探偵君の憂鬱な恋愛 ─惚れた相手は運び屋でした─

夜野綾

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26 俺の過去なんか聞きたいか?

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 気晴らしに適当な話をしながら、2人は南下を続けた。どこそこのラーメンがおいしかったとか、函館のラッキーピエロは他に何がおいしいのかとか。雪はなくなり、ヒーターは弱められた。
 流れていく景色は、相変わらず田舎の中だ。太陽は傾き始めてはいたが、まだ夕暮れには少しだけ間があった。今野は給油できるサービスエリアには必ず寄る。これも同じ。
 話すこともなくなった頃、今野は世間話のようなノリで時宗に話を振った。
「なぁお前、なんで探偵やってんだ?」
 時宗は集中力が切れ、眠くなってきていた。少し前のサービスエリアで買った、山の形のメロンパンを食べているところだった。
 チョコレートがかかったメロンパンは、さくさくした外側がおいしい。ぼんやりと一口分ちぎって口元に持っていってやると、今野はステアリングから手を離さないまま、ひな鳥のようにパクンと食べた。その仕草が気に入って、時宗はさっきから自分はあまり食べず、今野の口元を眺めてぼけっとしている。
「んまいなこれ」
「あぁ……んまいな。もう一個買ってあるけど食べるか?」
「食う」
 いくらトラブルがあっても、差し当たり2人は東京に向かう以外にすることがない。今から緊張し続けていたら、東京に行ってから精神がもたない。そんなこんなで、今の2人の間には、妙なのんびり感が漂っていた。
「で? 叔父さんが所長さんって言ったべ? なんでそこで仕事するようになった?」
 お前、ほんとに俺に慣れてきたな。
 時宗はぼんやり思った。最初は無口な奴だと思ったのだが、けっこう野次馬根性があるらしい。
「まぁ……成り行きだよ」
「オレの仕事だって成り行きだ。探偵やってる奴なんて、初めて見た」
「大部分の人間は探偵なんか見たことないだろ」
 もう一口、パンをちぎって今野に食べさせる。弥二郎のことがなけりゃ、この旅は楽しいんだけどな。
「探偵って、どうやったらなれんだ?」
「どうって……俺の場合は単純に、叔父の手伝いやってるだけだからな……」
 なんで探偵なんかやってるんだろう。
 それは時宗が聞きたい疑問だ。
 そもそも弥二郎だって、なぜ探偵をやっているのかわからない。仕事に情熱があるようには見えないし。宣伝活動もしていないどころか、この間、ものすごく難しい顔でパソコンをいじっているので横からのぞいたら、ソリティアをやってるだけだった。
 まさか、ハードボイルド気取りの暇つぶしじゃないだろうな?
 弥二郎の場合、可能性がゼロではないところが怖い。南条グループのどの会社の株を持っているのか教えられていないが、そっちの利益でのほほんと暮らしているんじゃないかと時宗は思っている。
 そんな弥二郎を『手伝っている』ことになっている時宗も、給料はもらっているが、仕事が多いわけじゃない。まぁ……長期で自主的にやってる案件はあるが、報酬は多分発生しない。
 もこもこ動く今野の口元をぼんやり眺めながら、時宗はなんだか空しくなった。目標もなく、浮草のような仕事を続けていく今の人生に、意味なんかあるんだろうか。
「なんで探偵なんかやってんだろうな……」
 ぽつんと呟くと、今野はお茶を飲みながら横目で時宗を見た。
「面白い仕事だと思うけどな。なぁ浮気調査とか、すんのか?」
「浮気……まぁ、時々やるな。実際はひたすら張り込みやってるだけの、地味な仕事だ」
「ふ~ん」
 溜息をつき、パンを一口ちぎって自分の口に放り込む。
「俺の場合は、なんていうか、仕方なくやってる部分もあるしな」
 今野の運転を眺める。仕事が嫌だとはいえ、運転自体は本当に好きなのだろう。今野はバックミラーを確認すると、再び滑らかに車線変更をした。シフトチェンジの仕草が綺麗だ。レバーの上に置かれた今野の手を見ながら、時宗は思う。自分には、本当に好きなことがない。友人もおらず、趣味らしい趣味もない。
 今野は、追い越しを終えて走行車線に戻ると、しばらく黙っていた。やがて静かに言う。
「オレも、仕方なくこの仕事やってる。旅は道連れって言うべ? やなことしゃべってみたら、いんでないか?」
「そうか? ……まぁ、お前の身の上話を聞いておいて俺は話さないってのも不公平か……」
 時宗はお茶を一口飲み、座席の上で座り直した。
「俺の話も、けっこう長いぞ?」
「暇つぶしにはちょうどいいべ?」
 今野はそう言うと、にやりと笑った。ほんの少し気が軽くなり、時宗はぽつぽつ話し始めた。
「なんていうか……。俺の実家はかなりの金持ちなんだ。会社をいくつも持ってて……多分、お前のじいさんより大規模だと思う」
「へぇ。お前そんなんだけど、御曹司なんか」
