公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します

市之川めい

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第一部

口付けしたい

 俺達は時間を確認した。まだ余裕があるが、そろそろ動いたほうがいいだろう。
 
「では、細かい内容は食事をしながら決めるとするかな?」
 
 皆で一緒に食堂へ行こうとしたが、ラファエルは立ち上がらずに、嫌な顔を見せた。
 
「ラファエル、どうした? あまり食欲がないのかい?」
「違う」
「では我々と行こう」
「嫌だ」
「なぜかな?」
「…………」
 
 ラファエルが理由を答える代わりに、ダッドが言った。
 
「あの……よかったら僕がやりますよ」
 
 ん? どういう意味だ?
 ラファエルは頬杖をついたままダッドを見て、意地悪く笑った。
 
「なら俺も一緒に行ってやるよ」
 
 五人で歩いていく間、先ほどの二人のやり取りの意味を考えたが分からなかった。だが着くなりすぐにラファエルが空いている席に座り、ダッドがラファエルに何が良いか確認しているのを見て理解した。
 ラファエルは使用人のように食事を取り、運ぶのが嫌だったのか。同じ四大公爵家の俺はもちろん自分でやるぞ。レオンにやらせるのが悪いからとかの理由ではなく、尊い身分なのに謙虚で気取ってない、という印象を周りに与えるためではあるが。

 この学園の食堂は肉や魚、野菜など各自が好きな料理を欲しい分だけ頼めるようになっている。料金は全て学費に含まれているためどれだけ沢山食べても、食べなかったとしても価格は変わらない。そのためラファエルのような、この学園の選ばれた人間に相応しくない行いも見逃されやすい。貴族の食事代金を平民が代わりに払うのではないからだ。
 また、ここ食堂はこの後のような日にちを跨ぐ訓練がある時は、用意されている具入りのパンを取るか、料理人に頼めば厨房にある材料で作ってもらうこともできるため便利だ。
 この食料確保も模擬戦訓練とって重要で、当たり前だが軽くて食べやすく、少量でもエネルギーを得られる物が好まれる。
 数は多く準備されているので無くなる心配はない。俺達はまず先に食べてから帰りに取ることにした。
 ラファエルの分と自分の分とで二回行く羽目になったダッドが少し遅れて席についたので貴重な作戦会議の時間が短縮された苛立ちも湧くが、内容のない会話をだらだら続けるよりいいだろう。

 今日の昼食には、好きな肉料理を選んだ。大きな塊肉が丁寧に焼かれており、付け合せの野菜も柔らかく素材の味を感じられる。肉の味付けがいつもより薄目なのは、この後の模擬戦を考慮してのことだろう。味が濃いと喉が渇く。普通はそれでも行動に支障が出るほどでは無いが、やはり訓練は完璧な状態で望まなければその成果が得られない。
 ここの料理人達は腕が良く、毎回どの料理を食べても外れがない。もちろんギファルド公爵家と比べてではなく、貴族街でも安価な大衆店や平民街の店と比較してだ。
 
 なぜそのような店の味を知っているのかというと――俺達くらいの年齢の男は冒険心の塊だ。家族の目を盗み、普段の自分の環境から離れたことを体験してみたくなるのはよくあることで、レオンを誘って行ってみただけだ。決して下の生活を見たい好奇心や、俺たちを知らない者達から『今まで見たことがないくらい完璧な眉目秀麗な青年』と騒がれたかったわけではないのでお間違いなく。

 ちなみに、学園や貴族の屋敷、料理店で働く者達の異能は様々で、火を扱う者や野菜を切るなどの作業を早い速度でできる者、重い物(巨大な鍋とか)を簡単に持てる者などいる。事務関係では計算、速記等、それぞれが自分が持って生まれた能力に合う分野で活動し、それは平民の仕事だけでなく国王軍に所属する隊員や国政に関わる者、すなわちグレンロシェ王国全ての国民に共通している。
 あ、すまない。『国王を除いて』と伝えるのを忘れていた。それに関しては基本的に国王の長子が継ぎ『国王になるための異能』はない。

