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明るみに出る謎
姉の呪文
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リンとコンソーラが学校を出て十分後。
保健室でラフィアは単身で来たナルジスの体に癒しの呪文をかけていた。
「すまないな、ラフィア」
「……傷ついている人を放っておけないだけだよ」
ラフィアは言った。
例え好かない天使だとしても、怪我をすれば助ける。それがラフィアの性分である。
ナルジスの体から傷が消え、体力も戻ったと感じ、ラフィアは癒しの光を止める。
「どう?」
「もう大丈夫だ。有難うな」
「ナ……ナルジスが礼を言った……」
ナルジスの口から礼が出ることに、ラフィアは戸惑う。普段のナルジスなら絶対に言わないからだ。
「何かきっかけがあったみたいだね。きみの目から反抗心が薄れてる」
メルキはナルジスの顔を覗き込む。
「詳しいことは聞かないよ、変化は人生において必要だからね」
「……わたしはちょっと信じられないよ」
楽天的な考えのメルキに対し、ラフィアはナルジスに対し不信感を抱いていた。
急な態度の変わり方はあり得ないと思っている。
ナルジスは席を立ちラフィアの顔を見た。
「俺の今までの態度なら、きみにそう言われても仕方ないかもな」
ナルジスの声色はどこか暗かった。
「ラフィア、さっきも言ったが、俺はもうきみを傷つけないと約束する。この事態が収束したらカンナにも謝罪しにいく」
ナルジスは複雑な表情でラフィアに宣言する。声は真剣で嘘を感じさせない。
今までのナルジスから受けた辛辣な言葉の数々を思い出す限り、彼には悪いがすぐに信じるのは難しかった。
「あなたの気持ちは分かった。でも時間をくれるかな、今さっきも言ったけどあなたを信じるのは簡単じゃない」
「……それで構わない。きみに信用してもらえるように努力はする」
ナルジスはポケットに手を入れ、一枚の写真を取り出した。
そこには三人の小さな男女が写っている。
「それは……」
「俺やリン、そしてきみが幼稚園の頃の写真だ」
「へぇ、三人とも可愛いね」
メルキは写真を見て口走る。
「触れてみてほしい、何か思い出せるかもしれない」
ラフィアは無言で写真を見つめる。確かに幼い頃の自分がそこにいる。触れれば失われた記憶が全てではなくても甦る可能性がある。
ラフィアは生唾を飲み込み、そっと写真に触れる。途端にラフィアの脳内には幼稚園の頃の記憶が炎のごとく灯る。
幼い頃のラフィアはリンやナルジスとも仲が良く、幼稚園にいる間は一緒に遊んでいた。場面は飛び二人の男の子だけでなく、桃色の髪に同じ目の女の子が脳裏に過った。
その途端に桃色の髪の少女とラフィアは花畑で対立している。突然のことにラフィアは混乱した。
桃色の髪の少女はラフィアより背が小さい。
『久しぶりね、ラフィ』
「……あなた誰」
桃色の髪の少女はラフィアに近づいてくる。
『わたしのこと忘れちゃった? あなたの姉のクローネよ』
「クローネ……姉?」
二つの単語に、ラフィアの頭がちくりと痛み、桃色の髪の少女との思い出が流れ込む。
ラフィアと桃色の髪の少女・クローネは双子の姉だった。クローネは病弱でいつも部屋の中で過ごしていた。思いやりがあり知識が深くリンやナルジスに自らが作った物語を聞かせたりしていた。
面倒見もよく、覚えるのが苦手なラフィアにも根気強く教え、成功すれば褒めてくれたし、失敗してもラフィアを慰めてくれた。
「お姉……ちゃん」
姉との記憶が頭の中に押し寄せ、ラフィアは頭に手を当てて言った。
『思い出してくれて良かったわ』
クローネはラフィアの目と鼻の先に来た。
「……ここは何なの? わたしは確かに学校にいたはずだよ」
『ここはわたしが作り出した呪文の中、ナルジス君の写真にあなたが触れたことにより発動したものよ
