31 / 44
31 事務所にやっと帰ってはきたものの
しおりを挟む
館林のコンビニでの一件が功を奏したのか、あるいは警察を警戒してか、事務所の周囲に見張りや尾行らしき車はいなかった。張り込んでいる不審な人物もなし。
時宗と海斗は事務所の近所を3周すると、敬樹と警察に連絡してマンションの訪問者用駐車場に車を入れた。制服警官が2人近づいてくる。
自分たちの素性を話し、2人は事務所に入った。鑑識などがまだ作業している中、捜査責任者だという警部補のところへ2人は案内された。時宗は自己紹介の後、捜査の状況を聞いた。
「おつかれさまです。この度は色々とありがとうございます。その後、叔父か犯人から連絡は……?」
山本と名乗った警部補は、まだ何も連絡はないが、時宗が録ったデータから、黒いワゴンの持ち主は割り出したという。今、持ち主の交友関係を洗っているが、写真から見ておそらく暴力団関係者につながるだろうということだった。
「連中に心当たりはありますかね?」
事情聴取に当たっている捜査員からのその問いに、時宗も海斗も首を振った。
白いセダンの方は、案の定、札幌の暴力団だった。海斗は冷静に、自分が借金のカタに運び屋をやらされていたこと。積み荷は何か一切わからないこと、そしてすべての情報を提供することを話した。覚悟の上だ。
時宗は一刻も早く敬樹の様子を見に行きたかったが、海斗の事情聴取が一段落するまで待つことにした。その間に誰にも見られずに砂糖をチェックしたい。
海斗が警部補と捜査員に自分の知っていることを話すのを視界の隅で見ながら、時宗は指紋採取などに協力し、捜査員と事務所の中を一通り確認した。海斗は少し疲れた顔で、勧められたソファーに座っている。
ファイルは腹立ち紛れという感じにぶちまけられていた。その光景に眉をひそめる。鑑識の作業はそろそろ終わるところらしく、捜査員が一冊ずつ段ボール箱に詰める作業をしていた。
「……全部持っていくんですか?」
「えぇ……」
弥二郎のかっこつけでファイルを並べてはいるが、中に個人情報はない。全部弥二郎が趣味で集めている、古い家の建物図面だ。だが仕方がない。多分意味はないだろうが、これも彼らの仕事だ。パソコンも捜査員が調べていた。敬樹がパスワードを教えたのだろう。
主が連れ去られ侵略された事務所は、もの悲しく見えた。大切なものが奪われるのには慣れたと思っていたのに、今、時宗はひどく疲れた気分になっていた。車の中では前向きに戦えると思っていたし、海斗と明るく話しながらあれこれ作戦をイメージしていたのに、現場を見たら、ショックが遅れてやってきたようだった。
数日前に弥二郎と向かい合って話したソファーには、捜査員と海斗が座っている。今、捜査員が座っている場所には弥二郎が、海斗が座っている場所には自分がいた。のんびりしたものだった。
お土産だって買って来たんだ。無事でいてくれ……。
溜息をつく。だめだ。こんな状態で考え事をしても、いいことはない。
「コーヒーをお淹れしますけど、飲みたい方はいらっしゃいますか?」
時宗は事務所全体に声をかけた。捜査員は全員、おかまいなくという感じだった。海斗を見ると、やはり首を振っている。
許可を取り、時宗は小さな給湯室に入った。誰もついてきていないのを確認し、電気ケトルをセットして戸棚を開け、インスタントコーヒーの瓶と砂糖、粉末のコーヒーミルクを取り出す。
マンションの方は砂糖壺だけど、こっちはスティックシュガーなんだよな……。
さりげなく、大きいパッケージに詰まった細長い小袋を探る。特に何かが混ざっている感じではないんだが……。見つからず、今度は袋をひとつひとつ触っていく。
これか?
ひとつだけ、砂糖が入っていない袋がある。時宗はそれを引っ張りだした。下の方は破り取られ、中身は抜かれている状態だ。軽く振ると、中から細長く折りたたまれた紙が出てきた。
これが依頼人の名前か?
そっと紙を開いてみる。何が書いてあるんだ?
『お前のじいさんマジでボケてやがる。頑固でほんと頭にくる。ばーかばーか』
………。
………………。
いやこれ何なんだよ?!
40歳にもなって『ばーかばーか』はないだろうが!!
ふつ~~の悪口じゃねぇか、何考えてんだ? しかもこれ事件に関係ないだろが!
