僕は彼女の代わりじゃない! 最後は二人の絆に口付けを

市之川めい

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越えられない想い

 マシューは何も言うことができずにいるが、沈黙がつらく、つい酒が進んでしまい体が熱くなってきた。
 
「マシュー」
 
 初めて名前で呼ばれ、ビクッと反応する。
 
「お前は知っているかもしれないが、俺は……ローレルと友達だった」
 
 マシューは返事をする代わりに少しだけ目尻を動かす。
 
「彼女のこと……大切に想っていた……」
 
 ギルバートの声が震えている。
 だが彼女はもういない。消されたのだ、おそらくあの人に。
 
「マシュー」
 
 もう一度名前を呼ばれ振り向いた。ギルバートはこちらを見ていたので、青色の瞳に捉えられた。
 
「確かに俺はローレルが好きだった……王太子とか平民とか関係なく、彼女の存在が俺の支えだった」
 
 ――やっぱり……
 
 マシューは溢れ出る気持ちを抑えられず、緑色の瞳には朝露のように涙が浮かんでいる。いたたまれなくなって思わず目を逸らしてしまった。
 
「マシュー。ローレルがいなくなって……俺は、世界が終わったと思った。こんなことになるならローレルに想いを告げて……王族を抜けて二人で逃げれば良かったと何度後悔したか……」

 ――聞きたくない。
 
「だが……俺が逃げたら、この国はどうなる? あまり言いたくないが、父上は国王に向いていない。国民を思わず、権力を使うことしか頭にない。アーサーは良い子だ。しかし、まだ若い彼には荷が重いだろう」
 
 ギルバートは呼吸を整えてから続ける。
 
「他の選択肢はなかった。理由はまだ分からないにせよ、結果としてローレルが――殺されてしまった。俺が王太子だからで、ローレルとの繋がりが露見してなのかも分からない。だが、俺が無理やりにでもローレルと一緒にいれば……彼女は死ななかったかもしれない。そうずっと考えていた」
 
 ――違う……悪いのはだ。だが、それを口にしたら王太子は……
 
「俺は――真実が知りたい。ローレルの家は植物園だ。そしてダリス王国で草に由来する問題も発生している。ダリスへ送った調査隊の報告を待たないとだが……おそらく二つは関係があるのだと考えている」
 
 マシューは何も言わず、じっと耳を傾けている。
 
「そして――お前も鍵を握っている。そうだろう?」
「……仰る意味が分かりません」
「なぜ薬草を作れる? それに、この間のどうしてハリーを知っているかの説明、あれで俺が本当に納得したと思ったのか」
「それは……」
「そもそもローレルは名声に興味がなく植物が好きなだけだし、ハリーの診療所以外に薬草を卸していない。ハリーも平民の治療を優先させるためローレルの薬草の凄さについて周りに話していないから、剣術を磨いていた箱入りお坊ちゃまなお前が少し調べて見つけたと言うには無理があるぞ」
 
 マシューは焦りのあまり喉が渇き、酒を口にする。すでにかなりの量を飲んでいて体が熱い。そのためいつものように『印』も熱を持っているのか分からない。
 マシューが何か言う前にギルバートが突然、マシューの手を包み込むように自分の手を置いた。マシューは一瞬驚いたが、体は素直に反応し強く握り返す。
 
「マシュー」
 
 重ねている手のように、とても優しい声でギルバートがそっと言う。
 
「この間の夜、寝言で俺のこと『フィル』って呼んだの覚えているか」
「……えっ」
 
 まさか――あの夜は記憶を見なかったから、『フィル』と口にしなかったと思っていたが……
 
「……寝ている時のことなんて分かりません」
 
 ギルバートはどう切り出そうか迷い、次に言うべき言葉を慎重に探す。だがその選択は間違いで、マシューを簡単に突き落とした。
 
「やはり――お前はローレルなのか?」
 
 ――ローレルの記憶があるのを知られるのが怖いと思っていたけど……ローレルだと思われていたなんて……王太子は僕のこと全く見てくれていなかった。
 
 ギルバートへの想いが溢れたためなのか、酒のせいなのか分からないが、マシューは気が付いたら泣いていた。マシューはもう自分でもどうすれば良いか分からなくなって、感情に任せて口走ってしまう。
 
