黒薔薇王子に好かれた魔法薬師は今日も今日とて世界を守る

綾乃雪乃

文字の大きさ
75 / 97
第12章 長女と天才と薬師の狭間

閑話 執務室で瓶が揺れる

しおりを挟む
「ありがとう、クレア」


メイシィが極国《きょくごく》へ旅立って1週間が経った。
まだまだ道中で馬車の揺れに苦労しているだろうと想像しながら、私は空になったカップに紅茶を注ぐ。

私の主、クリード殿下はひとことお礼を言うと、すぐに手を伸ばした。



今までより少し濃いめ。それは殿下がパスカのレヴェラント領から帰国した後に変えた淹れ方だ。

メイシィにとっての紅茶はおやつの口直しと勉強中の眠気飛ばしで飲むもの。
無意識が働いたのか、レヴェラント家滞在中にクリード殿下に淹れていたものは予想通りの味だったらしい。

昨日また嵐になったので、試しに彼女の癖の話をして濃いめの紅茶をお渡ししたら、すぐに止んだ。

あの子はひとつのことに夢中になると周りが見えなくなるし、人となりを知れば知るほど行動パターンがわかりやすい。
クリード殿下がきっかけで5年ぶりに再会したというのに、あまりに変わっていなくて、思わず笑ってしまったことを思い出す。


「クレア、今日はもう面会予定はなかったね?」
「はい。本日は会食のご予定もございません」
「そうか。なら夕食前に研究室に行く」
「かしこまりました。そのまま研究室で召し上がりますか?」
「いや、読みたい資料を持ってくるだけだ。30分後に出ようと思う」
「かしこまりました。時間になりましたらお声がけいたします」
「ああ」


クリード殿下はこちらを向くことなく、手元の紙にペンを走らせていた。
メイシィがいないときの殿下はとても寡黙で、必要なことすら最低限の言葉しか紡がない。
目が合うことなんてほとんどないに等しい。

それは殿下が幼少期のころに染みついた癖だと、カロリーナ妃殿下がおっしゃっていた。
目が合えば惚れられる、人の表情から読み取ってしまう余計な感情に心を乱される。
言葉を紡げば相手からたくさんの言葉が返ってくる、裏の意図に気づいてしまって心を乱される。

私、クレアが侍従に抜擢されたのは、クリード殿下に惹かれなかっただけではない。
無駄に感情のない冷淡な言葉や態度がとれるから、というのもあった。


「殿下、ひとつご相談がございます」
「何だろうか」
「薬師院のミカルガ様より、先日行われたメイシィ様の報告会の議事資料がまとまったと連絡がございました。竜人族に対する投薬文化の件でございます」


何を伝えても動き続けていたペンが止まった。
視線は落ちたままピクリとも動かず、続きを促されていると察して口を開く。


「彼女が手ずからまとめたものではございませんが、もしご入用でしたら資料をご提出いただけるようです。いかがなさいますか?」
「ぜひ拝読したいと返してくれ」
「かしこまりました」


即答だ。
そうだろうな、今の殿下にとって少しでもメイシィを感じるものは興味があるはずだから。


「そうおっしゃるかと思いましてもういただいております。こちらに置きますのでお時間がある際にご覧ください」
「ありがとう、さすがだ」


万一にもないと思うけれど、いらないと言われたら私が読もうと思っていた。
侍従として殿下が見たこと聞いたことは把握しておきたかった反面、これからのことを考えてメイシィの言動も頭に入れて損はない。
殿下のことだから、読み終わったら私にも閲覧許可をいただけるだろうし。


「では、失礼いたしま」


一礼している私に、コンコン、と扉を叩く音が聞こえて口を閉じた。
振り返り扉を開くと、珍しい人物が見えて慌てて距離を取り扉を開く。
その人物が部屋に入ったのを雰囲気で確認し、わたしは扉の傍で頭を下げた。


「やあクリード、邪魔するよ」
「ラジアン兄上!」


がたんと椅子が動く音と、クリード殿下が近づいてくる足音。
下を向いて空気になっている私には、あまり様子がわからない。


「メイシィがいなくなって愛しの弟が寝込んでないか確認しに来たんだ~」
「兄上……正直寝込みたいですが研究者としての仕事が許してくれないのです」
「気を紛らわしたくて仕事に構い倒してるの間違いじゃないか?はは」
「まあ、おっしゃる通りではありますね」


