その正体

烏屋鳥丸

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41 初恋をもう一度

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彼女の魅了が解かれて、ノエルは絶望した。
彼女の魅了にかかっていることはノエル自身わかっていたし、それでいいと思っていた。
彼女に尽くしたいと思っていたし、全てを捧げる覚悟だった。
しかし、魅了が解かれたことにより、冷静になった。
彼女は自分を愛していたのではない。
都合よく自分を動かしたいがために、嘘の愛を囁いていたのだ。
彼女の部屋へ向かえば、彼女はいつもキスをして迎えてくれた。
コーヒーを飲みながら他愛のない話をする時、いつも彼女は笑顔で肩がくっつく距離で寄り添ってくれた。
ベッドの中では、頭が茹だるような甘くて熱い愛の言葉をたくさん囁いてくれた。
一緒に眠る時、彼女は満足そうに微笑み自分を抱き締めて頭を撫でてくれた。
それが全て、嘘だった。
彼女は、これっぽっちも自分を愛してなどいなかったのだ。
冷静になった頭で彼女との日々を思い返せば、後悔と焦燥で胸が締め付けられた。
彼女に操られていただけならまだよかった。
彼女は自分を騙していた。
ノエルが焦がれた彼女との日々に、彼女の愛はなかったのだ。
それは、どんなに虚しいことだろうか。
彼女との恋は幸せだった。
同時に、どうしようもなく苦しく、辛い恋だった。
彼女が自分を見て名前を呼んでくれるのが幸せだった。
その柔らかな指を絡めて、背伸びをしてキスをくれるのが幸せだった。
滑らかな肌に触れ、熱い吐息を零し見つめ合う時間が幸せだった。
満たされたのは、自分だけ。
彼女はどう思っていたのだろうか。
自分を操るためとはいえ、仕方なしに身体を開くというのは、辛いことじゃないのだろうか。
そんな酷い行為を自分は彼女にさせ続けていた。
当時のノエルはそんなことに気付かず、ただ彼女に愛されていると思い込んだ。
二人は愛し合っている恋人同士だと、勘違いした。
最低だ。自分は独り善がりな愛で、彼女を傷付けていたのだ。
そう思うと、彼女と顔を合わせることができなくなった。
なかったことにしよう。もう忘れよう。
そう何度も思った。
けれど、彼女を忘れようと思うたび、頭の中は彼女でいっぱいになった。
あの笑顔をもう一度自分に向けてほしい。
優しい声で名前を呼んでほしい。
できることなら、抱き締めて攫ってしまいたい。
彼女の魅了は解かれたはずなのに、彼女への気持ちは消えるどころか更に熱を持って大きく育っていった。
もう二度と彼女に恋なんてしない。
そう思っていたはずなのに、気持ちが抑えられなくなりそうだった。
誰かに話を聞いてほしいが、どう話したらいいかわからない。
こんなの、恥ずかしいし、情けないし、カッコ悪い。
そもそも自分でももう自分の気持ちがわからなくなってしまっているのだ。
こんなめちゃくちゃな感情、どうしていいかわからなかった。
だからアダムとジャックといつものバーへ行った時、ノエルは自ら酒を飲んだ。
酔いに任せれば、羞恥心や変なプライドを捨てられると思ったからだ。
アダムとジャックは取り留めのない自分の話を優しく聞いてくれた。
飲んだ酒が悪かったのか、早いペースで飲みすぎたからか、途中から記憶は曖昧だ。
けれど、2人はこう言った。

「それは、お前の気持ちなんじゃないのか。」

アンジェラへの恋心は操られたものじゃないのか。
この気持ちを、自分のものだと言ってもいいのだろうか。
ノエルは半信半疑だった。
一度彼女の魅了にかけられている以上、自信を持ってこの感情が自分の気持ちだとは言えなかった。
もしかしたら自分はまだ彼女に操られているのかもしれない。
だって、そうじゃないとおかしい。
こんなに彼女のことが好きだなんて、絶対におかしいんだ。
彼女の姿を見掛けてしまったら、目が離せなくなる。
その一挙手一投足に釘付けにされる。
視線を捕らえて離さない。
これは彼女の能力ではないのか。
もっと見たい。話したい。触れたい。抱きしめたい。
そう思わせるのは、本当に自分の気持ちなのだろうか。
わからない。わからないのに、まだ愛おしい。
そんな燻った思いを抱えながら、ノエルは毎日を過ごした。