リン君やナルジス君が触れても幼稚園のことを思い出す仕組みだけど、あなたが触れれば幼稚園の頃のことを思い出すだけでなくわたしに会える仕組みになってるの』
「ああ……お姉ちゃん、確か高度な呪文も使えたんだよね」
『そうなるわね、リン君やナルジス君から幼稚園の頃の記憶を思い出しにくくしたのもわたしなの、詳しいことは今は話せないけど』
クローネは言った。
クローネは幼いながらに大人が驚くような高度な呪文が使えた。
『ラフィ、写真に触れてあなたはどこまで思い出した?』
「……えっと、幼稚園のことと、お姉ちゃんのことは思い出したよ」
ラフィアは記憶を辿った。クローネが言うように幼稚園の頃と完全ではないが姉のことは思い出した。
『ならわたしの呪文が効いたみたいね』
「わたしの記憶もお姉ちゃんが消したなんてことしないよね」
ラフィアは恐る恐る訊ねる。クローネは記憶を操作することも可能だったからだ。
母に使用を止めるように言われて、それ以来使ってはいないが念のためだ。
妹に疑われたことが悲しいようでクローネの表情は曇る。
『わたしがそんな事すると思う?』
「そうだよね、ごめん」
ラフィアは姉に謝った。クローネはラフィアが傷つくようなことをしないからだ。
『分かればいいのよ』
クローネの顔から悲しみが消えた。
ここでラフィアの中で疑問が湧く。
「お姉ちゃんは今どこにいるの?」
ラフィアは訊ねる。
クローネは天界にいないのだ。墓もない。
『それも言えないの、ごめんね、ただ一つ言えることはあるの』
「何?」
『……ラフィ、あなたの運命はこれから廻り出すわ』
ラフィアの視界は白に包まれ、気づけばベッドの上だった。
「大丈夫か?」
「あれ、わたし……」
ラフィアは体を起こすと頭がくらくらした。記憶が戻るとしばらく続くのだ。
ラフィアは思わず目を瞑った。
側にいたナルジスがラフィアの体を支える。
「まだ寝てた方がいい」
「う……うん」
ラフィアは素直に横たわった。
「ラフィアちゃん、写真に触れた直後に気絶したからね」
メルキはラフィアの顔を覗き込む。
「ちなみにベッドに連れて行ったのはナルジスちゃんだから」
「えっ……ナルジスが?」
ラフィアはナルジスの顔に目を向ける。気恥ずかしいのかナルジスの頬は赤くなっている。
ナルジスとのことも思い出した。リン同様に「君」付けしていた。しかしいつもの癖で呼び捨てにした。
「あの……その……ごめんね迷惑かけちゃって」
ラフィアもナルジスに釣られる形で頬が赤くしつつ謝った。
「いや、きみが目を覚ましてくれたならそれでいい」
ナルジスは言った。彼の発言は暖かみを感じた。
「いちゃいちゃしている所悪いけど、何か分かったかな」
メルキのからかい半分な言い方にラフィアは声を詰まらせる。
「先生、ふざけないで下さい、ラフィアが困ってるでしょう」
「ごめんごめん、今のは気にしないでね」
メルキは言った。先生に悪意はないだろうが、聞いていて恥ずかしくなる。
「ラフィア、何か思い出したか」
ナルジスは改まった言い方をした。
「えっとね、幼稚園の頃のことや、お姉ちゃんのことは思い出したよ」
「クローネお姉ちゃんのことだよな」
ナルジスの質問にラフィアは軽く頷く。
「わたし、お姉ちゃんに会う夢を見た。写真に呪文をかけたとか他にも色々言ってた」
「写真の呪文は先生が調べたけど、ラフィアちゃんのお姉ちゃんは用意が良いんだね。
特定の人が触れないと発動しなかったり、破かれたり燃やされたりできないようになってる。加えて呪文の解除もできない。
お姉ちゃんは相当その写真に強いこだわりがあったんだね」
メルキは感心していた。
「かもしれません。この写真はわたし達が卒園する時に撮影して、お父さんが写真を焼き増しして、お姉ちゃんにも渡したんです。