メイシィとクリード殿下が出会ってからもう数年。このご兄弟は随分と親しくなられた。
以前は仲が悪かったわけではないけれど、この国の王太子は普通の人間とは一線を画した存在。
弟にとっても兄の存在感は大きく、感情豊かな姿に距離を置きがちだった。
今となっては共通の話題ができて会話に花が咲きやすくなったのだろう。


「ユーファステア侯爵家の訪問はどうだった?」
「用件は無事伝えました」
「ほう、反応は?」
「良くも悪くも、といった印象を受けました。ただ有難いことにとても真摯に向き合ってくださいました」


さすがユーファステア侯爵家だな。とラジアン殿下が穏やかに微笑んでいらっしゃった。
王族として貴族に肩入れしすぎるのは良くないものの、ここは私的な場。
頭の上がらない妖精使いの孫たちを各々思い浮かべているのだろう。



「さて、今日は寂しんぼうの君にプレゼントを持ってきたんだ」
「プレゼントですか?」


クリード殿下がちらりと私を見たのを気づき、席を外そうと一礼する。
けれど、ラジアン殿下が首を振った。


「ああ、君はいてくれていいよ。秘密なことでもないし。すぐに出るからお茶もいらないよ」
「かしこまりました」


クリード殿下がラジアン殿下を執務机の前のソファに案内する。
大きな動きで緩く腰かけたラジアン殿下は、机の上に音を立てて何かを置いた。

ガラスの小瓶。中身に入っているのはさらさらしている水色の液体。
ユーファステア侯爵家の次女 サーシャ様の件でメイシィが渡した薬と同じ小瓶だ。

中身がわからないご様子で首をかしげるクリード殿下に、ラジアン殿下はにやりと笑いかけた。


「惚れ薬だ」
「なっ……!?」


物語でしか見たことのない代物だった。クリード殿下は目を丸くしていらっしゃる。


「詳しい仕組みを説明すると微妙に意味合いが違うんだが、自分の血を混ぜて相手に飲ませれば特別な感情を呼び起こせるという奇跡の薬だよ。
意外と作ろうとする人間がいなくていつの間にか調合方法の存在を忘れ去られていたらしい」
「……それを私にプレゼントしてくださる意図はなんでしょうか」
「何って、もちろん君とメイシィのためだよ~!」

「最終手段として、私に彼女を無理やり惚れさせろとおっしゃるんですか?」


クリード殿下は眉間に皺を寄せた。美人の怒りは怖い。
メイシィの前では見せない凄みのある表情にラジアン殿下はやれやれと余裕な態度をとっていらっしゃる。


「メイシィが本当に1級魔法薬師になれば、いよいよ婚姻は厳しくなる。君は彼女の決断を待っているようだけれど、もし断られたとしても今のような関係を続けるのは難しいだろうね」
「……」
「1級魔法薬師の仕事は多い。ただ薬師院で日々の業務をこなすことはないだろう。
会える頻度が減るだけじゃない、彼女はより多くの人々と出会うことになる。
その中に、将来を誓う人が出てきてもおかしくない」
「それは……」

「王族は、国のために人生をかける存在であらねばならない。それは時として望む未来を捨てる選択をとらされる。
けれど、問答無用で愛する人と生きる道を諦めろというのは違うと思わないか?」
「ええ、おっしゃる通りです」

「クリード、君はずっと辛い思いで生きてきた。その君がようやく見つけた安らぎを、俺は諦めてほしくない」


ラジアン殿下が弟たち――クリード殿下へ心を砕いている話は誰もが知っている。
弟とは逆に意識的に距離を置くことはなく、大切に扱い、蔑《さげす》む者には容赦なく外聞《がいぶん》通り『冷酷』そのものになると。

ラジアン殿下の妃がアーリア様に決まるまで泥沼の大混乱が起きたのは、実は『クリード殿下が心を許せる相手か』という条件を絶対に譲らなかったから。
城勤めの人間しか知らない語り草になっている。