 
 そういえば――と思いついた。初代英雄は国王になったが、その後現れた二人の英雄はどの身分だったのだろうと。王家の血を引く者――これは文献にも載っている通りだ。だが長子だったのか、第二子以降だったのか。
 それに四大公爵家、または――王家の血が薄くなるから違うとは思うが――その他貴族という可能性も捨てきれない。
 その場合跡継ぎはどうなるのか。当然長子ならそのまま、第二子とかなら一悶着はありそうだが次期国王になったとしても不思議では無い。だがその他貴族から出て国王になるには少し無理がある。四大公爵家だったら? 俺がもし英雄になった時の将来に関わるから知っておきたい。ギファルド家の子は俺だけだからその場合どうなるのか。
 ルナー教授に訊けば分かるだろうから、訓練が終わったらレオンを連れて訪ねるか。


 ここは貴族の屋敷ではなく学園の食堂だ。もちろん掃除担当の異能者がいるが、全員の食器を一気に片付ける――なんて能力があれば他で働いているだろう。彼ができるのはせいぜい五人分の食器を普通の速さで同時に片付けられることくらいだ。
 というわけで、ここでは食事を終えた生徒は各自、自分が使用した食器を指定された場所へ返却することになっているが(これも当然ラファエルはしない)、ここで料理人への感謝の言葉を忘れてはいけない。地味かもしれないが、貴公子のイメージを守るためにはこういった積み重ねも必要だ。

 まだ隊長が言った集合時間まで少しの余裕があるので、それぞれ休憩を取ることになった。
 俺はレオンを誘い散歩する。いつも行く広場は昔、芸術面での異能を発揮した者によって作られた、人の二倍はありそうな彫刻が合計十二体、等間隔で置かれている。その真ん中には赤や白、黄色などの色とりどりの花で彩られた花壇があり、それを鑑賞できるように彫刻と彫刻の間にベンチが設置されている。
 ここで周りから騒がれ、模擬戦前に気分を高めておくのも悪くないが、今はそこではなく別方向の片隅に置かれているベンチへ向かう。
 この場所は人気ひとけがない上、後ろ側に植えられている木々が学舎の窓から見られるのを丁度良い具合に隠してくれる。普段どこにいても注目を浴びてしまうことに慣れている俺(達)にも、しばし人目を避けたい時がある――口付けをする時とか。

 思った通りここには誰もいなかったので俺は腰を下ろし、遠慮するレオンも強引に隣に座らせた。

「調子はどうだ?」
「お気遣いありがとうございます。とても良いです」

 先ほどの食堂でレオンが発言する間、形良く動く唇をずっと見ていた。柔らかくしっとりとして……ああ、うまそうだ。早く触れたい。今すぐしたい。
 しかし――ひとつ問題があることに気が付いた。どうやってすればいいのだと。もちろん行為の中身は知っている。でも突然していいのか? 驚くだろうがレオンなら必ず受け入れる。拒否される心配はないが――していいか聞いてからの方がいいのか。俺がレオンの許可を取る必要はないから、今からすると言う? それとも『やれ』って命令する? どれが正解なんだ! 初めてだから分からない!

 そんな思案をして、ふと我に返ると周りが騒がしいことに気が付いた。何かと思ったら、目ざとく俺達を見つけた令嬢達が集まって来たらしい。
 窓からは隠されているが屋外からは角度によっては見える。それに何より、遠目でもこの俺の輝く金髪とレオンの漆黒の髪は目立つためすぐに認識されてしまう。
 まあそろそろ時間になるし仕方ない――訓練が終わってからゆっくり俺の部屋で堪能しようじゃないか。その気持ちを巧みにいつもの笑顔の下に隠し、レオンと共に午後の訓練へと向かった。
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