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TAKE 8 クランクイン
しおりを挟むスタジオに入ると、『駿矢』の部屋が出来上がっていた。フローリングのリビングにベッドが一つ。シーツが乱れているのも大事な演出だ。
見ないようにするんだけど、どうしても視線が行ってしまう。ただでさえ緊張でどうにかなりそうなのに、無駄に動悸を速める行為だ。
――――ふうう。どの現場でも初日は緊張する。でも今日は自分史上最高だよ。
映画撮影では、初日にどういうわけか一番気合の入るシーンを撮ることがある。別れのシーンから撮る恋愛映画もあるし、キスシーンから入るのもある。
もちろん連続ドラマなのでそんな無茶はできないが、このシーンが最初のカットなのは監督なりの考えなんだろう。
――――でも、大丈夫だ。そのために、昨日享祐さんと練習したんだ。
僕は昨日、僕の部屋にやってきた享祐さんのことを思い出した。
「いよいよ明日だな」
享祐さんから連絡をもらい、この日の夜なら空いてると返した。偉そうで申し訳ないが、最近立て続けに仕事が入って忙しかったんだ。
享祐さんとのスケジュールが合うか心配だったけど、昨夜の十時頃来てくれた。
「はい、今から緊張しています」
「新しいの、もう読んだ?」
どのシーンから撮影するか。タイムスケジュール付の新しい台本を東さんから既にもらっている。僕は『はい』と頷いた。
「じゃあ、今から緊張してるのは良くないな」
前回と同じように僕らは90度の位置に置かれたソファーに各々座っている。飲み物は享祐さんがワインを持ってきてくれた。それを以前、おまけでもらったワイングラスに注いで出した。
口元で笑ったのがわかって、僕は絶対ちゃんとしたワイングラスを買おうと決意したところだ。
「第1のシーン、やろうか」
「は……はいっ」
背筋がピンと伸びた。第1のシーン。明日のクランクインで最初にやるとこ。享祐さん演じる相馬が、僕演じる駿矢をベッドに押し倒すシーンだ。
原作ではここで熱いキスを交わしてベッドで乱れるところまで著されている。二人が初めて結ばれるシーンで、第1回はここで、『続きは次回』になるんだ。
「寝室入っていいよな」
言うが早いか、享祐さんが立ちあがった。グラスは既に空だ。こうなることを半ば期待し、半ば覚悟していたので、寝室は整えている。
僕は享祐さんの後について寝室へ移動した。
「うん、シーツはもう少し乱しとかないな」
さっと毛布を避け、シーツを乱す。どうして、それだけのことがこれほど卑猥に映るのか。
「じゃ、最初から」
「ひゃいっ」
声が裏返ってしまった。どう取ったのか、享祐さんはじっと僕の顔を見つめる。本日は水色のTシャツにブルゾンを羽織っていたのだけど、それをさっと脱ぎ捨て、僕の腕を取った。
「いいね。駿矢は遊び慣れてる風だけど、実は装ってるだけなんだ。愛には初心なんだよ」
耳元で囁かれた。膝が抜けそうだ。確かに最初は本当の姿が掴めない駿矢だけど、相馬を熱烈に愛する様はいじらしいほどだ。
――――僕も役に入らなきゃ。駿矢になるんだ。
挑むように享祐を睨む。二人の視線が交差する。あいつは僕を引き摺るようにベッドへと向かうと、そのまま体ごと投げ出した。
「おぼっちゃまが、本性丸出しだな」
「お仕置きだ。俺を手玉に取ったつもりなら容赦しない」
台本通りのセリフを吐く。僕の体に覆いかぶさる享祐の体。不思議に重さを感じない。
目の前に彼の整った顔がある。彫りの深い、くっきりとした二重瞼。そして……。
「んっ……」
――――ワインの香り……。
唇が触れ合う。同時に顎を片手で掴まれ動けない。息をするのも忘れるような、激しい口づけを交わす。まるで体に火が着いたように熱く燃え上がった。
『カットって言われるまで攻め続ける』
享祐の言葉が脳裏に浮かんだ。誰もカットって言ってくれないけど、これからどうなるの?!
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