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第44話 取っちゃうよ。
しおりを挟むタクシーで行こうか迷ったが、結局電車の方が早い。駅からタクシーで行くことにした。
その道すがら、先輩の容態と写真のことで僕の精神はぐちゃぐちゃだった。入院するかもしれないし、先輩はジャージのままだ。いつも着てる服を適当に詰め込んだ紙袋に頭を軽く乗せてため息をついた。
――――もう、いっぱいいっぱいだよ……。キャパ小さいんだよ、僕のナイーブな心は。
病院についてきょろきょろしてると、庄司君が僕を見つけて声をかけてくれた。
「連絡ありがとう。でも、もう少し早くしてくれよ」
「ごめんごめん。気が回らなくて。おまえの大切な先輩だものな」
大切な先輩。そう言えば、前もそんなこと言われたな。全然気にも留めなかった。やっぱり僕の気持ちは駄々洩れなのかも……。
「今は落ち着いてるのか?」
「ああ。今、神田さんと佳乃さんが病室にいる。他の連中は帰ったよ。僕もハチが来たから帰るけどな」
ほとんど小走りだった僕の足が、一瞬止まった。と言うか絡まって倒れそうになった。
そうか、誰も僕に連絡しようなんて思わなかったわけだ。彼女がいるなら全てにおいて事足りる。きっとそう思ったんだろう。
――――だけど、先輩は僕を呼んでくれたんだ。保険証のことだけだったかもだけど。
ここまで来て帰るわけにもいかない。僕は若干速度を落として病室に向かった。
先輩は救急治療室から一般病室に移っていた。やっぱり入院するのかも。
二人部屋の病室、奥の窓際にジャージ姿の男女が立っている。半開きのカーテンの向こうが先輩のベッドだ。
「お、ハチ。待ってたぞ。新条が」
「すみません。お待たせして」
神田さんに会釈しながら行くと、ベッドに先輩が横たわっているのが見えた。腕にはまだ点滴が刺さっている。少し青白い顔で、僕を見た。
「悪いな、ハチ。呼び出して……」
「いえ、僕は。出来ればもっと早く呼んで欲しかったですよ」
先輩は練習着のままだった。点滴が外れないと着替えもできないんだろう。髪が少し乱れて声も張りがない。本当に大丈夫だろうかと心配で胸が締め付けられた。
「じゃ、ハチが来たからもう帰るな。庄司、行くか」
「はい。ありがとうございました」
「神田さん、ありがとう」
ベッドから起き上がって礼を言おうとする先輩。神田さんはそれを手振りで制し、庄司君と帰って行った。
「私も帰るね。ハチ君。新条君をよろしくね」
佳乃さんもジャージ姿だ。本当にチームに入ったんだな。ジャージと言ってもブランドのお洒落スポーツウェアだけど。
「悪かったな、佳乃」
「ううん、大丈夫。月曜日、休んでもいいからね」
ああ、と先輩が力なく笑う。同僚だけがわかる社内事情だろうか。スポーツバッグを手にして廊下に出る佳乃さんを僕は思わず追った。
「あの……佳乃さん」
「あら、なに? 新条君が待ってたわよ?」
「え……いえ、僕より佳乃さんが付き添った方がいいんじゃないかと……」
なんでこんなことをわざわざ言いに来たんだ。でも、僕も弱っているときは大事な人に居て欲しい。
「君……」
僕の顔をマジマジと見て、佳乃さんは大きめの口の角を上げた。身長が高いといっても、僕よりは低い。なのに、大きく見えるのは何故だろう。
「本気で言ってる? もしそうなら、取っちゃうよ」
「はっ……?」
彼女はぽかんとする僕の目の前で、呆れたように大きなため息をついて見せた。
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