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16 牽制
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彼女と恋人になって2週間。
二人が逢瀬を重ねるのは決まってノエルの家だった。
彼女は二日に一回は会いに来てくれた。
お互いの立場もあるからこの関係は秘密にしようという彼女の提案で、外では今まで通りの関係を演じている。
彼女との関係は誰にも伝えていない。
アダムになら伝えてもいいかと思ったが、彼女がそれを嫌がるので秘密にしている。
彼女が玄関の扉を叩くのは決まって20時過ぎ。
ちょうどノエルが帰宅して入浴を終えた頃だ。
ソファに座りコーヒーを飲みながら他愛のない話をする。
ノエルはこの時間が好きだった。
彼女の好きなもの、今日あったこと、これからしたいこと。
彼女のことを少しずつ知っていくこの時間が、何よりも代えがたいものになっていた。
コーヒーがなくなる頃には肩と肩がくっつくくらいの距離になり、どちらともなく触れ合い、その身を抱きしめる。
彼女からキスをしてくることもあれば、彼女からキスを強請られることもあった。
奥手なノエルをいつも彼女がリードしてくれる。
触れ合って、キスをして、2人は確実に恋人としての愛を育んでいた。
ベッドに誘うのも、いつも彼女からだ。
覚えたてのノエルにとって、彼女の身体は依存性の高い麻薬のようなものだった。
触れれば触れるほど、繋がれば繋がるほど、欲しくなった。
もっと強く、もっと深く、その先を求めた。
ベッドの中で彼女は、たくさんの愛の言葉をくれる。
好き、大好き、愛してる。
その言葉を聞くたびに、脳が茹だるような感覚がした。
熱に浮かされ、うわ言のように彼女の名を呼ぶ。
彼女と過ごす夜は馬鹿みたいに気持ちが良かった。
彼女はいつも日付が変わる前に帰ってしまう。
もっと一緒にいたいのに、もっと触れ合っていたいのに。
いっそのこと一緒に暮らしたいとさえ思う。
けれど、彼女を止めることはできない。
めんどくさい男だと、幻滅されたくないからだ。
ノエルは何よりも彼女に嫌われることを恐れた。
彼女と過ごすこの時間が、何よりも幸せで仕方がなかったから。
もう彼女なしでは生きていけないと思うくらいに彼女のことを愛していた。
彼女のことを尊重したいと思うし、彼女が望むならなんだってしてやりたい。
彼女に頼ってほしいし、彼女の唯一でありたい。
彼女がいれば他に何もいらないとさえ思うようになっていた。
それなのに。
アダムから差し出された本。
ページを捲ると、彼女によく似た人物の写真があった。
内容は信じがたいものだった。
滅びの魔女。彼女が現れた国は滅びる。
嘘だと思った。そんな突拍子もない話、信じられるわけない。
夢中でページを捲った。
きっと、どこかに否定できる要素があるはずだと。
そう思ってページを捲るのに、見たくなかったもの、知りたくなかったことばかりが書き連ねられていた。
一通り読み終えて、目を覆いたくなった。
彼女はそんな人じゃない。そう思っている。そう信じたいと、思っている。
焔やジャックだって、彼女と接点なんてないと言っていたじゃないか。全部、嘘だったのか。
しかし冷静に考えれば、憶測で書かれたことのほうが多かった。
らしい。といわれている。と思われる。かもしれない。
そんな曖昧な言葉ばかりが並んでいた。
けれど、それを否定できるだけの要素を、ノエルは持ち合わせていなかった。
どうしたらいい。アダムはこんなものを自分に見せてどうしようというのだ。
「…君はどう思った?」
「…信じられない。こんなの、何かの冗談だろ…?」
「そうであったらいいと、俺も思ったさ。」
「でも…。…作話だろ、こんなの。現実的じゃない。」
「作話なら彼女や焔さんの写真は出ないだろうな。」
アダムの言う通りだった。
自分たちは、彼女を疑わなくてはならない。