アダムとジャックと飲みに行って数日経った頃だった。
ノエルはいつも通り自分の仕事をこなし、昼前に王の執務室へと訪れた。
アダムもいつも通り山積みの書類に囲まれていて、音を上げているのかと思いきや、ノエルの顔を見て自信満々そうにニヤリと笑った。

「この国に新しい行事を増やそうと思うんだ。」

「新しい行事?」

「そうだ。バレンタインだ。」

「バレンタインって、あの好きな人に思いを伝えるってやつ?」

「そうだ。国によって様々な形があるみたいだな。」

「あー何かの本で読んだことあるな。女性からだったり、男性からだったり…。お菓子とかテディベアとか手紙を贈る国もあるらしいな。」

「そうだ。だが、どちらか一方がというのはフェアじゃないだろう?だから、この国では男性が女性に花を、女性が男性にチョコを贈る行事にしようと思う。」

そう言って、アダムは企画書を差し出した。
実施日は2月14日。バレンタインという行事を浸透させるため、その日を祝日として国を上げて大々的なイベントを行う。
会場は街全体。生花店と製菓店の協力の元、花で彩られた街でチョコレートを使ったこの日だけの特別なスイーツが振る舞われる。
会場にはステージも用意して、まずは代表としてアダムがソフィアに花を贈り、愛の告白をする。そして、ソフィアの返事と共にアダムにチョコレートが贈られる。
その後、イベントを盛り上げるためステージでは歌や踊りのパフォーマンスが行われる。
子供も参加しやすいように、トップ7の男性からは花を、女性からはチョコを配る。
そのような内容が記載されていた。
最後のはハロウィンの時と変わらないと思いつつも、面白い企画だなとノエルは思った。
この国に新しい行事が増えるのはいいことだ。

「へえ、いいんじゃねぇの。」

「君も強制参加だぞ。配る花とは別に、愛を伝える花は特別なものを用意する。」

「別にいいけど。…俺、花なんて贈る相手いないぞ。」

素っ気なく返したノエルに、アダムはふふ、と笑った。
ハロウィンのように国民に一方的に花を配るだけならいい。
けれどこれは愛を伝える行事。
この行事の概要を見て、すぐにノエルの頭に思い浮かんだのはアンジェラだった。
彼女に対する気持ちは、愛なのかどうかもわからない。
彼女に花なんて渡せない。
この曖昧な気持ちなんて、とてもじゃないけれど伝えられない。
もし彼女に花を渡したところで、受け取ってもらえなかったら?
もし彼女が花を受け取ってくれたとしても、また操られて自分がおかしくなるのは嫌だ。
あんな辛い恋なんて、二度としたくない。
それに、きっと彼女の気持ちは自分へは向いていないのだ。
彼女も多分自分を避けている。
魅了が解かれた後、彼女がノエルの前に現れることはなかった。
王を降りた自分への興味が消え失せたのか、魅了を解いたとこで用済みになったのかはわからない。
ノエルは昔のようにただ一方的に遠くから彼女を見つめることしかできなかった。
彼女は誰かにチョコを贈るのだろうか。
それは誰かを操りたいから?それとも純粋な好意で?
誰であっても、どんな理由であっても、彼女の隣に他の男が立つのは想像したくなかった。
彼女の隣に立つのは、ずっと自分であってほしかった。
そんなこと、言える立場じゃないのは自分がよくわかっているけれど。