「その言い方は好きじゃないんだが、まぁ、そういうことだな。で、家族関係は最悪なんだ。俺の父親ってのがとにかく性格が悪くて、なんでも威圧的に自分で物事を進めるタイプで……逆らう者は一切許さない。モラハラとパワハラの鬼みたいな奴。誰も自分に逆らえないと思って、やりたい放題してる。
 祖父もまぁまぁ頑固なんだが、経営のセンスはあった。ところがその息子である俺の父親は、経営のセンスもない。無能と言っていい。さらに、自分におべっか使う奴以外はみんな追い出す。
 で、まず結婚する時に一悶着あった。
 父親がそんなんだから、祖父はなんとかしようと、育ちが良くて真面目な女性を見つけて結婚させようとした。父親はそれが嫌で、反発した。当時付き合ってた女性……キャバ嬢だったかな? その人をわざと妊娠させて、責任を取るという名目でそっちと結婚したんだ。女性の方も、金持ちと結婚できるってんで、その話に乗った。
 ところがいざ結婚してみたら、ま~モラハラがすごくて、嫌になったその女性は息子を置いてさっさと逃げ出した。最初の結婚が失敗したことで、父親は次はしぶしぶ祖父が選んだ女性と結婚した。それが……俺の母だ」
「お母さん、いい人だったんか」
「あぁ。真面目で、一生懸命父親を愛そうとした。でも、そういう事情だからどうにもならなかった。父親は会社の経営も杜撰で、当時から脱税や使い込みの疑いがあった。だから母はだんだん経営なんかにも口を出さずにいられなくなった。
 結果、母は身一つで屋敷から追い出されるように離婚された。俺の親権をなんとか取ろうと頑張ってくれたんだが、父親の方が社会的権力は圧倒的に強い。俺が小学校5年生の時だ。母親は何度も何度も俺に謝って、振り返りながら、屋敷を出ていった。今どこにいるのか……あれ以来、俺は一度も母に会っていない」
 今野は黙って聞いていた。
「俺には家庭教師が5人ぐらいつけられて、ほぼ24時間監視されてる状態だった。母が出ていってから高校2年まで、俺の記憶はほとんどない。ただ機械みたいに勉強してるだけだった。いつかこの家を出ていくんだ。母に会いに行くんだと思いながら、俺はそれ以外のことを考えないように生きてた。
 叔父はずっと俺を心配してくれて、よく屋敷に遊びに来た。すでに探偵稼業を始めていて、不規則な時間に体が空く。父親のいない時間を狙ってやってきては、叔父は仕事の時とかの面白い話をして、一緒に飯を食べて帰っていった。
 そして、俺が高校2年の時、大事件が起こった」
 時宗はお茶を飲んだ。そう、弥二郎はいつも心配してくれた。だから孤独について文句を言うべきじゃない。
「その日の夕方、俺が学校から帰ってくると、叔父が来ていた。俺たちはいつものように、他愛ない話をしていた。そこへ、訪問者があった。一見すると普通のサラリーマンで、ちゃんとスーツを着ていた。仕事関係の人が書類の受け渡しなんかで屋敷に来ることもあったから、警備も疑わなかった。
 他の仕事の人と同じように、その人も玄関先でお手伝いさんとちょっと話した。要件は何ですかとお手伝いさんが聞いた途端、その人は……包丁を取り出してお手伝いさんに突きつけた。
 玄関ホールは大騒動になった。その人の怒鳴り声が聞こえて、俺も叔父も慌てて見に行った。
 40代ぐらいの……落ちくぼんだ目をギラギラさせた、やせ細った人だった。その人は叔父を見て、俺の父親を出せとわめいた。
 叔父は咄嗟に、警備もお手伝いさんも全員を制止して、その場でその人に事情を聞いた。何か……思い当たることがある感じだった。
 ……ひどい話だった。
 その人は以前、父の会社に勤めていたんだ。父は社内では独裁者のようで……成績が悪い部下を吊し上げるもんだから、企業体質そのものがパワハラを許容するものになっていた。おまけに父には横領や背任、脱税……色々疑惑もあった。
 で、その人はひとりで証拠を集めて内部告発をしたんだ。
 結果は……父は理由をつけてその人をクビにした。その人がマスコミとかに何を言っても信用してもらえないように、SNSに何を出しても火消しが簡単になるように、あらゆる罪をなすりつけた。女性を雇って偽装浮気の写真を撮ったり……。
 その人は、再就職先もなく、当然のように離婚され、近所の噂の的となり、ホームレスにまで堕ちた。自殺する前に、せめてもの復讐で、なけなしの金でスーツと包丁を買い、屋敷に来たんだ。
 叔父は顔面蒼白になった。その浮気の写真を撮ったのが、叔父だったからだ。父に頼まれて素行調査をしただけだと思っていたのに、知らない間に、人を破滅させるのに加担させられていた。
 警備の人も、お手伝いさんも、全員、父はそういうことをしそうな奴だということを知っていた。俺もだ。
 で、静まり返った玄関ホールに、当事者の父が帰ってきた。
 まぁまぁ壮絶な修羅場になったよ。俺と叔父は怒り狂い、父は上から目線でこっちの口を封じようとする。
 ずるいことばっかやってんなよって俺は怒鳴った。父は俺を……思いっきりビンタしやがった。親に向かってなんて口をきくんだってね。
