その正体

烏屋鳥丸

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24 アダム・ウォード

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「俺はいつまでこうしていればいいんだ。」

「さあ?私にもわからないわ。」

「…退屈で死にそうだ。」

「退屈で死ねるならもう一度死んでみせてちょうだい。いい研究になるわ。」

「無茶言うな。俺をここに閉じ込めて、君達は一体何がしたいんだ。」

あの日、自分は死んだ。
一瞬の出来事だった。理解するよりも前に、死んだ。
痛みなんて感じる暇がないほど一瞬だった。
的確に頭を撃たれたらしい。

目が覚めると、薄暗い部屋にいた。
チカチカと目に悪い光を放つモニターや機械に囲まれた部屋の中央のベッドに寝かされていたのだ。
手足を拘束され、ろくに身動きも取れない。
自分をここに閉じ込めているのは、No.5であるエレナだった。
そのエレナはと言うと一日中機械の前に座り、険しい顔でモニターを見つめている。
診療所はどうなっているのかと問えば、部下に任せていると短い返事が返ってきた。
時折、触診だと言って身体をまさぐったり、採血だと言って注射器でアダムの血を抜いた。

「この遺伝子配列…シンプルすぎるわ。どうしてこんな特殊な遺伝子が均等に混ざり合うことができるのかしら。綺麗すぎて気味が悪いわ。」

大きなモニターを前にエレナは溜息を吐く。

「?何の話をしているんだ?」

「貴方の人間じゃない部分の解析よ。」

「俺は人間だぜ。」

「残念。貴方は間違いなく化け物よ。よくもまあ、今まで人間として生きてこれたわね。」

「よくわからないが…。そのおかげで俺は生きているということか?」

「おそらくそうね。」

エレナは遺伝子がどうのとか、DNAがどうのとか、難しい話ばかりをしてきた。
アダムにはさっぱり理解できなかったが、自分はどうやら人間ではないらしい。
人間として生きてきて、それが当然だと思っていたのに急にそんなことを言われても、どうも実感が湧かない。
エレナの話によれば、あの日自分は確かに死んだ。
そして、生き返ったのだと言う。
そこで初めて自分が人間じゃないことがわかったそうだ。
それ以来、ずっとここに閉じ込められている。
薄暗い室内。窓がないことを考えると、おそらく地下だろう。
入り口には重厚な扉。何度かエレナが出入りをしているところを見たが、どうやら複雑な電子ロックがかけられているらしい。
逃げ出そうと思ったが、それも難しい。
手首、足首、上腕、太腿、腰、肩、首。
厳重過ぎるほどに拘束されていて、身動き一つできなかった。
ここまでやる必要があるのかと思うが、自分が人間じゃないことを考えればエレナにとっては必要な措置なのかもしれない。

ふいに、ブザーのような音が鳴った。 
エレナはモニターの画面を確認し、何かのボタンを押した。
重厚な扉がゆっくりと開くと、焔の姿が見えた。

「状況は?」

「変わらずよ。」 

エレナと短い会話を交わし、焔は室内へと入ってきた。
そしていつもの朗らかな笑みを貼り付け、アダムの顔を覗き込む。

「やあアダムくん。ご機嫌いかがかな?」

「…最悪だぜ。俺をどうしようって言うんだ。」

「どうしようもこうしようも…殺したはずなのに死なないからこっちも困ってるんだよね。君、何者なんだい。」

「こっちが聞きたいくらいだ。」

「死んだのは初めてかい?」

「当たり前だろう、何を言ってるんだ。」

「そうかい。じゃあもう一回死んでみようか。」

焔は剣を抜き、躊躇いもなくアダムの心臓を貫いた。

「ぐ…っ。」

鮮血が噴き出す。
傷口が燃えるように熱い。なのに、体が冷えるような感覚がした。
冷えた体に温かい血がかかる。
熱い。冷たい。痛い。苦しい。
酷い痛みに、アダムは意識を失う。
これが、死か。