「ところで…ものは相談なんだが…。」

アダムは窺うようにノエルを上目で見る。
アダムの言いたいことはなんとなく察しがつく。

「書類が終わらないから手伝ってくれって言うんだろ?」

「驚いた。どうしてわかったんだ?」

「その企画書を作るのに精一杯で今日の仕事、終わってないんだろ?アダムのことだ。そんな気がしてたよ。」

「正解だぜ。頼む、ノエルしか頼れる奴がいないんだ。俺は夕方までに必ず帰って子供達を風呂に入れるというどうしても外せない仕事があるんだ。」

顔の前で手を合わせ、アダムはノエルに頼み込む。

「そう思うならもっと計画性を持って仕事をしてくれよ…。でも、ま、アダムがちゃんと父親やれてるみたいでよかったよ。」

「ちゃんとやれてるかはわからないが…。5歳児は凄いぞ。毎日が戦争だ。少し目を離した隙にとんでもないことをやらかすんだ、アイツらは。この前なんて風呂の準備をして戻ったら、リビングの壁全部が前衛的なアートで埋め尽くされていたぜ。しかもご丁寧に全部油性ペンだ。君も覚えておいたほうがいい、子供は3秒目を離したら絶対何かやらかす。3人で正座してソフィアに怒られたぜ。」

「お前の立場弱いな…。この国の王様なのに。」

「当たり前だろう。家庭では妻が1番強いんだ。ソフィアの機嫌を損ねるととんでもないことになる。また離婚するなんて言われたら、俺はもう立ち直れないぜ。」

そう言って、アダムは頭を抱えた。
その姿を見て、ノエルはなんだか羨ましい気持ちになった。
アダムもジャックも、みんな恋をしている。
それは一方的なものではなく相手を愛し、相手から愛される恋だ。
自分とは大違い。
例え自分がアンジェラを愛したとしても、彼女は自分を本当の意味で愛してはくれない。
ノエルの恋は、不毛な恋だった。
それでも、彼女への気持ちを捨てることはできなかった。
忘れようとするほど、この気持ちは呪いのように胸を締め付けた。



迎えたバレンタイン当日。
この日は街全体が香しい花の香りと甘いチョコの香りで包まれていた。
ステージでは歌手やパフォーマー達が歌や踊りでイベントを盛り上げる。
その周りで若い男女が意中の相手に花やチョコを贈り想いを伝え、街には初々しいカップルが溢れていた。
みんな、笑顔だった。幸せそうな顔が街に溢れる。
ノエルは他のトップ7と共に子供達に向けて花を配り、このイベントに花を添えていた。
時折若い女性達が自分へチョコを贈ろうとしてくれたが、ノエルはそれを全て断った。
だってそれは愛を伝えるものだ。
自分は受け取れない。その気持ちには応えられない。

イベントも終盤に差し掛かり、用意された花を全て配り終えたノエルは城へ戻り庭のベンチで休んでいた。
イベントのメイン会場は街中だ。
皆がそちらへ集まり、城の周りは静かなものだった。
配る用に用意された花はポピーやガーベラ、マーガレット等色とりどりで様々なものがあった。
それとは別に、用意された愛を伝える花は1輪の真っ赤な薔薇。
ノエルは手に持っていた薔薇を持て余していた。
渡したい相手がいないわけじゃない。
でも、今の自分には渡す度胸も資格もなかった。
くるりくるりと指先で薔薇をもて遊ぶ。
薔薇を渡して愛の告白なんて、そんなドラマみたいなことは自分にはできない。

「あの…ノエルくん。それ、誰かに渡すの?」

ふいに声を掛けられ顔を上げると、そこにいたのはアンジェラだった。
おそらく誰かから贈られたものだろう。
彼女の両手には様々な花が抱えられていた。

「…いや。渡す相手なんていないよ。」

「そう…。」

突然現れた彼女に、ノエルは素っ気なく返す。
何を話していいのかもわからない。
どんな顔をしたらいいのかすらわからない。
どうして今更彼女は自分に声を掛けたのか。
ずっと避けていたくせに。
彼女の顔が見れず、目を伏せ地面を見つめるノエルに、アンジェラはどこか緊張したような面持ちで口を噤む。
気まずい沈黙が流れる。

「あの…っ!」

沈黙を破ったのは、彼女だった。

「嫌じゃなかったら…でいいんだけど…。これ、受け取ってもらえない…かしら。」

差し出されたそれは、リボンで可愛らしくラッピングされた小さな箱だった。
甘い匂いが立ち込めるその中身は、多分チョコだろう。
子供達に配る用に用意されたものとは包装が違っていた。
おそらくこれは、愛を伝える用に用意された特別なものだった。