お姉ちゃんは卒園式に行けなかったんです。お姉ちゃんは病気で短時間しか外に出ることが許されなかったから……
お姉ちゃんのことですから、一枚の写真を通して複数の写真に呪文をかけることもできたと思います
お姉ちゃんなりに卒園式のことを忘れないという意味で」
ラフィアは姉の気持ちを考えると心がちくちく痛んだ。呪文をかけたのもラフィア達の卒園のことを羨ましく感じたためかもしれない。
姉は幼稚園に行くことすらできなかったからだ。
「お姉ちゃんがリン君やナルジス……君が幼稚園の頃のことを思い出しにくくしたのは羨ましかったのと、別の理由もあると思うんです」
「無理しなくても、俺のことは呼び捨てでいいぞ」
「きみのことは君付けしてたから……それに一緒に遊んでたよね」
ラフィアは複雑な気持ちで口走った。
昔は遊んだことは当然だが、ナルジスの家にも泊まりに行くくらい親交もあった。
現在は様々な要因が重なりナルジスとは険悪になっていた。今は写真がきっかけで関係が修復するかもしれないが。
「そうだったな、話を戻すがクローネお姉ちゃんは俺やリンが幼稚園の頃のことを思い出し辛くていたのか?」
「そうみたい、詳しくは教えてくれなかったけど」
「……道理で小さかった頃の記憶がモヤがかかって思い出しにくかった訳だ。写真に触れた途端にはっきりした」
「でも、お姉ちゃんはナルジス……君やリン君を傷つけたくてやったとは思えないよ、二人には優しかったし」
ラフィアはぎこちなくナルジスの呼び捨てを止めようとした。
「同感だ、こればかりはクローネお姉ちゃんに聞いた方が良いかもな」
「まずはお姉ちゃんを探さなきゃいけないよ、まず天界内で手がかりを見つけた方がいいかも」
「そうだな」
「リン君も加えようね。仲良し三人組でやろう」
ラフィアの心はわくわくした。
今の状況を考えると、そんな悠長なことを言ってはいられないのはラフィアも承知の上だが、姉のお陰でナルジスと再び絆を取り戻せたと思うと嬉しくなった。
空気が一転するきっかけになったのは、保健室の扉をノックしたことだった。三人は扉に目を向ける。
「……誰だろう」
ラフィアは疑問を口にした。
リンとコンソーラが戻ってきたかと思ったが、リンなら一声かけるはずだ。しかしノックの主は入ってこない。
「先生が出るから、二人はそこを動かないで」
「分かりました」
ラフィアの声色には緊張が混ざる。
「ラフィア、俺から離れるなよ」
ナルジスは引き締まった声で言った。
メルキは扉から距離をとった状態で声を出した。
「誰かな、鍵はかかってないから入ってきなよ」
メルキは扉の向こうにいる人物に静かな声で語りかける。
が、扉が開くことはなく、動く気配がない。
……嫌な予感がする。
ラフィアの胸は不安で騒ぐ。
止まっていた気配が動き始めたのは、その直後だった。扉を突き破り丸い物が三つほど飛んできた。
メルキがすかさず持参していた銃で物を撃ち抜いた。撃たれた物は地面に落ちる。
扉からの気配は、素早く動き、メルキに肉薄をかけてきた。大きな鎌を振り下ろし、メルキの命を刈ろうとする。
メルキは身軽に鎌をかわし、身を屈めた状態で相手を凝視する。鎌の主も刃先をメルキに向けたまま鎌を止める。
「ワゾン……」
見覚えのある顔だった。花の空間で会った紫髪の少年だ。
自分が苦しむのを見て笑っているのが印象的だった。よく見ると彼の顔は赤い化粧が施されている。花の空間で会った時には無かった。
「ラフィア、危ない!」
ナルジスが叫び、ラフィアはナルジスに体を掴まれて横に飛んだ。その直後だった。ナルジスの左羽根に黒い呪文が当たる。
二人は地面に転がった。
「ナルジス!」
ラフィアは「君」を付けるのを忘れて呼び捨てにした。
相当痛いのか、ナルジスは左羽根に手を当てて表情を歪ませる。
「どうだ? サレオスの痛苦の呪文の味はよ」
ワゾンの言葉が飛んできた。ワゾンの隣には手を伸ばしたサレオスが立っていた。