関係は……あるのか。お前のじいさんって海斗のじいさんのことか? それに、『コーヒーに砂糖入れすぎんな』という言葉の通りに、ここにメモがあった。ということは、弥二郎はあらかじめトラブルを予測し、細い紙を用意し、メッセージを書き込んでここに仕込んだ。
先の見通しの正確さと手間を考えると、これをただのストレス解消とは考えない方がいい。いや……うん、ただのストレス解消だな、この文面は。ただ、メッセージをストレス解消に使っている。だから他の人間がたまたまこれを見つけても、ただのストレス解消だとしか思わない。
『お前のじいさん』。
依頼人の名前を頑なに出さないのには、どんな理由がある? 電話番号も住所も書かれていない。
マンションの方の砂糖壺には何か入っているだろうか。『砂糖入れすぎんな』という言葉から、向こうにも何かある可能性はある。こっちのコーヒーは来客用で、時宗は基本的に事務所でコーヒーを飲まないからだ。
そっちを調べてから考えた方がいいだろうか。
時宗はメモを小さく折りたたみ、ジーンズのポケットに入れた。何食わぬ顔でインスタントコーヒーを作り、マグカップを持って給湯室を出る。壁に寄りかかり、時宗はコーヒーを飲みながら海斗の事情聴取が終わるのを待った。
1時間後に海斗が立ち上がると、時宗も壁から離れる。
「聴取終わりました?」
「えぇ。一旦は。明日もう一度お話を伺えればと思います」
警部補の言葉に、時宗はうなずいた。
「では、次は俺の番だと思うのですが……」
警部補が時宗に座るよう促すのを制し、時宗はマグカップをテーブルに置いた。
「申し訳ありません。海斗は札幌からここまで2日間運転し続けて疲れています。それに、上の自宅では未成年の身内が臥せっている。一度、海斗を連れて自宅に戻り、2人のケアをしてから戻ってくるという形でもよろしいでしょうか」
穏やかに言った後、時宗はちらりと海斗を目で示す。
警部補と捜査員はすぐに気遣ってくれた。
「わかりました。どのぐらいかかりますか?」
「そうですね……30分はかからないと思います」
「では」
警察官の付き添いと一緒に、時宗と海斗は事務所の奥からエレベーターホールへ出た。
4階まで上りながら考える。『お前のじいさん』。頭にくるほど頑固なのは、時宗の祖父も同じだ。ただその場合、弥二郎は大抵『親父』と呼ぶ。
海斗のじいさんで合ってる、よな??
冷えた階段を上り、3階につくと時宗は自分の部屋の鍵を出した。警察官がそれを制し、無線で中と連絡を交わす。ドアが開き、女性警察官が顔をのぞかせた。
「こんばんは。お世話になっております」
「あ、おかえりなさい」
ほっとする笑顔の人だった。
その向こうに、自室から飛び出てきた敬樹が見える。
「敬樹」
「時宗さん! おかえりなさい」
走ってくる敬樹を抱き締め、時宗は頭を撫でた。
「ただいま。もう大丈夫だ。ちゃんと休んだら、一緒に弥二郎を探そうな」
「おかえりなさい。おかえりなさい」
ぎゅうっと抱きついてくる敬樹の気が済むまで、時宗は両腕で敬樹を包んでじっとしていた。しばらくして、敬樹はやっと身を離し、時宗と海斗を見上げた。
「おつかれさん。お前、少しは眠れたか?」
「眠れなかった。心臓がバクバクして収まらないんです」
海斗が心配そうに敬樹をのぞきこむ。
「あ、敬樹、こいつが海斗だ。海斗。こいつが敬樹。仲良くしてやってくれ」
「よろしくな」
「よろしくお願いします」
時宗はリュックを下ろしながら、リビング・ダイニングを見渡した。リビングのソファーテーブルには機械やノートパソコン、無線などが並べられ、ちょっとした捜査デスクになっている。警察官は、出迎えてくれた女性の他にもうひとり、若い男性警察官がいた。事務所から付き添ってくれた警察官は、玄関で警戒に当たってくれている。
「こちらに変化はありませんか?」