「…どうして俺に?」

「えっと…その…。」

その意図がわからずに彼女を見上げると、アンジェラは口ごもる。
何かを伝えようとしてくれているのか、言葉を探すようにしばらく口を開いては閉じ、やがて諦めたように視線を落とした。

「やっぱり嫌よね…。ごめんなさい、忘れて。」

そう言って、アンジェラは背を向けた。

「待って!…ちゃんと聞きたい。」

ノエルは逃げるように駆け出そうとしたアンジェラの腕を掴む。
今彼女を黙って見送ったら、二度と彼女は自分の前に現れないと、そう直感的に思った。

「…どうして、俺に…?」

困惑と不安、そして少しの期待。いろいろな気持ちを込めて彼女を見つめると、アンジェラは観念したように口を開いた。

「…お詫びの気持ちを、込めて…。」

「お詫び…。」

ノエルは明らかに落胆した。
少しでも彼女の気持ちが自分に向いてくれていると、淡い期待を抱いてしまった。

「そっか…お詫びか…。」

このイベントで女性が男性にチョコを贈ることは愛の告白を意味する。
そう思い込んでいたのは自分だけかもしれない。
ノエルにチョコを贈ろうとした若い女性たちのように、こうやってただの挨拶や義理として彼女は自分にチョコを差し出したのだ。
そう思うと、落胆と共に気持ちが軽くなった。

「じゃあ俺も。」

ノエルはアンジェラに手に持っていた花を差し出す。
彼女は驚いたように目を見開いた。

「お詫びの気持ち。俺、きっとアンジェラさんにたくさん酷いことしたと思う。好きでもない男と、その…色々させてごめん。できればなかったことに…はできないよな。ごめん。忘れられないと思うけど、忘れてほしい。俺も、忘れるから。」

真っ赤な薔薇を差し出された彼女は、窺うように首を傾げる。

「…忘れちゃうの?」

「え…?」

「私…ノエルに愛されて幸せだったわ。私のことを守ってくれたの、本当に嬉しかった。忘れたくなんてないわ。」

「…どういう、こと…?」

「今更こんなこと言われても困ると思うけど…。私ね、ノエルのことが本当に好きだったのよ。愛してた。ごめんなさい、本当今更よね…。」

ドクン、と心臓が跳ねた。

「それ、本当…?」

彼女との日々に、彼女の愛はなかった。
少なくともノエルはそう思っていた。
だってあの日々は、彼女の魅了によって作り出された幻想のようなものだったはずなのだ。

「…今は?今は俺のこと、どう思ってる…?」

彼女は困ったように眉を下げ、口を開こうとした。
しかし、ノエルは思った。
彼女に言わせるのは、卑怯だと。

「ごめん、やり直させて。」

そう言って、ノエルは跪く。
ガラじゃないのはわかっている。
けれど、彼女に誠意を見せたかった。
ずっと疑うしかできなかった彼女の気持ちに、応えたかった。
ノエルは愛を伝えるための薔薇を差し出す。

「アンジェラさん。俺、今でもアンジェラさんのことが好きだ。大好き。愛してる。」

大きく息を吸って、吐く。
そして、真っ直ぐにアンジェラを見つめた。

「俺と、もう一度恋人になってください。」

アンジェラは目を細め、その花を受け取った。



「いやあ、バレンタインっていいですね。大量大量。これでしばらくチョコには困りませんね。」

バレンタインの祭典を終えて街中の後片付けが行われる中、大の甘党のジャックはご機嫌だった。
全て女性から受け取ったものだろう、その手には大量のチョコが抱えられていた。
アダムはそんなジャックを見て、呆れたように口を開いた。

「君、いいのか?そんなにチョコを受け取って。また浮気だなんだって彼女が黙ってないんじゃないのか?」

「へーきですよ。義理チョコしか受け取ってませんし。明らかに本命っぽいのは全部断ってます。」

二人から少し離れたところでラウムは機嫌良さそうにリリーと何やら談笑していた。
ラウムは1本の薔薇を両手で大事そうに抱え、リリーの手には数本の花が握られていた。
ラウムの薔薇はおそらくジャックが贈ったものだろう。