「まだ確実だというには情報が少ない。こちらでも秘密裏に彼女を探っているが、尻尾が掴めない。…君なら、こういう時どう動く?」
「どう、って…。」
頭が回らなかった。
書物の内容を反芻するだけで精一杯だった。
自分ならどう動く。アダムは自分のことを信頼して聞いているのだろう。
どうする?こんな時、一体どうしたらいいんだ。
思考を巡らせていると、ふいに執務室のドアをノックする音が聞こえた。
アダムの目配せに、ノエルは慌てて書物を隠した。
「入ってくれ。」アダムはいつも通りよく通る声でドアの向こうに返事をする。
扉を開けたのは、ジャックだった。
ジャックはノエルを見て少し驚いた顔をしたが、そのまま執務室へと入ってきた。
「ノエルもいたんですね。ちょうどよかった。お前らに話があります。」
「…なんだ、改まって。」
ジャックは2人に真っ直ぐ向き合い、小さく深呼吸をした。
「彼女を…。アンジェラを探るような真似はもうやめたほうがいい。」
「…どうしてだ?」
「彼女はこの国の触れてはならない秘密です。その秘密に触れれば…。」
「触れれば?どうなるというんだ?」
言い淀んだジャックにアダムが畳み掛ける。
「…よくないことが起こります。」
「具体的教えてほしいな。」
「それは俺の口からは言えないです。とにかく、彼女を探るのはもうやめてください。これは、お前らの友人としての忠告です。」
「この国の王として、それはできない。」
「どうしてですか?彼女のことを探ったって何の得にもなりはしないでしょう?」
「随分と彼女を庇うんだな。君は彼女の何を知っているんだ?」
「…別に、何も。」
「何も知らないということはないだろう。君、相当彼女と親しいらしいな。君と彼女の関係は把握しているぜ。」
ジャックは小さく舌打ちをした。
「…バレてるんですか。それはまあいいです。とにかく、彼女から手を引いてください。後悔することになりますよ。」
ノエルは黙って2人の会話を聞いていた。
一方アダムは、これは彼女のことを知るチャンスだと思った。
わざわざ忠告をしにくるくらいだ。
ジャックは確実に彼女の秘密を知っている。
上手く聞き出すことができれば、余計な手間は省ける。
ふいに、開けっ放しのドアの向こうから声がした。
「やあ。面白そうな話をしてるね。その話、僕も同席してもいいかな?」
姿を現したのは、焔だった。
「焔さん…。」
「げ…。アンタまで…。」
「聞こえているよ、ジャックくん。僕、耳はいい方なんだ。」
ジャックは明らかに嫌そうな顔をする。
焔は気にも止めず執務室へ入り扉を閉めた。
さて、そう言って三人に向き直る。
「君たちは彼女のことを探っているようだね。単刀直入に言おう。止めなさい。それがお互いのためだよ。」
「理由もなしに、それはできない。この国の王として、俺は彼女が何者なのか知る義務がある。」
「年長者の言うことは素直に聞くものだよ。アダムくん。…君もその若さで死にたくはないだろう?」
焔はいつも通り物腰柔らかい笑みを浮かべて話す。
「それは…貴方が俺を殺すという意味ですか。」
「さあどうだろうね。しかし、君が知っている通り今のトップ7の半分は彼女の手駒だ。覚えておくといい。君が胡座をかいているその王座は、いつだってひっくり返せる脆い物だということをね。」
「…評議会に掛け合って焔さん達をトップ7から降ろすことだってできる。そうなればまた状況は変わるぜ。」
「どうぞ?ああでも、降ろされるのは君かも知れないね?」
怯む様子のない焔に、アダムは察した。
「…評議会もグルか。」
「さあ、どうだろうね。」
「納得できない。話してくれ。彼女は何者なんだ?何故二人は彼女を庇う?」
焔は少し考えるような素振りを見せた。
そして、不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「いいよ。話してあげよう。」
「アンタ…何考えて…。こいつらに話す必要なんてないでしょう!」
