天使のサマーバケーション

青山ねる

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天使編

穏やかな時間は一転する

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暑い日差しが照りつけ、夏を感じる中、天界内にあるプールで水着姿のラフィアは両手に飲み物入りのカップを持ち日陰で座っている少女の元に来た。
 「はい、ショコラちゃん」
 ラフィアはショコラと呼ぶ胡桃色のボブの髪型の少女に飲み物を手渡した。中身はショコラが飲みたがっていたレモネードである。
「有難うございます」
 ショコラは礼儀正しく言うと、ラフィアからカップを受け取った。 
 ラフィアはショコラの横に座った。二人の少女の前では、大勢の人がプールで遊んでいた。人々の背中には天使のシンボルとも言える羽根が呪文の影響で消えている。背中の羽根は水に浸かると重くなるためだ。ちなみに天界にプールがあるのは、娯楽の一つだという。
 帰るときには呪文を含んだシャワーを浴びれば元に戻る仕様である。
 二人の少女の背中にも羽根はない。
「美味しい?」
「ええ、とても」
「なら良かった! このオレンジジュースは最高だよ!」
 ラフィアはオレンジジュースをすすって上機嫌に言った。ショコラの笑顔が嬉しかったのだ。
 二人は飲み物を飲み人たちの様子を見ていた。その中でリンの弟・ユラと彼の友人のミスチとブルがプールではしゃいでいるのが見えた。
「ユラ君たちだ」
「……元気良いですね」
 三人の男子はこちらの様子に気づくことなく泳いで行ってしまった。楽しそうで何よりである。
「ショコラちゃん、泳ぎに行かないの?」
 ラフィアはショコラに訊ねる。ショコラは日陰でずっと座ったままだからだ。
 ラフィアはユラ達と混ざって泳いできて、休憩したかったのだ。
 二人は友人関係にある。少し前までラフィアはショコラのことを「さん」付けして呼んでいたもののショコラに「ちゃん」でも良いと言われ今の呼び方になった。
「私は泳げませんから」
 ショコラは「それに」と続ける。ラフィアと友人になったとしても、彼女が一つ年上ということもあり、敬語は崩さない。
「リン先輩のことも心配ですからね」
 ショコラは横たわって眠るリンに目を向ける。
 リンが暑さで体調を崩さないように対策は練ってはいるものの、ショコラは人目があった方がいいと思ったのだろう。
「リン君昨日頑張っていたからね」
 ラフィアは言った。リンは昨日大会に出す絵を必死に描いていた。
 そのため夜遅くまで起きていて、今になって疲れが出て休んでいる。
「よく寝てますね」
 ショコラは声を潜めて訊ねてきた。
「寝ちゃってるけど、ユラ君達が心配らしいよ、派手なイタズラしないかとか」
「リン先輩の言ってることは分かります。特にブルくんのイタズラは見ていて冷や汗出ることがありますよ」
「そんなに凄いの? わたしは見たことないけど」
 ユラのイタズラは知ってるが、ミスチとブルのことはあまり知らない。
「ラフィア先輩は知らない方が良いと思います」
 ショコラは苦笑いした。ショコラは三人の男子と友人で尚且つ彼らのイタズラを目の当たりにしているのだ。
「ちなみにショコラちゃんはリン君も誘ったけど平気なの?」
 ラフィアは心配そうに訊ねる。リンから事情は聞いたが半年前にショコラのことを振ったらしい。
 振った相手と行動を共にするのは、精神的に辛いはずだ。
「問題ないです。でないとプールには誘わないですよ、私の友人も今日は空いて無くて、他に知ってる顔といえばリン先輩とラフィア先輩くらいですから」
 ショコラは弾んだ声で言った。今日のプールの誘いはショコラの提案である。
 彼女の澄んだ顔を見る限り、リンのことは吹っ切れたようだ。
「……後でお礼させてね」
 ラフィアは言った。一つ年下の後輩の遊びの誘いは嬉しかったし、何らかの恩返しはしたかった。

