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第二部
すれ違った想い
治癒担当隊に用事のある者が多いため、扉の横には来客用の鐘がある。出てきたのは見知った顔の、リューイだった。
「あら、お久しぶりね。顔色が悪いけど治療を頼みに?」
「久しぶり。いや、中で治療を受けている人物に会いたいんだが」
リューイは不思議そうな顔をした。すると奥にある執務机で作業をしていた隊員がこちらに来て、リューイを下がらせた。
「ジルベール隊員。初めまして、私は小隊長のウォードだ。特別な方なので隊員にも伝えていなくてね。彼は奥の部屋にいる、案内するよ」
「ウォード小隊長、ありがとうございます」
部屋の前まで来るとウォードは、「執務室にいるから何かあったら伝えてくれ」と言い戻っていった。
いくら上官達向けの治癒室の扉といえど、治療が目的の部屋なので装飾などはなく質素だ。だが今の俺には国王陛下の部屋の扉よりも重厚で、二人を隔てている距離のように感じる。
ここで躊躇しても結果や事実は変わらないと自分に言い聞かせ、魔王に対峙しているのかと思えるくらい震えた手で扉を叩いた。
「どうぞ」
中から声が聞こえてきた。ゆっくりと扉を開けて入ると、父上は上半身を起こし、ベッドに寄りかかるようにして座っていた。俺だと予想していなかった顔だ。
「刺されたと伺いましたが……」
「処置をしてもらったので大丈夫だ。我が国の治癒隊は優秀で助かるな」
刺されたのはあの時しか考えられないが、俺を助けてくれたのかと簡単に訊けるほど、素直に父上の行動を信じられない。
「父上、なぜ、なぜ……このような怪我を……」
「気が付いたら体が勝手に動いていた。若い頃だったらもっと上手くやれただろうが……私も年を取ったものだ。だがジルベール、おまえに怪我がなくて良かった」
腹を刺された父上の表情には疲れが少し見えるが、茶色の瞳は穏やかでいつもの柔和な雰囲気だ。そう、優しい父上だからこそ、弱者を見たら助けるという当たり前の行動をとっただけだろう。身を呈してでも護ろうとしたのではなく、計算違いで刺されただけだ。
だがそれでも……俺がずっと欲しかったもの。父上が怪我をしている今なら、家族の俺が甘えても許してもらえるだろうか。
「父上。手に触れても……よろしいでしょうか……?」
「…………」
驚き固まった表情の前で、俺は立ちつくすことしかできない。俺がこの文を口にするのに、どのくらいの年月を費やしたのか、どれほどの勇気が必要だったか。父上には理解できない、しようとする価値すら俺に対して感じられないのか……
何かごまかすことを言えればまだ良いのだが、一段と重くなり張り詰めた空気に対抗できるだけの声が出せそうにない。
父上が視線を下げ、自身の手を見た。
憧れ続け叶わなかった幼少期の、無理やり蓋をして忘れさせた想いが、嫌でも呼び起こされて頭の中を支配している。
「ジルベール」
「……はい」
続きを聞かずに逃げ出したくなるが、それでも俺は一縷の望みを捨てきれない。
「私は……」
発せられた声は、いつものような温和なギファルド公爵としての穏やかな声でも、国王軍を指揮する時の威厳のある声でもなく、初めて聞いた、震えと怯えを含む今にも消え入るような声だった。
「ジルベール、私はおまえに触れてもらえる資格など……触れる権利など、持ち合わせていない。そう思っていた」
何を言っている……?