「どうせ忠告したって聞きはしないだろう。なら簡単だ。話してしまえばいい。…知ってしまえば、後悔することになるけどね。」
それでもいいかい?と言う焔に、アダムは黙って頷いた。
「その前に…一つ聞きたい。君たちは彼女の何を掴んだのかな?何の根拠もなく彼女を探っているわけではないだろう。」
「これだ。」
アダムは例の書物を焔へと差し出した。
焔はそれを受け取り、パラパラとページを捲る。
興味無さげに数ページ目を通して、ゆっくりと口を開いた。
「ふうん。これはこれは。ものは言いようだね。ジャックくん、君も見なさい。」
焔はジャックにその書物を渡す。
ジャックはページを開いた瞬間、呟いた。
「なんすか、これ。ひでえデマですね。」
「デマ?じゃあアンジェラさんは…」
「半分嘘で半分本当って言ったほうが正しいかな。」
ノエルが安心したのも束の間、焔が口を挟む。
「まず一つ。アミュレスを滅ぼしたのは彼女ではない。彼女に人間を殺す力なんてないよ。ましては国を滅ぼすなんてできない。滅ぼしたのは他国の欲深い人間たちだ。」
「じゃあどうして滅びの魔女なんて記事が出たんだ?彼女が現れた国は必ず滅びると書かれているのは何故なんだ。」
「二つ目。彼女は世界中から狙われる存在だ。彼女はただの人間じゃない。いや、そもそも人間ではない。傲慢な人間の手によって作られたキメラさ。」
「キメラ…?」
「いつだったかな。酒の席で話したことがあったよね。異種族同士を掛け合わせて、それぞれのいいところだけを取ったらそれは最強の人間になると。彼女がまさにそうだよ。人間と、天使と、悪魔と、人魚と、あとはなんだったかな…とにかく、色々な種族の遺伝子を掛け合わせて生み出されたのが彼女だ。」
「…そんなことが現実にあり得るのか?」
「あり得ないよ。彼女は奇跡のような存在だ。だからこそ、価値がある。」
「その彼女を狙って戦争が起きるわけか…。」
「そうだね。察しのいい子は好きだよ。戦争というよりは一方的な略奪や殺戮と言ったほうが正しいけどね。僕らは彼女を守るために戦ってきた。最初から僕達は王である君ではなく、女王である彼女に忠誠を誓っている。彼女を狙う者、彼女の邪魔をする者は排除する。アダムくん。例えそれが君であっても、だ。」
改めて焔は2人に向き直る。
ジャックは俯き、ただ黙っていた。
「さあ、ここまでの話を聞いて君はどうする?返答によっては今ここで、君を殺さないといけなくなる。」
焔は剣に手をかけ、不敵に笑う。
「…どうして焔さんはそうまでして彼女に肩入れするんだ?」
「決まってるじゃないか。彼女を愛しているからだよ。」
「…彼女には相手を意のままに操れる魅了という能力がある。焔さんもその能力に操られているだけなんじゃないのか。」
「知っているよ。そして僕もそれに惑わされてることも承知の上だ。その上で、僕は彼女を愛しているんだよ。彼女のためならなんだってできる。君もそうだろう?ジャックくん。」
話を振られたジャックは舌打ちで返す。
「狂っている…。」
「ふふふっ。君にはわからないだろうね、アダムくん。別に理解してもらおうだなんて思わないさ。でも、ノエルくん。君にはわかるんじゃないかな。」
なにもかもお見通しだというように、焔はノエルを見つめる。
「ようこそ、こちら側へ。君も死ぬまで彼女に狂い続けることになるさ。君は僕達の仲間だよ。」
「俺は…そんなつもりじゃ…。」
「そんなつもりじゃない?もう遅いよ。いずれわかるさ。君はこれから彼女に狂っていくんだ。」
呆然とするノエルを置いて、焔は話を進める。
「アダムくん。君は確かにこの国で一番強い人間だ。けれどね、それは魔物に対してだけだよ。君、人間を殺したことはあるかい?」
「何言って…」
「僕はあるよ。それも数え切れないくらいね。その本に書かれている鬼神カグツチとは僕のことだ。僕は目的のためなら人を殺すことなんてなんとも思わない人間だよ。君はその命が危ぶまれた時、僕を殺せるかい?」
