キスから始める恋の話

紫紺

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第25話 優しいキス



「寒いな……今何時だ」
「やっと2時ですよ」

 僕らはつい一時間前に交わした会話とほぼ同じことを繰り返した。
 これくらいの寒さなら、寝てる間に死ぬことはないだろうけれど、逆に寒くて眠れない。時間が経つにつれ、僕らの密着度は高くなる。
 いつの間にか、先輩の長い腕が僕の肩を抱くような格好になっている。僕は先輩の肩に頭を預けた。暖かいうえに気持ちが落ち着く。

「この間、先輩が病院に駆けつけてくれた時のこと、思い出してました」
「え? またずいぶん昔のことを」

 二年前。僕が就活難民で心病んでた時だ。ストレスと熱中症で倒れて病院に運ばれた。誰かを呼ぶように言われた僕は、仕事中の先輩に連絡してしまったんだ。

「忙しいのに、来てくれて……。本当に嬉しかったんで」
「別に新入社員なんて忙しかないよ。それに、逆だっておまえ来てくれただろ?」
「え?」
「ああ? おいっ」

 先輩の体が僕にアタックしてきた。密着してるから、捩ったくらいだけど。

「冗談ですよ」

 確かに、もし先輩が倒れたって連絡があったら、僕は一も二もなく駆けつけただろう。いつも溌剌としてるから、そんなの想像もできないけれど。

「今も、先輩に助けられてるって身に染みてて。今回のこと、正直応えてます」

 会社から犯人扱いされ、今もまだ宙ぶらりんだ。しかも、同僚だけでなく、交際中の彼女も疑わなければならない。心許せるのは先輩しかいない。

「そうだな……。俺の会社でも試作車がすっぱ抜かれることもあって、状況は理解できるよ。疑われるのはキツイよな。でも心配するな。俺はいつでも味方だし、おまえが潔白なのは必ず証明されるさ」

 根拠のない言葉でも、先輩に言われるとそうなるように思えてくる。そんな不思議な安心感に沿うよう、僕は先輩の顎の下に頭を潜り込ませた。背中に微かな振動を感じる。
 こんな恋人同士のような格好を自ら取るなんて。きっと暗闇と寒さと異常な状況が僕の感覚をおかしくしてるんだ。

「ハチ……」

 先輩の息が僕の額にかかった。先輩の顔が僕の頭の上に被さってくる。どうしよう、ドキドキしてきた。体が熱を帯びて、おかげであったかいけど。
 懐中電灯の光がだんだん弱くなってきた。こんなことになるとは思わなかったから、電池のストックなんてあるわけがない。

「好きだ」

 ――――え……。

 嘘……。先輩何を言ってるんだ? こんな状況でまさかふざけてないよな。
 先輩の柔らかい唇が僕の瞼あたりに触れたのを感じる。肩を抱く手に力が入ってきた。
 自分から先輩にすり寄って行ったと言われたら、確かにそうかもしれない。だけどこの告白は予想外だった。
 先輩の左手が僕の顎を探して上を向かせようとしている。暴れたいのになぜか金縛りみたいに動けない。

 さっき飲んだ珈琲の香りが鼻腔に侵入してくる。同時に柔らかい感触が僕の唇を圧倒した。もう三度目なのに、まるで違う。突然奪われ慌てふためいた二度のキス。
 でも、今度のは優しく包み込むような……。僕は何の怖れもなく、先輩の首の後ろに自分の左手を伝わせた。肩を抱いた腕はいつしか背中を這い、ぐっと抱き寄せられた。

 グ、グヴィーーンッ!

 冷蔵庫とエアコンの稼働音が響く。部屋中のライトが一斉に点いた。目の前が突然明るくなって、クラクラする。
 すぐ目の前にあるはずの先輩の顔が見えるまで、コンマ数秒。僕らは弾けるように体を離した。自ずと目線は下に向く。

「ああ、助かった。なんとか凍死せずに済んだな」
「先輩、あの……」

 勢いよく先輩が立ち上がる。巻いてた布団がわらわらと落ちた。

「じゃ、俺帰るわ。階段使えるかなあ」

 先輩は僕の顔を見ようとせず、逃げるようにそそくさとコートを着込む。あんだけ雰囲気作っておいて、なんだよ。

「お、大丈夫そうだ。じゃあおやすみ」

 僕に何も言わせずに、勝手に一人で喋って、勝手におやすみを言って帰ってしまった。残された僕は、閉められたドアを見つめ立ちすくむ。
 冷たい空気が流れて止まる。僕はついさっき先輩と触れていた唇をさわってみた。乾燥のせいか少し荒れている。それ以外はいつもと変わりない。

 ――――でも……きっと変わった。そんな気がする。

 あの瞬間、体が火照って熱くなった。体温の急激な変化のせいなのか、僕は一つ二つくしゃみをする。やっとエアコンがつき暖かさを取り戻した部屋に戻り、もそもそと後片付けを始めた。


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