「それは、どのような意味、でしょうか……?」
想像していなかった父上の言葉は、頭の中に音として入ってくるが、意味を理解するには、あまりにも焦がれた期間が長かったせいか素直に受け取れられない。
「俺はずっと父上に……避けられて、いるのかと……」
「……そう思わせてしまったのは、私が未熟なせいだな」
外音から閉ざされたこの部屋を静寂が支配する中、アンドレは決心のためのような溜息をついた。
「何から話せばいいのか……長くなる。ジルベール、私が今から話すことは……辛い思いを強いたおまえに打ち明けることで、自分が謝りすっきりしたいだけなのかと、言い訳にしか思えないかもしれない。だが、聞いてほしい」
聞くしかない。たとえそれが自分の望んでいる内容ではなかったとしても、聞かないで後悔するよりはいい。
それに――どれだけ落ちても、自分が父上の子ではないと真実を突きつけられたあの日よりはマシだろう。
俺にはレオンがいる。俺の弱さの所為で疑ってしまったが……あいつはいつも絶対的な拠り所があるという安心感をくれる。親から与えられる愛情、それを手にできなかった代わりにレオンがいるならば、人生プラスマイナス、上手く均等が取れているじゃないか。
「はい、父上」
促され、俺は隣に置かれているソファーに腰を下ろした。そういえば……こうやって父上と向かい合い、二人きりで話すことは初めてだ。
最後かもしれない可能性を含んでいるが。
父上は二人の間に視線を落としながら、ゆっくりと口を開いた。
「私とエロイーズが出会った時は……いや、その前にクリスティーナとの出会いが先か。この経緯はレオンにもすでに話している。だが話したのは成り行きでだ。順番に意味は持たない」
「分かっています、父上」
多分――あの時だろう。俺が出生の秘密を知って逃亡した夜。
「私は若い頃、イリュダ王国の学園へ通っていた時期があり、その時の同級生にクリスティーナがいた。ただその時は彼女もグレンロシェ出身だということだけで素性などは知らず、仲の良いグループの一人だった。私達は学業に励み、気持ちは秘めたまま留学は終了した」
恋心も同時に終了したと言いたげだが、結局レオンが生まれている。
「それから数年後だ、ある屋敷で開催された夜会でエロイーズを紹介されたのは。彼女は平民出身だったが異能の稀少性と実力から伯爵に見込まれて養子になり、その時は伯爵家令嬢として出席していた」
そこまでに関しては想定内だ。そのまま相槌を打つと、父上は話を続けた。
「彼女は短い時間だが、他人の意識を操れるのだ」
あの時に初めて聞いた母上の能力。詳しいことは知らない。
国民全員が使える異能は、商売をしている者の他、学園や軍に所属し作戦に必要な場合は自分の能力について説明をするが、むやみやたらに話したり、人に尋ねることはしない。
昔は誘拐や人身売買なども頻繁にあったので、注意するようになったと聞いている。
「それをどこからか聞きつけた伯爵が、彼女の両親に多額の金を支払って養子にした。生家はどちらかというと裕福だったのだが、もちろんそれは一般的な平民の家と比べてという意味でだ。昔からエロイーズの美貌は有名で、やはり両親もその……」
父上が言い淀む理由は分かる。俺の、仮にも祖父母のことを悪く言うことが幅かれるのだろう。
「父上、大丈夫ですよ」
会ったこともない人達だ。そもそも母上も、父上以上に交流がない。
「すまない。そう、彼女の両親も見た目が良く、そして派手好きだった。正確に言えば、エロイーズが二人の性質を受け継いでいるということか。平民の夫婦が三十年は仕事をせずに暮らせるだけの大金を、彼らはあっという間に使い切った」
自分と血が繋がっている祖父母のことは知らないが、よくある話だろうということは分かる。
アンドレがそばにあったグラスに水を注ぎ、喉を潤した。
「彼女の養父になったその伯爵だが、ある計画を立てており、それを実行するために彼女を買ったのだ」
「その計画が、父上を騙す――というものでしょうか?」