警察官に声をかけると、女性警察官が話し始めた。
「そうですね……特に連絡も来ておりませんので、今夜はきちんと休んだ方がいいと思います。後でさらに応援が来て、交代でここに詰めることになっているのですが、よろしいですかね?」
「えぇ。お願いします」
時宗はダイニングの椅子を引き、敬樹と海斗を座らせた。
「何か飲むか? お巡りさんも……何か飲みますか?」
こちらでも、やはり警察官は首を振った。
時宗はさりげなくキッチンへ行き、戸棚を開ける。やかんに水を入れて火にかけ、紅茶のティーバッグが入った箱と、砂糖壺を取り出す。
「俺は紅茶飲むけど……」
「オレいらね」
「ぼくも……」
「そうか」
言いながら、砂糖壺の蓋を開けて中を覗き込む。陶器のスプーンで中をかき回すと、果たして小さな紙が入っていた。時宗はそれをさりげなく取り出し、ジーンズのポケットに入れる。
お湯が沸くのを待ちながら、時宗は対面キッチンの向こうに声をかけた。
「敬樹、晩飯は食べたのか?」
「食べてないです」
「そうか」
それだけ言うと、時宗はコンロに置かれたままの鍋を開けた。肉じゃがが入っている。もうひとつのコンロでお湯が沸くと、時宗は紅茶を淹れ、冷蔵庫を開けた。サラダが2人分入っている。具合が悪くて自分は食べられないのに、敬樹は必死で弥二郎と時宗の分の夕食を作ったのだ。
黙ったまま紅茶に砂糖とミルクを入れると、時宗はそれを持ってダイニングテーブルに戻った。
「敬樹」
見上げてくる瞳に、微笑みかける。
「頑張ったな。ほんとにありがとう。俺はこれから、事情聴取で事務所の方に行かないといけない。頼みが2つあるんだが、やってくれるか?」
「はい!」
いいお返事。敬樹はいつだって一生懸命仕事をしようとするし、どこにでも行きたがる。誰かの役に立っている実感が、敬樹を支える。本当は、ここにいるだけでいいのに。弥二郎が戻ったら、またゆっくりとそれを理解していけばいいか。
「車の中に、海斗の荷物と俺の買ったお土産がある。体が大丈夫そうなら、海斗と一緒に車の中にあるものを持ってきてほしい。それがまずひとつ。もうひとつは、海斗の身の回りの世話をしてやって欲しい。何か食べさせて、部屋着と寝間着を用意して、風呂に入れて。体格が似てるから、俺の部屋で何でも探してくれ。せっかくお前が作ったうまい晩飯だ。俺の分を海斗に食べさせてくれると嬉しい。
海斗は今夜ここに泊まる。……こいつは依頼人のじいさんの孫だ。弥二郎を拉致した連中のターゲットが海斗である以上、こいつがここに無事でいる限り、弥二郎は殺されない。わかるか?」
敬樹は唇を引き結んでうなずいた。
「ぼく、海斗さんを守ります」
「頼む。お前も風呂に入って、一緒に休んでいてくれ。多分明日は忙しくなる。いいな?」
「わかりました」
微笑んで敬樹を励ますと、時宗は海斗を見た。こちらもきゅっと口を閉じ、凛々しい顔をしている。
「海斗、お前も明日に備えて、早く休んでくれ。2日間のドライブおつかれさん。俺のベッドで寝てくれ」
「時宗。お前はどうすんだ?」
俺?
「俺は事情聴取を受けてくる。何時になるかわからないから……」
「ちゃんと帰ってきて、風呂入って寝るんだな?」
「あぁ。終わったら戻る」
「そうじゃねぇ。お前も、事務所見てからショック受けた顔してる。オレらを励ましてねぇで、事情聴取終わらせたら一緒に寝るべ」
気を張っていたのを見透かされ、時宗は一瞬、へたりこみそうになった。
海斗は時宗の心を見通したように静かに言った。
「いいか? 早く帰ってきてお前も風呂入るって約束すれ。オレちゃんと……待ってっから」
「……わかった」
絞り出すように時宗が答えると、海斗は励ますように、ふわんと笑った。
時宗と海斗は事務所の近所を3周すると、敬樹と警察に連絡してマンションの訪問者用駐車場に車を入れた。制服警官が2人近づいてくる。
