疾走する玉座

十三不塔

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第三章 逆乱

八時間

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 美しい花には棘があると言うが、砂漠の花と称えられたレヴァヌにも鉄の棘があった。
 
 灼熱の血盟団によって張り巡らされた鉄条網こそが、その棘だった。花を破壊する棘に必要性があるものか。

 ベイリーは憤懣やるかたないといった風情だ。

 やつらは風光明媚なレヴァヌの景観を決定的に損なっただけでなく、治安と風紀まで破壊した。住民たちの笑顔によって醸し出されるムードを台無しにした。

 麗しい白壁の街並みは卑猥な落書きだらけになり、古式ゆかしい前時代の城砦は素性の怪しいゴロツキたちの根城となった。革命軍総司令部などというもっともらしい呼び名は噴飯ものだ。昼間からくだを巻いて、善良な市民とみればちょっとかいを出し難癖をつける、そんな輩がオアシスを我がもの顔でのし歩いているに過ぎない。

 悪魔の中指ミドルフィンガーは鉄条網を断りもなく踏み越えていく。

 たなびく蒸気は、そのまま戦いの狼煙と見えた。
 ゲートを守る団員たちは、かたちばかりの制止を試みたが、装甲車の機銃の銃口が自分に向いていると知ると、なすすべもなく見送った。

 夕焼けに照りかえる鋼鉄の肌を一目みようと街の人々がひっきりなしにやってくる。装甲車は中央広場の美しい噴水に横付けにされた。

「首領はマイルストームという男です」
 ルゴーは前の補給地で仕入れた情報を再確認する。

「さっそくやってきたようだ」
「ベイリー様、お気をつけて」とメリサ。
「攻撃されたらすぐにやつを踏みつぶせ。わたしのことは構うな」

 ベイリーはハッチを開けて、鉄の箱から自身を取り出した。屋上部のキャットウォークからマイルストームと対面する。隣には浅黒い男が帯同している。噂の預言者だろうか。どうもそうは見えないな、とベイリーは思った。

 とりあえず相手に攻撃の意図はなさそうだ。とはいえ、恭順を示す態度でもない。マイルストームの傲慢な笑みは口ひげで飾られ、胴にめり込んだ猪首には密生した剛毛がまとわりつく。

「ようこそ救国の英雄殿。街の平和を外敵から守る防護柵を破壊したことは不問に付そう。そうやって高見から俺を見下ろすこともな」
 マイルストームは傲然と言い放った。

「盗人猛々しいとはこのことだな。レヴァヌの街を不法に占拠し、住民たちの安全と自由を脅かしたのはマイルストーム、おまえだ。さっさと子供じみた革命ごっこはやめて灼熱の血盟団とやらを解散しろ、でなければ簒奪者としてこのわたしがおまえを取りのぞくほかない」
「簒奪者だと? 笑わせるな。俺は眠りを覚ましただけさ。新しい世界を作るために立ち上がることを教えただけだ」
「新しい世界? どこにそんなものがある?」
 問いを突き付けた時、強い眩暈に襲われた。
 
 ベイリーは一昨日から食事を取っていない。食欲不振のため最低限の水分以外摂取していなかっただけでなく、激務に追われていたのだ。ベイリーはキャットウォークの手すりに掴まって不調を悟られぬようにした。

「長いものに巻かれたって、じり貧になるってことさ」
 答えたのは、マイルストームではなく、隣の男だった。
「おまえは誰だ?」
「ご挨拶だな。ドッジの森じゃ、砲弾を撃ち込んできたろうが。死ぬかと思ったぜ」
 ガラッドは挑戦的に見上げた。

「忘れたな。ハエを叩いた手はすぐに洗うことにしている」
「おーおー言うねぇ」とガラッドは手を叩く。が、その瞳には抑えきれない叛意がみなぎっている。

「玉座を追っていたおまえがなぜこいつらの仲間に?」
「そりゃ決まってるだろう。この人の高邁な思想に共感したからだ」

 あからさまな褒め殺しにもマイルストームは、うんうん、と納得している。単純明快で裏表のない男であるのは間違いない。おだてられて上機嫌に。得意のアレを披露する気になったらしい。手慣れた仕草で皮のシャツを破り捨てる。

「どーん。竜紋《サーペイン》だ。無学な軍人でも耳にしたことあるだろう? 王になる証だ」
「その不細工な刺青がなんだというのだ。風邪をひく前に服を着ろ」
「ふふふ、驚いているな」
「呆れているだけだ」
 さすがのベイリーも能天気で自分本位なマイルストームに調子が狂わされそうだ。

「ここでしゃべくっててもラチがあかねえ。飯と酒を用意させるからよ、どうだ一杯? 男同士酒を酌み交わして、これからのことを決めようじゃないか」

 敵はゴロツキとはいえ百人単位の武装勢力だ。悪魔の中指から離れたら、あっという間に殺されてしまうだろう。たとえマイルストームにその気がなくとも、ガラッドような男なら、謀を巡らすに違いない。

「……考えておこう」
「ベイリー様ともあろう人がつれないじゃないか。……まさかビビってるのか?」とガラッドに振る。
「王国きっての硬骨漢として名高い、かのクライス・ラドフォードのご子息ですぞ。憶することなどありましょうか」
 ガラッドは慇懃におどけて見せた。

 二人がかりの挑発に、しかしベイリーは眉一つ動かさない。

「八時間やろう。深更の頃に回答をよこせ。回答がなければ攻撃する。その前に攻撃を仕掛けてくるならそこで開戦だ。時間は十分にある。よく考えるんだな」
「待てや。勝手に仕切るんじゃ……」
 マイルストームが言い終わらぬうちに、ベイリーは合図した。