思い出したくないが、あの時の会話では母上が父上を騙したと言っていた。
そのジルベール表情の陰りを機敏に察したアンドレ。だが、言わなければ話は進まない。
「そうだ。最終的には、ギファルド公爵家を乗っ取ろうとしていたようだ」
「――そんなことが可能なのでしょうか?」
父上は四人いるこの国最高位の貴族の一人で、現国王と従兄弟だ。
「エロイーズの能力ならば無意識下で書類に署名をさせることもできるからな。怪しいと思う者はいるだろうが、紙の効力は絶対だ。話を少し戻そう」
「はい」
「私はエロイーズを紹介されたが、その時は友人の友人としてで、実際にその後も数人で食事会をしたりと、そういった友情関係が続いていた。おそらくエロイーズにとっても――その頃は伯爵に何も言われていなかったのだろう。彼女は思考が表に出やすいから演技は苦手だ、私はただの大勢いる取り巻きの一人だったように思う」
操られていなければ、父上の誠実な人柄を考えればそうだろう。
「そんな時、たまたま国王軍での地方任務の帰り、王都の平民街でクリスティーナに再会した。そして彼女の仕事終わりに食事をし、その時に初めて想いを伝え、『あなたと結婚したい』と申し出た。彼女は承諾してくれ、それから一夜を共にした」
――俺に気を使っているのだろうか。
本来ならば運命を感じるような、嬉しいであろうシーンのはずだが、父上の表情にはその喜びの色が見受けられない。
「私は『迎えにくる』と約束して屋敷へ戻り、任務の合間に婚姻のための書類を準備していた。このような言い方をするのは好ましくないが……後になって思えば留学中に彼女に気持ちを伝えず、彼女と結婚の話をした後もすぐに両親に彼女を紹介しなかったのは、学業や任務が優先と理由をつけつつ、実際は身分の問題を気にしていたのかもしれない」
父上が息を吐き出した。
「ジルベール、私を酷いと思うか?」
当時はまだ先代夫婦が存命だったが、次の当主になることが決定している四大公爵家嫡男という立場だ。いくら法律上、平民との結婚も可能とはいえ、父上が躊躇するのは理解できる。感情だけで物事を決められない。
両親からの反対、夜会での他の貴族たちの反応、それらは結局相手を傷つける要因になる。身分を笠に着ず、普段から人当たりがよい温和な人物と評判が高いアンドレだからこそ、想像し得る様々な辛苦を愛する人に負わせたくないという気持ちはより一層強くなるはずだ。
「あら、お久しぶりね。顔色が悪いけど治療を頼みに?」
「久しぶり。いや、中で治療を受けている人物に会いたいんだが」
リューイは不思議そうな顔をした。すると奥にある執務机で作業をしていた隊員がこちらに来て、リューイを下がらせた。
「ジルベール隊員。初めまして、私は小隊長のウォードだ。特別な方なので隊員にも伝えていなくてね。彼は奥の部屋にいる、案内するよ」
「ウォード小隊長、ありがとうございます」
部屋の前まで来るとウォードは、「執務室にいるから何かあったら伝えてくれ」と言い戻っていった。
いくら上官達向けの治癒室の扉といえど、治療が目的の部屋なので装飾などはなく質素だ。だが今の俺には国王陛下の部屋の扉よりも重厚で、二人を隔てている距離のように感じる。
ここで躊躇しても結果や事実は変わらないと自分に言い聞かせ、魔王に対峙しているのかと思えるくらい震えた手で扉を叩いた。
「どうぞ」
中から声が聞こえてきた。ゆっくりと扉を開けて入ると、父上は上半身を起こし、ベッドに寄りかかるようにして座っていた。俺だと予想していなかった顔だ。
「刺されたと伺いましたが……」
「処置をしてもらったので大丈夫だ。我が国の治癒隊は優秀で助かるな」
刺されたのはあの時しか考えられないが、俺を助けてくれたのかと簡単に訊けるほど、素直に父上の行動を信じられない。
「父上、なぜ、なぜ……このような怪我を……」
「気が付いたら体が勝手に動いていた。若い頃だったらもっと上手くやれただろうが……私も年を取ったものだ。だがジルベール、おまえに怪我がなくて良かった」
