キスから始める恋の話

紫紺

文字の大きさ
7 / 59

第6話(回想)熱中時代



 あれは今とは真逆の季節。僕が修士二年生の夏だった。周りの友達は、既に内定をもらって残りの学生生活を楽しもうとどん欲だ。でも、僕は汗をダラダラ搔きながら都会の街を歩いていた。

「御社の社風に感銘を受けまして……」
「ふうん。どういったところに感銘受けたのかな? うちの社風なんてどうしてわかったんだよ」
「え……それはですね……」

 圧迫面接に、僕の神経は擦り切れ、もういっぱいいっぱいだった。それにこの暑さ。まさか真夏になってまでこのリクルートスーツを着るとは思わなったから、熱くて死にそうだ。
 影のない歩道を歩いているとき目の前が真っ暗になり、気絶してしまった。熱中症だった。

「点滴が終わったら帰れますよ。どなたかに迎えてに来てもらったほうがいいかと思います」

 気が付くと病院にいた。頭痛がひどくて起き上がるのもキツイ。これで帰れと言うのか、社会はどこまでも厳しいな。でも、誰が救急車呼んでくれたんだろう。優しい人もいたんだ。
 看護師さんによると、僕が倒れたのは本屋の店先で、そこの店主が呼んでくれたらしい。後でお礼に行かなくては。

『どなたかに迎えに来てもらった方がいいですよ……』

 看護師さんが言ってた。誰かに連絡か。一体誰にすればいいんだ。実家は新幹線じゃないと来れない距離だ。親戚も近くにいない。
 仲の良い友人の顔を数人思い浮かべたが、呼びたくなかった。彼らは既に将来を決め、最後の学生生活を謳歌している。まるで負け犬そのもの自分の姿を晒したくなかった。

 ――――新条先輩……。

 先輩は社会人だ。忙しいに決まってる。それなのに、こんなことで呼び出していいんだろうか。点滴のお陰でだいぶ頭痛も収まってきた。でも、自力で帰れる自信がなかった。


「ハチ、大丈夫か?」

 先輩は連絡して1時間も立たずに飛んできてくれた。

「どうした。目が潤んでるぞ。熱もあるのか?」

 心配そうな表情で僕を覗き込んだ先輩。大きな手を僕の額に当てた。目が潤んでるのは熱のせいじゃない。

「熱はないです。すみません。忙しいのに」
「気にすんなよ。おまえ、顔色悪いな。倒れたんだから当たり前か」

 先輩とは社会人になってからもフットサルのサークルでたまに会っていた。でもこのところ、僕の方が行けてなかった。就活で忙しかったからだ。でもそれは表向き。そこでも僕は自分を哀れんで行けなかった。
 僕が同期の友人でなく、先輩を呼んだ理由がわかっただろうか。点滴が終わり、起き上がってシャツのボタンを留めながら逡巡した。もしそれでも来てくれたのなら。なんだかまた目に涙が滲む。

「車で来てるから。今日は俺んち来いよ。一人で置いとくのは心配だ」
「ええ、そんな。来てくれただけで有難いのに……これ以上の迷惑は。それに同じアパートに葛城がいるんで……」
「遠慮しなくていい。葛城なんか当てにならんだろ。どうせバイトかデートで人のことなんか構っちゃいない」

 確かに。先輩、よくわかってるな。同級生の葛城はサークル仲間で、僕と同じ学生専門アパートに住んでいた。だけど先輩の言う通り、卒業旅行に向けてバイトに明け暮れている。

「先輩……優しすぎます……」

 もう、涙は滲むだけでは足りなくなった。僕はベッドの上でめそめそと泣き出してしまった。



感想 2

あなたにおすすめの小説

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 【エールいただきました。ありがとうございます】 【たくさんの“いいね”ありがとうございます】 【たくさんの方々に読んでいただけて本当に嬉しいです。ありがとうございます!】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。

側妻になった男の僕。

selen
BL
国王と平民による禁断の主従らぶ。。を書くつもりです(⌒▽⌒)よかったらみてね☆☆

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

happy dead end

瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」 シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

キミと2回目の恋をしよう

なの
BL
ある日、誤解から恋人とすれ違ってしまった。 彼は俺がいない間に荷物をまとめて出てってしまっていたが、俺はそれに気づかずにいつも通り家に帰ると彼はもうすでにいなかった。どこに行ったのか連絡をしたが連絡が取れなかった。 彼のお母さんから彼が病院に運ばれたと連絡があった。 「どこかに旅行だったの?」 傷だらけのスーツケースが彼の寝ている病室の隅に置いてあって俺はお母さんにその場しのぎの嘘をついた。 彼との誤解を解こうと思っていたのに目が覚めたら彼は今までの全ての記憶を失っていた。これは神さまがくれたチャンスだと思った。 彼の荷物を元通りにして共同生活を再開させたが… 彼の記憶は戻るのか?2人の共同生活の行方は?

もう一度、その腕に

結衣可
BL
もう一度、その腕に

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。