 二人の少女が話をしている時だった。人たちが悲鳴を上げた。ラフィアが目を向けると複数の人間が逃げまとっているのが見える。
「どうしたのかな」
「あれ……」
 ショコラが指を差した先には、プールから上がったユラとミスチが丸い物を投げつけていた。
 当たったと思われる人の体は様々な色に染まっている。
「もう、ユラくんったら……ミスチくんまで……」
 ラフィアは額に手を当てた。さっきまで普通に遊んでいたと思えば、人にイタズラを仕掛けているのに呆れているのだ。遊びに飽きたのかもしれないが。
  見覚えはあった。水をかければ落ちるというものだ。 ラフィアもユラにやられたことがあるから分かる。しかし人が迷惑してるのは事実である。
 笛を吹いて監視員の人間が現れ、ユラとミスチの元に駆け付けてきた、二人の少年は監視員から逃げる。
  逃亡もイタズラ少年にとってスリルのあるものだ。ラフィアにはできないが……
「あれ、ブルくんは?」
  ラフィアは疑問を抱く。一人欠けてることに気づく。
「いました。あそこです」
 ショコラがまたも指を差すと、にやけ顔のブルが手に何か持っている。
 既に嫌な予感しかしない。ラフィアの気持ちをよそにブルは持っていた物をプールに落とした。
  ほどなくして、プールの中から三つの頭の怪物が現れた。
「いけ! ケルベロス! そいつらに襲いかかれ!」
 ブルはケルベロスに乗って命じると、ケルベロスはプールにいる人々に突進していった。突然のことに人々は叫びながら逃げる。
「あれ、本物なの?」
「いえ……ブルくんが作った幻惑です。しかし限りなく本物に近いので万が一噛まれれば怪我はしなくても痛いですし、踏まれても同じです」
「そんなの、危ないよ!」
 ラフィアは叫んだ。
 ショコラがブルのイタズラには冷や汗が出ると言ったのも、幻とは思えない生々しい怪物を前にして理解する。
「ブルくんを止めなきゃ、あのままじゃ怪我人が出るよ」
 ラフィアの声色には緊張感が滲む。
「ショコラちゃん、リンくんをお願い。わたしシャワーを浴びてくるから」
「分かりました」
 ラフィアは立ち上がって、シャワー室に向かって疾駆した。その間治安部隊に連絡がいくガルデの笛を吹いておいた。数分後にはきっと治安部隊が来るだろう。
  が、来るまでの間はブルを止めるのはユラかミスチが適役だが姿が見えず。ブルの先輩である自分がやるしか無さそうだ。
  シャワー室に到着し、ラフィアは中に入った。呪文入りのシャワーの蛇口を開き全身に浴びる。背中がむずむずし、天使のシンボルである白い羽根が復活したのが分かった。
「宜しくね、羽根ちゃん」
 ラフィアは羽根に軽く触れ、シャワー室から、パニックになっているプールへと戻った。