自分たちの素性を話し、2人は事務所に入った。鑑識などがまだ作業している中、捜査責任者だという警部補のところへ2人は案内された。時宗は自己紹介の後、捜査の状況を聞いた。
「おつかれさまです。この度は色々とありがとうございます。その後、叔父か犯人から連絡は……?」
山本と名乗った警部補は、まだ何も連絡はないが、時宗が録ったデータから、黒いワゴンの持ち主は割り出したという。今、持ち主の交友関係を洗っているが、写真から見ておそらく暴力団関係者につながるだろうということだった。
「連中に心当たりはありますかね?」
事情聴取に当たっている捜査員からのその問いに、時宗も海斗も首を振った。
白いセダンの方は、案の定、札幌の暴力団だった。海斗は冷静に、自分が借金のカタに運び屋をやらされていたこと。積み荷は何か一切わからないこと、そしてすべての情報を提供することを話した。覚悟の上だ。
時宗は一刻も早く敬樹の様子を見に行きたかったが、海斗の事情聴取が一段落するまで待つことにした。その間に誰にも見られずに砂糖をチェックしたい。
海斗が警部補と捜査員に自分の知っていることを話すのを視界の隅で見ながら、時宗は指紋採取などに協力し、捜査員と事務所の中を一通り確認した。海斗は少し疲れた顔で、勧められたソファーに座っている。
ファイルは腹立ち紛れという感じにぶちまけられていた。その光景に眉をひそめる。鑑識の作業はそろそろ終わるところらしく、捜査員が一冊ずつ段ボール箱に詰める作業をしていた。
「……全部持っていくんですか?」
「えぇ……」
弥二郎のかっこつけでファイルを並べてはいるが、中に個人情報はない。全部弥二郎が趣味で集めている、古い家の建物図面だ。だが仕方がない。多分意味はないだろうが、これも彼らの仕事だ。パソコンも捜査員が調べていた。敬樹がパスワードを教えたのだろう。
主が連れ去られ侵略された事務所は、もの悲しく見えた。大切なものが奪われるのには慣れたと思っていたのに、今、時宗はひどく疲れた気分になっていた。車の中では前向きに戦えると思っていたし、海斗と明るく話しながらあれこれ作戦をイメージしていたのに、現場を見たら、ショックが遅れてやってきたようだった。
数日前に弥二郎と向かい合って話したソファーには、捜査員と海斗が座っている。今、捜査員が座っている場所には弥二郎が、海斗が座っている場所には自分がいた。のんびりしたものだった。
お土産だって買って来たんだ。無事でいてくれ……。
溜息をつく。だめだ。こんな状態で考え事をしても、いいことはない。
「コーヒーをお淹れしますけど、飲みたい方はいらっしゃいますか?」
時宗は事務所全体に声をかけた。捜査員は全員、おかまいなくという感じだった。海斗を見ると、やはり首を振っている。
許可を取り、時宗は小さな給湯室に入った。誰もついてきていないのを確認し、電気ケトルをセットして戸棚を開け、インスタントコーヒーの瓶と砂糖、粉末のコーヒーミルクを取り出す。
マンションの方は砂糖壺だけど、こっちはスティックシュガーなんだよな……。
さりげなく、大きいパッケージに詰まった細長い小袋を探る。特に何かが混ざっている感じではないんだが……。見つからず、今度は袋をひとつひとつ触っていく。
これか?
ひとつだけ、砂糖が入っていない袋がある。時宗はそれを引っ張りだした。下の方は破り取られ、中身は抜かれている状態だ。軽く振ると、中から細長く折りたたまれた紙が出てきた。
これが依頼人の名前か?
そっと紙を開いてみる。何が書いてあるんだ?
『お前のじいさんマジでボケてやがる。頑固でほんと頭にくる。ばーかばーか』
………。
………………。
いやこれ何なんだよ?!
40歳にもなって『ばーかばーか』はないだろうが!!
ふつ~~の悪口じゃねぇか、何考えてんだ? しかもこれ事件に関係ないだろが!