 親の言うことも聞けないような奴は出ていけ。ひとりで何もできんくせにって父は俺をせせら笑い、その場で警察を呼んだ。最後まで俺たちは、包丁持ってやってきた人をかばったんだけど……ダメだった。その人は警察にしょっぴかれていった。
 叔父が、一緒に来るかって言ってくれて、それから俺は叔父のところで暮らすようになった」
 今野が、真っすぐ前を向いて運転しながら、悲しい目になった。唇を引き結び、じっと時宗の話を聞いている。
「高校を卒業するって時期に、俺は父に呼び出された。俺は大学進学がすでに決まっていたんだが……父の元に戻って言う通りにするなら学費を出してやると言われた。俺はもう父の顔は見たくなかったから、喧嘩して、屋敷を出てきた。大学なんか行かないで働いたっていい。とにかく父親にかかわるのは嫌だった。
 話を聞いて、叔父は心配すんなって言ってくれた。学費は出してやるって。俺の父親とは別に、叔父はどれかの会社の株主らしくて。で、俺はバイトしたり叔父の仕事を手伝ったりしながら大学に通った」
 お茶を飲む。2人の車は福島を抜け、いつの間にか栃木県に入ろうとしていた。ガソリンスタンドのあるパーキングエリアをひとつ通り越したけれど、今野はそれに気づいていないようだった。真剣に、時宗の話を聞いてくれている。
「で、ふらふらしてないで、ちゃんと就職して仕事するのが叔父への恩返しだと思って、俺は就職活動も真面目にやった。いくつか内定もらったんだけど……。妙なことに、仕事が決まると向こうから断りの電話が入るんだ。申し訳ない、企業の業績が悪化して……とかって理由をつけてくるところもあれば、逆ギレしたみたいに開き直るところもあって。
 父親が妨害してるって途中で気づいた。
 まともに働きたかったら家に戻って父親に従え。そうでないならお前は許さんっていうのが、電話での返事だった。俺は……就職をあきらめて、卒業した後もそのまま叔父を手伝ってる。
 ま、頭にきてるんで、勝手に仕事ができるように司法試験の勉強してるんだけどな。あと、これはかなり長期に渡って叔父に内緒でやってるんだけど……グループ企業を辞めさせられた人たちのネットワークをこっそり作って、まだ会社内にいる人にも慎重に声をかけて、父親と兄の悪さの証拠をずっと集めてる。そのうちあいつらを刑務所に入れてやろうと思ってな」
 空はやっぱり、明るく晴れていた。太陽はさっきより傾き、空は赤みを増してきている。今まで誰にも話したことのないことを話せて、なんとなくスッキリした気分だった。
「友だちは誰もいない。俺の方から全員切った。俺との人脈のせいで彼らのキャリアに妨害が入ったら悪いしな。でもこれは俺の方から考えてやったことだから……文句つけることじゃない」
 突然、今野が手を伸ばして時宗の髪をくしゃりとかき混ぜた。乱暴だけれど、優しい仕草。
「お前そんだけ頑張ってんだ。文句言ってもいいべ? いいふりこきなんかしなくていい。誰もいねぇならオレ友だちになってやっから。な?」
「お前の人生が、この仕事で終わりにならなかったらじゃなかったのか?」
「人手不足なんだから、採用前倒しでいんでないか? 内定取り消しなんか気にすんな。オレも……友だち認定できないまんま死んでも、しょうがねぇし」
「今野……」
「海斗でいい」
 柄にもなく泣きそうになり、時宗は慌てて今野から体を離した。助手席の窓の外を眺める。ずっとずっと、両脇は防音・防風のために小高い林が続いている。大地を見通すことはできないけれど、車は確実に南に向かっている。
 目的地が見えなくても、きっと俺たちは広く自由な場所へ行きつける。
 できたら、海斗と一緒がいい。
 鼻の奥が、詰まったようにツンとなった。何年も何年もこらえていたものが目から落ちそうだ。時宗はそれが零れないように目を精一杯見開き、息を殺して心の波が静まるのを待った。
 30分ぐらい経って、時宗は絞り出すように声を出した。
「時雄って……いうのは探偵の仕事してるときの通り名だ。俺の名前、ほんとは時宗っていうんだ」
「お前も名前、嘘ついてたんか!」
 びっくりしたような海斗の声に、時宗は振り向いた。
「俺は……ほら、仕事だから」
「オレだって仕事だからだ! エラい剣幕でオレに怒ったけど、お前だってそんな資格なかったんでねぇか!」
「……すまん」
「ほんっとしょうがねぇなお前」
「悪かったってば。お互い、仕方なかったってことで。お前に怒ったのは謝る。な? 晩飯おごるからさ」
「……ほんとか?」
「あぁ」
「ラーメンに炒飯つけていいか?」
「……うん」
「チャーシュー足してもいいか?」
「…………わかった」
「じゃあこの話はおしまいだ。東京行ったらお前の好きなラーメン屋を教えれ」
 そう言って、海斗は時宗を励ますように笑った。

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