「僕はマシューです。ローレルじゃない!」
「違うのか……」
 
 ギルバートに落胆の色が見えた気がするのはマシューの気のせいだろうか……
 マシューは記憶のことを言いたくなかったが、隠し通すのも限界だ。辻褄が合わなくて怪しまれているしダリスとの問題も解決しなくてはいけない。
 どちらにせよすでにハリーにはローレルの記憶のことを話しているのだ。ハリーから漏れる心配は全くしていないが、ことを進めるにはギルバートにも情報を共有しなければならない。

 何よりマシュー自身、疲れ過ぎていてどうすれば良いのか正確な判断がくだせない。ギルバートに飛び込むしかない――より悪い結果になったとしても。
 呼吸を整えてからマシューは語り始めた。
 
「はい、僕はローレルではありません。マシュー・リュートです。ですが…………ローレルの記憶を見ます」
「――記憶? とは……」
「はい、あの倒れた日から……」



 
 こんな不思議な話、信じてもらえないと思っていたマシューだったが、ギルバートはずっとマシューの手を握りながら聞いている。
 たまにそっと力が入り、マシューはその度に安心しギルバートへの気持ちを確信していく。
 
「普通だったら有り得ない話だと思う……」
「元々簡単に信じていただけると思ってはいません」
「信じ難い。だが、お前の最近の行動は逆に記憶がなければ説明ができない。それに――そうであったらと、期待してしまう自分がいる……」
 
 マシューは訊かずにはいられないことをギルバートに確かめる。
 
「殿下はやはり今も……ローレルを慕っていらっしゃるのでしょうか」
 
 ギルバートが遠い目をしている。
 
「確かに俺はローレルが好きだった。そして……今も変わらずに想っている」
 
 ――やっぱり……僕に対して優しくしてくれていたのは、ローレルを今でも好きだから。
 
 マシューはギルバートの手からそっと抜けた。 
 ギルバートがもう一度掴もうとしたが、マシューはその手を振り払って拒否する。
 
「これ以上は聞きたくありません」
「いや、続きがある。言わせてくれ」
「嫌だ! 殿下はローレルが好きなんですよね。分かってます。でももう嫌だ、知りたくなかった」
 
 王太子殿下に対して取るべき態度ではなく、不敬罪に問われてもおかしくない。王族相手ということを除いても、嫉妬からこのようにするのは恥すべきことだがマシューは自分が止められない。
 だがギルバートはそんなマシューの葛藤を見破っているかのように、今度は腰に手を回してきた――と思った瞬間、ギルバートの唇が自分の唇に触れた。
 
「…………」
 
 マシューは驚きのあまり何も言えない。
 
「いいから大人しく続きを聞け」
 
 ギルバートは空になったグラスに酒を注ぎ口にする。
 沼の中に落としたガラス細工を壊さないよう慎重に探すように、心の奥深くにある繊細な感情をゆっくりと手繰たぐり寄せながらマシューに伝える。
 
「ローレルは俺の幼馴染で初めて感情を持った相手だ。ましてや一度も想いを伝えることが叶わなかったんだ。心残りはあるし今でも――愛おしく想っている。それは認めさせてほしい」
 
 ギルバートがしばし口を噤んだ。マシューは後に続く言葉を待つことしかできない。
 
「だがローレルはもういない。彼女に未来はない。ローレルへの気持ちを否定することは俺自身の過去も否定する意味になるからできないが――思い出として残すことを……お前は許してくれるか」
「え? それってどういう意味……」
「俺はお前に惹かれている」
「…………」
「前にも言ったが、お前を初めて見たのはあの合同練習の時だ。その時は剣術に優れた眉目秀麗な青年で手合わせしたいと思っただけだったが、なぜか妙に印象に残った。その後お前のことがこうやって気になり始めたのは、確かにローレルのことがきっかけだが――」
 
