月の斑(はん)

わる

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第一幕・序章: 『熾火と前兆』

第1話「壊れた歯車」

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 外の世界は、黄土色と空が高速で描かれた絵画のように、ズルズルと流れていく。砂丘からは怯えた鳥たちがバサバサと飛び立ち、その必死な羽ばたきは見えども聞こえない。

 客室カプセルの中は、神聖さすら感じるほどシーンと静まり返っていた。古代の冶金術と精密工学を融合させた魔導列車は、まるで砂漠をスルスルと滑る鋼鉄の蛇のように、レールの上を何の音も立てずに進んでいく。

 真紅のベルベットの座席に座り、少年は窓ガラスに映る自分自身の幻影を眺めていた。反射した姿は、青白い肌と線の細い顔立ちを、深紅を通り越して緋色に近い赤みがかった髪が縁取っていた。その髪はほとんど軍隊式と言えるほど短く刈り込まれており、大きな瞳と長いまつ毛とは痛々しいほど対照的だった。そのイメージに視線を固定するたび、胸がキュッと締め付けられるような苦しさがこみ上げる。この外見、この偽りの姿は、彼が何を捨ててきたかを思い出させる、常に肩にのしかかる重荷だった。 

 少年は無理やり視線を逸らし、自分の反射の向こう側、外の世界へと意識を向けた。眼下では、黒い金属のレールが青白い光をジンジンと放ちながら脈動している。それが、この静かなる乗り物を動かす動力源なのだろう。その先には、ギラギラと照りつける灼熱の砂漠がどこまでも広がり、古代の大地の骨のようにそびえ立つ、岩だらけで不毛な山々が点在していた。

 その時、彼の目に飛び込んできた。

 最初は、地平線を突き刺す黒い針の集まりにしか見えなかった。だが、列車が近づくにつれて、その形はグングンと巨大になり、その壮大さにおいて恐ろしいほどになっていく。家ほどの大きさの歯車や、色とりどりの蒸気をモクモクと吐き出す配管が絡み合った漆黒の鋼鉄の塔が、彼が今まで見たどんな山の頂よりも高く、天へとそびえ立っていた。それは砂漠の中心に刻み込まれた、金属と野望の傷跡。巨大商業都市、キサナトラだ。

 彼の唇から、ふぅっ、と息が漏れた。細く、低い、ほとんど自分自身への囁きのような声だった。

「……着いた」

 その認識が、彼の内にカッと炎を灯し、苦悩の影を払いのけた。無気力は、焦りにも似た衝動へと変わる。

「着いたよ! 起きて、グンダー!」彼は叫び、隣に座る男の方へバッと振り返った。

 黒い短髪の男、グンダーは、ハードカバーの本を顔に乗せたまま、グーグーと完全に眠りこけていた。少年は彼の肩をツンツンと突く。その仕草は、ほとんど子供じみた焦燥感に満ちていた。「起きてってば!」

 のっそりと、じれったいほどの緩慢さで、グンダーは腕を上げ、怠惰な猫のようにぐーっと伸びをした。彼は両手で本を掴むと、眠そうな動きで膝の上へと下ろす。半分だけ開かれたその目は一瞬ぼんやりとしていたが、次の瞬間には驚くほどの鋭さでキラリと焦点を結んだ。まだ眠気の残る顔つきとは裏腹に、その視線は猛禽類のように鋭かった。

「ふあぁ……どうやら余も着いたらしいな…?」その声は、隠す気もないあくびに遮られ、間延びしていた。

 少年は膝の上に拳を置き、ぐっと前のめりになった。窓ガラスに映る彼の緋色の瞳には、今や固い決意の光がギラリと宿っていた。自信に満ちた鋭い笑みがニヤリと唇に浮かび、あらゆる疑念の痕跡を消し去っていく。

「やっとだ」彼は目的意識に震える声で断言した。「僕が『セレストの王冠』を見つけるための、最初の……本物の手がかりだ!」

 _______________________________________________

 キサナトラの終着駅の空気は、濾過されて清潔で、磨かれた金属とオゾンの微かな匂いがした。身なりの良い乗客たちが、キラキラと輝く黒曜石のプラットフォームを目的ありげにスタスタと歩いていく。その一方で、グンダーはいつもの効率の良さで、すでに駅の警備員を捕まえて情報を聞き出していた。

 仕事中の彼を後にして、少年は大きな安全柵に引かれるようにプラットフォームの端へとテクテクと歩いていった。柵の向こう側では、彼らを運んできたレールがプツリと途切れ、目が眩むような高さで宙に浮いている。彼は冷たい金属の格子をギュッと掴み、下を覗き込んだ。

 ヒュッ、と彼の胃が落ちる感覚がした。足元に、世界が広がっていた。

 理論上、列車が都市の最上部に停車したことは知っていた。だが、現実はそれを遥かに圧倒するものだった。眼下には、見渡す限り広がる漆黒の金属の海。錆と煤の大都市が、黄色く乾いた山々の地平線に辛うじて押し留められている。砂漠の潮風にジワジワと侵食された巨大なダクトは、鼻を突く黄色い蒸気をモクモクと吐き出し、剥き出しの配管はビルとビルの間の奈落へ、病的な色の汚水をダラダラと垂れ流していた。下層都市はドロドロに腐り、分解しかけた金属の有機体のようだ。見える数少ない木々は黒い骸骨のようで、鋼鉄の建物の間にごちゃごちゃと密集する木造建築は古く、グニャリと歪んでいた。

