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第4章 糸の切れた凧
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しおりを挟む戸ノ倉真司はある有名若手俳優のマネージャーだった。才能はあるが我が儘な彼に振り回される日々。『時游館』には開店当時、近くに住む友人と来店したことがあったらしい。
戸ノ倉はどういうわけか、零の本名を知っていた。だから『野波零』と名乗ったことに疑念を抱いたのだ。零が記憶喪失なんて知る由もない彼は、何故零が実名を伏しているのかわからなかった。そこを航留に気付かれたのが運の尽き。
「どうして、彼の名前が偽名だと思ったんでしょうか」
越崎は優しい言い方をしたが、目は決して笑わない。銀縁眼鏡の奥から針を刺すような鋭い視線を戸ノ倉に投げている。
「そんな、思ってませんよ。変わった名前だと」
「嘘ですよね。こう見えても、私はプロですから。さっさと本当のことを言ったほうが身のためですよ」
「何言ってるんですかっ! 彼の居場所を知ってるって嘘なんですね。だいたい君たちなんの権利があって……」
「まあまあ、落ち着いて、戸ノ倉さん」
血相を変え立ち去ろうとする戸ノ倉に、今度は航留が近寄る。そしてテーブルに置いたカップをさっと転がした。
「うわ、熱いっ!」
熱湯が戸ノ倉の手にかかる。同時に彼が大事そうに抱えていた鞄にもかかってしまった。
「あ、すみません。どうぞ、タオルです。鞄も拭きましょう」
「え。あ、それはっ!」
戸ノ倉が自分の手に注意を向けた途端、航留は鞄を取り上げ越崎にパスする。越崎はファスナーを開け、すかさず中身をぶっちゃけた。
「うわあっ! や、やめて!」
財布やタブレット、宣伝用リーフレット等々、その中に紛れて皺だらけの小さな紙袋がテーブルの上にカタンと音をさせて落ちた。越崎は躊躇うことなく紙袋の中身もぶちまける。
「おい、航留、これ!」
傷だらけのスマホとともにそこから出てきたのは、紛れもなく零の写真が貼り付けられた免許証や学生証。『佐納成行』の身分証明書だった。
「あんた。これはどういうことかな。説明してもらおうか」
さっきまでの温厚な話し方から一変し、まるでやくざか刑事のような態度で越崎が迫った。
「ひ……ひええ」
1時間後、脅したり賺したり、心療内科医の巧みな誘導尋問に戸ノ倉は抵抗むなしく洗いざらいを話すことになった。それは航留にとって衝撃の事実だった。そしてなによりも、零に再び会うことが可能になる、予想もしないチャンスが訪れた瞬間だった。
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