キスから始める恋の話

紫紺

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第39話 誤解



 日曜日の午前10時半。アパートの部屋から二人で出てきた。つまり、昨日、フットサルで会ってそのまま先輩の部屋に来て、朝を迎えた。
 グラタン皿を投げつけそうになる。ハッとなって、とにかくしまってあった食器棚に皿を戻した。

 ――――なんだよ。一体、どういうことだよ。

 いや、そういうことだって、今確認したとこだ。でも……やっぱり受け入れられない。先輩、僕に好きだって言ってたじゃんか。佳乃さんのこと好きじゃないみたいに言ってたんじゃんか。それ、全部嘘? 逆だったってわけ?

 僕はリビングのソファーに身を投げ出し、またもそこで七転八倒を始めた。先輩はもしかしたらゲイなんじゃないかと思い始めてた。だから、いくら魅力的な女性がいても、付き合ったりはしないのだ。恋愛対象に思えないんだ。
 そんな、自分に都合の良い勝手な解釈をしてた。僕にしてくれた告白も、嘘じゃないと。

 ――――それが、一瞬にして覆された。嘘ばっかじゃん。ずっと、揶揄われてただけか。菜々美ちゃんにも言われて、有頂天になって。とんだ道化だな、僕も。

 ソファーに座り直し、大きく深いため息をついた。あっさりフラれた。それだけのことだ。告白する前で良かった。思ってみても、なかなか納得できなかった。
 これからまた、今までのように先輩と接することができるだろうか。それもまた難題だな。



 空気の抜けた風船のように半日をしょぼんと過ごした。それでもやっぱりお腹は空くんだな。
 冷蔵庫にあった残り物を鍋に入れ、リゾットもどきを作っていると、玄関のインターホンが鳴った。もしかしたら、先輩かもしれない。このまま居留守を使おうか。バレるに決まってるけど、それ以上に会いたくなかった。

「はい」
「俺だよ。入れてくれ」

 思った通り先輩だった。『入れてくれ』、か。簡単に言うよな。そりゃ、今までなら簡単に入れてたけど。

「ふう。夜はまだ冷えるな。お、珍しい料理してたのか」

 結局、招き入れてる。無理に笑うのがしんどい。

「はい。先輩みたいな美料理じゃないですけど」
「え? なんだそれは」

 先輩はいつものようにずかずかとキッチンに入って来て、鍋を覗き込む。

「野菜スープか。美味しそうじゃないか。俺にも食わせろ」
「ひ……一人分しかないんで。それに、きっと美味しくない……」

 冷凍庫のご飯は本当に一人分しかなかった。でも、いつもならラーメンとかも入れて何とかしてしまう、先輩が。

「どうした。今朝も様子がおかしかったから、気になって来てみたんだけど」
「どうもしませんよ。今週ずっと激務で、疲れてるから、その……」

 先輩は鍋の蓋を締め、僕の方に歩み寄った。僕は思わず後ずさる。

「おまえ、もしかして誤解してるんじゃないか?」

 誤解? ええ、ええ、そうですよ。僕は誤解してました。先輩が僕に気があるんじゃないかって誤解を。だから、胸が苦しくてたまんないんですよ。

「佳乃とは何でもないぞ」

 は? 言うに事欠いて、そこですか。

「なんでそんなこと、僕に言うんですか。先輩が佳乃さんと何かあったとか、僕には関係ないです」
「そりゃ……そうだけど。おまえ、逃げるように走って行ったから」

 逃げたんです。間違いなく。

「もしかして、ヤキモチ妬いたとか、思いました?」

 ヤキモチ妬いたんです。

「そういうわけでは……」

 どうして僕は、思ってることの反対ばかり言ってるんだろ。先輩が佳乃さんとは何でもないって言ってるじゃないか。いや、そんな嘘ばかり言うから、腹が立ってるんだ。

「ですよね。男同士でヤキモチとか、そんな気持ち悪いこと、冗談だけにしてください」

 決定的な言葉が僕の口から吐かれた。こんなこと、思っていないのに。先輩はいつもより目を大きく見開き、まるで汚いものを投げつけられたような表情で僕を見た。



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