 その時、少年はスッと顔を上げた。

 その対比に、彼は息を呑んだ。駅のラインの上、都市は純粋な富の優雅な螺旋を描き、さらに上へと伸びていた。黒い金属は滑らかに磨かれ、太陽の光をキラリと反射している。エレベーターやプラットフォームを動かす歯車は、銀色の光沢でピカピカと輝いていた。砂漠の乾燥を物ともせず、鋼鉄の構造物からは鮮やかな緑に満ちた空中庭園がニョキニョキと芽吹いている。彼の顔に、純粋な魅了の表情がぱあっと広がった。二つの世界を持つ都市、ゴミ溜めの上に築かれた宝石。こんなものは、想像したことすらなかった。

「トム、行くぞ」背後から聞こえたグンダーの実利的な声が、魔法をパチンと打ち破った。「破産せずに済む宿を近くに見つけておいた」

 少年はクルリと振り返った。その顔には輝くような笑みが浮かび、この技術の驚異を探検したいという焦燥感が全身を駆け巡っていた。「うん!」彼の心はすでにワクワクと躍り、どんな場所に泊まるのだろうかと想像を膨らませていた。磨かれた鋼鉄でできたホテル? 壁に巨大な歯車がある部屋?

 その空想は、目的地がその目に映った瞬間、パリンと砕け散った。

「……グンダー……なんだよ、これ」彼の声に含まれた失望は、割れたガラスのように鋭く、ヒリヒリと伝わってきた。

 彼らがいたのは、二つの錆びた建物の間に押し込まれた、ジメジメとした暗い路地裏だった。「宿」と書かれた木の看板はボロボロに腐っており、「宿」の文字が一本の曲がった釘でかろうじてぶら下がっている。頭上のダクトからは油のような液体がポタポタと滴り、地面に虹色の水たまりを作っていた。影の中をコソコソと動き回る数少ない人々は、継ぎ接ぎだらけの服を着て、怯えた鼠のように、決して視線を合わせようとしなかった。

「余が言った宿だが、何か?」グンダーは恥じる様子もカケラも見せない笑みを浮かべ、歪んだドアに向かって自信たっぷりに歩きながら答えた。

 トムははぁー、とため息をつき、がっくりと肩を落とした。「あの暗い階段を降りなきゃいけなかった時に、もう予想しておくべきだったんだ……」数分前の記憶が鮮やかに蘇る。チカチカと点滅するマナランプにかろうじて照らされた螺旋状の金属階段が、彼らを塵一つないプラットフォームから、この悪臭漂う下層都市の内臓へと導いたのだった。

 グンダーはドアの前で立ち止まり、チラリと肩越しに振り返った。その態度は、わざとらしい無邪気さに満ちていた。「そう言うな、トム。貴様がファラームの港で、あの『超希少』な星座の地図に余たちの金のほとんどをドカンと使わなければ、もっと良い部屋を借りられたものを……」

 トムは、ただ彼をジロリと睨みつけた。

「大嫌い」

 グンダーがカウンターにジャラッと投げつけた数枚の青銅貨で予約が済むと、二人は部屋へと上がった。外壁は街の他の場所と同じ染みのついた金属で覆われていたが、内側はほとんどがジメジメとした古い木材でできていた。階下から漂ってくるカビと安物のビールの匂いが、プンプンと鼻を突く。部屋にはベッドが二つあったが、それは薄いシーツで覆われた藁の山にしか見えなかった。

「せめてマットレスはある、か…」トムは独り言をボソリと呟いた。文句を言うのを堪えさせているのは、その声に含まれた安堵感だけだった。

 グンダーは答えなかった。彼はただトムのバックパックをベッドの一つにドサッと放り投げ、小さな埃の雲を舞い上がらせると、疲労と純粋な快感が入り混じったうめき声と共に、もう一方のベッドへバフッと身を投げた。ベッドフレームがギシッと抗議の声を上げる。「よし、余は寝る」

「冗談じゃない!」トムはカッとなって言い返し、ベッドまでズカズカと歩み寄ると、グンダーのオーバーコートの襟をグイッと掴んだ。「僕たち、『番人』の本部に行かないと!契約者に会わなきゃ!」岩のような重さの男を動かそうとする無駄な努力で、彼の顔はカァァと赤くなった。

「なぜ今行く必要がある?」グンダーは、すでにくぐもった声で答えた。彼は足で器用にブーツを脱ぐと、いかがわしい見た目の枕を頭からグイッと被った。「その前に数時間、ぐっすり眠れるだろう」

 その頑固さが、最後の一押しだった。「もういい!一人でそこにいろ、この怠け者!」トムは叫んだ。その怒りで、彼の顔は唐辛子のようにカッカと熱くなる。「僕が一人で行く!」

「はいはい…」グンダーは枕の下からモゴモゴと呟き、あっちへ行けとばかりに手をヒラヒラと振った。それから薄い毛布を頭まで引き被り、人間のミノムシと化した。

 フンッ、と鼻を鳴らし、トムは宿の階段をドスドスと降りていった。古い木の階段を踏む一歩一歩が、彼の不満を響かせる。彼はブツブツと独り言を言いながら相棒の怠惰さと頑固さを罵った。ロビーにいた数少ない客たちは、まるで彼の怒りが伝染するかのようにビクビクと縮こまり、困惑と恐怖が混じった目で彼を見ていた。彼の足取りは重く、それは望むものを手に入れられなかった甘やかされた子供の、苛立ちに満ちたリズミカルなダンッダンッという足音だった。

「じゃあ、僕が一人で行ってやる!」彼は誰に言うでもなくそう宣言し、ドアをバンッと押して外に出た。
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