「俺は…焔さんたちとは争いたくない。」
「ならこれ以上彼女を探らないでくれるかい?彼女の秘密は胸の内に留めて、今まで通り女王として好きに過ごさせてやってくれるかい?」
「…この国の王として、それはできない。彼女が戦争の火種だというなら、この国には置いておけない。」
「そうかい。交渉決裂だね。アダムくん、剣を持ちなさい。」
焔は冷徹な眼差しで剣を抜く。
「アンタ…なに勝手なことしてんですか!彼女からの命令は出てないはずです。剣を収めてください!」
ジャックは声を荒げる。
焔は気にも止めずその切っ先をアダムへと向けた。
「これは必要な措置だよ。人一人も殺せないお子様は黙ってなさい。」
「アンジェラはそんなこと望んでいない!」
「望む前に処理するのが愛ってものだろう?さあ、アダムくん、君は無抵抗なままだだ殺されることを選ぶのかい?」
「どうしても、戦わないといけないのか…。」
「当然。彼女を見逃してくれないのなら慈悲はないよ。」
アダムは唇を噛み、壁に立て掛けてあった大剣に手を掛ける。
「やめろ!アダム!焔さんも!冷静に話し合おう、こんなの、おかしいだろ!」
呆然としていたノエルだが、事の重大さに気付き二人の間に割って入る。
「僕はいたって冷静だよ。」
「あいにく俺も落ち着いているさ。ノエル、下がっていろ。」
二人は向き合い、互いに剣を向ける。
張り詰めるような空気に、ノエルは息を飲んだ。
「残念だよ、アダムくん。君がここまで愚かだとは思わなかったよ。」
そう言って、焔が左手を上げた。
その瞬間、銃声がした。
派手な音を立てて窓ガラスが割れ、アダムは床に伏した。
「殺しとはね、正々堂々一対一で行うものではないんだよ。敵が僕だけだと見誤った君の負けだね、アダムくん。」
倒れたアダムの頭から鮮血が広がる。
一瞬の出来事だった。
ピクリとも動かなくなった王を前に、ノエルとジャックは言葉を失った。
二人が逢瀬を重ねるのは決まってノエルの家だった。
彼女は二日に一回は会いに来てくれた。
お互いの立場もあるからこの関係は秘密にしようという彼女の提案で、外では今まで通りの関係を演じている。
彼女との関係は誰にも伝えていない。
アダムになら伝えてもいいかと思ったが、彼女がそれを嫌がるので秘密にしている。
彼女が玄関の扉を叩くのは決まって20時過ぎ。
ちょうどノエルが帰宅して入浴を終えた頃だ。
ソファに座りコーヒーを飲みながら他愛のない話をする。
ノエルはこの時間が好きだった。
彼女の好きなもの、今日あったこと、これからしたいこと。
彼女のことを少しずつ知っていくこの時間が、何よりも代えがたいものになっていた。
コーヒーがなくなる頃には肩と肩がくっつくくらいの距離になり、どちらともなく触れ合い、その身を抱きしめる。
彼女からキスをしてくることもあれば、彼女からキスを強請られることもあった。
奥手なノエルをいつも彼女がリードしてくれる。
触れ合って、キスをして、2人は確実に恋人としての愛を育んでいた。
ベッドに誘うのも、いつも彼女からだ。
覚えたてのノエルにとって、彼女の身体は依存性の高い麻薬のようなものだった。
触れれば触れるほど、繋がれば繋がるほど、欲しくなった。
もっと強く、もっと深く、その先を求めた。
ベッドの中で彼女は、たくさんの愛の言葉をくれる。
好き、大好き、愛してる。
その言葉を聞くたびに、脳が茹だるような感覚がした。
熱に浮かされ、うわ言のように彼女の名を呼ぶ。
彼女と過ごす夜は馬鹿みたいに気持ちが良かった。
彼女はいつも日付が変わる前に帰ってしまう。
もっと一緒にいたいのに、もっと触れ合っていたいのに。
いっそのこと一緒に暮らしたいとさえ思う。
けれど、彼女を止めることはできない。
めんどくさい男だと、幻滅されたくないからだ。
ノエルは何よりも彼女に嫌われることを恐れた。
彼女と過ごすこの時間が、何よりも幸せで仕方がなかったから。
