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第5話 壁ドン
しおりを挟む金曜日の夜、冷たい風が吹く冬枯れの日だ。僕はコートの襟を立てたまま、約束の場所に急いだ。上司から急な指示が入って、したくもない残業をしてた。
「あ、ハチ、こっちや、こっち」
五代さんが僕を見つけて手を振ってくれた。同時に女の子たちが振り向く。興味津々の表情で目がキラキラしてるよ。ちょっと怖い。
春夏に比べて、衣装の色目は地味だけど、それでもお洒落してるのがわかる。僕らの職業は、ミステリアスなところも手伝って女子に人気なんだ。と、五代さんが言ってたな。
「遅くなりまして……」
僕のために空けられていた席に腰を下ろす。すぐに生ビールが運ばれてきた。さすが五代先輩、抜かりない。
「ほな、もう一回乾杯しよか」
今日の合コンの相手は旅行会社の方々らしい。みんな可愛い。楽しい時間になりそうだ。
先日、先輩から『虜になった?』なるご質問を頂き普通に固まった僕。瞬時に、『冗談だよ。何かたまってんだよ』と言われて事なきを得た。
でも、先輩を合コンに連れ出すことは出来なかった。性に合わない。先輩はそんなこと言ってたな。先輩ってどこで彼女を見つけてくるのかな。最近はいないみたいだけど、デートしてるところを何度か見たことがあった。いつもお相手は違っていた。
「連絡先、交換してくれませんか?」
ずっと意気投合してたロングヘアの美人さんが言ってくれた。やった! 今回もここまでは良好だ。
「もちろん。僕から言おうと思ってたんだよ」
ごめん。チキンな僕は、いつも受け身だ。でも、デートには僕から誘うからね。
二次会でもいい感じに盛り上がって、その日は解散となった。そのままお持ち帰りするようなことは、社会人になってからやってない。それは学生のノリだ。だから勝負はここから。ちゃんと豆に連絡を取って、デートにまで漕ぎつけないと。
「お、ハチ、今帰りか」
いい気分でアパートに帰り着いた。偶然にも先輩も帰ってきたところのようだ。今日は出社してたし、飲み会だったのかな?
「はい。先輩も?」
「ああ、今日は退職する人がいてな。送別会だったんだ」
先輩は酒も強い。頬に少し赤みが差しているから、相当飲んだんじゃないかな。
「うちで飲みなおすか?」
「え? いいんですか? ふふん。僕の釣果を聞きます?」
酒というのは、なんて恐ろしい飲み物なんだろうか。ノミぐらいの僕の心臓を象みたいに大きくしてしまった。
「お、それは豪勢だな。聞かせてもらおうか」
それは先輩も同じだったようだ。先輩の場合は、多分象くらいのが、恐竜になった。
「え……」
アパートのエントランス。僕の顔のすぐ横を先輩の右腕が凄いスピードで通り過ぎた。郵便箱が並ぶ壁の前で、僕は先輩に壁ドンされている。すぐ目の前に先輩の整った顔が迫ってる。
――――ち、近いっ。
先輩が舌で唇をくるりと舐めた。僕の目はそこに釘付けになってしまう。思わずゴクリと息を呑んだ。
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