とまあいろいろあって少々発想に問題がある気がするけれど、この方のご家族への気持ちは本物でいらっしゃる。
弟として兄を十分に理解されているのだろう。クリード殿下からは戸惑いの雰囲気を感じ取れた。


「あくまでこれは最終手段だよ。クリード。使わないことにこしたことないさ。
これを持っているだけでも安心できないかい?どんな形であろうと、君がメイシィを手に入れる確約を手に入れたのだから、ね」
「……ありがとうございます、兄上。遠慮なくいただきます」
「うんうん、この薬は今は色がついているけれど、君の血を混ぜれば無色無臭の透明になる。確実に相手に飲ませられる逸品だから、安心して使うといいよ。
ちょっと副作用はあるらしいけど。それじゃあね、愛しの弟」


弟の言葉に満足したのか、ラジアン殿下は足早に執務室を去っていった。
外に従者がいなかったのを見ると、じきにいつも通り行方不明の指名手配者として、ローレンス様を中心に多くの人々に探されるのだろう。
誰かが来たらしっかりと行方を伝えておかなければ。


「……クリード殿下」


殿下は微動だにせず、じっと瓶を見つめていた。
無表情で感情を読み取れなくても、数年の付き合いである私ですらわかる。

捨てるべきかと葛藤している。
この方のお心には、きっと応えてくれると彼女を信じる天使と、確実な手段は取るべきだと言う悪魔がいるんだろう。
いや、妖精かしら?

どちらにしろ、大切な人からの答えを待つ不安な人間に、これはあまりに劇薬だ。


「しばらく保管されてはいかがでしょう?」
「クレア、君は捨てろと助言しないんだね」
「まさか、そのようなことは申しません」


おもむろに窓に雫が付いた。ぽたりぽたりと拭いたばかりの窓を濡らしていく。
私はただ首を横に振ることしかできなかった。


「毒と薬は紙一重とメイシィ様に伺ったことがございます。その小瓶はきっと彼女には毒でしょうが、今のクリード殿下にとっては間違いなく薬でございます」
「薬……」


根拠などないけれど、あの子の親友として想い願う。
彼女はどの道を選んだとしても、ちゃんとクリード殿下と向き合い、心から大切にしてくれるだろう。

きっと、この薬が使われることはない。そう信じている。




あれから、クリード殿下は小瓶を見つめながら眠るようになられた。

暗い部屋に小さな灯で小瓶を照らし、眺め、気づいたら夢の中へ落ちていく。

寝息を聞きながらこっそりと灯を消して、私は今日も殿下の安らぎを願う。



1か月ほど経つ頃には、その小瓶は透明な液体を揺らしていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです

MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。 しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。 フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。 クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。 ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。 番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。 ご感想ありがとうございます!! 誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。 小説家になろう様に掲載済みです。

契約妻に「愛さない」と言い放った冷酷騎士、一分後に彼女の健気さが性癖に刺さって理性が崩壊した件

水月
恋愛
冷酷騎士様の「愛さない」は一分も持たなかった件の旦那様視点短編となります。 「君を愛するつもりはない」 結婚初夜、帝国最強の冷酷騎士ヴォルフラム・ツヴァルト公爵はそう言い放った。 出来損ないと蔑まれ、姉の代わりの生贄として政略結婚に差し出されたリーリア・ミラベルにとって、それはむしろ救いだった。 愛を期待されないのなら、失望させることもない。 契約妻として静かに役目を果たそうとしたリーリアは、緩んだ軍服のボタンを自らの銀髪と微弱な強化魔法で直す。 ただ「役に立ちたい」という一心だった。 ――その瞬間。 冷酷騎士の情緒が崩壊した。 「君は、自分の価値を分かっていない」 開始一分で愛さない宣言は撤回。 無自覚に自己評価が低い妻に、激重独占欲を発症した最強騎士が爆誕する。

わたくしが社交界を騒がす『毒女』です~旦那様、この結婚は離婚約だったはずですが?

