キスから始める恋の話

紫紺

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第4話 虜になった?

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 新条先輩は自動車メーカーのエンジニアだ。ボデーデザイン担当だから、技術では花形の部署。その分忙しいけれど、最近では在宅ワークもできるらしいので自由度が増えたと喜んでたっけ。僕は残念ながら、機密保持もあるし在宅では出来ないんだよな。

「なあ、今度ワーケーションしようかと思うんだ。おまえ、一緒に来ない?」

 僕はまた先輩の部屋にいる。晩御飯一緒にどう? って言われたんだ。物凄く迷ったけど、僕に断る選択はない。例によってテーブルを挟んで先輩の手料理をご馳走になっている。当たり前のように美味しい。餌付けされてんだな、結局。

「ワーケーションですか。いいですね」

 ワーケーションって言うのは、会社でも家でもなく、旅行先みたいなところで仕事をするんだ。軽井沢や沖縄なんかで仕事する。今の時期なら暖かいところがいいなあ。

「でも無理ですよ。僕は毎日出勤しないといけないし」
「いや、遠いとこに行くんじゃないんだよ。鎌倉に古民家改造した家があってさ。一週間単位で借りれるんだ。俺は月曜から行くけど、おまえは金曜の夜にでも来ればいい。土日、そこでゆっくりする」
「はあ……」

 それは凄く魅力的な提案だ。狭苦しい都会から離れて、開放的な海と浜を満喫する。でも、先輩、僕と行ってなんか楽しいのかな。
 僕らは週末一緒にいることは今でも多い。フットサルをやったり、映画に行ったりもする。僕が彼女とのデートがない日は大抵一緒に遊んでいるかも。
 別に先輩だから命令に従っているわけじゃない。先輩は博学だし、映画も詳しい。一緒にいたら楽しいんだ。

 ――――先輩、僕がフラれたばかりだから元気づけようとしてるのか?

「いいですね。いつですか?」

 そうなら、お供しなきゃな。

「来月を考えてる。予約出来たら教えるよ」
「はいっ。楽しみにしてます」

 先輩が満足そうに口角を上げた。今日、僕はお尻がもぞもぞして落ち着かない。先輩の口元ばかりに目がいっちゃうんだ。つい三日前、ここで交わしたキスをどうしても思い出してしまう。はあ、もうなにやってんだろ。
 五代さんが、今週末に合コンをセットしてくれたんだよね。あの人も、僕を元気づけようとしてるんだよ。本当にありがたいな。

「今週末、合コンあるんです」 

 食後の珈琲をいただきながら、僕は世間話のように言った。

「へえ。良かったじゃないか」

 先輩はあまり興味なさそうに応じる。そりゃ、興味ないよな。先輩は合コンとか行かないのかな?

「もしそこで可愛い子いたら、今度こそ簡単にフラれないよう頑張ります。先輩が教えてくれたキスで虜にしますっ」

 なにを僕は宣言してるのか。そこは触れないようにしてたのに、自ら玉砕しに行くなんて。でも、気になって仕方ないから、思わず飛び込んでしまった。

「あ……ああ」

 一瞬困ったような表情で、先輩が頭を掻いてる。笑い飛ばしてくれると思ったのに、そのリアクション。僕はまた馬鹿なことを口走りそうだ。

「えっと、先輩も合コンどうですか? 一人くらい増えても大丈夫ですよ。五代さんに言えばきっと。先輩みたいなイケメン連れてったら、喜びます」

 いや、多分逆だよな。でも、女の子は喜ぶはずだ。

「俺はいいよ。合コンは性に合わないし。それよりさ……」

 先輩は珈琲カップをおもむろに持ち上げ、僕を覗き見るようにして続けた。

「おまえは、虜になった?」

 僕はまた気絶しそうになった。


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