 ゼロッドが車両の内部から、機銃を掃射する。マイルストームとガラッドの足元目掛けた威嚇射撃だ。パッパッパッと穴を穿たれる石畳。

 大げさに飛びのいたのはガラッドだった。

「あんたはよくよく俺をハチの巣にしたがってるみたいだな」
「次は当てる」
「……わかったよ。ここはいったん退くか」
 とマイルストームは両手を掲げて後ずさった。

 二人は背後で見守っていた団員たちとアジトである城砦に引き上げていった。

「平気ですか?!」
 半ば強引にメリサがベイリーを装甲車の中へ引き込む。いまは敵に弱みを悟られたくない。

「ああ」
「ベイリーさん、そろそろ何か口に入れてくださいよ」とゼロッドが心配げに言う。
「いや、昔四日間水だけで行軍したことがある。この程度、なんてことない」

 ベイリーの不調は小康状態だった。悪化してはいないが、回復もしていない。悪寒と痺れはやや軽くなってきたが、眩暈はしつこく襲い掛かってくる。

「やつは刺青を見せびらかしているが……竜紋《サーペイン》とか言ったな」

 ベイリーは自分の身体に浮かび上がった紋様のことを気にしているに違いない。最近の不調はあれと関係あると見たほうがいいだろう。

 メリサがベイリーの疑問に答えた。
「竜紋《サーペイン》は王になるという人間の身体に顕れる徴です。ひとつの時代に三人の候補者《サーペンタイン》が現れるとされており、初代王のハゼムの御代には、矮人ン=ネイと鳥人ワースキプルにも徴が現れたとされています」

「詳しいんだなメリッサ」とナローが冷やかす。「機械しか愛せない女だと思ってたぜ」
「失礼だわね。こう見えて文学少女だったんだから」
「竜紋の話は記憶にあるけど、他に二人いるとは、俺の読んだ本にはなかったなぁ」
 ルゴーが首を傾げる。

「そのくだりは省かれてる本も多いの。なぜなら、ハゼムが選ばれた時、他の二人は天に召されてしまったから」
「なんだよ、それ。落第したら死んじまうのかよ」
 メリサは、わからないといふうに肩をすくめた。

 ベイリーは何か思うところがあるようだったが、それ以上話題を掘り下げようとはせず、目下の問題に焦点を戻した。

「やつらに八時間を提示した。もちろんこれはマイルストームに猶予を与えるとともに我々の準備のためでもある」

 そう、八時間は、むしろ自分たちのための時間だった。居丈高に猶予を与えられた相手は、こちらに余裕がないことに思い至らない。簡単な心理的なトリックだ。長すぎず短すぎない制限時間を設けることで、相手はその間アクションを起こせなくなる。

「勇んで乗り込んでみたものの勝算と言えるほどのものがあるわけではない。この八時間にできる限りのことをする。まずはレヴァヌの詳細な地図を手に入れろ。外に出てもまず手出しをしてこないはずだ。見た限り、マイルストームという男は放埓でいい加減だが、裏をかくタイプではない。追い詰められない限り約束は守るだろう。他にも必要なものはある……」
 ベイリーは細々とした指示を出す。搭乗員たちは忙しく走り回った。

 死ぬかもしれない戦いの前だというのに、メンバーの雰囲気は明るかった。それだけベイリーに寄せている信頼が厚いのだろう。

 外に出たクラリックによれば、血盟団の監視の眼を感じたが、脅威とは感じなかったということだった。ただし、全員の顔を知られたくなかったので、外出するメンバーは絞ることにした。

「ベイリー様、診断の時間です」
「こんな時にまでか?」

 ベイリーの体調が思わしくなくなって以来、毎日決まった時間にクラリックはベイリーを診た。脈拍、血圧ともに異常なし。にもかかわらず、ベイリーの状態は尋常ではない。

「クラリック。もう気に病むことはない」

 ベイリーは王都を出て以来、口にしたことのない話題を持ち出した。狭くプライバシーなど望むべくもない装甲車の車内だったが、ここで言っておかねば悔いを残すことになりそうだ。

「サルキアに手をかけたのはおまえではない。わたしだ」
「やだなぁ気にしてません。そんなこと」
 クラリックはぎこちない笑いを浮かべた。

 ベイリーは見誤ったのだった。クラリックの優しさを。

「いいや。これから死地に臨む。生きるにしろ死ぬにしろ、これだけははっきりさせておきたいのだ。命令を下したのはわたしだ。たとえ直接手を下したのがおまえであったにしろ、そこに罪はないのだ」

 サルキア処刑のさい、ベイリーはむごたらしい刑を避け、苦しまずに死なせる方法を考えた。結果、薬学の知識を持つクラリックに白羽の矢が立った。

 自分の犯した罪に苛まれていくクラリックを半ばさらうようにしてこの旅に連れ出したのはベイリーだった。同行するといって言ってきかなかったルードウィンを差し置いてまでクラリックを選んだのは、もしかしたらベイリー自身、後ろめたさを共有する相手が欲しかったからかもしれない。

「わかりました。……気にしません」
 クラリックは口ごもった。

「言いたいことがあるのなら」とベイリーは促した。「遠慮はいらん。上官と部下という関係も忘れろ」

「わたしは……誰も死なせたくなかった」
「わかっている」ベイリーはクラリックの胸を軽く拳で叩いた。感情を溢れさせるかと思われたクラリックだったが、その瞳は乾いて虚ろだった。

「死なせたくなかったんです」
「わかっている。殺したのはわたしだ。罪はわたしだけのものだ」
 きっぱりとベイリーは告げた。
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