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
※完結しました。 離婚約――それは離婚を約束した結婚のこと。 王太子アルバートの婚約披露パーティーで目にあまる行動をした、社交界でも噂の毒女クラリスは、辺境伯ユージーンと結婚するようにと国王から命じられる。 アルバートの側にいたかったクラリスであるが、国王からの命令である以上、この結婚は断れない。 断れないのはユージーンも同じだったようで、二人は二年後の離婚を前提として結婚を受け入れた――はずなのだが。 毒女令嬢クラリスと女に縁のない辺境伯ユージーンの、離婚前提の結婚による空回り恋愛物語。 ※以前、短編で書いたものを長編にしたものです。 ※蛇が出てきますので、苦手な方はお気をつけください。

義妹がやらかして申し訳ありません!

荒瀬ヤヒロ
恋愛
公爵令息エリオットはある日、男爵家の義姉妹の会話を耳にする。 何かを企んでいるらしい義妹。義妹をたしなめる義姉。 何をやらかすつもりか知らないが、泳がせてみて楽しもうと考えるが、男爵家の義妹は誰も予想できなかった行動に出て――― 義妹の脅迫!義姉の土下座!そして冴え渡るタックル! 果たしてエリオットは王太子とその婚約者、そして義妹を諫めようとする男爵令嬢を守ることができるのか?

黄金の魔族姫

風和ふわ
恋愛
「エレナ・フィンスターニス! お前との婚約を今ここで破棄する! そして今から僕の婚約者はこの現聖女のレイナ・リュミエミルだ!」 「エレナ様、婚約者と神の寵愛をもらっちゃってごめんね? 譲ってくれて本当にありがとう!」  とある出来事をきっかけに聖女の恩恵を受けれなくなったエレナは「罪人の元聖女」として婚約者の王太子にも婚約破棄され、処刑された──はずだった!  ──え!? どうして魔王が私を助けてくれるの!? しかも娘になれだって!?  これは、婚約破棄された元聖女が人外魔王(※実はとっても優しい)の娘になって、チートな治癒魔法を極めたり、地味で落ちこぼれと馬鹿にされていたはずの王太子(※実は超絶美形)と恋に落ちたりして、周りに愛されながら幸せになっていくお話です。  ──え? 婚約破棄を取り消したい? もう一度やり直そう? もう想い人がいるので無理です!   ※拙作「皆さん、紹介します。こちら私を溺愛するパパの“魔王”です!」のリメイク版。 ※表紙は自作ではありません。

捨てられ聖女は、王太子殿下の契約花嫁。彼の呪いを解けるのは、わたしだけでした。

鷹凪きら
恋愛
「力を失いかけた聖女を、いつまでも生かしておくと思ったか?」 聖女の力を使い果たしたヴェータ国の王女シェラは、王となった兄から廃棄宣告を受ける。 死を覚悟したが、一人の男によって強引に連れ去られたことにより、命を繋ぎとめた。 シェラをさらったのは、敵国であるアレストリアの王太子ルディオ。 「君が生きたいと願うなら、ひとつだけ方法がある」 それは彼と結婚し、敵国アレストリアの王太子妃となること。 生き延びるために、シェラは提案を受け入れる。 これは互いの利益のための契約結婚。 初めから分かっていたはずなのに、彼の優しさに惹かれていってしまう。 しかしある事件をきっかけに、ルディオはシェラと距離をとり始めて……? ……分かりました。 この際ですから、いっそあたって砕けてみましょう。 夫を好きになったっていいですよね? シェラはひっそりと決意を固める。 彼が恐ろしい呪いを抱えているとも知らずに…… ※『ネコ科王子の手なずけ方』シリーズの三作目、王太子編となります。 主人公が変わっているので、単体で読めます。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

私生児聖女は二束三文で売られた敵国で幸せになります!

近藤アリス
恋愛
私生児聖女のコルネリアは、敵国に二束三文で売られて嫁ぐことに。 「悪名高い国王のヴァルター様は私好みだし、みんな優しいし、ご飯美味しいし。あれ?この国最高ですわ!」 声を失った儚げ見た目のコルネリアが、勘違いされたり、幸せになったりする話。 ※ざまぁはほんのり。安心のハッピーエンド設定です! ※「カクヨム」にも掲載しています。

処理中です...