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第十八話 貴族子女への襲撃①
しおりを挟む唐突だったフェリクス殿下の訪問から二週間ほど過ぎた。
私は学園の授業に出ていた。その講座の一般的な名称はまだないが、講座名として標榜されていたのは、『地形政治学(仮)』だった。最近老成と称しても良い年齢の人物が考案した学問で、地形を中心として、その選んだ地域での人口、流通、領土運営、外交、軍事行動などの情報から採用すべき政治手法を論ずる講座だ。どちらかと言うと政治に関心がある王族を含む貴族が主に受講しており、私もその一員だ。
この講座の主眼である、状況が限定された中で領土を守るかを考えるのは丸一日それだけを考えていても自分の解決案を見つけられないことも多い。講座中は他の受講者が色々な案を出してくるため聞き取るのに集中し、聞き取ってからはその案の効果を考えなければならないために、講座が終わるといつも相当疲れてしまう。しかし疲れたとしてもそれだけの価値はある講座だと思っている。
ただ不幸なことにこの講座は王族を含む貴族に人気があるため、私の国であるログネル王国を見下したあのメルキオルニ侯国の王子も受けていた。私は講座自体は相当気に入っているのだが、この王子はそうではなかったのか、最近は口座に顔を出さなくなった。ちなみに過去には例のアランコの第三王子も受けていたのだが、今彼は学園に在籍だけある程度で、どの講座にも顔を出すことはなくなっていた。あの王子は、そもそも学園のあるルベルティに居るのかどうかすらわからない。
私は今日話される内容について考えながら、『地形政治学(仮)』の講座用に用意された部屋に入ろうとして足を止めた。私は学園側に、ある特別な身分の者として護衛が付くことが許されていて、今日はマーヤが斜め後ろに影のように付き従い、ヴィルマルとモルテンが護衛としてマーヤの後ろを歩いていた。私の前はルンダールのフルトグレーン家の騎士が立ち、私たちを先導する形で進んでいたのだが、その全員が足を止めた。私の前を進んでいた護衛騎士が腰の剣に手をやり、すっと心持ちからだを沈めた。いつでも抜刀できる態勢になっている。
私の前に、部屋に入ろうとして私と同じく足を止めた男性がいた。その黒髪の男性は私を認めたあと、一瞬だけ鋭く意識を飛ばすように周囲を見回す。私の後ろにも同じように講座を受ける者の姿を確認したか、その鋭さはすぐに霧消する。・・・私に何か言いたいことでもある・・・のか?
「・・・よう・・・」
彼が片手だけ上げる。対する私は言葉もなく、黙ったまま軽く一礼する。
彼の名は、確か・・・ニコライ・ジーナ、・・・カブン?カヴェン?カーヴェン?・・・まあ、いいや、そんな名だった。皇国の出だったっけ・・・?
私が頭を上げると、彼はもはや私の前には居らず、部屋の中に入り、奥へと足を進めていた。私がその姿を目で追っていると、彼は用意されていた椅子に身体を投げ出すようにして座り、私に関心を失ったように手にしていた資料を広げ始めた。
アリオスト王国などの小国に対する野心を隠そうとしていない皇国は、そもそもこの学園に留学するものは居ない。このニコライ某は珍しい存在だった。
私が部屋に入る時に、護衛たちは部屋の外で待機、マーヤは私の後ろについて一緒に中に入ってくる。学園側も先だってのアランコの第三王子のこともあり、私の安全を慮ったのか、侍女が部屋の中に入り、講義の間傍に侍ることを許している。
私は彼の席から少々離れた出入口を確認できるような椅子を見つけて腰を掛けた。当然のようにマーヤが私の背側に立つ。どうせマーヤのことだ。眠そうな目つきできょときょと視線を動かしながらも、私以外の講座出席者の挙動を観察しているのだろう。
私も持ってきた資料を広げていると次々に講座を受けるものが入ってきた。だが私のように侍女と護衛を引き連れてやってくる者は他には居らず、居たとしてもそれは相当身分の高い貴族か、その縁故者で、ほぼ侍女か侍従を連れてくる程度だった。これでは過剰と思われても仕方ない。
フェリクス殿下が不安と言っていたことに対応するため、私はあれから学園内でも侍女と護衛を連れて歩く様にしていた。そのような対応にしていても、なぜかフェリクス殿下はあの男性たちを引き連れて毎回迫ってきている。
『フェリクス殿下はどのような情報を持っているのかしらね?』
数度目かの護衛の申し出を蹴った後、宿舎に戻ったあと、義母に呼ばれてまたお茶の相手をした時、その侍女としてついてきたカイサに尋ねたが、カイサも情報は掴んではいないらしく、首を横に振る。実のところ私の専属侍女は、母の命もあり、カイサ以外は護衛もできる武芸を学んでおり、私の護衛の中の最後の砦とも言われている。ちなみにフェリクス殿下の話の後、カイサは年齢もあり、武芸もさほど得意ではないと自ら学園について行くことを辞退し、代わりの侍女達の誰かが就くようになっていた。
『・・・申し訳ありません。情報を影たちにも確認しているのですが、今のところ判明していない模様で・・・』
影とはどこの国にも居るであろう情報を集める、国内外で要人の安全を図る、破壊工作をするという表には表れない集団のことだ。彼らは内務卿の管轄であり、内務卿の命によって国内外で活動している。
『あらあらまあまあ、どうしたの?浮かないお顔ねえ』
お茶の席で義母が浮かない表情の私を見て取り、いつもの調子で問いかけて来た。
『・・・いえ、何もありません・・・よ』
『・・・嘘おっしゃい。心配事があるのでしょう?その美しいお顔の眉間に皴が寄っているわよ。その皴美しくないので、あなたの美貌にそぐわないわ。・・・何か心配なことがあるなら、私にご相談なさいな』
その言葉に私はしばしためらう。ちらりと横に座るカイサを窺うが、カイサは無表情で何も言わない。ちなみにカイサはログネルでは立派な子爵位を持つ貴族なので、義母のお茶には席を与えられてお茶の相伴に預かっている。義母が、早い時期のお茶の会でカイサを無理やり用意した椅子に座らせてから、辞退しようとするカイサをいつも強制的に座らせるので、近頃はもうあきらめたのか座るようになった。
『・・・何か、私に対して良からぬことを企てる者たちが居るようなのですが、それが誰で何をしようとしているのか、いつ起こすつもりなのかわからなくて』
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