腹を刺された父上の表情には疲れが少し見えるが、茶色の瞳は穏やかでいつもの柔和な雰囲気だ。そう、優しい父上だからこそ、弱者を見たら助けるという当たり前の行動をとっただけだろう。身を呈してでも護ろうとしたのではなく、計算違いで刺されただけだ。
だがそれでも……俺がずっと欲しかったもの。父上が怪我をしている今なら、家族の俺が甘えても許してもらえるだろうか。
「父上。手に触れても……よろしいでしょうか……?」
「…………」
驚き固まった表情の前で、俺は立ちつくすことしかできない。俺がこの文を口にするのに、どのくらいの年月を費やしたのか、どれほどの勇気が必要だったか。父上には理解できない、しようとする価値すら俺に対して感じられないのか……
何かごまかすことを言えればまだ良いのだが、一段と重くなり張り詰めた空気に対抗できるだけの声が出せそうにない。
父上が視線を下げ、自身の手を見た。
憧れ続け叶わなかった幼少期の、無理やり蓋をして忘れさせた想いが、嫌でも呼び起こされて頭の中を支配している。
「ジルベール」
「……はい」
続きを聞かずに逃げ出したくなるが、それでも俺は一縷の望みを捨てきれない。
「私は……」
発せられた声は、いつものような温和なギファルド公爵としての穏やかな声でも、国王軍を指揮する時の威厳のある声でもなく、初めて聞いた、震えと怯えを含む今にも消え入るような声だった。
「ジルベール、私はおまえに触れてもらえる資格など……触れる権利など、持ち合わせていない。そう思っていた」
何を言っている……?
「それは、どのような意味、でしょうか……?」
想像していなかった父上の言葉は、頭の中に音として入ってくるが、意味を理解するには、あまりにも焦がれた期間が長かったせいか素直に受け取れられない。
「俺はずっと父上に……避けられて、いるのかと……」
「……そう思わせてしまったのは、私が未熟なせいだな」
外音から閉ざされたこの部屋を静寂が支配する中、アンドレは決心のためのような溜息をついた。
「何から話せばいいのか……長くなる。ジルベール、私が今から話すことは……辛い思いを強いたおまえに打ち明けることで、自分が謝りすっきりしたいだけなのかと、言い訳にしか思えないかもしれない。だが、聞いてほしい」
聞くしかない。たとえそれが自分の望んでいる内容ではなかったとしても、聞かないで後悔するよりはいい。
それに――どれだけ落ちても、自分が父上の子ではないと真実を突きつけられたあの日よりはマシだろう。
俺にはレオンがいる。俺の弱さの所為で疑ってしまったが……あいつはいつも絶対的な拠り所があるという安心感をくれる。親から与えられる愛情、それを手にできなかった代わりにレオンがいるならば、人生プラスマイナス、上手く均等が取れているじゃないか。
「はい、父上」
促され、俺は隣に置かれているソファーに腰を下ろした。そういえば……こうやって父上と向かい合い、二人きりで話すことは初めてだ。
最後かもしれない可能性を含んでいるが。
父上は二人の間に視線を落としながら、ゆっくりと口を開いた。
「私とエロイーズが出会った時は……いや、その前にクリスティーナとの出会いが先か。この経緯はレオンにもすでに話している。だが話したのは成り行きでだ。順番に意味は持たない」
「分かっています、父上」
多分――あの時だろう。俺が出生の秘密を知って逃亡した夜。
「私は若い頃、イリュダ王国の学園へ通っていた時期があり、その時の同級生にクリスティーナがいた。ただその時は彼女もグレンロシェ出身だということだけで素性などは知らず、仲の良いグループの一人だった。私達は学業に励み、気持ちは秘めたまま留学は終了した」
恋心も同時に終了したと言いたげだが、結局レオンが生まれている。
「それから数年後だ、ある屋敷で開催された夜会でエロイーズを紹介されたのは。彼女は平民出身だったが異能の稀少性と実力から伯爵に見込まれて養子になり、その時は伯爵家令嬢として出席していた」
そこまでに関しては想定内だ。そのまま相槌を打つと、父上は話を続けた。