 ギルバートの手に力が入り、マシューをもっと自分の方に寄せた。
 
「この間一緒に寝た時、お前が抱きついてきたと言ったの覚えているか」
「……はい」
「俺はお前が可愛くて、愛おしく感じて……眠れずにずっとお前の顔を見ていた。お前は俺のこと……誠実でないと思うかもしれないが」
「そんなことは……」
「ローレルがいなくなってからまだそんなに経っていないのに、お前といたいと思う。軽蔑されるかもしれないが、この気持ちは両立している。ローレルは俺にとって幼馴染で、初恋で……守りきりたい妹のような存在だった。そしてマシュー、お前は……」
 
 マシューの腰に回しているギルバートの手が微かに震えている。マシューはギルバートのもう一方の手を両手で握った。体温を直接感じ、何とも言えない気持ちが湧き上がってくる。
 これが好きという感情でなければ何なのか。
 
「あの夜お前が俺に抱きついてきて、俺は理性を保つのがやっとだった。お前が欲しくて――欲しくて……欲情した。この感情はローレルに感じたことはない……マシュー、お前が初めてだ」
 
 マシューはそっとギルバートを見る。濃い青色の瞳は涙に濡れて光っており、星空のようにも見える。
 
「マシュー、お前が狂わしいほど欲しい」
 
 マシューは顔をギルバートの胸元に寄せ、震える声で言う。
 
「殿下……僕も殿下が、好きです……」
 
 どのくらいお互いの体温を重ねていただろうか。ゆっくりとギルバートがマシューから体を離した。
 
 ――え? 嫌だ……離れたくない。
 
 そう思ったのも一瞬で、ギルバートはもう一度マシューに口付けをした。
 今度は唇が触れただけでなく、ゆっくりとギルバートの舌がマシューの歯をこじ開けるようにして中に入ってきた。
 
「ん……」
 
 歯列をなぞり、今度はお互いの蜜を交換するように舌を交わせる。
 二人の高まった感情が熱気を帯びて部屋を埋め、マシューは何も考えられず息をするのも忘れてこの快感に酔いしれていく。
 あまりの気持ち良さに下半身も熱くなり、マシューのものが履いている下着の中で大きく膨張してきた。それをギルバートがなぞるように触れた。
 そのまま流れに身を任せ、マシューもギルバートの背中に回していた手をギルバートの中心まで持っていく。

 その瞬間、マシューは我に返りギルバートを両手で押して体を離した。
 
「おいっ、どうしたんだ。急に」
 
 マシューは首を横に振って謝った。
 
「ごめんなさい……」
「どういう意味だ? 俺が嫌いか」
「嫌いじゃありません。ですが……」
「ならなぜ拒否する?」
「だめなんです」
「俺が焦りすぎたのか――?」
「そうじゃない。いえ、違います。殿下とするのが嫌なのでは決してありません……」
 
 ギルバートに誤解を与えてはいけないと、マシューは急いで否定する。
 
「ですが、ですが……僕が、殿下としてはいけないのです」
 
 マシューは情けないと分かっていても、しゃっくりをあげて泣き出していた。
 ローレルが扱っていたような草を思わせる緑色の目から流れ出る涙をそっと拭いながら、ギルバートが言う。
 
「それは――ローレルが関係してるのか」
 
 何も言えない。言えば軽蔑されるだろう。だが沈黙が答えだと言うように、ギルバートもそれ以上は何も訊かなかった。
 それでも優しく抱きしめられ、お互いの心臓の音を重ね合う。そしてそのままベッドに連れて行かれ朝を迎えた。
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