「ちょっと!勝手に殺さないでよ!」

「どうせまた実験だ、検証だ、って何回も殺してみてくれって言うじゃないか。」

「そうだけど!まだ検証段階なんだから殺すのは慎重にして!」

あーもう貴重な血液サンプルが…とエレナはブツブツと呟きながら手袋をつけ試験管を取り出す。
溢れた血を試験管に流し込みながら、大きな溜息を吐いた。

「これだからジジイは雑で嫌なのよ。」

「僕をジジイ呼ばわりするなら君はなんなんだい。君の方が僕より年上だろ。」

「私は見た目が若いからいいのよ。」

「中身は年増のくせに。」

「クソ生意気なところは昔から変わらないわね。」

昔からエレナと焔は顔を合わせると罵り合うことが多かった。
仲が良くないというよりは勝手知ってる仲と言ったほうが正しい。
年齢が近いこともあって、ついお互いムキになってしまうのだ。
言い合いに夢中になっていると、焔はアダムの様子がおかしいことに気付く。

「あれ?生き返らないね。」

「前回は半日で傷が塞がって、そこから意識が戻るまでに丸一日かかったわ。」

「なんだいそれ。彼女なら5秒もかからないのに。劣化版もいいところだね。どこに需要あるんだい、これ。」

「失敗作だから捨てられたんじゃないの。確かこの子、孤児院の出身でしょ。」

「ふぅん。人間は傲慢だね。理想の化け物を作ろうとして失敗したからポイなんて。少し彼に同情するよ。」

「まあ例え生き返るまでに1日半かかったとしても不死であることに変わりはないわ。そういう意味では立派な成功例よ。」

まだ乾いていない血を拭ってエレナは傷口を覗く。
傷口からは勢いのない血がたらりと滴る。
エレナは再度血を拭って傷口の周りを綺麗にする。
そして、アダムの脇腹あたりを確認するように撫でた。

「触ってみて。」 

言われるがまま焔はアダムの右脇腹に手を這わせる。
何の変哲もない男の身体のように思う。
エレナの意図がわからず首を傾げると、エレナは左も触るようにと促した。
左右を比べるように触ってみる。

「肋骨が一本ない…?」

「人工的に取り除かれているわ。これはプロジェクト・エデンの被検体である証よ。」

「そのプロジェクト・エデンっていうのは?」 

「25年前秘密裏に発足されたレヴィ・クラナード博士による研究チームの研究よ。有名な学者や博士が多数携わってたみたいね。内容は神の遺伝子を組み込んだ人間を作り、増やす…まあアンジェラの時と似たようなものね。最初は風の噂で色々話は聞いたけど…途中でめっきり情報が途絶えたから失敗したものだと思っていたわ。まさか形になっていたなんて。」

「というと?彼みたいのが世界にはゴロゴロいるってことかい?」

「それはわからないわ。彼が唯一かもしれないし、逆に彼が一番の劣等種の可能性もあるわ。」

「なんだか僕達、余計なことに首を突っ込んでしまったみたいだね。いっそのこと手足を縛って海にでも投げ入れたらどうだい?生き返っても即溺死だ。どんな拷問より辛いだろうね。」

「ダメよ。万が一浜辺にでも打ち上げられたら大騒動だわ。」

「ホント、不死って厄介だねえ。」

「私は新しい研究サンプルが手に入ってラッキーだわ。」



次にアダムが目覚めると、そこにはエレナと焔とアンジェラがいた。
広い部屋だと思っていたが、大人3人が揃うと随分手狭に見えた。

「おや、やっとお目覚めかい。」

焔は目が合うといつものように朗らかな笑みを浮かべる。
先ほどはこの笑顔で躊躇いも一切なしに自分を殺した。
まるで人を殺すことをなんとも思っていない。
最初に殺された時もそうだ。
今までNo.4として自分たちと共に戦っていた焔はきっと作られた姿なのだろう。
本性は例の本で読んだ通りの冷酷無比な殺人鬼なのかもしれない。

「傷口が塞がるまで約6時間、意識が戻るまで約8時間ってとこかしら。前回よりも早くなってるわね。」

「へえ。殺し続けたらもっと早くなるのかな。もう一回殺してみる?」

「待って。1回目は銃殺、2回目は刺殺。…次は別の方法を試してみたいところね。殺し方、あるいは損傷具合によって復活時間が変わるのかもしれないわ。」

「じゃあ焼殺なんてどうだい。」

そう言って焔は指をパチンと鳴らした。
するとその指先から炎が現れた。
彼は炎を自由自在に操る魔術も使える。
味方だった頃は頼もしかったが、いざ敵となると甚だ恐ろしい男だ。