  ケルベロスはプールで炎や氷(幻だろうが)を吹いている。ラフィアは宙を舞い右手を掲げる。
「光よ、この者逹の身を護る盾となれ!」
 ラフィアの詠唱と同時に、光の盾がケルベロスの前に立ちはだかり、ケルベロスが吹いた炎と氷は光の盾に吸収される。
  護衛の呪文の応用版である。
「そなたの行動は我の呪文により、しばし止まる!」
 別の呪文を唱えると、ケルベロスの動きはぴたっと止まる。停止呪文だ。ブルには効果が及ばない。
 ブルは悔しそうな顔をした。
「みなさん、今のうちにプールから上がって下さい! でも慌てないで下さい!」
 ラフィアはプールにいる人達に忠告を促した。人達はラフィアの言うことに従い、プールから上がり始めた。
  ラフィアが人間からシャワーで天使に戻ったのも、宙を舞えるのと呪文が使えるためである。
「ね……ねぇ……きみ」
 下から声をかけられ、ラフィアは目線をそちらに向けた。
  自信が無さそうな男がラフィアを見ている。
「あの……ぼくのこと覚えてるな……ほら去年の時の……」
 男はおどおどしながら言った。見ていられなかったのか隣にいた体つきの良い男が口を挟む。
「特殊部隊のことや、ハロウィンまで言わねぇと思い出せねぇだろ」
「あっ……そうだったな……」
 もう一人の男に言われ、記憶がふっと蘇った。去年天界の掟を無視して地上にいる女性と会い、その後黒天使と遭遇し負傷したのだ。
  ラフィアを黒天使からの窮地から救ってくれたのが、特殊部隊である。
「思い出しましたけど、えっと……」
 特殊部隊といってもかなりの人数だったので、一人一人の顔を覚えるのは難しい。強いてならラフィアを助けてくれたセイアッドとハザックくらいだ。
「オレはヴァスでこいつはシソだ。揃って特殊部隊のに所属してる」
「よ……宜しくお願いします。ちなみに今は休暇中だけどね」
 シソはどこからか手帳を取り出してラフィアに見せた。
 ラフィアはゆっくりと降り、手帳の内容を見る。シソの顔写真と名前、そして特殊部隊の医療班に所属してることが記されているのを理解した。医療班は確かセイアッドと同じである。
「ラフィアです。あの時は有難うございました」
 ラフィアは男二人に礼を言った。顔は覚えてないが、特殊部隊の二人が言うのだからラフィアの救助に関わったのだろう。
  言ったその途端にラフィアは「ふぅ……」とため息をつく。
「だ……大丈夫?」
「はい……」
 シソの問いかけに、ラフィアは弱々しく答える。複数の呪文を使ったため疲れが出たのだ。
「嬢ちゃん、悪いな、あのガキへの仕置きは本来ならオレらの仕事なんだけどな」
 ヴァスが申し訳なさそうに言った。
「ガキって言うな!」
「うるせぇ! 元はといえばてめぇが撒いた種だろ! 後できっちり絞るから覚悟しておけ!」
 乱暴なヴァスの言動に、聞いていたラフィアはびくっとなり、体が硬直する。
  ブルに言ったのは分かってるが、腕に鳥肌が出た。 
「ヴァス、ラフィアさんが怖がってるよ」
「あ、すまねぇ、オレとしたことがつい……」
 ヴァスは頭に手を当てて、ラフィアに謝った。
「でもあれ位言わねぇと分かんねぇだろ、人様に迷惑かけるヤツにはな、嬢ちゃんに言った訳じゃねぇから気にすんな」
「え……あ、はい」
 ラフィアは絞るように声を発した。
 ヴァスは単に怖い人ではないだろうが、間違えても怒らせないようにしたいと思った。
「シソ、嬢ちゃんばかりに任せてねぇでオレらもシャワーを浴びるぞ、誰かが通報したかもしれねぇが、来るのに時間がかかるだろうから、この化け物を何とかしねぇとな」
「うん、そうだったね」
「待って下さい!」
 二人が行きそうになるのをラフィアは止めた。
「治安部隊が来るまでの間で構わないので、ブルくんと話をさせて下さい。彼がこんな事をした理由を聞きたいんです」
 治安部隊は天界の秩序や、人間を黒天使から守る仕事をしている。よって今回の騒動を対処するために近々来るだろう。ちなみにシソとヴァスが所属する特殊部隊は治安部隊では負えないような黒天使を倒す仕事をしている。
  しかし同胞が起こした騒動を特殊部隊でも無視できないのだ。
「ラフィアさんとあの子はどういう関係なのかな?」
「知り合いです」
 シソの質問に、ラフィアは答える。
 ブルとの関係は薄いが、関わりを持った以上は放ってはおけない。
「嬢ちゃんの話は分かった。けど無理はすんなよ、ダメだと思ったら遠慮せずオレらを頼れ」
「はい、分かりました」
「気を付けてね……ラフィアさん」
 二人の男がプールから上がるのを確認すると、ラフィアは凍結しているケルベロスとブルの方に体を向けた。
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