「当たったのがラフィアじゃないのが残念だが、まあそいつでも良いか」
ワゾンはラフィアを挑発するように言った。
穏やかな空気は二人の黒天使の出現により一気に張り詰めることとなった。
保健室でラフィアは単身で来たナルジスの体に癒しの呪文をかけていた。
「すまないな、ラフィア」
「……傷ついている人を放っておけないだけだよ」
ラフィアは言った。
例え好かない天使だとしても、怪我をすれば助ける。それがラフィアの性分である。
ナルジスの体から傷が消え、体力も戻ったと感じ、ラフィアは癒しの光を止める。
「どう?」
「もう大丈夫だ。有難うな」
「ナ……ナルジスが礼を言った……」
ナルジスの口から礼が出ることに、ラフィアは戸惑う。普段のナルジスなら絶対に言わないからだ。
「何かきっかけがあったみたいだね。きみの目から反抗心が薄れてる」
メルキはナルジスの顔を覗き込む。
「詳しいことは聞かないよ、変化は人生において必要だからね」
「……わたしはちょっと信じられないよ」
楽天的な考えのメルキに対し、ラフィアはナルジスに対し不信感を抱いていた。
急な態度の変わり方はあり得ないと思っている。
ナルジスは席を立ちラフィアの顔を見た。
「俺の今までの態度なら、きみにそう言われても仕方ないかもな」
ナルジスの声色はどこか暗かった。
「ラフィア、さっきも言ったが、俺はもうきみを傷つけないと約束する。この事態が収束したらカンナにも謝罪しにいく」
ナルジスは複雑な表情でラフィアに宣言する。声は真剣で嘘を感じさせない。
今までのナルジスから受けた辛辣な言葉の数々を思い出す限り、彼には悪いがすぐに信じるのは難しかった。
「あなたの気持ちは分かった。でも時間をくれるかな、今さっきも言ったけどあなたを信じるのは簡単じゃない」
「……それで構わない。きみに信用してもらえるように努力はする」
ナルジスはポケットに手を入れ、一枚の写真を取り出した。
そこには三人の小さな男女が写っている。
「それは……」
「俺やリン、そしてきみが幼稚園の頃の写真だ」
「へぇ、三人とも可愛いね」
メルキは写真を見て口走る。
「触れてみてほしい、何か思い出せるかもしれない」
ラフィアは無言で写真を見つめる。確かに幼い頃の自分がそこにいる。触れれば失われた記憶が全てではなくても甦る可能性がある。
ラフィアは生唾を飲み込み、そっと写真に触れる。途端にラフィアの脳内には幼稚園の頃の記憶が炎のごとく灯る。
幼い頃のラフィアはリンやナルジスとも仲が良く、幼稚園にいる間は一緒に遊んでいた。場面は飛び二人の男の子だけでなく、桃色の髪に同じ目の女の子が脳裏に過った。
その途端に桃色の髪の少女とラフィアは花畑で対立している。突然のことにラフィアは混乱した。
桃色の髪の少女はラフィアより背が小さい。
『久しぶりね、ラフィ』
「……あなた誰」
桃色の髪の少女はラフィアに近づいてくる。
『わたしのこと忘れちゃった? あなたの姉のクローネよ』
「クローネ……姉?」
二つの単語に、ラフィアの頭がちくりと痛み、桃色の髪の少女との思い出が流れ込む。
ラフィアと桃色の髪の少女・クローネは双子の姉だった。クローネは病弱でいつも部屋の中で過ごしていた。思いやりがあり知識が深くリンやナルジスに自らが作った物語を聞かせたりしていた。
面倒見もよく、覚えるのが苦手なラフィアにも根気強く教え、成功すれば褒めてくれたし、失敗してもラフィアを慰めてくれた。
「お姉……ちゃん」
姉との記憶が頭の中に押し寄せ、ラフィアは頭に手を当てて言った。
『思い出してくれて良かったわ』
クローネはラフィアの目と鼻の先に来た。
「……ここは何なの? わたしは確かに学校にいたはずだよ」
『ここはわたしが作り出した呪文の中、ナルジス君の写真にあなたが触れたことにより発動したものよ
