25 / 58
第四章 遡航
王様と猿回し
しおりを挟むついに砂漠が尽きた。
あの単調な風景が終わることになぜ一抹の寂しさが伴うのか、ウェスにもスタンにも説明のしようがなかった。さらに大きく成長したラトナだけは無邪気に喜んでいるようだったが、やがて現れた奇岩と灌木の風景はいまだ荒野と呼ぶにふさわしい眺めだった。
「なぁ、ウェス、おまえさ、どうしてあんなことをした?」
「あんなことって?」
照りつける太陽は以前ほど狂暴ではない。それは喜ばしいことであると同時に光を動力とする光走船《ルカ》にとっては嘆かわしいことでもあった。
「俺を王だのなんのにまつり上げようとしたことだよ。本気じゃないんだろ?」
ナドアの集落での悪ふざけはウェスの数ある悪行の中でも、スタンにとって最も気に食わないもののひとつだった。
「決まってるだろ、スタンが王になれば、僕にたくさん援助してくれるだろ。設備も人も。特に金は湯水のごとく使える。資金は国庫から出るんだからな」
「たとえ……万が一王になったって、お前のバカげた趣味に金を回したりはしねえ。もっと行き渡らせなきゃいけないところがある」
スタンはウェスのとんでもない発明のせいで国の財政が干上がってしまう悪夢を見たことがあった。
「ふふふ」ウェスはなんだかうれしそうに笑った。
「なんだよ?」
「もうしっかり王様気分じゃんか」
ズバリとウェスは核心を突く。
「別にそんなんじゃねえよ。言ったろ、たとえ王様になったとしても、やるべきことをし終えたらすぐに辞めるって」
「北と南を救うのか……そんなことより僕の発明を後押しするんだ。そうしたら時計の針を千年は進ませてやる! 不平等だの差別だのは、まわりくどく人の心なんかを糺すより、科学技術が乗り越えていくんだ」
スタンはそれも一理あると、踏んだ。
奴隷より安くて便利な機械が労働に従事するなら、奴隷は解放されるだろう。だが、ジヴという元奴隷の死闘を目の当たりにした今、スタンの何かが変わってしまった。レイゼルの屈辱と抵抗とが、自分の心の底をうねるように流れているいま、物事はそれほど単純ではないと気付き始めていた。さらに竜紋《サーペイン》を通して伝わってくるのはベイリーの凍てつくような孤独だった。
(あのおっさん、また重てぇもん抱えやがったな。こっちの身にもなりやがれってんだ)
具体的に何がベイリーの身に起きたのかわからない。ともかく彼が傷つき、打ちひしがれていることは手に取るようにわかった。
(このバカ二人とじゃなきゃ、とっくに俺もへたばってたろうな)
「なんだスタンひとりごとか? 気味悪いぞ。ほら、ラトナも心配してる」
竜猿ラトナはウェスが教えた珍妙な踊りを完璧にマスターしたうえ、独特のアレンジを加えて、ついぞお目にかかったことのない前衛芸術の域にまで昇華させていた。
「ラトナ、おまえいい加減、夜になったら、俺の代わりに漕いでくれよ。図体ばっかしでかくなりやがって」
「図体ばっかりじゃないぞ。ラトナはものすごい勢いで知恵をつけてるぞ。スタンおまえより掛け算ならできるといってもいい」
「……ぐっ」
言い返すこともできずスタンは絶句した
九九は6の段で挫折したのだ。湖水の漁師に勉学など不要だったといえば言い訳になるが、天才ウェスの隣にいたことでそっちの方面での努力はバカらしくなったともいえる。いまさら猿の猛追に引け目を感じることになるとは……。
(俺みたいなバカが王になんてなれるわけがないさ)
「それよか、ウェス」とスタンは話を変えた。「おまえ族長に何貰ってたんだ?」
「タブレットさ。ナドアの祈りの文句が刻んである」
ウェスが大事そうに抱えているのは、セラミックのプレートで、その滑らかな表面にはスタンには読めない難解な言語が刻んであった。
――ローデファイ語。
ロドニーの民が使っていたという言葉であり、いまではナドア族の口語の中にその痕跡が認められる程度だ。数学に劣らず語学が苦手なスタンだ、ウェスの詳しい説明を聞いてもチンプンカンプンだった。なんでも十三の連《スタンザ》から成る詩句らしいが、そのどれもが巧妙な回文によって成っているという。