関係は……あるのか。お前のじいさんって海斗のじいさんのことか? それに、『コーヒーに砂糖入れすぎんな』という言葉の通りに、ここにメモがあった。ということは、弥二郎はあらかじめトラブルを予測し、細い紙を用意し、メッセージを書き込んでここに仕込んだ。
先の見通しの正確さと手間を考えると、これをただのストレス解消とは考えない方がいい。いや……うん、ただのストレス解消だな、この文面は。ただ、メッセージをストレス解消に使っている。だから他の人間がたまたまこれを見つけても、ただのストレス解消だとしか思わない。
『お前のじいさん』。
依頼人の名前を頑なに出さないのには、どんな理由がある? 電話番号も住所も書かれていない。
マンションの方の砂糖壺には何か入っているだろうか。『砂糖入れすぎんな』という言葉から、向こうにも何かある可能性はある。こっちのコーヒーは来客用で、時宗は基本的に事務所でコーヒーを飲まないからだ。
そっちを調べてから考えた方がいいだろうか。
時宗はメモを小さく折りたたみ、ジーンズのポケットに入れた。何食わぬ顔でインスタントコーヒーを作り、マグカップを持って給湯室を出る。壁に寄りかかり、時宗はコーヒーを飲みながら海斗の事情聴取が終わるのを待った。
1時間後に海斗が立ち上がると、時宗も壁から離れる。
「聴取終わりました?」
「えぇ。一旦は。明日もう一度お話を伺えればと思います」
警部補の言葉に、時宗はうなずいた。
「では、次は俺の番だと思うのですが……」
警部補が時宗に座るよう促すのを制し、時宗はマグカップをテーブルに置いた。
「申し訳ありません。海斗は札幌からここまで2日間運転し続けて疲れています。それに、上の自宅では未成年の身内が臥せっている。一度、海斗を連れて自宅に戻り、2人のケアをしてから戻ってくるという形でもよろしいでしょうか」
穏やかに言った後、時宗はちらりと海斗を目で示す。
警部補と捜査員はすぐに気遣ってくれた。
「わかりました。どのぐらいかかりますか?」
「そうですね……30分はかからないと思います」
「では」
警察官の付き添いと一緒に、時宗と海斗は事務所の奥からエレベーターホールへ出た。
4階まで上りながら考える。『お前のじいさん』。頭にくるほど頑固なのは、時宗の祖父も同じだ。ただその場合、弥二郎は大抵『親父』と呼ぶ。
海斗のじいさんで合ってる、よな??
冷えた階段を上り、3階につくと時宗は自分の部屋の鍵を出した。警察官がそれを制し、無線で中と連絡を交わす。ドアが開き、女性警察官が顔をのぞかせた。
「こんばんは。お世話になっております」
「あ、おかえりなさい」
ほっとする笑顔の人だった。
その向こうに、自室から飛び出てきた敬樹が見える。
「敬樹」
「時宗さん! おかえりなさい」
走ってくる敬樹を抱き締め、時宗は頭を撫でた。
「ただいま。もう大丈夫だ。ちゃんと休んだら、一緒に弥二郎を探そうな」
「おかえりなさい。おかえりなさい」
ぎゅうっと抱きついてくる敬樹の気が済むまで、時宗は両腕で敬樹を包んでじっとしていた。しばらくして、敬樹はやっと身を離し、時宗と海斗を見上げた。
「おつかれさん。お前、少しは眠れたか?」
「眠れなかった。心臓がバクバクして収まらないんです」
海斗が心配そうに敬樹をのぞきこむ。
「あ、敬樹、こいつが海斗だ。海斗。こいつが敬樹。仲良くしてやってくれ」
「よろしくな」
「よろしくお願いします」
時宗はリュックを下ろしながら、リビング・ダイニングを見渡した。リビングのソファーテーブルには機械やノートパソコン、無線などが並べられ、ちょっとした捜査デスクになっている。警察官は、出迎えてくれた女性の他にもうひとり、若い男性警察官がいた。事務所から付き添ってくれた警察官は、玄関で警戒に当たってくれている。
「こちらに変化はありませんか?」
警察官に声をかけると、女性警察官が話し始めた。
「そうですね……特に連絡も来ておりませんので、今夜はきちんと休んだ方がいいと思います。後でさらに応援が来て、交代でここに詰めることになっているのですが、よろしいですかね?」
「えぇ。お願いします」
時宗はダイニングの椅子を引き、敬樹と海斗を座らせた。
「何か飲むか? お巡りさんも……何か飲みますか?」
こちらでも、やはり警察官は首を振った。
時宗はさりげなくキッチンへ行き、戸棚を開ける。やかんに水を入れて火にかけ、紅茶のティーバッグが入った箱と、砂糖壺を取り出す。
「俺は紅茶飲むけど……」
「オレいらね」
「ぼくも……」
「そうか」
言いながら、砂糖壺の蓋を開けて中を覗き込む。陶器のスプーンで中をかき回すと、果たして小さな紙が入っていた。時宗はそれをさりげなく取り出し、ジーンズのポケットに入れる。
お湯が沸くのを待ちながら、時宗は対面キッチンの向こうに声をかけた。