「やめて!研究所は火気厳禁!ここにはどれだけ貴重な資料があると思ってるの!」

「冗談だよ。すぐヒステリー起こすの直したほうがいいんじゃない?」

「誰がヒステリーですって!?」

「ふふっ、二人は相変わらず仲がいいのね。」

「「仲良くない。」」

アンジェラの言葉に二人は強く否定する。
けれどピッタリと息の合った声にアンジェラは声をあげて笑った。

「さて、アダム君。久しぶりね。元気そうでなりよりだわ。」

アンジェラはアダムに向き直る。

「これが元気に見えるのか?そろそろ解放してくれ。俺をここに閉じ込めたって君たちには何の得もないだろう。」

「貴方の帰る場所なんてないわ。」

アンジェラはアーモンドの瞳を緩める。

「貴方は死んだのよ。もうお葬式も終わったわ。次の王も決まって、もうみんな貴方のことなんて忘れてるわ。」

「…誰なんだ、次の王は。」

「私の可愛いノエルよ。」

「君…やはりノエルを操っていたのか。」

「操るなんて酷いわ。私はノエルを愛しているの。そして、ノエルも私を愛しているのよ。」

「ふざけるな。アイツは俺のだ。返してもらう。」

「元王様は傲慢ね。ノエルは私のよ。」

「アイツの頬をぶん殴ってでも目を覚まさせてやるさ。」

「…できるものならどうぞ。でも貴方は一生ここから出られないわ。」

アンジェラは背を向けエレナに「好きにしていいわよ。」と言い残し扉の奥へと消えていった。

「彼女に目を付けられたのが運の尽きだよ。ノエルくんはもう彼女から離れられないさ。」

焔はわざとらしく肩を竦める。

「どういうことだ?」

「彼女の常套句だよ。魅了で虜にして、更に大切な人を奪って依存させる。ジャックくんからは恋人と妹を、ノエルくんからは君を。本当に天使の顔をして悪魔のような女性だよ。」

「…焔さんも、誰か大切な人を奪われたのか?」

「さあ、どうだったかな。昔の話だからね。もう忘れてしまったよ。」

わざとらしく目を逸らしたのは無意識か演技か。
焔も彼女の犠牲者の一人に過ぎないのかもしれない。
けれどアダムはこの馬鹿げた状況をどうにかしたかった。
そのためには、まずは情報が必要だ。
彼らの関係は自分が知っていたものとは随分違うようだ。
何とか綻びを見つけ、ここから脱出したい。
アダムはない知恵を絞り考える。
けれど、何も思いつかなかった。
ここから助けを呼ぼうにも、その手段がない。
今はただ、タイミングを待つしかなかった。




「ジャックは捨てたのよ。」

診療時間が終わって誰もいない待合室でアンジェラは言った。
魅了が解けると聞いてエレナは驚いた様子だったが、「まぁ、そうだろうと思っていたわ」とすぐに平静を取り戻し溜息を吐いた。

「別に貴女が決めたことだから口出しするつもりはないわよ。ただ、あの子の状態をわかってて可哀想なことをするわね。前見たときも酷い状態だったわよ。すごいクマ作って、手首は傷だらけ。あの子は貴女がいないと生きていけないのよ。…自殺でもしなきゃいいけど。」

「むしろ死んでもらったほうがいいさ。彼からアンジェラのことが漏れる可能性だってあるんだから。」

「またそんなこと言って。前にも言ったでしょ、ジャックは殺さないって。何回言ったらわかるのかしら?」

アンジェラは焔を窘める。
焔は「そうだったね。ごめんごめん。」と言いつつも納得できない様子で口をへの字に曲げていた。

「でも、本当によかったの?ジャックが貴女の支配から解かれたとなると、アレとあの子は裏切るかもよ?あの二人がこちらにいたのはアンジェラがジャックの手綱を握ってたからでしょ?アレは間違いなくジャックを取り戻そうとするわ。欲に忠実な悪魔だもの。もしかしたら、もう接触してる可能性だってあるわ。」

「そうなると厄介だね。こっちの戦力は半減だし、彼らが敵に回るとなるとだいぶ厳しいよ?彼の魔術の腕は本物なんだから。」

「ジャックが敵に回ることなんてないわ。あの子はまだ私のことが好きだもの。でも…そうね。もし、私に牙を剥くようなら…その時はーーー。」

その言葉は3人の胸の内に秘められた。








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