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第19話
しおりを挟む僕は個人事業主で、表にも裏にも出る仕事をしている。だから、舞以外にも助けてもらう人が必要なんだ。経理関係は舞がしっかりやってくれるけど、法律関係はやはりプロにお願いしている。
ということで、今日は弁護士先生に契約についての相談に出掛けた。もちろん、美原さんじゃないよ。美原さんはハードな訴訟を受け持つ大手の弁護士事務所のエースなんだ。若いのに有能なんだね。
僕のお願いしている先生は、街の弁護士さん。個人経営者さんをサポートしたり、離婚訴訟なんかを担当している人だ。
「梅津先生、いつもお世話になっています」
今日は事務所じゃなくて、ホテルのラウンジで会うことに。先生の都合でここにして欲しいってことだった。
「城山先生、相変わらずのイケメンですなあ。ご活躍されてるんで、そろそろ私のところじゃ物足りんって言われそうで、ビビッてますよ」
おじさんみたいな気安さで、僕はこの先生が大好きなんだ。まだまだお願いしたいから、そんな心配しないで欲しいな。
「それじゃあ、この内容で問題ないですか?」
「いいですよ! かなり好条件だと思うんで、安心して契約してください。もちろん私が立ち会いますからね!」
良かった。懸案事項が一つ解決して僕は安堵した。
ホテルはこの駅前では最も大手。ステーキが有名なレストランもあるし。軽く食事でもしていこうかなとエレベーターホールで考えていると、思わぬ人に会ってしまった。
「先生……。奇遇ですね。サングラス、お似合いですよ」
ブランドのスーツを纏った。美原さんだ。今日は襟に弁護士バッチが誇らしげに輝いている。僕も最近、一部で顔が売れてきてしまったので、街に出る時はグラサンなんかしてたりする。今日は弁護士の集まりでもあったんだろうか?
「ありがとうございます。ではまた教室で」
だけど、長居は無用だ。僕は自分の気持ちがざわつく前に立ち去ろうと、エレベーターに乗り込もうとした。
「冷たいな。やっぱり怒ってるんですよね。僕のこと」
ほらあ、またそんな言い方する! いや、怒ってないですよ。でも、困るんです!
「僕も下に行くんです。エレベーター、ご一緒してもいいですか?」
断れないでしょ、そこは。
エレベーターには他の人もいたお陰で、安心してご一緒できた。だけど、右隣で無言で佇む美原さんを感じていたら、この間、途中で引っ込んでいった彼の左手を思い出してしまった。
エレベーターの扉が開く。僕が先に出ようとすると、その美原さんの左手が僕の右手を掴んだ。
「この間の非礼を詫びさせてもらえませんか? ここのステーキ、美味しいですよ」
右手でツンと眼鏡のブリッジを上げる。ふと眼鏡を外した美原さんの顔を思い出す。眼鏡かけてるときも素敵だけど、外すと王子様みたいに綺麗なんだ。二重瞼が形の良い瞳をより美しくかたどって。
「あ……じゃあ、はい」
時間は丁度お昼時。僕はお腹が空いていると自分に言い訳して、美原さんの誘いに乗ってしまった。ごめんなさい、鹿島さん! でも、食事だけだから。食事だけ……。
の、つもりだったのに、どうしてこうなってるんだろう。
「ステーキは油が飛ぶんで」
そうだ。美原さんがそう言って、眼鏡を外した。
ランチタイムのステーキハウス。有閑マダムたちが席を埋めていた。美原さんは気を使って個室にしてくれたんだけど、涼やか過ぎる双眸に僕は狼狽えてしまったんだ。
「先生。それって、僕のこと誘ってるんですよね?」
デザートがテーブルに置かれたころ、美原さんの位置が、来た時よりも何故か距離が縮まってる気がした。加えてその発言。
「いえっ。誘ってません。断じて誘って……」
言ってる途中で顎クイされる。きらりと黒曜石みたいに光る瞳が僕の視界を占領した。
「オレにスイッチ入れるんじゃないよ。先生……。あざと過ぎだろ」
み、美原さんがまた野獣になってる。スイッチなんて僕は預かり知らないよ! あざといのは……舞にも言われるから自覚してるけど。
僕はフルフルと頭をふって、無実を主張した。恐る恐る右手を上げて顎クイされている美原さんの腕を持つ。
「め、眼鏡を外した美原さん、素敵だと思っただけで……無罪です」
「有罪だよ!」
僕は荒々しいキスに晒され、そのまま部屋へと連れて行かれてしまった。
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