もう彼女なしでは生きていけないと思うくらいに彼女のことを愛していた。
彼女のことを尊重したいと思うし、彼女が望むならなんだってしてやりたい。
彼女に頼ってほしいし、彼女の唯一でありたい。
彼女がいれば他に何もいらないとさえ思うようになっていた。
それなのに。
アダムから差し出された本。
ページを捲ると、彼女によく似た人物の写真があった。
内容は信じがたいものだった。
滅びの魔女。彼女が現れた国は滅びる。
嘘だと思った。そんな突拍子もない話、信じられるわけない。
夢中でページを捲った。
きっと、どこかに否定できる要素があるはずだと。
そう思ってページを捲るのに、見たくなかったもの、知りたくなかったことばかりが書き連ねられていた。
一通り読み終えて、目を覆いたくなった。
彼女はそんな人じゃない。そう思っている。そう信じたいと、思っている。
焔やジャックだって、彼女と接点なんてないと言っていたじゃないか。全部、嘘だったのか。
しかし冷静に考えれば、憶測で書かれたことのほうが多かった。
らしい。といわれている。と思われる。かもしれない。
そんな曖昧な言葉ばかりが並んでいた。
けれど、それを否定できるだけの要素を、ノエルは持ち合わせていなかった。
どうしたらいい。アダムはこんなものを自分に見せてどうしようというのだ。
「…君はどう思った?」
「…信じられない。こんなの、何かの冗談だろ…?」
「そうであったらいいと、俺も思ったさ。」
「でも…。…作話だろ、こんなの。現実的じゃない。」
「作話なら彼女や焔さんの写真は出ないだろうな。」
アダムの言う通りだった。
自分たちは、彼女を疑わなくてはならない。
「まだ確実だというには情報が少ない。こちらでも秘密裏に彼女を探っているが、尻尾が掴めない。…君なら、こういう時どう動く?」
「どう、って…。」
頭が回らなかった。
書物の内容を反芻するだけで精一杯だった。
自分ならどう動く。アダムは自分のことを信頼して聞いているのだろう。
どうする?こんな時、一体どうしたらいいんだ。
思考を巡らせていると、ふいに執務室のドアをノックする音が聞こえた。
アダムの目配せに、ノエルは慌てて書物を隠した。
「入ってくれ。」アダムはいつも通りよく通る声でドアの向こうに返事をする。
扉を開けたのは、ジャックだった。
ジャックはノエルを見て少し驚いた顔をしたが、そのまま執務室へと入ってきた。
「ノエルもいたんですね。ちょうどよかった。お前らに話があります。」
「…なんだ、改まって。」
ジャックは2人に真っ直ぐ向き合い、小さく深呼吸をした。
「彼女を…。アンジェラを探るような真似はもうやめたほうがいい。」
「…どうしてだ?」
「彼女はこの国の触れてはならない秘密です。その秘密に触れれば…。」
「触れれば?どうなるというんだ?」
言い淀んだジャックにアダムが畳み掛ける。
「…よくないことが起こります。」
「具体的教えてほしいな。」
「それは俺の口からは言えないです。とにかく、彼女を探るのはもうやめてください。これは、お前らの友人としての忠告です。」
「この国の王として、それはできない。」
「どうしてですか?彼女のことを探ったって何の得にもなりはしないでしょう?」
「随分と彼女を庇うんだな。君は彼女の何を知っているんだ?」
「…別に、何も。」
「何も知らないということはないだろう。君、相当彼女と親しいらしいな。君と彼女の関係は把握しているぜ。」
ジャックは小さく舌打ちをした。
「…バレてるんですか。それはまあいいです。とにかく、彼女から手を引いてください。後悔することになりますよ。」
ノエルは黙って2人の会話を聞いていた。
一方アダムは、これは彼女のことを知るチャンスだと思った。
わざわざ忠告をしにくるくらいだ。
ジャックは確実に彼女の秘密を知っている。
上手く聞き出すことができれば、余計な手間は省ける。
ふいに、開けっ放しのドアの向こうから声がした。
