。そんなことない……けれど、でも。私」
「ユキ、何を恐れているの? お願い。話してみて……欲しい。私にできることなんて、ほとんどないけれど……でも、話して欲しい」

 彼女の目は、よく鏡で見る物に似ていた。
 それは私のよくする目。何かに怯えている目で。
 私が彼女を見つめれば、彼女は観念したように、口を開く。

「私、約束したのに。人類を滅ぼすって。でも、全然うまくいかないから……ちょっと、もうわからなくて……それに、もう時間がない。こんなんじゃ、ミリアを幸せにできないよ……ごめんね。私、ミリアを幸せにしたかったけれど、でも、私じゃ無理だった……ごめん……私じゃないほうが良かったかな……私以外の誰かの方が……」

 私はその姿に驚き、少し喜ぶ。
 ユキはとても弱り、私を泣きそうな目で見ていた。

 その姿は非常にか弱く、不安定で。いつもの強力で特別な彼女とは違う。私にだけ見せてくれる、とても弱い姿。こんなユキは誰も見たことがないはずだ。もしも、ユキが私以外にこんな姿を見せていたなら、そいつもユキも殺してやりたいほどに、私は優越感に呑まれている。

「私、ユキのおかげで今日も良かったって思えるよ。生きていても良いって。だから、そんなこと言わないで。私のことを愛してくれる人なんて、ユキ以外いないんだから……」

 私は彼女の頭を撫でる。
 ユキは私に体重を預け、私の小さな腕の内に潜り込む。

「ね、もうやめよう? やっぱり無理だよ。人を滅ぼすなんて。そんなことができなくても、私、ユキが私を愛してくれるなら、自らの命を許せるから。それでいいから……」

 こんなことを私から言うのは酷いと思う。
 私が最初に言ったことであるのに。そのために、彼女は色々な事を犠牲にしたのに。今更、やめようだなんて。
 でも、これ以上彼女の心がすり減り、私を見なくなってしまうのが怖い。だから、やめようと願う。そうすれば、彼女は止まってくれると知っているから。

「……うん。わかった。次で最後にするよ。これで上手くいかなければ、諦めようか。本当にごめんね……ありがとう。ミリア、愛してる」

 彼女の熱を籠った愛が私を溶かす。
 多分もう、これでいいんだ。人なんて滅ぼさなくても、これだけで。彼女からのこの熱さえあれば私は。

 そして、それから数日して、ユキの言う最後の作戦が始まった。

「天罰は原因不明の高高度飛翔体への攻撃ってことは知ってるよね。そのせいで人類は未だに完全な制空権を確保できていないことも。でも、今回はそれを利用するよ。この攻撃の威力は人類の防衛機構の全てを貫通するし、威力も街1つを破壊して余りある規模だからね。これを複数の主要都市で起こせれば、不随する二次災害も考慮すれば、8割ぐらいの文明は破壊できるんじゃないかな」

 20を超える映像が画面に写っている。今回はそれだけの観測機を飛ばしているということは、それだけ複数個所での同時攻撃が行われるのだろう。

「天罰対象はこの遠隔操作型魔導無人航空機自体。これには認識阻害効果もあるけれど、そんなものでは天罰は誤魔化せないし、天罰は落ちる……はず」

 そうして全ての画面が空へと上昇していく。
 住居の頭上を越え、灰色の円柱型施設を越え、世界で一番大きな通信塔を越え、空へと舞う。

 閃光。

 それは家の窓からも見えた。
 遠方で光が2か所。巨大な光で、確実に街を滅ぼす一撃ではあったけれど。

「まぁ、そうだよね……多分、失敗しちゃった。魔力観測機から見れば、落ちた天罰は4発ぐらいかな」

 当初の予定からすれば、かなり少ない。
 これでは人類を滅ぼすなど、夢のまた夢だろう。
 後に発表された死傷者数は、230万人強だとされていた。

「これで……終わりだね」
「うん。でも、ミリアは、その、ほんとに大丈夫? これで終わりで」

 ユキは本当に申し訳なさそうにそう言ったけれど、私は全くと言っていいほど気にしていない。自分でも驚くほどに。
 人が全員死ぬことを望んだのは私なはずなのに。私は本当はそんなこと望んでいなかったのだろうか。いや、そんなことはない。そんなに私は綺麗ではない。私は確実に破滅を望んでいたのに。なぜ。

「……ううん。大丈夫。ユキこそ、今までありがとう」

 内に潜む疑問を抑えて、彼女に答える。
 ユキは私の言葉で安心したように、私に微笑みかけてくれる。

 それでも疑問は加速する。確かに目標が達成されていなかったけれど、私は小さな満足を感じていた。
 これからはただユキと共に退廃的な生活に堕ちていくことに対しての期待感からだろうか。いや、そうではない。それもあるにはあるのだろうけれど、どこか違う気がする。それが何かは私にはわからない。

「じゃあ、もう終わりだね。それにしても、色々あったよね。いっぱいいろんなことがあって……全部ミリアとの大切な記憶だよ。その、ミリアはどう? 見えている世界は、どうかな」

 ユキは少し過去を見る。私との過去を。
 私はあまり覚えていないけれど。でも、彼女が私のために全てを捧げてくれることを知っているから、彼女との時間に文句などない。

 私は多分、何度やり直しても手に入れれないほどに幸福な生き方をしている。今のこの時間はそういうものだと思う。私というものはユキのおかげで、幸せなのだろう。

 でも、私の中には怪物が巣くう。
 怪物は幸せなど感じていない。ずっと空っぽな腹を鳴らしている。

 私の中の怪物が一番満足したのは、さっきの街が壊れる時だったのではないだろうか。多くの人が死んでも、怪物は何も思わない。
 人が滅ぶよりも私はきっと、世界を壊したいのではないか。そう。昔からそうだった。私は人なんてどうでも良くて。ただ、世界を破壊したいだけだった。

「私は……多分まだ嵐の中だと思うけれど……でも、傍にユキがいてくれれば、大丈夫……ね、もうこれから、全部忘れて、残りの時間を私のためだけに使って、私と浸かってくれる……?」

 私は願望を口にする。自らの内を覆い隠すように。
 そして彼女は。

「もちろん。私の時間は全て、ミリアのためだけにあるんだから」

 ユキは私の願いを反故にすることはない。
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