キスから始める恋の話

紫紺

文字の大きさ
21 / 59

第20話 不祥事

しおりを挟む


 面談を終えた数人の同僚が、社内電話に向かい小声で話している。その状況は僕にもわかった。ここからかける外線は、相手先の番号はもちろん自動的に録音されることになっている。だから、この電話を使うことにお咎めはないんだ。

 ――――今の事態は内密ということだった。どう説明しよう。少なくとも、この電話で真実を告げられない。

 でも、先輩や菜々美ちゃんには監査部から何か問い合わせがあるかもしれないんだ。隠してても仕方ないような気がする。僕は深くため息をついた。

 結局、両親や菜々美ちゃんには適当な嘘をついて、二、三日連絡取れない旨を告げた。先輩には、帰ってから直接話す。今、僕が経験したことを先輩にはきちんと話したかった。先輩だけは信用できるから、何を言っても大丈夫だ。
 うん、僕は少しだけ菜々美ちゃんのことを疑ってた。ただ、彼女に何か大事な話をした覚えはない。

「五代さん、大丈夫ですか?」

 自席でうつ伏せになっている五代さんに声をかけてみた。あまりに焦燥しているので、放っておけなかった。

「ハチ、俺、なんかもうわからへんくなった。疑われてんのかな」
「大丈夫ですよ。僕だって、犯人みたく扱われましたから、うちのグループ、全員そうみたいです」

 どうやら監査部の狙いは僕たちのグループ、8人に的を絞った気がする。他のグループの連中は既に帰宅してるんだ。それもどうかと思うけど。これから仕事はどうなるんだろう。やらなければならないこと、たくさんあるのに。

「みんな、集まってくれ」

 五代さんと二人ぽつぽつと話していたら、僕らの上司が声をかけてきた。グループメンバーが重い足取りでその周りに集まる。僕らもそれに従った。

「残念だが、私たちのグループはしばらく自宅謹慎になった」

 みんなが一斉に息を呑んだ。唖然として、誰も何も発しない。業を煮やした五代さんが上司に詰め寄った。

「そんな。なんでそんなことに。俺らの中にスパイがいるっていうんですか?」
「私はそうでないと信じてる。でも上の方はそう考えてるみたいだ。漏洩した情報がうちのグループで扱っていた内容だったから仕方ないが」

 ここに至ってようやく事態が僕らにも説明された。僕らがここ数ヶ月関わってきた研究は、ある行動と購買意欲との関係を数値化するものだった。
 経済に直結するテーマだし、どうしても個人情報と紐づいてしまう。それが外部に出た可能性があるとのことだった。
 これが本当だったら大不祥事だし、もし売ってたのであれば確かに刑事事件になる。可能性ってことだけど、ここまでするところを見れば確信してるんだろうな。

「出社については追って連絡する。このガラケー使ってくれ」

 会社携帯のレンタル用のやつだ。出張なんか行くときに使う。最低限はこれでなんとかなるけど、これもオフィスの電話同様の管理がされている。

「自宅のPCも調べられるんでしょうか」
「恐らくな。明日中には取りにいくだろう。エッチ写真とか削除してもいいぞ。どのみち復元はされるけどな」

 ため息なのか失意の嘆きなのか、よくわからない音が周囲から聞こえてきた。みな、頭を抱えてる。家族のいる人は、耐えられないだろうと想像できるよ。



 僕は巣ごもりになるのを覚悟して、3日分ほどの食料品を購入してから帰宅した。鉛のように重たい足を上げ、階段を昇る。

 ――――先輩に会いたい……。

 先輩の帰宅時間にはまだ早い。それでもどうしてか、先輩の顔が見たかった。今の苦しい胸の内も先輩に話したい。そして、もしかして迷惑をかけるかもしれないことを詫びたい。
 涙が目に滲む。手の甲でぬぐいながら、先輩の声が聞きたいと切に願った。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結済】「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【bl】砕かれた誇り

perari
BL
アルファの幼馴染と淫らに絡んだあと、彼は医者を呼んで、私の印を消させた。 「来月結婚するんだ。君に誤解はさせたくない。」 「あいつは嫉妬深い。泣かせるわけにはいかない。」 「君ももう年頃の残り物のオメガだろ? 俺の印をつけたまま、他のアルファとお見合いするなんてありえない。」 彼は冷たく、けれどどこか薄情な笑みを浮かべながら、一枚の小切手を私に投げ渡す。 「長い間、俺に従ってきたんだから、君を傷つけたりはしない。」 「結婚の日には招待状を送る。必ず来て、席につけよ。」 --- いくつかのコメントを拝見し、大変申し訳なく思っております。 私は現在日本語を勉強しており、この文章はAI作品ではありませんが、 一部に翻訳ソフトを使用しています。 もし読んでくださる中で日本語のおかしな点をご指摘いただけましたら、 本当にありがたく思います。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

魔王の息子を育てることになった俺の話

お鮫
BL
俺が18歳の時森で少年を拾った。その子が将来魔王になることを知りながら俺は今日も息子としてこの子を育てる。そう決意してはや数年。 「今なんつった?よっぽど死にたいんだね。そんなに俺と離れたい?」 現在俺はかわいい息子に殺害予告を受けている。あれ、魔王は?旅に出なくていいの?とりあえず放してくれません? 魔王になる予定の男と育て親のヤンデレBL BLは初めて書きます。見ずらい点多々あるかと思いますが、もしありましたら指摘くださるとありがたいです。 BL大賞エントリー中です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

執着

紅林
BL
聖緋帝国の華族、瀬川凛は引っ込み思案で特に目立つこともない平凡な伯爵家の三男坊。だが、彼の婚約者は違った。帝室の血を引く高貴な公爵家の生まれであり帝国陸軍の将校として目覚しい活躍をしている男だった。

処理中です...