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第14話 おやすみのキス
しおりを挟む僕は今、キッチンで後片付けをしている。片付けといっても、食器を軽く水洗いして食洗器にぶっこむだけの簡単な作業だ。とても複雑で胸の中はざわつきっぱなしだけど、その原因を作った本人はソファーで爆睡してる。
『先輩、先輩っ』
猛烈なキスとともに先輩に体を預けられる格好になった僕は、そのままソファーに押し倒された。もうここまでかと覚悟した僕だったけど、先輩はそのまま全く動かなくなってしまったんだ。何を覚悟したのかって? いや、それはいいんだよ。もう。
先輩に押しつぶされ、ジタバタしながら声をかけても全く動かない。スリムに見えて、先輩は日ごろの鍛錬の成果か、筋肉質ですごく重いんだよ。規則正しい胸の動きから見て、寝ているらしいことはわかった。
まるでスイッチが切れたみたいに眠ってしまった先輩からなんとか抜け出して、僕は深―いため息をついた。
――――なんだよ。これからって時に寝ちゃうなんて。いや待て待て、これからってなんだよ。
僕は混乱してた。あの夜のような衝撃的なキスを受けて、心臓がどうにかなるかと思うくらいドキドキした。そいでもって、そのまま押し倒されたもんだから……。でも、期待してたわけじゃない。決して。
だけど、先輩が寝てるのに気が付いたときは、ガッカリした。そんな自分に混乱したんだ。
――――いくら全館空調でも、このままじゃ寒いよな。
しばらく先輩の寝顔を眺め、ようやく現状把握出来た。部屋を見渡すと、窓際の椅子に毛布が置いてあるのに気が付いた。とりあえずそれを先輩に掛け、後片付けを始めたってわけ。
時計を見たら、いつのまにか零時を回っている。もしかしたら、先輩、僕が来る前に仕事を終えようと忙しかったのかもしれないな。寝不足だったんだよ、きっと。
二度もいきなりのキスをされて腹が立つのもあったけど、それよりも情が湧いてしまった。僕と先輩の仲だもの。酔っ払って粗相するのもあることだ。僕なんて何度もめそめそしたし、愚痴って迷惑かけてきた。
「先輩、僕もう二階行きますけど。このままここで寝てると風邪ひきますよ」
片付けが済んで、僕は再度先輩に声をかけた。その声に反応するようにぴくりと体が跳ねる。なんか面白い。
「んー? あ、俺寝てた? お、ごめんごめん。片付けてくれたのか」
この感じ、さっきしたこと忘れてるな。
「なんてことないですよ」
「ハチ、風呂入れよ。一日中いつでも入れる優れものの風呂だけど、夜は格別だぞ」
先輩は目をこすりながら起き上がる。眠そうに一つ、あくびをした。
「ありがとうございます。じゃあそうします」
「うん、おやすみ……のキスはもうしたな」
うっ! 何を言うんだこの人は。僕は電気が走ったみたいに驚いて先輩を見る。酔いがまだ醒めないのか、ぽやんとした表情。でも茶目っ気たっぷりにウィンクをし、そのまま二階へ上がってしまった。
一体なんなんだよ。僕をからかって喜んでるんだろうけど、やり方が際どすぎないか? もし、僕があの佳乃さんみたいに先輩のこと好きだったらどうするんだよ。もし、そうなら、もしそうなら、あまりにひどい悪戯だよ……。
一日中、いつでも湧いてるという銭湯みたいな風呂は、屋根の半分がガラスになっていた。明かりを最小に絞ると、頭上には満天の星空が降ってくるほどに輝いている。
僕は非現実的に美しい夜空を見ながら恐ろしいことに気づいていた。彼女とするキスよりも、先輩との方が確実にときめいていた。
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