「敬樹、晩飯は食べたのか?」
「食べてないです」
「そうか」
それだけ言うと、時宗はコンロに置かれたままの鍋を開けた。肉じゃがが入っている。もうひとつのコンロでお湯が沸くと、時宗は紅茶を淹れ、冷蔵庫を開けた。サラダが2人分入っている。具合が悪くて自分は食べられないのに、敬樹は必死で弥二郎と時宗の分の夕食を作ったのだ。
黙ったまま紅茶に砂糖とミルクを入れると、時宗はそれを持ってダイニングテーブルに戻った。
「敬樹」
見上げてくる瞳に、微笑みかける。
「頑張ったな。ほんとにありがとう。俺はこれから、事情聴取で事務所の方に行かないといけない。頼みが2つあるんだが、やってくれるか?」
「はい!」
いいお返事。敬樹はいつだって一生懸命仕事をしようとするし、どこにでも行きたがる。誰かの役に立っている実感が、敬樹を支える。本当は、ここにいるだけでいいのに。弥二郎が戻ったら、またゆっくりとそれを理解していけばいいか。
「車の中に、海斗の荷物と俺の買ったお土産がある。体が大丈夫そうなら、海斗と一緒に車の中にあるものを持ってきてほしい。それがまずひとつ。もうひとつは、海斗の身の回りの世話をしてやって欲しい。何か食べさせて、部屋着と寝間着を用意して、風呂に入れて。体格が似てるから、俺の部屋で何でも探してくれ。せっかくお前が作ったうまい晩飯だ。俺の分を海斗に食べさせてくれると嬉しい。
海斗は今夜ここに泊まる。……こいつは依頼人のじいさんの孫だ。弥二郎を拉致した連中のターゲットが海斗である以上、こいつがここに無事でいる限り、弥二郎は殺されない。わかるか?」
敬樹は唇を引き結んでうなずいた。
「ぼく、海斗さんを守ります」
「頼む。お前も風呂に入って、一緒に休んでいてくれ。多分明日は忙しくなる。いいな?」
「わかりました」
微笑んで敬樹を励ますと、時宗は海斗を見た。こちらもきゅっと口を閉じ、凛々しい顔をしている。
「海斗、お前も明日に備えて、早く休んでくれ。2日間のドライブおつかれさん。俺のベッドで寝てくれ」
「時宗。お前はどうすんだ?」
俺?
「俺は事情聴取を受けてくる。何時になるかわからないから……」
「ちゃんと帰ってきて、風呂入って寝るんだな?」
「あぁ。終わったら戻る」
「そうじゃねぇ。お前も、事務所見てからショック受けた顔してる。オレらを励ましてねぇで、事情聴取終わらせたら一緒に寝るべ」
気を張っていたのを見透かされ、時宗は一瞬、へたりこみそうになった。
海斗は時宗の心を見通したように静かに言った。
「いいか? 早く帰ってきてお前も風呂入るって約束すれ。オレちゃんと……待ってっから」
「……わかった」
絞り出すように時宗が答えると、海斗は励ますように、ふわんと笑った。
0
あなたにおすすめの小説
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
聖者の愛はお前だけのもの
いちみりヒビキ
BL
スパダリ聖者とツンデレ王子の王道イチャラブファンタジー。
<あらすじ>
ツンデレ王子”ユリウス”の元に、希少な男性聖者”レオンハルト”がやってきた。
ユリウスは、魔法が使えないレオンハルトを偽聖者と罵るが、心の中ではレオンハルトのことが気になって仕方ない。
意地悪なのにとても優しいレオンハルト。そして、圧倒的な拳の破壊力で、数々の難題を解決していく姿に、ユリウスは惹かれ、次第に心を許していく……。
全年齢対象。
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
人族は一人で生きられないらしい――獣人公爵に拾われ、溺愛されて家族になりました
よっちゃん
BL
人族がほとんど存在しない世界に、
前世の記憶を持ったまま転生した少年・レオン。
獣人が支配する貴族社会。
魔力こそが価値とされ、
「弱い人族」は守られるべき存在として扱われる世界で、
レオンは常識の違いに戸惑いながらも必死に生きようとする。
そんな彼を拾ったのは、
辺境を治める獣人公爵アルト。
寡黙で冷静、しかし一度守ると決めたものは決して手放さない男だった。
溺愛され、守られ、育てられる日々。
だが、レオンはただ守られるだけの存在で終わることを選ばない。
学院での出会い。
貴族社会に潜む差別と陰謀。
そして「番」という、深く重い絆。
レオンは学び、考え、
自分にしかできない魔法理論を武器に、
少しずつ“並び立つ覚悟”を身につけていく。
獣人と人族。
価値観も、立場も、すべてが違う二人が、
それでも選び合い、家族になるまでの物語。
溺愛×成長×異世界BL。
読後に残るのは、
「ここに居場所があっていい」と思える、あたたかな幸福。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる