【完結】寒風の吹く夜僕は美少年を拾った~砂糖菓子のように甘く切ない恋の物語~

紫紺

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第8章 噂

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 春爛漫。林檎の木に白く美しい花が咲く。僕はジョシュアとお弁当を持ってピクニックに出掛けた。
 ウィンブルドン北部にある小高い丘には、可憐な花を咲かせた樹々が僕らを誘っている。休日ともなれば、たくさんの住人たちがその樹々の下で春を楽しんだ。

 僕らのシートにはジュリーやその家族、サマンサ夫妻もいた。例によってジョシュアはジュリーの子供たちと上手に遊んでいる。

「子供たちは本当にジョシュアが好きね」

 持ち寄ったランチを食べながら、ジュリーが言う。僕は木陰で寝そべりながら、読んでいた本の手を休め、彼らがボール遊びをする姿に目をやった。

「精神年齢が近いからかな」
「まあ、先生、酷いことを言いますね」

 ジュリーが笑うので、僕も釣られて笑う。

「でも……」

 笑い声を急に閉じ込め、ジュリーは声を顰めた。男たちはもう酔っ払って騒ぎ出し、サマンサも同年代の奥様方とおしゃべりに夢中だ。ここには僕とジュリーだけが残っていた。

「先生、例の噂は耳にされていますよね」

 この話題について、僕はジュリーと話したことはなかった。もちろん、僕の耳にも入っている。ジョシュアも知っているだろう。
 それは本当のことがあったとしても、他人に言われる筋合いのないことだし、事実を確かめることもできない話だ。捨て置けば良いと僕は思っている。
 彼の後見人になるとを決めた時から、多かれ少なかれこの事態は予想していた。

「うん? そうだね。ジュリーは何か迷惑してることがあるかな。もしそうなら、申し訳ないと思うけれど」

 彼女に言われのない中傷が浴びせられていたのなら、それは詫びなければならないし、誤解を解くことに尽力するのはやぶさかではない。

「いえ、私は特に。でも、これでは先生がまた婚期を逃すのではと心配です」

 僕は支えていた左腕から頭をずり落としてしまった。そこに発展するんだと、人二人分ほど開けて隣に座るジュリーを見上げた。

「これはまた、参ったな。大丈夫ですよ。僕が婚期を迎える前にジョシュアは独立するでしょう」

 この言い訳はあと2年ほどで使えなくなる。それはわかっていたけれど、今の僕はそう言うより他はない。

「先生、真面目に考えてください。今度、汽車の駅ができるじゃないですか」

 急に汽車の話になった。ロンドンと地方都市を結ぶ蒸気機関車の線路はどんどん田舎に向けて伸びている。僕らの街にも線路はあったが、駅はなかった。
 それが例のテニス大会が盛り上がるにつれ、我が街にも駅ができることになったのだ。

 大半は夏場のテニス大会に訪れる人々を捌くためのものだが、それ以外の長い日数、いったいどうするつもりなのか。
 ロンドンでは既に地下鉄なるものも走る時代。ほんの十数キロの距離がこれほどの差になっているのも不思議な話だ。


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