「彼女は短い時間だが、他人の意識を操れるのだ」
あの時に初めて聞いた母上の能力。詳しいことは知らない。
国民全員が使える異能は、商売をしている者の他、学園や軍に所属し作戦に必要な場合は自分の能力について説明をするが、むやみやたらに話したり、人に尋ねることはしない。
昔は誘拐や人身売買なども頻繁にあったので、注意するようになったと聞いている。
「それをどこからか聞きつけた伯爵が、彼女の両親に多額の金を支払って養子にした。生家はどちらかというと裕福だったのだが、もちろんそれは一般的な平民の家と比べてという意味でだ。昔からエロイーズの美貌は有名で、やはり両親もその……」
父上が言い淀む理由は分かる。俺の、仮にも祖父母のことを悪く言うことが幅かれるのだろう。
「父上、大丈夫ですよ」
会ったこともない人達だ。そもそも母上も、父上以上に交流がない。
「すまない。そう、彼女の両親も見た目が良く、そして派手好きだった。正確に言えば、エロイーズが二人の性質を受け継いでいるということか。平民の夫婦が三十年は仕事をせずに暮らせるだけの大金を、彼らはあっという間に使い切った」
自分と血が繋がっている祖父母のことは知らないが、よくある話だろうということは分かる。
アンドレがそばにあったグラスに水を注ぎ、喉を潤した。
「彼女の養父になったその伯爵だが、ある計画を立てており、それを実行するために彼女を買ったのだ」
「その計画が、父上を騙す――というものでしょうか?」
思い出したくないが、あの時の会話では母上が父上を騙したと言っていた。
そのジルベール表情の陰りを機敏に察したアンドレ。だが、言わなければ話は進まない。
「そうだ。最終的には、ギファルド公爵家を乗っ取ろうとしていたようだ」
「――そんなことが可能なのでしょうか?」
父上は四人いるこの国最高位の貴族の一人で、現国王と従兄弟だ。
「エロイーズの能力ならば無意識下で書類に署名をさせることもできるからな。怪しいと思う者はいるだろうが、紙の効力は絶対だ。話を少し戻そう」
「はい」
「私はエロイーズを紹介されたが、その時は友人の友人としてで、実際にその後も数人で食事会をしたりと、そういった友情関係が続いていた。おそらくエロイーズにとっても――その頃は伯爵に何も言われていなかったのだろう。彼女は思考が表に出やすいから演技は苦手だ、私はただの大勢いる取り巻きの一人だったように思う」
操られていなければ、父上の誠実な人柄を考えればそうだろう。
「そんな時、たまたま国王軍での地方任務の帰り、王都の平民街でクリスティーナに再会した。そして彼女の仕事終わりに食事をし、その時に初めて想いを伝え、『あなたと結婚したい』と申し出た。彼女は承諾してくれ、それから一夜を共にした」
――俺に気を使っているのだろうか。
本来ならば運命を感じるような、嬉しいであろうシーンのはずだが、父上の表情にはその喜びの色が見受けられない。
「私は『迎えにくる』と約束して屋敷へ戻り、任務の合間に婚姻のための書類を準備していた。このような言い方をするのは好ましくないが……後になって思えば留学中に彼女に気持ちを伝えず、彼女と結婚の話をした後もすぐに両親に彼女を紹介しなかったのは、学業や任務が優先と理由をつけつつ、実際は身分の問題を気にしていたのかもしれない」
父上が息を吐き出した。
「ジルベール、私を酷いと思うか?」
当時はまだ先代夫婦が存命だったが、次の当主になることが決定している四大公爵家嫡男という立場だ。いくら法律上、平民との結婚も可能とはいえ、父上が躊躇するのは理解できる。感情だけで物事を決められない。
両親からの反対、夜会での他の貴族たちの反応、それらは結局相手を傷つける要因になる。身分を笠に着ず、普段から人当たりがよい温和な人物と評判が高いアンドレだからこそ、想像し得る様々な辛苦を愛する人に負わせたくないという気持ちはより一層強くなるはずだ。
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