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第16話 天気予報
しおりを挟む結論から言うと、特筆すべきこと何も起こらなかった。僕の期待も不安も発動することなく、帰宅の車に乗り込んでいる。
「先輩、今回はありがとうございました。ストレスレスってこういう事なんですね。ホントに気持ちいい場所でした」
違うストレスは若干あったけど、それは内緒。でも本当に気分爽快なロケーションだったよ。寒風の中で歩いた浜辺も悪くなかったし、鎌倉の大仏さんも見学した。街道沿いのお店散策も楽しかった。
だけど、僕が最も心地よく感じたのは、先輩が借りていた古民家だった。窓から眺める海も夕焼けも今まで見たことがないくらい素晴らしかったし、リビングでぼんやりしてるだけで心が満たされた。
先輩との他愛ないおしゃべりも楽しかったし、作ってくれた料理やおつまみも絶品だった。
「そうか。それは良かった。俺も仕事捗ったし、おまえとの休日も楽しかった。来てくれてありがとな」
「いやいや、誘ってくれてホントに感謝ですよっ」
「ふふっ。またこういう機会があったら、ワーケーションしてみるかな」
「いいですね。お仕事捗るなら、悪くない選択ですよ」
鎌倉からは渋滞を考慮して昼過ぎには向こうを出た。おかげで暗くなる前にはアパートに着くことができた。
部屋に戻り、久しぶりにテレビを観る。テレビがないのも慣れると悪くなかったけど、やっぱりあると付けちゃうな。旅行の片づけをしながら耳だけ向けてると、来週はかなり寒くなると気象予報士が言う。
『今季一番の寒波がやってきます。道路など動けなくなる場合もございますので、くれぐれも最新の情報を得て行動してください。無理な旅程など組まないようお願いします』
『なかなか春は来ませんね』
『今回の寒波は長く居座る可能性があります。停電なんかもあり得るので、本当に気を付けて欲しいです』
マジか……。まあ、今週じゃなくて良かったよ。鎌倉からこっちなら、動けなくなるほどひどくなるとは考えにくいけど、雪道の運転は大変だ。来週の、水曜日あたりから寒くなるんだ。停電は嫌だなあ。暖房がエアコンしかないから困る。携帯カイロでも買っておくか。
明日は菜々美ちゃんと会う約束だ。とりあえず、普通の寒さみたいで安心した。夜にメールかビデオ通話しようかな。ほら、そう考えると心がほっこりする。やっぱり僕は菜々美ちゃんのことが好きなんだよ。
キスもその先も、僕はまだ安心して楽しめないんだな、きっと。数をこなせば大丈夫になる。てか、なんか雑な言い方。失敗が怖いなんて、男としてどうなんだろう。こういうことこそ、先輩に学びたいよ。
――――大切な人の前では優しい。誰でもそうだろ?
あんなカッコいいせりふ、言ってみたいもんだ。
その日のビデオ通話で、僕はワーケーションの様子を話した。いつもは聞く側の僕が珍しく口数が多くなる。それくらい楽しくて、興奮してたんだろうな。
『ハチ君、先輩の話になるとすごく嬉しそう。なんだか妬けちゃうな』
なんて菜々美ちゃんに言われるほど。
「え? あはは。いやあ、まあ世話になってるから」
『私も一度お会いしたいな』
そう。菜々美ちゃんはまだ先輩と会ったことはないんだ。近いうちに会わせたいとは思ってたんだけど。
「今度、アパートにおいでよ。紹介する」
『ほんとっ? 嬉しい』
「すっごいカッコいいから、惚れないでね」
紛れもなく本気で心配してる。でも、菜々美ちゃんは、『そんなわけないじゃん』なんて笑ってくれた。
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