「それに、俺達婚約したんで。」

ラウムの左手の薬指には銀の指輪が光っていた。
ジャックの革手袋の下にも同じものがあるのだろう。

「そうか、おめでとう。式はいつ挙げるんだ?」

「ラウムが望まないんで式はナシです。婚姻届だけ出して終わりですかね。」

「もったいない。人間と悪魔の婚姻なんて凄いことだぞ。大々的に取り上げるべきだ。この国はこれから開かれた国になる。多様性の象徴として国を上げて祝福したいくらいだ。」

「はあ?俺達の結婚を政治の道具にしないでもらえます?」

「そんなつもりはないが…。」

不満そうに唇を尖らせるジャックの肩に、いつの間にか傍に来ていたラウムは腕を乗せ凭れ掛かる。

「式なんて乗り気じゃないけど…。堂々とジャックは私のよ、って見せびらかすのは悪くないかもね。」

「じゃあしちゃいます?結婚式。」

「うーん、保留ね。見世物になる気はないわ。」

「もったいない。この国の民は皆祝福してくれると思うぜ?」

「いいじゃないですか、別に。2人が決めたことなんですから。」

3人の間に割って入ってきたリリーは、にっこりと微笑む。

「私、お姉ちゃんが本当のお姉ちゃんになるのが本当に嬉しいの。大好きなお兄ちゃんとお姉ちゃんが結婚するんだもの。こんなに嬉しい事はないわ。」

「リリー…。お前ホントにいい子ですね。さすが俺の妹です。」

「私の妹でもあるんだからね。本当、可愛くてしょうがないわ。」

2人はまるで犬でも可愛がるかようにリリーの頭を撫で回す。
アンジェラの件で色々あったが、今のリリーは可愛い妹として2人に大切にされている。

「もう、子供扱いしないでよ。私だってもう立派なレディなんだから!」

2人に撫でられ乱れた髪でリリーは頬を膨らます。
戦闘の時とは違い、その仕草は年相応の可愛らしいものだった。
その仕草でさえも2人には愛おしく見えるらしく、更に2人はリリーを猫可愛がりをした。

「何やってるんだ。もうとっくにイベントは終わったぞ。早く片付け終わらせないと。」

ふいに声を掛けられ顔を上げると、ノエルがこちらに向かって歩いてくるところだった。
彼の手には可愛らしい包みがされた小箱が一つ。
その顔は、どこかスッキリとしていた。

「その様子じゃ、ちゃんと彼女に渡せたみたいだな。」

「まあな。」

「で?どうだったんです。」

「…断られた。」

「「は?」」

思わずアダムとジャックは声を上げる。
その手に薔薇の花がないことも、代わりに特別な小箱を手に持っていることも、妙にスッキリとした表情をしていることも、全て彼女への告白が上手くいったものだと思ったからだ。
ノエルは落ち込む様子なく、少し照れくさそうに頬を掻いた。

「お友達からやり直そうって言われた。」

「お友達って…体のいい断り文句じゃねえんですか。」

「君はそれでいいのか?」

「いいも何も…。アンジェラさんの返事がそれだからな。仕方ないさ。」

フラれたわけじゃないし…と小さく零し、ノエルは真っ直ぐに顔を上げる。

「だから俺、アンジェラさんに振り向いてもらえるようにもっと強くなる。彼女を守れるくらい強く、賢く。絶対アンジェラさんにふさわしい男になる。」

「へえ。てっきり落ち込んでるかと思ったら意外と切り替え早いんですね。」

「当たり前だろ。だって、俺はアンジェラさんのことが好きなんだ。絶対振り向かせてやるさ。」

そう言って、ノエルは穏やかに笑った。
彼の恋が実るのは、また随分先になるのかもしれない。
それでも、彼の初恋は確実に動き始めた。
以前のように、ただ遠くから彼女を見つめてウジウジ悩むだけの恋じゃない。
彼は前を向き、彼女と向き合う覚悟を決めた。
これから先、どんな試練が待ち受けるのかはわからない。
またブラッドリーのように彼女を狙ってこの国が襲撃されるかもしれない。
それでも彼は、彼女を守ることを決めた。
彼女に恋し続けることを決めた。

そんな恋が報われるのは、まだ先になりそうだ。







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