「こいつを見せれば、ナドアの十二支族は必ず僕たちの力になってくれるってさ」
族長もクローパもウェスたちのことを随分と気に入ってくれたようだ。貴重なはずのタブレットをウェスに託したのも、そのためだろう。別れ際、スタンはあたかも王であるかのような丁重な態度で送り出されたのを思い出した。
「あいつらの宝みたいなものだろう。おまえよくそんな大切なものを軽く受け取れるな」
「くれるってんだから、いいじゃないか」
とスタンはふくれっ面になり、
「それにナドアの人たちはみんなスタンに忠誠を誓ったんだから、さ」
「あれはおまえのせいだ。おまえの妙ちくりんなやり口のせいだ」
(俺はマイトルのただの漁師の息子だ)
「僕もラトナもスタンに跪いたんだ、心置きなく命令してくれていいからさ」
「だったら遠慮なく命令するぞ、おまえら二人とも夜になったら船を漕ぐんだ!」
ウェスとラトナはだしぬけに聴力を失ったようだ。何も聞こえない様子で、踊りのレッスンを再開した。
「てめえら!」
スタンは喚きたてたが、ひとりと一匹にはまるで効き目がない。
俺が王になったら、とスタンは心に決める。
(どでかい動物園を作ってこの猿を放り込んでやる。ウェスは石切り場で死ぬまで重労働だ。そのためになら俺は王になってやる)
0
あなたにおすすめの小説
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ずっとヤモリだと思ってた俺の相棒は実は最強の竜らしい
空色蜻蛉
ファンタジー
選ばれし竜の痣(竜紋)を持つ竜騎士が国の威信を掛けて戦う世界。
孤児の少年アサヒは、同じ孤児の仲間を集めて窃盗を繰り返して貧しい生活をしていた。
竜騎士なんて貧民の自分には関係の無いことだと思っていたアサヒに、ある日、転機が訪れる。
火傷の跡だと思っていたものが竜紋で、壁に住んでたヤモリが俺の竜?
いやいや、ないでしょ……。
【お知らせ】2018/2/27 完結しました。
◇空色蜻蛉の作品一覧はhttps://kakuyomu.jp/users/25tonbo/news/1177354054882823862をご覧ください。
揺れぬ王と、その隣で均衡を保つ妃
ふわふわ
恋愛
婚約破棄の断罪の場で、すべては始まった。
王太子は感情に流され、公爵令嬢との婚約を解消する。
だが、その決断は王家と貴族社会の均衡を揺るがし、国そのものを危うくする一手だった。
――それでも彼女は、声を荒らげない。
問いただすのはただ一つ。
「そのご婚約は、国家にとって正当なものですか?」
制度、資格、責任。
恋ではなく“国家の構造”を示した瞬間、王太子は初めて己の立場を知る。
やがて選ばれるのは、感情ではなく均衡。
衝動の王子は、嵐を起こさぬ王へと変わっていく。
そして彼の隣には、常に彼女が立つ。
派手な革命も、劇的な勝利もない。
あるのは、小さな揺れを整え続ける日々。
遠雷を読み、火種を消し、疑念に居場所を与え、
声なき拍手を聞き取る。
これは――
嵐を起こさなかった王と、
その隣で国家の均衡を保ち続けた妃の物語。
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
アガルタ・クライシス ―接点―
来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。
九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。
同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。
不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。
古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる