貴族子女の憂鬱

花朝 はな

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第九話 カフェでの出来事②

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 「私は王家よりフェリクス殿下の婚約者に定められています!」

 これは・・・、どういう事・・・?。

 ちらりと第二王子殿下を見る。なぜか額に手を置いて軽く俯いていた。

 「わ、わたくしは以前王妃殿下とのお茶会の席で、フェリクス殿下に興味があるかどうか尋ねられました。もちろん、興味があるとお答えいたしましたところ、前々から王妃殿下はわたくしをフェリクス殿下の婚約者にしたいと思っていたと仰られました。その後しばらくしてから、内々に国王陛下と王妃殿下のお召しがあり、わたくしは父である内務大臣とともに命に従い参内致しました。そのお召しはフェリクス殿下とわたくしとの婚約についての約定を交わすことでございました。
 その参内時に、陛下は仰ったのです。いまだ留学中のフェリクス殿下なので婚約についての公表はせず、フェリクス殿下が戻られてからわたくしを国内外に公表したいと思っているとはっきりと言われましたのです」

 「・・・はあ」

 私は令嬢の言葉を聞き、思わず遠い所を見てため息を漏らしてしまった。これ、結局エルベン国の王族全員知っているのでは?
 よくもまあ、ログネル王国の女王陛下の申し出に、エルベン王国第二王子殿下は婚約していないとか答えられたものだ。女王陛下、これ知ったら怒るでしょうな。と言うか、カイサが即書面で報告するだろうな・・・。

 「・・・王妃殿下はフェリクス殿下を他国に婿として出したくはないと、わたくしに仰ったのです。できればフェリクス殿下は国内の貴族のご令嬢を娶ってエルベン王国で暮らして欲しいと仰られておりました。臣籍に降って生きて欲しいと」

 「・・・一つ聞きますが、母上が、いや、言い直します・・・王妃殿下は、本当に婚約相手はイルムヒルデ・キルシュネライト伯爵令嬢に決めたと言われたのですか?国王陛下もあなたを婚約者とすると言われたのですか?」

 「・・・お二人とも、そう仰いました」

 ちらりと私を見る令嬢。それに気づいた私が見返す前に、令嬢の視線はつと離れて行った。

 「フェリクス殿下、わたくしは国王陛下と王妃殿下より婚約の打診をされ、それをお受けいたしましたのです」

 令嬢の言葉に眉を寄せる第二王子殿下。眉間に指を当て、令嬢を見つめる。ちらりと私を見た第二王子殿下は、徐に令嬢に視線を移してから口を開いた。

 「・・・キルシュネライト伯爵令嬢、まずは申し訳ないことをしましたと謝罪を致します。私はこの自分の婚約について知らなかった。国王陛下と王妃殿下の思惑についても知らなかったのです。それは誠に誠意のないことでした。ですが、私に何も知らせなかったのは、何かあったからではないかと思います。そのため、この婚約についての一切を国王陛下に確認したいと思います」

 そう話しながら第二王子殿下は私を見た。つられた令嬢が私を見たが、すぐに目を逸らす。

 「キルシュネライト伯爵はエルベン王国の重臣の王子の一人です。キルシュネライト伯爵令嬢を妻としたならエルベン王国の王子として国に貢献できるでしょう」

 第二王子殿下の言葉に、一瞬だけ気色を漲らせた令嬢だったが、それに続く言葉で肩を落とす。

 「ですが、こちらのお方はログネル王国のお方。こちらの方とお話がまとまれば、エルベン王国としても、西の大国であるログネルとのより深い関りのできる可能性の高い話なのです」

 少々露骨な物言いだったが、決して俺が俺がとがつがつしているわけではないようで、さほどの嫌らしさはない。優し気な雰囲気が嫌らしさを緩和して、嫌悪感を抱かせなくしているのだろう。

 先ほどの言葉を言った後、第二王子殿下は私をじっと見ていたようだが、私はカップを手に持ち、視線をそのままカップの中に落として何も見ていない様でいた。こういう場合はどういう表情でいればよいのだろうか。
 結局、私は手の中のカップのお茶を軽くゆらゆらと揺らしては波紋をぼんやりと見ていた。私が顔を上げようとはしないため、第二王子殿下は微かにため息を漏らして、視線を別に向けたようだ。

 「・・・フェ、フェリクス殿下の婚約者はわたくしと、陛下は仰られましたのに・・・」

 令嬢が息を呑む。こういう言葉は予想していなかったのだろう。本来なら勝気な印象のある令嬢だが、目を見張っているようだ。
 しばらく第二王子殿下を見つめた後、令嬢は俯いた。

 「・・・わ、わたくしを馬鹿にするのでございますか?」

 わなわなと体を震わせながら、手にハンカチを持ち、それをもみくちゃにしながら令嬢が俯いたまま低く聴きとりにくい声で言った。

 「・・・いえ、そういうわけではないのですが・・・」

 令嬢のぼそぼそいう声に第二王子殿下が少々狼狽えたように口籠る。

 「・・・わたくしは、キルシュネライト伯爵家の娘として、非公式ではありましたが国王陛下より婚約の打診を受け、それを了承しております。フェリクス殿下に嫁ぐために必要な研鑽をするために、私費でこのルベルティ大学にも留学しております。
 ・・・殿下はそれを反故になさるおつもりなのですか?わたくしと内務大臣であるわたくしの父、そして国王陛下との約定を違えても良いと言われるのですか!」

 徐々に令嬢の声が大きくなり、カフェの中に居た者の視線が集まってくる。好奇心からこちらを見た者の中に学生が居るのだろう、私のことを認めた者が声高に話し始めた。ちょっとこれは困るかも・・・。
 その中に見たことがある気がする黒髪で碧い目の男性がテーブルに着き、なぜかじっとこちらを見ていた。・・・何か思い出しかけて、ふっとその思いを掴み損ねる感じがして、思い出せない。
 軽く頭を振り、目の前の二人に視線を戻す。

 「第二王子殿下、皆の注目を集めております。これ以上は私たちの評判に係りますよ」

 仕方なしに、私が二人に、というか第二王子殿下を中心に声を掛ける。

 「あ、そうですね。・・・人の目があるから穏便に話せると思ってこのカフェに来ていただいたのですが、こういうことになるなら逆効果だったかもしれませんね」
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