リン君やナルジス君が触れても幼稚園のことを思い出す仕組みだけど、あなたが触れれば幼稚園の頃のことを思い出すだけでなくわたしに会える仕組みになってるの』
「ああ……お姉ちゃん、確か高度な呪文も使えたんだよね」
『そうなるわね、リン君やナルジス君から幼稚園の頃の記憶を思い出しにくくしたのもわたしなの、詳しいことは今は話せないけど』
クローネは言った。
クローネは幼いながらに大人が驚くような高度な呪文が使えた。
『ラフィ、写真に触れてあなたはどこまで思い出した?』
「……えっと、幼稚園のことと、お姉ちゃんのことは思い出したよ」
ラフィアは記憶を辿った。クローネが言うように幼稚園の頃と完全ではないが姉のことは思い出した。
『ならわたしの呪文が効いたみたいね』
「わたしの記憶もお姉ちゃんが消したなんてことしないよね」
ラフィアは恐る恐る訊ねる。クローネは記憶を操作することも可能だったからだ。
母に使用を止めるように言われて、それ以来使ってはいないが念のためだ。
妹に疑われたことが悲しいようでクローネの表情は曇る。
『わたしがそんな事すると思う?』
「そうだよね、ごめん」
ラフィアは姉に謝った。クローネはラフィアが傷つくようなことをしないからだ。
『分かればいいのよ』
クローネの顔から悲しみが消えた。
ここでラフィアの中で疑問が湧く。
「お姉ちゃんは今どこにいるの?」
ラフィアは訊ねる。
クローネは天界にいないのだ。墓もない。
『それも言えないの、ごめんね、ただ一つ言えることはあるの』
「何?」
『……ラフィ、あなたの運命はこれから廻り出すわ』
ラフィアの視界は白に包まれ、気づけばベッドの上だった。
「大丈夫か?」
「あれ、わたし……」
ラフィアは体を起こすと頭がくらくらした。記憶が戻るとしばらく続くのだ。
ラフィアは思わず目を瞑った。
側にいたナルジスがラフィアの体を支える。
「まだ寝てた方がいい」
「う……うん」
ラフィアは素直に横たわった。
「ラフィアちゃん、写真に触れた直後に気絶したからね」
メルキはラフィアの顔を覗き込む。
「ちなみにベッドに連れて行ったのはナルジスちゃんだから」
「えっ……ナルジスが?」
ラフィアはナルジスの顔に目を向ける。気恥ずかしいのかナルジスの頬は赤くなっている。
ナルジスとのことも思い出した。リン同様に「君」付けしていた。しかしいつもの癖で呼び捨てにした。
「あの……その……ごめんね迷惑かけちゃって」
ラフィアもナルジスに釣られる形で頬が赤くしつつ謝った。
「いや、きみが目を覚ましてくれたならそれでいい」
ナルジスは言った。彼の発言は暖かみを感じた。
「いちゃいちゃしている所悪いけど、何か分かったかな」
メルキのからかい半分な言い方にラフィアは声を詰まらせる。
「先生、ふざけないで下さい、ラフィアが困ってるでしょう」
「ごめんごめん、今のは気にしないでね」
メルキは言った。先生に悪意はないだろうが、聞いていて恥ずかしくなる。
「ラフィア、何か思い出したか」
ナルジスは改まった言い方をした。
「えっとね、幼稚園の頃のことや、お姉ちゃんのことは思い出したよ」
「クローネお姉ちゃんのことだよな」
ナルジスの質問にラフィアは軽く頷く。
「わたし、お姉ちゃんに会う夢を見た。写真に呪文をかけたとか他にも色々言ってた」
「写真の呪文は先生が調べたけど、ラフィアちゃんのお姉ちゃんは用意が良いんだね。
特定の人が触れないと発動しなかったり、破かれたり燃やされたりできないようになってる。加えて呪文の解除もできない。
お姉ちゃんは相当その写真に強いこだわりがあったんだね」
メルキは感心していた。
「かもしれません。この写真はわたし達が卒園する時に撮影して、お父さんが写真を焼き増しして、お姉ちゃんにも渡したんです。
お姉ちゃんは卒園式に行けなかったんです。お姉ちゃんは病気で短時間しか外に出ることが許されなかったから……
お姉ちゃんのことですから、一枚の写真を通して複数の写真に呪文をかけることもできたと思います
お姉ちゃんなりに卒園式のことを忘れないという意味で」
ラフィアは姉の気持ちを考えると心がちくちく痛んだ。呪文をかけたのもラフィア達の卒園のことを羨ましく感じたためかもしれない。
姉は幼稚園に行くことすらできなかったからだ。
「お姉ちゃんがリン君やナルジス……君が幼稚園の頃のことを思い出しにくくしたのは羨ましかったのと、別の理由もあると思うんです」
「無理しなくても、俺のことは呼び捨てでいいぞ」
「きみのことは君付けしてたから……それに一緒に遊んでたよね」
ラフィアは複雑な気持ちで口走った。
昔は遊んだことは当然だが、ナルジスの家にも泊まりに行くくらい親交もあった。
現在は様々な要因が重なりナルジスとは険悪になっていた。今は写真がきっかけで関係が修復するかもしれないが。
「そうだったな、話を戻すがクローネお姉ちゃんは俺やリンが幼稚園の頃のことを思い出し辛くていたのか?」
「そうみたい、詳しくは教えてくれなかったけど」
「……道理で小さかった頃の記憶がモヤがかかって思い出しにくかった訳だ。写真に触れた途端にはっきりした」
「でも、お姉ちゃんはナルジス……君やリン君を傷つけたくてやったとは思えないよ、二人には優しかったし」
ラフィアはぎこちなくナルジスの呼び捨てを止めようとした。
「同感だ、こればかりはクローネお姉ちゃんに聞いた方が良いかもな」
「まずはお姉ちゃんを探さなきゃいけないよ、まず天界内で手がかりを見つけた方がいいかも」
「そうだな」
「リン君も加えようね。仲良し三人組でやろう」
ラフィアの心はわくわくした。
今の状況を考えると、そんな悠長なことを言ってはいられないのはラフィアも承知の上だが、姉のお陰でナルジスと再び絆を取り戻せたと思うと嬉しくなった。
空気が一転するきっかけになったのは、保健室の扉をノックしたことだった。三人は扉に目を向ける。
「……誰だろう」
ラフィアは疑問を口にした。
リンとコンソーラが戻ってきたかと思ったが、リンなら一声かけるはずだ。しかしノックの主は入ってこない。
「先生が出るから、二人はそこを動かないで」
「分かりました」
ラフィアの声色には緊張が混ざる。
「ラフィア、俺から離れるなよ」
ナルジスは引き締まった声で言った。
メルキは扉から距離をとった状態で声を出した。
「誰かな、鍵はかかってないから入ってきなよ」
メルキは扉の向こうにいる人物に静かな声で語りかける。
が、扉が開くことはなく、動く気配がない。
……嫌な予感がする。
ラフィアの胸は不安で騒ぐ。
止まっていた気配が動き始めたのは、その直後だった。扉を突き破り丸い物が三つほど飛んできた。
メルキがすかさず持参していた銃で物を撃ち抜いた。撃たれた物は地面に落ちる。
扉からの気配は、素早く動き、メルキに肉薄をかけてきた。大きな鎌を振り下ろし、メルキの命を刈ろうとする。
メルキは身軽に鎌をかわし、身を屈めた状態で相手を凝視する。鎌の主も刃先をメルキに向けたまま鎌を止める。
「ワゾン……」
見覚えのある顔だった。花の空間で会った紫髪の少年だ。
自分が苦しむのを見て笑っているのが印象的だった。よく見ると彼の顔は赤い化粧が施されている。花の空間で会った時には無かった。
「ラフィア、危ない!」
ナルジスが叫び、ラフィアはナルジスに体を掴まれて横に飛んだ。その直後だった。ナルジスの左羽根に黒い呪文が当たる。
二人は地面に転がった。
「ナルジス!」
ラフィアは「君」を付けるのを忘れて呼び捨てにした。
相当痛いのか、ナルジスは左羽根に手を当てて表情を歪ませる。
「どうだ? サレオスの痛苦の呪文の味はよ」
ワゾンの言葉が飛んできた。ワゾンの隣には手を伸ばしたサレオスが立っていた。
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