キスから始める恋の話

紫紺

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第19話 萎んだ風船



 監査部からの取り調べを受け、僕は全くのノーガードで迎え撃ってしまった。別に何も咎められるようなことしてないのに、痛くもない腹を探られるとはまさにこのことだ。

「落ち着いてください。大変申し訳なく思っています。ですが、事は大変重大な問題なのです。刑事事件にも繋がる案件ですが、まずは社内で収めたいのが上層部の意向です」

 監査部の真鍋室長が僕をなだめるように言うと、着席を促した。でも僕はますますわけがわからなくなってる。刑事事件? それ、逮捕されるってこと?

「みなさんのPCの検査はこれからですが、こちらでは、人づてに情報が漏れたと考えています。ですので、失礼ながら人間関係を調査しているのです」

 今度は田辺主任が引き継いだ。

「それは……まさか、その人達にも迷惑が及ぶのでは」

 そんなことで先輩や菜々美ちゃんに調査が行ったしたら、僕は生きていけないよ。

「そうですね。そういう可能性もございますが、それについては極力注意して……」
「冗談じゃないっ!」

 僕は再び席を立つ。

「お相手が情報漏洩に加担していたとすれば……どうお考えになりますか?」
「はっ?!」

 空いた口が塞がらなかった。決して呆れたとか馬鹿馬鹿しくてとかじゃない。怒りで頭の中が沸騰しそうだった。こんなにも腹を立てたこと、生まれてこのかたなかったんじゃないかと思うほどだ。

「潔白であるなら、ご協力をお願いします。そうでないと、益々疑われますよ」

 僕は金魚のように口をぱくぱくとさせながら、それでも空気を肺の中に入れることしかできなかった。がたんと音をさせて椅子に座ると、しぼんだ風船のように肩を落とした。

 ――――抗っても仕方ない。事態を悪くさせるだけだ。先輩たちに少しでも迷惑かけないよう、言われた通りにしよう。

「取り乱して失礼しました……。新条さんは大学時代からの友人で、現在、近所に住んでます。吉田さんは、最近知り合った女性で交際させていただいてます」
「ありがとうございます。もう少し詳しく聞かせてください」

 面接官たちは、他の友人たちについても聞いてきたが、ほとんどが先輩と菜々美ちゃんのことだった。仕事は何をしてるとか、いつ頃会ったとか、そんなこと。
 これは本当に機密漏洩の犯人を捜すための尋問だろうか。まるでプライベートを丸裸にされているようで物凄く気分が悪い。

「ありがとうございました。面談はこれで終わりです」

 三十分ほど矢継ぎ早にされた質問がどうやら終わったようだ。僕は心底ほっとして胸を撫でおろす。下手なこと口走ってないか気になったが、とにかくこの空間から逃げ出したい。五代先輩が青ざめてたのもわかる。

「それからスマホですが、お返しすることはできません」
「えっ! どうしてですか?」

 ここまでしておいて、まだスマホが返せないってどういうことだ。電車も乗れないじゃないか。

「いつお返しできるかわかりませんので、連絡先を控えてくださって構いません。あ、なんなら今からここで電話されてもいいですよ」
「お二人の前で、実家や友人に電話しろと?」

 思わず僕は挑発に乗ってしまう。いつも温厚が売りなのに、一体どうしてこんなにも自分らしくもない態度に出てしまうのだろう。これが彼らの作戦なんだろうか。

「差支えなければ」
「オフィスからかけるので大丈夫です」

 僕は自分のスマホの電話帳を開き、いくつかの番号をメモに取る。さすがに実家の番号は覚えているが、先輩や菜々美ちゃんのは覚えていない。

「ご自宅にもパソコンございますよね」
「ありますけど……まさか」
「場合によってはそちらも調べさせていただくかもしれません。連絡をお待ちください」

 感情があるのかと思うくらい冷淡に田辺主任が言った。僕は絶句する。これ以上僕の牙城を崩さないで欲しい。まるで手足をもがれたような気分だ。

「現金などでお困りの場合は人事部に問い合わせてくださいね」

 ふらふらしながら出口に向かう僕の背中に、真鍋室長の声が追いかけてきた。それに応える力は残っておらず、五代さん同様、真っ青になって部屋を出た。


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