「やあ。面白そうな話をしてるね。その話、僕も同席してもいいかな?」
姿を現したのは、焔だった。
「焔さん…。」
「げ…。アンタまで…。」
「聞こえているよ、ジャックくん。僕、耳はいい方なんだ。」
ジャックは明らかに嫌そうな顔をする。
焔は気にも止めず執務室へ入り扉を閉めた。
さて、そう言って三人に向き直る。
「君たちは彼女のことを探っているようだね。単刀直入に言おう。止めなさい。それがお互いのためだよ。」
「理由もなしに、それはできない。この国の王として、俺は彼女が何者なのか知る義務がある。」
「年長者の言うことは素直に聞くものだよ。アダムくん。…君もその若さで死にたくはないだろう?」
焔はいつも通り物腰柔らかい笑みを浮かべて話す。
「それは…貴方が俺を殺すという意味ですか。」
「さあどうだろうね。しかし、君が知っている通り今のトップ7の半分は彼女の手駒だ。覚えておくといい。君が胡座をかいているその王座は、いつだってひっくり返せる脆い物だということをね。」
「…評議会に掛け合って焔さん達をトップ7から降ろすことだってできる。そうなればまた状況は変わるぜ。」
「どうぞ?ああでも、降ろされるのは君かも知れないね?」
怯む様子のない焔に、アダムは察した。
「…評議会もグルか。」
「さあ、どうだろうね。」
「納得できない。話してくれ。彼女は何者なんだ?何故二人は彼女を庇う?」
焔は少し考えるような素振りを見せた。
そして、不敵な笑みを浮かべ、口を開いた。
「いいよ。話してあげよう。」
「アンタ…何考えて…。こいつらに話す必要なんてないでしょう!」
「どうせ忠告したって聞きはしないだろう。なら簡単だ。話してしまえばいい。…知ってしまえば、後悔することになるけどね。」
それでもいいかい?と言う焔に、アダムは黙って頷いた。
「その前に…一つ聞きたい。君たちは彼女の何を掴んだのかな?何の根拠もなく彼女を探っているわけではないだろう。」
「これだ。」
アダムは例の書物を焔へと差し出した。
焔はそれを受け取り、パラパラとページを捲る。
興味無さげに数ページ目を通して、ゆっくりと口を開いた。
「ふうん。これはこれは。ものは言いようだね。ジャックくん、君も見なさい。」
焔はジャックにその書物を渡す。
ジャックはページを開いた瞬間、呟いた。
「なんすか、これ。ひでえデマですね。」
「デマ?じゃあアンジェラさんは…」
「半分嘘で半分本当って言ったほうが正しいかな。」
ノエルが安心したのも束の間、焔が口を挟む。
「まず一つ。アミュレスを滅ぼしたのは彼女ではない。彼女に人間を殺す力なんてないよ。ましては国を滅ぼすなんてできない。滅ぼしたのは他国の欲深い人間たちだ。」
「じゃあどうして滅びの魔女なんて記事が出たんだ?彼女が現れた国は必ず滅びると書かれているのは何故なんだ。」
「二つ目。彼女は世界中から狙われる存在だ。彼女はただの人間じゃない。いや、そもそも人間ではない。傲慢な人間の手によって作られたキメラさ。」
「キメラ…?」
「いつだったかな。酒の席で話したことがあったよね。異種族同士を掛け合わせて、それぞれのいいところだけを取ったらそれは最強の人間になると。彼女がまさにそうだよ。人間と、天使と、悪魔と、人魚と、あとはなんだったかな…とにかく、色々な種族の遺伝子を掛け合わせて生み出されたのが彼女だ。」
「…そんなことが現実にあり得るのか?」
「あり得ないよ。彼女は奇跡のような存在だ。だからこそ、価値がある。」
「その彼女を狙って戦争が起きるわけか…。」
「そうだね。察しのいい子は好きだよ。戦争というよりは一方的な略奪や殺戮と言ったほうが正しいけどね。僕らは彼女を守るために戦ってきた。最初から僕達は王である君ではなく、女王である彼女に忠誠を誓っている。彼女を狙う者、彼女の邪魔をする者は排除する。アダムくん。例えそれが君であっても、だ。」
改めて焔は2人に向き直る。
ジャックは俯き、ただ黙っていた。
