キスから始める恋の話

紫紺

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第32話 待っていた女

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 三上響子なる人物が、単独で情報を欲しがったわけじゃない。バックには何らかの組織があるんだろう。それは僕たち平社員には教えてもらえなかった。
 そのうちテレビでどこかの公的機関が頭を下げるかもと室長は言ってた。どこまでの情報が外に出たかはこれから検証するそうだ。

 今のところ、五代さんのクビは繋がっているらしいが、良くてどこかの子会社に出向となるだろうとのことだ。決まればまた連絡が取れるはずだと教えてくれた。

「あの、あの時来ていた旅行会社の女性たちは問題なかったんですか? その、三上さんの単独犯ってわけでしょうか」

 五代さんのことも気になったが、これも大事なことだ。あの合コンでは、僕や五代さんの他にも、その後連絡を取り合った同僚もいたはずだ。

「監査部からはそう聞いてる。八城や他の参加者から情報が漏れた証拠は出なかったそうだよ。おまえ、そこで会った子と付き合ってるのか?」
「はあ。まあそんなところです」
「そうかあ。私からはなんとも言えないけど、用心に越したことはないかもな。疑うようになったら、交際も何もないだろう」

 室長の言う通りだ。最後に電話した時の菜々美ちゃんの態度も気になってる。パスワードの話とか、話題になったこともなかったから関係ないとは思ってるけど。

 ――――今すぐ問いただすのは良くない気がする。もう少し、気持ちが落ち着いてから連絡してみよう。僕も彼女も。

 本当に彼女のことが好きだったら、こんな困難も絆に代えて乗り越えようと頑張るところだよな。それが今の僕には出来ないから、事件に乗っかったみたいで申し訳なく感じてる。人として卑怯だよね……。

 だけど、そうだとしても、僕は自分の気持ちをちゃんと伝えなくては。この事件が起こらなくても、別れを告げることになったって。



 週末、水曜日から居座っていた寒気がようやく抜けてくれた。二月ももう終わりだ。そろそろ春になるかな。

「おい、ハチ、行くぞ」
「はいっ」

 今日は週に一度のフットサルの日だ。サッカー(フットサルだけど)は元々冬のスポーツなので寒くたってあるけど、今日くらいのが僕には限界だな。早く暖かくなって欲しい。

「なんだか楽しそうだな。ま、そうか。疑いが晴れて、仕事に戻れたんだものな」

 ハンドルを握りながら、先輩が言う。もちろんそれもある。こうして先輩の隣にいることが心躍るんだよ。今まで数えきれないくらい隣にいたのに、こんな気持ちになったのは初めてかも。
 いや、違うかな。一緒にいると楽しくて、ずっと心躍ってたのに、それに気付かなかったんだ。当たり前過ぎてさ。

「そうですね。はい……」

 だけど、ホントのことがまだ言えない。いつ言おう。僕は先輩のことが好きだって。今度こそちゃんと、キスして欲しいって。わあお、なんか照れてしまう。

「さ、行くか……何やってんだ?」

 いつの間にか駐車場に着いてた。僕が一人でニヤニヤしてたら、先輩が怪訝な顔で覗き込んできて、ヤバいところを見られてしまった。それに顔近い。相変わらずイケメンだなあ。
 くっきり二重なんだけど切れ長だから甘過ぎなくて、シュッとした鼻筋に形のよい唇。思わず見惚れてしまった。

「なんだ人の顔見て。変な奴だな」

 なんて言いながら、でも満更でもなさそうな表情で笑う。無駄に心臓が煽っちゃうよ。

 僕らはバックを下ろし、練習場に向かった。来月は大会があるし頑張ろう。先輩にカッコ悪いとこ見られたくないしな。僕も中高とサッカー部だったから、そこそこ実力あると思ってるけど、先輩はトレセン経験者だからチームの中で一番なんだ。

「おはよう。新条君、今日も見に来たよ」
「なんだ、おまえも物好きだな。この寒いのに」

 ――――あっ!

 浮かれた気分が一挙に零下まで下がりきった。クールビューティな先輩の同僚。佳乃さんが練習場で待っていた。


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