「さあ、ここまでの話を聞いて君はどうする?返答によっては今ここで、君を殺さないといけなくなる。」
焔は剣に手をかけ、不敵に笑う。
「…どうして焔さんはそうまでして彼女に肩入れするんだ?」
「決まってるじゃないか。彼女を愛しているからだよ。」
「…彼女には相手を意のままに操れる魅了という能力がある。焔さんもその能力に操られているだけなんじゃないのか。」
「知っているよ。そして僕もそれに惑わされてることも承知の上だ。その上で、僕は彼女を愛しているんだよ。彼女のためならなんだってできる。君もそうだろう?ジャックくん。」
話を振られたジャックは舌打ちで返す。
「狂っている…。」
「ふふふっ。君にはわからないだろうね、アダムくん。別に理解してもらおうだなんて思わないさ。でも、ノエルくん。君にはわかるんじゃないかな。」
なにもかもお見通しだというように、焔はノエルを見つめる。
「ようこそ、こちら側へ。君も死ぬまで彼女に狂い続けることになるさ。君は僕達の仲間だよ。」
「俺は…そんなつもりじゃ…。」
「そんなつもりじゃない?もう遅いよ。いずれわかるさ。君はこれから彼女に狂っていくんだ。」
呆然とするノエルを置いて、焔は話を進める。
「アダムくん。君は確かにこの国で一番強い人間だ。けれどね、それは魔物に対してだけだよ。君、人間を殺したことはあるかい?」
「何言って…」
「僕はあるよ。それも数え切れないくらいね。その本に書かれている鬼神カグツチとは僕のことだ。僕は目的のためなら人を殺すことなんてなんとも思わない人間だよ。君はその命が危ぶまれた時、僕を殺せるかい?」
「俺は…焔さんたちとは争いたくない。」
「ならこれ以上彼女を探らないでくれるかい?彼女の秘密は胸の内に留めて、今まで通り女王として好きに過ごさせてやってくれるかい?」
「…この国の王として、それはできない。彼女が戦争の火種だというなら、この国には置いておけない。」
「そうかい。交渉決裂だね。アダムくん、剣を持ちなさい。」
焔は冷徹な眼差しで剣を抜く。
「アンタ…なに勝手なことしてんですか!彼女からの命令は出てないはずです。剣を収めてください!」
ジャックは声を荒げる。
焔は気にも止めずその切っ先をアダムへと向けた。
「これは必要な措置だよ。人一人も殺せないお子様は黙ってなさい。」
「アンジェラはそんなこと望んでいない!」
「望む前に処理するのが愛ってものだろう?さあ、アダムくん、君は無抵抗なままだだ殺されることを選ぶのかい?」
「どうしても、戦わないといけないのか…。」
「当然。彼女を見逃してくれないのなら慈悲はないよ。」
アダムは唇を噛み、壁に立て掛けてあった大剣に手を掛ける。
「やめろ!アダム!焔さんも!冷静に話し合おう、こんなの、おかしいだろ!」
呆然としていたノエルだが、事の重大さに気付き二人の間に割って入る。
「僕はいたって冷静だよ。」
「あいにく俺も落ち着いているさ。ノエル、下がっていろ。」
二人は向き合い、互いに剣を向ける。
張り詰めるような空気に、ノエルは息を飲んだ。
「残念だよ、アダムくん。君がここまで愚かだとは思わなかったよ。」
そう言って、焔が左手を上げた。
その瞬間、銃声がした。
派手な音を立てて窓ガラスが割れ、アダムは床に伏した。
「殺しとはね、正々堂々一対一で行うものではないんだよ。敵が僕だけだと見誤った君の負けだね、アダムくん。」
倒れたアダムの頭から鮮血が広がる。
一瞬の出来事だった。
ピクリとも動かなくなった王を前に、ノエルとジャックは言葉を失った。
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心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
空蝉
杉山 実
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